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魔神学園  作者: 秋月白兎
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An enervated man ③

熱戦が続いたトリスタンVS阿修羅の一戦も,ついに終結を迎える。

果たして勝者はどちらなのか!

 トリスタンがじわじわと間合いを詰めていく。一方のコウゾウも漫然と攻撃を繰り返しているわけではない。

「う~ん,じゃぁこれはどうかな~?」

 打撃音が響きわたるより早く,一際強烈な衝撃がトリスタンを襲った。背中にくらった衝撃で上体が前につんのめる。今度は肩に同様の一撃。イージスの盾があったおかげでなんとか助かった。なかったら完全にダウンし,ラッシュを受けていただろう。

 立ち上がったトリスタンの目に映ったのは,左右それぞれ二本ずつの腕をより合わせた鞭だった。強烈なはずである。 

 リュウキの表情が険しさを増した。今のリュウキにとっては手数よりも重い攻撃の方が厄介なのだ。事実,今の一撃でトリスタンのフットワークは格段に鈍くなったはずだ。しかもこの攻撃が続く限り回復は望めない。一気に窮地に立たされたリュウキ。

「これってね~,左右両方とも出来るんだよ~」

 ハッとしたリュウキがトリスタンを突っ込ませる。だが本来のスピードではない。そこを左右から二本ずつ束ねた鞭が襲う。

 間一髪で身を伏せてかわす。鞭が交差して阿修羅の後ろへと走る。鞭の欠点は手返しの悪さである。

 ――チャンス!――

 トリスタンが跳躍し,長槍を振りかぶる。

 いけるか――どっと歓声が沸き起こり,悲鳴に変わった。左右から一本ずつ残っていた腕が鞭と化して飛び,トリスタンを迎撃したのだ。

 床に叩きつけられるトリスタン。間髪入れず束ねられた鞭が襲いかかる。寸でのところで身をかわし,そのまま床を転がり立ち上がる。床には鞭で溝が穿たれている。深さは十五センチほどもあろうか。かなりの威力だ。

 歓声と悲鳴が沸き起こり,これまでに見た事がない程のFAITHの輝きがアストライアの天秤に流れ込んでいく。

「マジかよ……こりゃ勝った方は相当なFAITHになるんじゃねぇのか」

 イサムの呟きも大歓声にかき消されてしまう。イサムの観察では歓声は男子,悲鳴は女子といった印象だ。

 リュウキは決して同性に嫌われるようなタイプではない。男子の歓声はトリスタンが劣勢な事に対してではなく,熱戦に対してのものであろう。

 だいたいリュウキはそれどころではない。この窮地をなんとか逆転しなければならないのだ。今は追撃が来なかった事で助かったが,これからが問題である。

――格闘の経験があれば,あそこで一気呵成に攻めてきたはずだ。明らかに戦い慣れていない素人だ。そこに付け入る隙があろうけど……どうやって懐に入り込むか――

 逡巡する時間は与えられなかった。修羅の鞭腕が飛んできたのだ。右へ左へとイージスの盾を振り向け,かろうじて難を逃れるトリスタン。

 リュウキもただ無鉄砲に前進していたのではない。ちゃんと観察していたのだ。先端速度がどれだけ速かろうと,鞭腕を振るうためには当然ながら腕を動かさなければならない。どちらの腕が動いたのか,それさえ見れば盾を向けるべき方向がわかる。目が慣れてきたのに加え,トリスタンが元来持っている騎士としての経験と技量が合わさり,腕が動く角度で鞭が襲いかかってくる角度も予想がつくようになってきたのだった。

 ここからは駆け引きの要素も加わってくる。虚々実々のフェイントと,その読みあいである。

 右と見せて左,上と思わせて下を攻撃する。行くと見せて行かず,引くと見せて前に出る。その度に鞭腕が空を切り裂き,イージスの盾が受け止める。攻撃の完全無効化は不可能ではあるが,かなりの割合でダメージを軽減してくれている。これが無ければ一分と保たずK.Oされてしまうだろう。

 コウゾウが大きなため息を吐いた。珍しく出したやる気をなくしたのか? それならリュウキにとっては朗報と言えるが――そうではなかった。「たまに」しか起きない事は案外長持ちするのである。

