countermeasure
対シヅル戦の対策を練るイサム。
だがFAITHの差は圧倒的だ。果たして打つ手はあるのか?
二連戦は週末をはさんで月曜日に行われる事になった。「校内の治安や行事への影響」ともっともらしい理由がつけられてはいるが,実際はイサムへの配慮である。
もっともFAITHが低いイサムに,対策を講じる時間を与えようというのだ。誰よりもそれを分かっているのがイサム自身である。
シヅルがイサムとの対戦を希望してから決まった事なのだから見え見えなのは否めない。だがシヅルにしてみれば自分は最上級生なのだし,魔神使いとしてのキャリアも違うのだから当然の配慮ではある。
問題はイサムのプライドだ。「情けをかけられた!」「スクエアな勝負でなくてどうする!」「相手は女だぞ!」等々,幾分女性に対して失礼な感情まで混ざってしまう始末である。
そうは言っても,有難いのは間違いない。そしてその猶予期間をちゃっかり活用するのがイサムである。
Eibonの世界でのトレーニングバトル。いつも通りにリュウキとのバトルであるが,いつもと違う点が一つ。全く歯が立たないのだ。
「くっそおぉぉぉ!」
冷たい石造りの床を殴りつけるイサム。まともに殴りつけた痛みで右手を押さえる羽目になってしまった。その痛みでまた頭に血が上り,今度は床を蹴りつける。が,その痛みでピョンピョンと飛び跳ねる羽目に陥ってしまった。
「ド○フかお前は……」
リュウキの呆れ声もイサムの耳に入らない有様だ。この年齢にしては古い例えだが,衛星放送で過去のお笑い番組を観るのが好きなのだ。
「いつもの調子と言えば言えるけど……」
アサミも呆れ顔だ。彼女自身はトレーニングバトルには参加していない。ただリュウキについて来ただけである。「Eibonの世界」とは言え,行き帰りはリュウキと二人なのだからデート代わりになるのだ。
普段のデートでは女の子らしいコーディネートだが,今日のようにアクティブな目的の時は活動的なショートパンツやミニスカートに合わせたものになる。
今回は明るい色のミニスカートに合わせてスニーカーとキラキラつきのTシャツに薄手のパーカーという出で立ちだが,派手な印象は与えない。このあたりはセンスである。
「まぁ仕方あるまいの。これだけFAITHの差が開いてしまってはのぉ」
水煙草から口を離したEibonが笑う。実際,正面からの攻撃は全く通用しなかったのだ。かろうじて通じたのは奇襲のみ。フェイントやかく乱を利用したやり方だけというのが実情だった。
たしかにシヅルのFAITHはリュウキほどではない。が,大差なのは間違いない。どうやってこの差を克服するか,それを考えねばならないのだ。
アルテミスの防御力は甲冑を纏っているトリスタン程ではない筈だ。クリーンヒットさせればそれなりのダメージなのは間違いなかろう。問題はどうやってクリーンヒットさせるかだ。そして攻撃力はマンティコアを倒した事で,かなりのものであると分かる。大天狗の防御力は――自信がない。
さてどうしたものか。床に座り込んで考えるイサムに,Eibonの気楽な声が届いた。
「まぁアレじゃの,今のお主にはあの映画で言うところの……『フォースの導き』があったとしても,劣勢は免れんのぉ」
イサムがゆらりと立ち上がりながら目を光らせた。
「聞き捨てならんな,ジジィ……」
二人の間に入ろうとするリュウキ。固まるアサミ。つめ寄るイサムの口から怒りが迸った。
「誰がフォレ○ト・ガンプだ!」
「頭の中が一期一会じゃ」
ずっこけるリュウキとアサミ。「フォ」と「ス」ぐらいしか合っていない。
そして腕を組んで
「なんだ,それならいいんだ」
と笑うイサム。気楽なものである。Eibonもイサムの扱いに慣れてきたようだ。しかし,サブカルチャーに詳しい古代の魔道師というのも珍しい。
「この時代の者に話を合わせる必要もあろうて」
