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魔神学園  作者: 秋月白兎
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adversity ②

イサムVSシヅルの一戦もいよいよ決着の時を迎える。


勝利の女神はどちらに微笑む?

 大天狗が距離を取ろうとした矢先,銀光が閃き二体の大天狗が姿を消した。何をするつもりか分からないのなら何もさせない――当然の判断といえる。イサムにとっては危険極まりないのだが。

 やはりアルテミスの矢は強烈だ。今回の矢は大天狗の本体をかすめたのだが,頭の芯まで震わせる程の威力だったのだ。悲鳴を上げなかったのは「弱みを見せたら負けに直結」というケンカの鉄則に従っただけである。

 表情は平静を取り繕っていても,背中には冷たいものが流れていた。

 ――あんなの食らったら一発でお陀仏じゃねぇか。おっかねぇ女だぜ――

 続けて飛来してくる危険な輝きをかわしながら分身を増やす大天狗。構わず遠距離から射抜いていくアルテミス。攻守ところを変えた状態になる。

「ここから……だな」

「なにが?」

「もちろんイサムの悪だくみだよ」

 最もイサムを知るリュウキの予想にアサミが眉根を寄せる。同性としてシヅルの心配をしているのだ。イサムの事だから碌な事を考えないのは分かっている。まともな戦いなら心配そのものが筋違いなのだろうが,なにしろあのイサムなのだから。

 闘技場では大天狗が質量のある分身をランダムに飛ばして撹乱し,アルテミスがそれを射抜いていた。そこに変化が訪れる。

 突然シヅルが悲鳴をあげ,両腕で胸を覆い隠した。ギャラリーがシヅルを,次いで闘技場のアルテミスに目をやると――あろうことか大天狗がアルテミスの豊かな胸を正面から鷲掴みにしていた。

 一際大きな悲鳴と同時にアルテミスが飛び退る。同時にイサムの高笑いが響く。

「な,なにするのよ! この痴漢! 変態! 自分が何やったか分かってんの!?」

「分かってるとも! じゃぁ大きな声でハッキリと言ってやろうじゃないか! 俺の大天狗はたった今……」

「だめえぇぇぇ!」

 シヅルが珍しく取り乱す。当たり前だ,花も恥じらう乙女がこんな事をされて平気な方がおかしいのだ。

「念の為に言っとくが,別にあれで終わりじゃないぞ!」

 新たな悲鳴とともにシヅルが引き締まったお尻を押さえて飛び上がる。アルテミスも同様だ。

「あ,あんた! 何考えてんのよ!」

「そうか,そんなに聞きたいんなら仕方ない! 大きな声で言ってやろう!」

「やっぱりだめえぇぇぇ!」

 シヅルが慌てふためく姿は男子生徒に妙な興奮を与えるが,同時に女子生徒からは同情と――イサムに対する怒りが爆発していた。男子達からは無責任な野次と明らかに煽る声援が飛ぶ。だが女子達からは非難囂々どころか「○せ」だの「○めてしまえ」だのと物騒な声が上がっている。

 なのにイサムは高笑いだ。不審に思ったリュウキがふと視線を動かすと――アストライアの天秤に見た事もないほど大量のFAITHが流れ込んでいた。しかも大天狗のFAITH特有の淡い茶色ではなく,毒々しいほどの赤黒い輝きを放っているのだ。

「これは……もしかして……」

 Eibonが言っていた「恐れられても嫌われてもいい,とにかく意識される事」の――いわば負のFAITHなのではないか。イサムの無茶な行動は,もしかするとこれを狙っていたのではないのか。そう考えれば辻褄が合う――だがこのやり方はまずい。どう考えてもまずい。全女子生徒を敵に回してしまうことは間違いない。

 現にアサミも眉間に皺を寄せて「への字口」になってしまっている。これでは勝ったとしてもその跡がどうなる事やら,考えるだに恐ろしい。

「あいつ……後の事を考えていなんじゃ……?」

 リュウキが闘技場へ視線を戻すと,キャアキャアと悲鳴を上げて逃げ惑うアルテミスを大天狗が追いかけていた。どう見ても乙女を狙う痴漢だ。

 当然ながら女子からは大ブーイングの嵐が吹き荒れる。対照的に男子からは無責任にはやし立てる声と大歓声が沸き起こっていた。

 そして――莫大なFAITHが滝のような勢いでアストライアの天秤へと流れ込んでいく。イサムは全身に力が漲るのを感じていた。それによって闘志が燃え立つならいいが,調子に乗ってしまうのがこの少年の欠点だ。