「いや~全くタフだねぇ君もトリスタンも……その盾も。じゃぁこれでどうかな~?」

 突然トリスタンを襲った強烈な衝撃。爆弾でも炸裂したのかと錯覚するほどだ。一気に闘技場端の結果まで吹っ飛ばされた。頼みの綱であるイージスの盾も盛大な音を立てて転がってしまった。

 リュウキも片膝をついてしまう。内臓がでんぐり返り息が詰まる。鼻血が吹き出しそうな熱い感覚。いや,目や耳からもだ。ただ事ではない。

「これ……は……?」

 必死の思いで立ち上がり,阿修羅をみたリュウキの目に飛び込んだもの。それは三本の腕を束ねた鞭腕だった。リュウキの肝が一気に凍りつく。左右三本ずつの腕を束ねた鞭が二本。一発くらえば吹き飛ばされる必殺の武器が二本,くねりながら滅殺の機を窺っていた。

「君には『連撃必倒』よりも『一撃必殺』が効果的みたいだからね~。これでラストだよ~」

 薄笑いを浮かべたコウゾウ。だがリュウキは聞き逃さなかった。

 ――これでラスト――

 最後の攻撃ならこれ以上の威力をもった攻撃手段はないという事だ。これさえなんとかすれば,勝機はある。

 リュウキは覚悟を決めた。相討ちさえも辞さない,最後の勝負。一つ読み間違えれば自分がやられる――その緊張感が,集中力を極限まで研ぎ澄ましていく。これまで魔神視点と人間視点を状況に応じて切り替えてきたが,最後の勝負は魔神視点で行く事に決めた。ギリギリのレベルで操作しなければならないと感じたのだ。

 これ以上ないレベルにまで高まった集中力は,五感も極限まで先鋭化させる。肌は闘技場全体を覆う空気のうねりまで捉え,目は阿修羅までの距離を「物理的な感覚」として捉える。

 コウゾウの阿修羅が太い鞭腕をこれ見よがしにくねらせて威嚇している間に,リュウキとトリスタンは呼吸まで整えて体勢を立て直してしまった。

「……まぁいいか,じゃぁいく――」

 「ぜ!」を言い切る直前でトリスタンがダッシュした。機先を制する絶妙のタイミングだ。阿修羅が一瞬動きをとれず固まる。

 リュウキはその一瞬が欲しかったのだ。イージスの盾を高めに構えたトリスタンは二十メートル程あった距離を,瞬く間に十メートル程に詰めた。

 阿修羅が右の鞭腕を振るう。この距離ならまだ威力ある打撃を放てる。狙いは必殺の効果を狙える頭部だ。

 だがこれはリュウキの誘いだった。わざとイージスの盾を高い位置に見せつけて,頭部を意識させたのだった。

 凄まじい力感で迫りくる鞭腕をリュウキは皮膚感覚で捉えていた。足を止めずダッキングしてかわす。間髪いれず左の鞭腕が飛んでくる。が,既にトリスタンは阿修羅の目前にいた。もう間に合わない。間に合ってもこれでは威力が無い。

 ――軟体化は阿修羅の全身に使える! 攻撃は効かないよ~!――

 コウゾウの思考はかろうじて余裕を保っていた。すぐに打ち砕かれるとも知らず。

 トリスタンが長槍で突く。狙いは阿修羅の眉間。あり得ない角度にのけ反ってかわす阿修羅。

 ――もらった!――

 リュウキの読みが的中した。イージスの盾を振りかぶって縁を叩きつける。狙ったのはのけ反る際に支点になった上腹部だ。支点になっている以上,咄嗟には動かせない。

 重い打撃音とともに床に叩きつけられる阿修羅。コウゾウも鳩尾辺りを抑えてうずくまっている。

 とどめを刺すべく長槍を振り上げたトリスタンをコウゾウが止めた。

「待った……降参だ,僕の負けだよ~」

「え……はあぁぁぁ!?」

 グラウンドにどよめきが満ちる。みな口々に異議や疑問,憶測を飛ばしているが,誰よりも納得できないのはリュウキである。

「ちょっと……あんたまだ動けるじゃないか!」

 最後まで勝負を諦める事の無いリュウキには,試合放棄などあり得ない事なのだ。ましてや一発もらったぐらいで投げ出すなど想像の外なのだった。

 人によって価値観や基準が様々なのはリュウキも分かっている。だが,それまで優勢だったのに少しダメージを受けたぐらいで全てを投げだすとは,幾らなんでも理解できないのだ。

