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魔神学園  作者: 秋月白兎
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An enervated man ②

激化の一途を辿るトリスタンvs阿修羅。 

膠着状態に陥りかけたその時,コウゾウが阿修羅にプラスした能力が明らかになる。

 阿修羅の眉間に槍が突き刺さる――そう見えた瞬間,穂先の前に宝剣が立ちはだかった。鍔元と穂先が激突して耳障りな金属音が響く。僅かな火花を引いて阿修羅がとんぼを切り間合いをとる。

 トリスタンが構え直した。同時に大歓声があがり,グラウンドの空気が揺れる。

 イサムが大きく息を吐いた。一連のやり取りに魂を奪われ,呼吸するのも忘れていたのだ。隣のアサミはハンカチを噛みしめ,引き裂かんばかりに両手で引っ張っている。もしもハンカチを咥えていなかったら,悔しさのあまり叫び声をあげていた事だろう。

 アストライアの天秤には燃えるような赤と輝く白銀の光が流れ込んでいる。まだどちらが多いとも言えない,そんな微妙な差でしかない。この先どうなるか,まだまだ分からない状況だ。

 少なくとも戦況はリュウキにとって芳しいものではない。FAITHで大きく上回る相手の攻撃をしのいではいるし,反撃にも転じているが……それだけだ。決して有効打を入れているわけではない。それにコウゾウはまだプラスアルファした能力を見せてはいないのだ。リュウキもイージスの盾を使ってはいないが,逆にいえば阿修羅の六本の腕で封じられている。

 この膠着状態を打破する為にも,そろそろ隠している能力を使ってくる頃合いではないのか――イサムがアサミにそう告げると横の前原が肯定した。

「そうだね,もう使うだろう。『その気になった』高谷君は強いよ。滅多にならないのが残念だがね」

 アサミが抗議の声をあげるが,ハンカチを噛みしめたままなので言葉にならない。仕方なくイサムが通訳する。

「……リュウキくんならなんとかします! と言ってますよ,センパイ」

 アサミがハンカチを咥えたまま頷いて見せる。

「そうか,ならば彼にも期待しよう」

 二人が頷いて闘技場に視線を戻した。ちょうど両者が構え直したところだ。阿修羅は腕を二本ずつ上・中・下に振り分けたオールレンジの構えだ。対するトリスタンは長槍の持ち方こそ同じだが,四股立ちを止めて「レの字立ち」に変え,軽くリズムをとっている。フットワーク重視に切り替えたようだ。

「リュウキにしちゃ珍しいな」

 イサムが言う通り,伝統流派のリュウキはどっしりと構えるのが普通だ。フットワークが苦手なわけではないが,得意という程でもない。

「ふ~ん,方針変更ってわけ~?」

 コウゾウが挑発するが,生来の当たりの良さでどうも効果が無いようである。リュウキは全く動じなかった。

「ええまぁ……色々とやれる方なんで」

 リュウキも何かを仕掛けてくる頃だと読んでいた。四股立ちは非常に安定した立ち方だが,その分「かわす」という事ができない。受け止めるか流すか,どちらかしかできないのだ。不測の事態に対するには,万能型の対処法がいいのだ。

 ――できればこうなる前に決めたかったな――

 リュウキは表情に出さなかったが,FAITHの差はやはり如何ともし難い。それを悔しがっていた。

 だがコウゾウはそんな事など知る由もない。阿修羅の突撃と斬撃が襲う。トリスタンがサイドステップでかわしざまに斬撃を受け流し,阿修羅の体勢を崩しにかかる。コウゾウもそれは想定済みだ。つんのめる勢いを利用して前転し,間合いをとった――つもりだった。

 着地したすぐ横にトリスタンの端正な顔があったのだ。これがリュウキの狙いだった。いくら阿修羅のFAITHが高かろうと,それを操る高谷の方が素人ならば本領を発揮できようはずがない。本来なら投擲武器であるチャクラムを投げずに切りつけてくる事からも明らかだ。

 事実,リュウキは阿修羅がどう動くか予想し,滑るようなフットワークでトリスタンを動かし追いついていたのだ。

 驚き方向転換しようとする阿修羅の体が固まった。トリスタンが阿修羅の足の甲を踏みつけた――いや,蹴ったといった方がいい――のだ。続く長槍での連撃。上下左右から,そして突きも交えて縦横無尽の連続攻撃が降り注ぐ。阿修羅が六本の腕と武器をフルに使ってなんとか持ち堪える。観衆はやんやの大歓声だ。トリスタンに注がれるFAITHがみるみるうちに,大きく太くなっていく。