 それを反映するかのように大天狗は掲げた両手の五指をワサワサと蠢かしながら,ついでに「グヘヘヘ」と下卑た笑い声をあげてアルテミスを追いかけまわしている。それも空を飛ばず,わざわざ足音高く走りまわってだ。一本歯の高下駄の音で威嚇しようとしているのだ。

 最前列で観戦しているマドカの柳眉が逆立ち,大声を張り上げた。

「ちょっとアンタ! なんでそんな奴から逃げ回ってんのよ! 私に勝ってその様はないでしょ!」

 半泣きだったシヅルの表情が一瞬消え,いつもの揺るぎない意思を湛えた眼を取り戻した。

「この!」

 振り向きざまに弓を引くアルテミス。だがその眼に写るのは破廉恥漢の姿だ。先刻の痴漢行為がシヅルの脳内にフラッシュバックし,たちまち闘志が消え去っていく。

「ッキャアァァァア!」

 またもや悲鳴を上げて逃げだすアルテミス。やはり乙女にとってはトラウマ級の恐怖のようだ。

 イサムが仁王立ちでギブアップを勧告するが,それでも首を縦に振らないのはプライドからか使命感からか。

 だがそれで困ったのはイサムの方である。やはりこういう攻撃は本来好まないし,何よりも後味が悪い。というよりも悪役ではあっても悪党ではないのだ。本気で犯罪行為などした事はないし,当然やりたいとも思わない。

 それに女性と闘う以上はできるだけ傷つけずに勝ちたい――セクハラ攻撃もそう考えた上での苦肉の策だ。それでもダメならどうやって勝つか。出来るかどうかは別として考えていた方法を試す他はない。幸い今なら実行できそうだ。イサムは迷わず決断した。

 全力で逃げ回るアルテミス。その手に握られていた弓が突然消えてしまった。いや中に浮かんでいる。これは――

「どういう事!?」

「こういう事」

 中に浮かんでいた弓に赤い指が絡みついていた。その指は山伏衣装をまとった赤ら顔へと続いている。

「そういう事!?」

「そういう事」

 いつの間にか大天狗は本体と分身が入れ替わっていたのだ。そして本体は姿を消して近付きタイミングを計っていたのだった。

 そしてニンマリと笑いながら弓の弦を宝剣で切ってしまった。ギャラリーがどよめきシヅルの表情が強張る。最大の武器を破壊されてどう戦えというのか――理知的な美貌にそう書かれていた。

 だが自失の時間は僅かにしか続かなかった。腰の湾曲した短剣「シカ」を抜いて躍りかかるアルテミス。にやりと笑う大天狗。またもやフラッシュバックに襲われ一瞬だけ動きが鈍った。そしてその一瞬で十分だった。

 大天狗が弓を放り投げる。その放物線がアルテミスの視線上に来た瞬間,大天狗は分身を大量に作り出した。全て質量のある分身だ。これでシヅルもアルテミスも完全に大天狗の本体を見失った。続くランダム機動。

 アルテミスはシカを振りまわし一体二体と切り伏せる。また一体切り倒したとき,前腕部に突然強い衝撃が走り指から力が抜けた。同時にシカも手の中から抜けてしまった。

 床に落ちる前にシカの動きが止まり宙に浮く。そのまま遠ざかり姿を現したのは,またもや大天狗だった。

「これじゃぁやってられないな」

 リュウキの呟きにアサミが頷く。無理もない,何をやっても分身と透明化で全て空回りさせられ,武器も奪われてしまった。残るはサンドブラストだけだが決定打に欠ける。ましてや大天狗は大量のFAITHが流れ込みパワーアップしている最中だ。