と嘯くが,そういう問題なのだろうか。ただ単に本人が好きなだけのように見えるが,リュウキの疑問などこの二人には関係ないようである。
「なんにせよ,頑張るがええ。ワシが見たいのはこういう圧倒的不利な状況をどう逆転するかなんじゃしの」
イサムとリュウキの視線がEibonの顔に突き刺さる。アサミだけは「分かっている者」の表情だ。
それらを気にする風も無く,大きく息を吐いて立ち上がった。初老の外見に見合った緩慢な動きだ。
「最初に話したじゃろう,旧支配者の事を」
無論覚えている。かつて宇宙を荒らし,旧神の手によって封じられた異形の邪神達。それに対抗する為にFAITHを集めているのだ。
「それでも力の差は……桁が違い過ぎる。分かるかの,絶大な力を持つ強者に立ち向かい,逆転する。そんな戦いのノウハウが必要なんじゃよ」
言われてみればその通りである。いつか来る未来において世界を守る――その為に始めた戦いなのだ。
とは言うものの,目先の目的である「願いを叶える」事を忘れるわけもない。そちらの方がはるかに現実感があり,切実な問題だ――年頃の青少年には色々とあるのだ。
だが目的がなんにせよ目下の敵――シヅルを倒さねばならない事に変わりはない。奇襲作戦を軸にするしかないが,それだけでは心許ない。どうしたものか。
思案するイサムの脳裏に引っ掛かる何かがある。ハッキリとはしないが,間違いなく何かが――ある。言葉にもできない微妙な感覚。闇夜の中で黒猫を探すような,視界のきかない濁った水の中を彷徨うような,あてどの無い探索。
何も掴めないまま,ぼんやりとリュウキに問う――言葉が勝手に出てきた。イサムはそう感じた――疑問とも言えない程度の疑問だ。
「なぁ,お前阿修羅戦で大量のFAITHが流れ込んだろ? あれって実感あったか?」
「あぁ,確かにあったな。なにかこう,力が湧いてくるっていうか……支えられるっていうか。普通なら早い段階でダウンしてたと思うんだ。最後まで持ち堪えたのは,やっぱりFAITHがリアルタイムでプラスされたからだろうな」
何かがひっかかる。重要な「なにか」なのだ,この情報は。だがそれが何を意味するのか,どう考えればいいのか,それがイサムには掴めないでた。
更なる手がかりを求めてEibonに向き合い,もう一つひっかかっている事を何とか言葉にしてみる。
「おいジジィ。たしか……最初に言ってたよな,あれだ,こう……FAITHはとにかく意識される事だってよ」
「うむ,慕われようと恐れられようと構わん。とにかく意識される事,それがFAITHの全てじゃと言ってもよかろうの」
納得したのか再び座り込んで腕を組み,ブツブツと独り言を言いながら考え込んでしまった。
イサムの頭の中で何かが組み合わさっていく。ほんの些細な事で崩れ落ちてしまいそうな,微妙なバランスで何かが積み上げられていく。
そんなイサムの心中を知る筈もないリュウキ達は呑気なものだ。
「いったい何を考えつく事やら……」
「私は碌でもない事に一票」
アサミがさらりと酷い事を言う。だが普段のイサムを知っているが故だ。
「それじゃ賭けが成立しないな」
リュウキもなかなか言うものだ。だがリュウキの場合はイサムの影響が大きい。親友付き合いしていればどうしても影響を受けるものだ。問題なのはイサムがリュウキの影響を受けないという事だけだ。
そのイサムは何か閃いたのか,一気に明るい表情になった。そして顎の傷跡を弄りながらブツブツと考えを口にしている。
「……しかたねぇ,リスクは高いが……やってみるか」
三人並んでアーケード街を歩いて帰る頃には,もう日が傾いていた。話題はどうしても次の対戦の事になってしまう。
「で,何をやる気なんだ? 何か考え込んでいたみたいだけど」
「どうせ滅茶苦茶な事なんでしょうけど」
「お前らなぁ……まぁいいや,どうせ明日――月曜になりゃ分かるんだからよ」
