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魔神学園  作者: 秋月白兎
28/40

adversity

始まってしまったイサムVSシヅル戦。


圧倒的に不利な状況下でイサムはどう戦うのか? 

秘策はあるようだが……?

 帰宅後イサムは食事と風呂を一気に済ませると,自室に籠って作戦を更に練り直していた。方針は決まっているが,問題はどうやってそこまで持っていくかだ。

 重い音を立ててベッドに横たわり見なれた部屋を見渡す。相変わらず飾り気のない部屋だ。棚には漫画とプラモデル――パーツを切って伸ばしたり角度を変えたりと本格的だ――が並び,白い壁にはカレンダーとハンガーに掛けた衣類,他には唯一のポスターがあるだけだ。ポスターも砂漠の岩山の上に太陽が輝いているだけという代物だ。妙に気に入ってはいるが,それが何故なのかは分からない。

 机の上には通学用鞄とノートPC,そして「音楽ブルーレイディスク」があるだけだ。このディスクは国内の人気ロックバンドが先月出したもので,ドームライブの際に会場のあちこちに録音マイクを設置し,集めたデータ全てを統合したバケモノディスクである。全12曲なのにデータは120GBを超えてしまったため,ブルーレイディスク2枚組という途轍もない事になってしまった。ただ音質は桁違いで,高性能のサウンドカードとスピーカーがあれば「会場の空気感」さえも手に取るように分かると言われている。

 イサムはそこまでの音響システムは持ち合わせていないが,「こんなバカなディスクは2度と発売されないに決まっている! 買うしかなかろう!」と勢いに任せて買ってしまったのだった。無論リュウキからは「マニア商法のいいカモだ」と笑われてしまったのだが。

 大きなため息を一つ吐き,改めて対シヅル戦の対策を考えるイサム。相手の実力はハンパではない。その上,遠距離攻撃に決め手がない大天狗では接近戦に持ち込むしかないのは明白だ。いかにして懐に潜り込むか――その方法とアルテミス=シヅルにギブアップさせる方法を考えているのだ。

 いくらケンカ屋とはいえ,女性相手に殴る・蹴る・切りつけるという攻撃はやりたくないのだ。

「まぁ……『アレ』をやったら激怒するんだろうが,手傷を負わせられるよりはマシだと思ってもらうしか無ぇわな」

 シヅルが,そして全女子生徒が激怒するであろう方法を実行するつもりなのだ,この男は。そしてその怒りをも利用しようとしているのが怖いところでもある。

 そして真夜中まで考え続け,懐に潜り込む方法を考えついた――たった一つだけではあるが。

「この際だ,贅沢は言えねぇな。とりあえずはこの一戦さえ乗りきれりゃいいんだしな」

 腹が決まったイサムはベッドに寝転んだまま――あっという間に眠り込んでいた。



 翌日。学校は朝からこの二連戦の話題で持ち切りだった――とはいうものの,そのほとんどは前原VS山本の決戦に関するものだった。

 曰く「また前原が勝って決着だ」「いや,あの山本の自信は何かある。前原といえども油断すると危ない」「いやいや,もしかすると物凄い長期戦になって両者とも……」等々,無責任な憶測やデマが飛び交っていた。

 イサムVSシヅル戦に関しては口にする者さえ珍しく,話題になってもシヅルの圧勝という下馬評が大半だった。

 普段なら自分の敗戦を予想する者に食ってかかるイサムだが,今回は何故か聞き流していた。

「どうしたんだ,らしくもない」

「ふん,今はそれどころじゃねぇだろうが。俺にとっちゃ正念場なんだぞ」

 珍しくプレッシャーを感じているのだ。ことケンカや勝負事となれば傍若無人とも言える行いも平気でする男だが,妙に真面目な一面もある。学校をサボる事はないし,自宅で勉強など試験前でもなかなかやらないのに授業だけは「超」がつくほど真剣に聞いていたりするのだ。今回は勝負であっても普段とは勝手が違うせいか,珍しく真面目な一面が現れているようだった。

 昼休みも「噂話やデマにいちいち付き合ってはいられない」とばかりに体育館の裏に陣取り,対シヅル戦のイメージトレーニングに励むのだった。


 

 放課後になり,いつもの場所にいつもの闘技場がその黒光りする威容を現し,いつも以上のギャラリーが周囲を埋め尽くした。話題の中心はやはり前原VS山本だ。その中を怯む事無くイサムがやってくる。無責任な野次や冷やかしもどこ吹く風だ。視線の先は――闘技場だった。今は如何に戦い如何にして勝利せしめるのか,それしか頭にないのだ。

 いつもの通り魔神使い達が最前列に陣取っていた。リュウキの前を通る時,互いに拳を出しコツンと当てる。「健闘を祈る」「勝ってくる」のサインだ。不利な勝負の時にだけする,二人だけの合図だった。


 闘技場を背にしたシヅルは相も変わらずのクールビューティーぶりだ。腕を組んでイサムを待ち構えている。

「よく来たわね。逃げなかった勇気は褒めてあげるわ。だけど……いいえ,だからこそ手加減しないわよ」

「望むところだ! 手加減なんぞして俺に勝てると思わねぇ事だな。俺は何をしでかすか分からねぇぞ? 覚悟するこったな」

 シヅルは目を閉じて軽く笑い,闘技場に向けて歩き出した。

「いいわ,やってごらんなさい。やれるものならね」

 その捨て台詞がイサムの闘志を更に掻き立てた。音を立てそうなほどに拳を握りしめて歩き出す。シヅルとは逆サイドだ。


 互いの魔神が闘技場に姿を現した。宝剣を構えた鞍馬の大天狗と弓矢を携えたアルテミス。どう見ても厳つい顔の大天狗が悪役だ。事実,声援もアルテミスへの物が多数派のようだ。だがイサムはそれをニンマリとした顔で聞いている。