 もはや打つ手なし――誰もがそう思った。シヅル以外は。

 突如として烈風が吹き荒れ,分身が次々と姿を消していく。残された羽根も千千に打ち砕かれ散っていく。

「うお! もう止めとけって!」

「黙りなさい! 私はまだ……負けていない!」

 だがその瞳には涙が滲んでいた。

「仕方ねぇ! なら!」

 イサムがまなじりを決して右腕を突きだすや,大天狗がまたもや分身を展開した。アルテミスがサンドブラストで迎撃する。

 次々と打ち砕かれる分身達――不意にアルテミスの左側で囁く声が響いた。

「無駄だ,もう諦めろ」

「くっ!」

 左側へのサンドブラスト。だがそこには何も存在しなかった。

「え!?」

 意表を突かれ動きが止まった首筋へ冷たいものが突きつけられた。大天狗の宝剣だ。

 理解した瞬間シヅルの身体から力が抜けた。入れ替わりに満ちて来たのは無力感だった。

 同時にアルテミスの身体から色彩が消え,細かい亀裂が入り始めた。

「ま,待って! 私はまだ……! アルテミス,しっかりして!」

 我を忘れてシヅルが闘技場へ駆け上がり,アルテミスに抱きついた。だが崩壊は止まらず麗しの女神は灰色の塵と化していく。

「私が……戦う意思を失ったから? そうなの? アルテミス!」

 アルテミスの顔が崩れ落ちるとき,僅かに微笑んでいた――シヅルの目には確かに見えた。それが何を意味するのか,言葉ではないもので理解したのだった。

 アルテミスが灰色の塵に変わり果て,大天狗の勝利が宣言され――大ブーイングが巻き起こった。やはりセクハラ攻撃はやり過ぎだったのだ。他にやりようがあったのかもしれないが,イサムにとっては灰色の脳細胞をフル回転させて考えた作戦である。敢えて嫌われるような作戦を実行する事で負のFAITHを集めてアルテミスに対抗する。あわよくば心理的に追い詰めてギブアップ勝ちを取る――そこまでは良かったが,その後を考えていなかったのだ。

 どうやってこの大ひんしゅくを乗り切ればいいのか,途方に暮れるしかないイサム。そこへ諦め顔のシヅルが歩み寄ってきた。アルテミスとの別れは終わったのだろう,目尻に涙の跡が見える。足音は聞こえなかった。ブーイングの嵐にかき消されているのだ。

「仕方ないわね……私の負けよ」

「あ,ああ……なんかこう……ごめん……なさい……」

 珍しくイサムが謝っている。自分でも後味が悪いのだ。

「一つ聞きたいんだけど,いいかしら」

「は,はい」

 イサムが一歩下がった。セクハラ攻撃の事を追及されると思ったのだ。確かに追及されて当然の事ではある。だがその予想は外れた。

「最後のあの声,あれはなんだったの? 分身とは違うようだったけど。あれが敗因と言ってもいいぐらいだもの,気になるのよ。私とアルテミスを倒した……術だか能力だか知らないけど,聞いておきたいの」

 シヅルが身振り手振りを交えて訴えた。彼女にしては異例な事なのだが,無論イサムが知る由はない。

 この時シヅルは敗因を知る事で心の整理をしようとしていたのだった。FAITHも一気に増え前原には及ばないとしても,その右腕たるに相応しい実力を持つに至ったと確信していた矢先に味わった敗北。しかもその相手は格下の一年生。ショックを受けない筈はない。

 しかし自分を倒すに足る実力であるならば納得もできる。納得できれば心の整理もつく。そう考えたのだが――報われなかった。

「ああ,あれは大天狗の能力の一つで『天狗笑い』ってやつっス。山ん中で急に笑い声が聞こえたりする現象らしいんスけど,それは天狗達がやる『遠隔腹話術』みたいなもんで,人間をからかってるって大天狗がいってたっス」

「腹話術……」

 シヅルの顔から感情が消えた。

「実際そんな感じっスね。ただ遠隔で場所や声の方向も自由自在に……」

 シズルの眉間に稲妻が走った。

「ちょっと! それどういう事よ!」

「え!? あ,いやその……」

 シヅルが詰め寄る。いつものクールビューティーぶりは空の彼方に消え去り,激情に支配され――目には新たな涙が浮かんでいた。

「どれだけ自由にできようが,要するに腹話術でしょ!? それって大道芸だかパフォーマンスだか……そんなんじゃない! 宴会でもやったりするような! わた……私とアルテミスは宴会芸に負けたっていうの!? 馬鹿にしないで!」

 突然の怒りに呆気にとられたイサムを尻目に,シヅルは大股で闘技場を後にした。



 川上シヅル FAITH POINT 1569 PONT LOST

 上杉イサム FAITH POINT 1569+975 POINT GET TOTAL 2956 POINT


 大天狗がアストライアから祝福のFAITHを授けられ,闘技場が消えた時がイサムの逃走劇の始まりだった。女子生徒達に囲まれたのだ。それも尋常な人数ではない。文字通り「壁」にしか見えないほどだ。彼女達が瞳に炎を燃やしていなければ有頂天になるところだろうが,今は血の気が引くだけだ。

 口火を切ったのが誰かは分からない。だが口々に非難・指弾・そしりと,糾弾の嵐だ。

 こういう時のイサムは迷わない。女子達に背を向けてダッシュする。僅かな隙間に身体を滑り込ませ,一気に校舎へ向かって脱兎の如く駆け抜ける。だが女子達も怒髪天を突く勢いだ,このままにしておこうはずもない。

「追うのよ!」

「逃がさないんだから!」

 地響きのような足音と土煙をたててイサムを追跡するのだった。

諸事あって遅くなってしまいました。


次こそは早く……。

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