そう言いながらもどこか浮かない表情をしている。リュウキは長い付き合いで分かっている。イサムがこうなる時は,なにか迷いがあるのだ。
実際にどこか反応が鈍い。話しかけても気付かない事があるし,ちょっとした道の凹凸に躓いたりしているのだ。
これは拙い。このままじゃ負けるかもしれない――リュウキが危ぶんでいると,向こう側から自転車に乗った三人のヤンキー風の男――三人乗りだ――とイサムの肩がぶつかってしまった。
「おぉい,ちょっと待てやゴルァ!」
「あ~痛てぇ。あ~痛てぇ」
「どうしようかなぁ~,どうしようかなぁ~」
ぶつかった一人が痛いふりをし,一人が脅し残る一人が要求を突き付ける役だ。因縁をつけてくるヤンキーの見本である。
イサムは慣れたものだしリュウキも実力で排除するのは簡単だ。もちろん空手の有段者は迂闊に手を出すわけにはいかないが,打撃を使わずにあしらうのは簡単だ。問題はアサミの安全を確保する事と,好戦的な笑顔に変わったイサムの「やり過ぎ」である。
「あ~いっ……てえぇぇぇ!」
イサムに顔をくっつけるようにしてねちっこく威嚇していたヤンキーが足を抱えて飛び跳ねた。
爪先を思いっきり踏みつけられたのだ。やったのは当然イサムである。
「どうだ? 足の痛みで肩の痛みを忘れただろうが」
リュウキとアサミは「あ~あ,やった……」と言わんばかりの表情だ。
「このや……」
決まり文句を言い切る暇もなく鳩尾にイサムの爪先が食い込む。倒れこんでのたうつ仲間の復讐とばかりに,もう一人がイサムに殴りかかる。
ワンテンポ早く踏み込んだイサムが顔面に掌底を叩きこむ。カウンター気味に決まった。のけ反った頭を抱え込んで膝を突き上げる。三発撃ち込んで背中に肘打ちを叩きこむ。
残った一人がリュウキにかかって行った。リュウキは突き込まれた右拳に掌を添えて右後方へ,軽く押さえながら流した。
ヤンキーはたたらを踏む暇もなく顔から道路に突っ込む。
「こっちへ!」
アサミの手を引いて安全地帯へを非難するリュウキ。アサミの顔には見事な技を披露した彼氏への信頼と尊敬が浮かんでいた。
「こ……の……ごふぉ!」
呻きながら立ち上がった最初のヤンキーが,奇妙な声と鈍い音と共にぶっ飛んだ。
ヤンキー達が乗り捨てていた自転車を,イサムが振り回して叩きつけたのだ。一応タイヤの部分でぶっ飛ばしてはいるが,やっている事はヤンキーよりも過激だ。
「よし逃げるぞ!」
イサムが駆け出す。さすがに警察が来るとまずいのは分かっている。
「あのな! 『よし』じゃないだろう!」
「そうよ,やり過ぎよ!」
リュウキ達も文句を言いながら走りだす。
「いやいや,正当防衛だって」
「あれは過剰防衛だ!」
「あのね,『自転車で殴った』なんて聞いた人がワケ分かんないでしょ!」
当のイサムは涼しい顔だ。
あの手のヤンキー達は警察に訴えたりはしない。喧嘩に負けたと自分から宣伝するようなものだからだ。少々の怪我は自業自得と思ってもらおう。喧嘩に怪我は付き物なのだから――というわけだ。
イサムは妙にスッキリした顔で笑いだした。
「いいからいいから!」
「よくない!」
「何考えてんのよ!」
イサムは胸のつかえが消えた事を実感していた。久しぶりに生身で暴れて分かったのだ。いや,原点に返ったと言った方がいいかも知れない。
――そうだ,これだよ。俺は所詮ケンカ屋,ヒール(悪役)なんだ。正義の味方みたいな気分になってた事自体が間違いだったんだ。これが俺なんだよ!――
高笑いと不敵な笑み。本来の自分を取り戻したイサムは「気が進まなかった作戦」を楽しんでやれると確信したのだった。
「おーし,やってやるぜ!」
「いや,もうやるな!」
「とっくにやり過ぎなのよ!」
賑やかな逃走はオレンジ色の空に見守られながら続いていった。
かなり間が空いてしまいましたが,なんとか更新です。
次は早めに……したいなぁ……。