 リュウキとアサミは怪訝な表情でイサムに視線を送っていた。明らかに不利な状況の筈なのに,何故笑っていられるのか。イサムが考えた対策は一体何なのか。どうせ碌な事ではあるまいが……。

 アサミは懸念を余所にアストライアを闘技場前に送る。

 前原が両者の表情を窺い,開始の号令をかける。同時に大天狗が飛び立ち,一気に分身する。

 闘技場の上空――と言っても三十mほどだ――を埋め尽くす大天狗の群れ。ギャラリーのどよめきがグラウンドにさざ波を立てた。

「面白いわね」

 シヅルが僅かな笑みを浮かべ,アルテミスが矢をつがえ放つ。撃ち抜かれた大天狗が白い羽根がを一枚残して消えた。

 シヅルの眉根が寄り,上空の大天狗を見据える。シヅルはアルテミスの感覚を通して「本物」と感じた大天狗を射抜いたのだ。だが違った――何故なのか。

「へん! 幾らFAITHが高かろうがなぁ,そう簡単にゃ見破れねぇよ!」

 上空から風を切り裂き襲いくる無数の大天狗達。アルテミスの速射迎撃も間に合わない。

 次の瞬間,アルテミスの喉に冷たいものが突きつけられた。大天狗の宝剣だ。

「ギブアップするならここで……」

 そこまでしか言えなかった。アルテミスの弓を叩きつけられた大天狗はまたもや羽根一枚を残して消滅してしまったのだ。上空からも何枚もの羽根がひらひらと舞い落ちてくる。

「そういう事なのね」

 大天狗は自らの羽根をコアにする形で分身を作っていたのだった。質量を持つ分身故に高いFAITHを誇るアルテミスでも実態を見破れなかったのだ。

「バレたか。でも,実態を見破れなきゃ意味が無ぇだろうが!」

 無数の大天狗がランダムに舞い,襲いかかる。アルテミスが迎撃するも効果は薄い。どうしても幻惑されてしまうのだ。この辺りはシヅル自身の限界と言えるだろう。だが普通はこんな事は練習も経験もしない。惑わされる方が普通だ。

 予想と違い「まともな戦い方」で有利に事を運ぶイサムの戦いぶりに,アサミが感心している。

「へぇ~,やるじゃないイサム君。この分ならいけそうなんじゃない?」

「いや……どうかな」

 対してリュウキは渋い顔だ。シヅルがこのぐらいで諦める筈がない。それはマドカ戦でも明白だ。それにサンド・ブラストもまだ出していない。あれなら広範囲での攻撃も可能なはずだ。何よりもシヅルが粘ればイサムの悪だくみが発動するに決まっている。

「じゃぁこの先荒れていくって事?」

「まず間違いなくね」

 リュウキの発言を聞いたマドカが笑みを浮かべた。その表情からは真意を覗けそうもない。どうとでも取れる笑いだったのだ。

 台上では大天狗の「質量のある分身」が優勢に戦いを運んでいる。やはり実体を見抜けないのは痛い。

 アルテミスの連射はまさに神業という他はない。次々に放たれた矢が一本に繋がって見えるほどだ。だが無数の敵が奔放に動き回り襲いかかってくるのでは確実に仕留められるはずはない。ましてやイサムの操作による動きは予測不能な出鱈目さで,真面目な性格であればあるほど混乱していくのだった。

 シヅルのフラストレーションが溜まってきた頃合いを見計らって,大天狗が急速接近してアルテミスの首に宝剣の切っ先を突きつけた。四体が前後左右からだ。

「どうだ,このまま大人しく……」

 イサムがギブアップを迫ろうとした瞬間。アルテミスの右腕が電光の速さで跳ね上がり宝剣を弾き飛ばした。同時に生じた隙間に滑り込み,握っていた矢で道を塞ぐ大天狗を横殴りに叩き伏せる。消える大天狗と現れた羽根を吹き飛ばす勢いで包囲網を突破してのけた。

 ギャラリーから歓声が上がり,FAITHの輝きがアストライアの天秤に流れ込んでいく。左右の天秤に注がれる輝きは拮抗しているように見えた。それに気付いたイサムは小さく舌打ちをする。FAITHの差が縮まらない事に苛立ちを隠せないのだ。

 だが苛立っているのはシヅルも同じだった。圧倒的に有利なはずの自分が押されているのだ,平静でいられるはずもない。髪を掻き揚げて心を落ち着けろと自分に言い聞かせるが,そう簡単にいけば世話はない。少し時間を稼ぐ必要がある。

「やるものね,一年生の――魔神使いのキャリアなんか一カ月程度しかないのに。これがケンカ慣れということかしら?」

「さぁな。でも勝負度胸だけは自信があるし,実際ケンカ慣れは間違い無ぇだろうがな」

 シヅルの時間稼ぎについ乗ってしまう辺りがイサムの未熟さなのか,或いは自信の表れなのかは定かではない。いずれにせよ,シヅルが自分のペースに持ち込めつつある事は確かだった。

「あなたがどうであれ,私も負けるわけにはいかないの。最上級生としてのプライドがあるし……ね」

「負けられねぇのはこっちも同じだ。それに……使いたくはなかったが,あんたがギブアップしねぇなら仕方ねぇ。この手でいかせてもらう! 後悔すんなよ!」

 シヅルが表情を引き締めて身構えた。手繰り寄せつつあった流れが引き戻された事を確信し,同時にそれを打ち破る決意をこめて。

ギリギリ三週間はかからなかった……ようで^_^; 


次はもう少し早く更新……したいなぁ。

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