 阿修羅の左脚に重い衝撃が走った。トリスタンのローキックだ。長槍の攻撃にすっかり意識を奪われていた阿修羅は,まともにくらってしまった。コウゾウの口から低いうめき声が漏れる。

 ――とどめだ――

 

 長槍が煌めいた瞬間。


 トリスタンは横腹に強烈な衝撃を受け,跳ね飛ばされてしまった。リュウキの口から低い呻きが漏れる。

「今のは……なんだ……?」

 阿修羅の「右腕の一本」が動いたのは見えた。だが衝撃は「右脇腹」にきた。反対側なのだ。

 一先ず間合いを取り,リュウキはコウゾウを,トリスタンは阿修羅を見据えた。甲冑のおかげでダメージは大した事はないし,普段の稽古で打たれ慣れてもいる。まだまだ大丈夫だ。

「全く~,見かけによらずタフだねぇ~君もトリスタンも」

 コウゾウの声に呼応するように,阿修羅が手にしていた武器を捨てた――全ての武器をだ。

 リュウキの目が点になった。何か隠している能力があるとしても,武器を持っている方が有利なはずだ。一体なにを企んでいるのか分からないリュウキはトリスタンの動きを止めるしかなかった。

「さっきの一撃,結構効いただろ~? でも,まだまだこれからだよ~」

 余裕の笑みを浮かべるコウゾウ。そして阿修羅の右下の腕があり得ないレベルにしなり――一気に解き放たれた。

 空を切り裂き不可視の速度で叩きつけられた腕は,リュウキが認識するより速くトリスタンを弾き飛ばした。耳をつんざく衝撃音が響きわたる。

 立ち上がるトリスタン。だがよく見れば甲冑の肩の部分が僅かに凹んでいる事がわかるだろう。

「これは……」

「そう,僕が阿修羅にプラスした能力は……軟体化だよ~」

 軟体化させた腕を鞭の様につかっているのならば,対応できない事はない――そんなリュウキの考えを嘲笑うかのように阿修羅の猛攻が始まった。

 六本の腕を全て鞭と化し,或いは縦に,或いは横から襲いかかる阿修羅。トリスタンは防戦一方に追い込まれた。後ろ足を曲げて重心を落とした後脚立ちでイージスの盾を前面に構える。だが鞭は盾を回り込み,後ろにも横にも痛撃を叩きこんでくるのだった。

 またもや大歓声が沸き起こり,阿修羅へのFAITHが注がれる。アサミはハンカチを咥えたまま地団太を踏み,イサムは拳を握りしめて闘技場を見つめている。あのリュウキが手も足も出せないという事態がイサムには信じられないのだ。

だが無理もない。リュウキにはこの攻撃が捉えきれないのだ。たんに数が多いだけではない。途轍もなく速いのだ。傍目にはそこまでとは見えないのだが,実際に攻撃する部位――先端の速度は全く目で追えないのである。

 人間の手持ち武器の中で,飛び道具でもないのに音速を超える物が一つだけある。それが鞭だ。先にいくに従って細くなるので,運動エネルギーが集約されるのである。更にミートの瞬間に手元を引く事によって更に加速する。これで音速を超えるのだ。

 それを阿修羅の逞しい腕でやったらどうなるか? ましてや強力なFAITHをもつ魔神なら? 考えるまでもない。

 みるみるうちにトリスタンが纏う白銀の甲冑が変形していく。鼓膜を破らんと響きわたる打撃音も苛烈さを増していく。

 歯噛みして見守るイサム。悔しさのあまり呟きが漏れる。

「くそっ……打つ手無し……か?」

 アサミのハンカチがいよいよ破れかけてきた時,イサムの目に変化が映った。トリスタンの足がじわじわと前に出てきたのだ。

 目が慣れてきたわけではない。相変わらず見えないままだ。慣れてきたのは打撃そのものに対してである。相手の体を貫かんとする空手の打撃に比べれば,やはり軽いのだ。甲冑のおかげもあるが,体の表面で止まる痛みであって,体の奥まで残る重い打撃ではない。

 ――これならば耐えられる――

 リュウキはトリスタンをじわじわと進め,一気に勝負を決める間合いとタイミングを計っていた。

自分としてはナイスなペースで更新できています。


次もこのぐらいでできれば……。

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