「いや~だって……最後の手段を破られたんだよ~? これ以上はやっても無駄さ。負けるまでの時間が延びるだけだよ~」

 言葉を紡げないリュウキを尻目に,コウゾウが前原にギブアップを宣言した。前原が了承し,アストライアが天秤を掲げ阿修羅からFAITHを抜き取る。

 阿修羅の体が崩壊していくのも構わずコウゾウが闘技場を後にしようとした時,リュウキが声を上げた。

「高谷先輩! せめて……阿修羅に労いの言葉ぐらいは!」

「そうは言うけどね~,僕と阿修羅はね……相性が悪かったんだよ。君達の魔神も喋るだろう? この阿修羅はいつもいつも『訓練しろ』だの『体を鍛えろ』だの口やかましくてね~。正直,清々してるんだ」

 思いもよらない告白に言葉を失うリュウキ。自分やイサム,アサミはそれぞれの魔神と上手くやっているが,そうでない者もいたとは。いや,当然あり得る話だが皆うまくやっていると思い込んでいたのだ。迂闊といえば迂闊だ。

 それでも収まりがつかないリュウキはコウゾウのもとまで走って行き,小声で尚も説得を試みる。

「でも……だからと言って! 今まで自分の願いの為に一緒に戦ってきたんでしょう!」

 コウゾウは自分の肩を掴んだリュウキの手を払いながら,冷やかに答える。

「僕は割と恵まれた生まれでね~。たいていの願い事はどうにでもなるんだよ~。今回の願いだって,他の手段で叶えられるんだ。ただ面白そうだから参加してみただけさ~」

 冷たい笑顔を浮かべるコウゾウ。その冷やかさにリュウキは凍りついた。

「まぁせいぜい頑張る事だね~。君のFAITHが前原に追いついたとしても,まともにやってちゃ勝ち目はない。そのしぶとさもどこまで保つことか……」

 コウゾウが踵を返して立ち去る。その背中にリュウキの最後の言葉がぶつかる。

「本当にそれでいいんですか!? そうやって諦めて! すぐに投げ出して! そんな生き方でいいんですか!?」

 コウゾウが振り向きもせずに右手を挙げて去って行った。リュウキは何も納得できないまま立ち尽くしていた。



 高谷コウゾウ FAITH POINT 778 POINT LOST

 若園リュウキ FAITH POINT 778 POINT + 880 POINT GET TOTAL 2067 POINT



 熱戦の成果といえる膨大なFAITHがリアルタイムで流れ込んできた。おかげでFAITH POINTは前原に続く2000 POINT超えである。

 イサムにとっては非常に拙い状況である。現時点で残っている魔神使いの中では群を抜いてFAITHが低いのだ。どうしたものか闘技場横で思案している所に山本コウタがやってきて――前を通り過ぎ,すぐ傍にいた前原の前に立ちはだかった。

「なぁあ前原。そぉろそろ俺達も決着を着けねぇか」

 付近が一気にざわめく。

 ――事実上の決勝戦じゃないか――

 そんな空気が立ち込めた。イサムは完全に置いて行かれている。

「そうだね。君との因縁も終わりにするべき時が来たようだ」

 正面から睨みあう二人。不可侵の空気に割って入るものがいようか――いた。副会長の日蔭キョウジだ。

「いや会長が出るほどの事じゃない。僕と――」

「おぉめぇにゃ言ってねぇ! すっ込んでろ!」

 突き飛ばされたキョウジを前原が支える。

「済まない,ここは僕がやらなきゃ収まらないようだ。それが彼に対する礼儀でもあるだろうしね。気持ちだけ受け取っておくよ」

 小さく頷いて下がるキョウジ。だがもう一人そこにいた。シヅルだ。彼女が腕を組んでイサムの前に立ちはだかったのだ。

「じゃぁ私は……最後の邪魔者の相手をしましょうか」

 キョトンとするイサム。自分が邪魔者認定された事が分かっていないのだ。

 シヅルが優しく笑いながら念を押した。

「ね?」


 こうして初の二連戦が行われる事が決定した。


今回はかなり間が空いてしまいました。次はちゃんと……更新できるといいなぁ……。

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