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魔神学園  作者: 秋月白兎
24/40

An enervated man

生徒会監査の高屋コウゾウからの挑戦を受けたリュウキ。二倍近いFAITHを持つ相手に,リュウキはどう戦うのか? 


今 激闘の幕が切って落とされる!

 翌日。リュウキのクラスを前原が訪れ,高谷コウゾウから対戦の申し込みがあった事を伝えた。

「僕に……ですか」

「そう,君にだ」

 そのままの返しだが他に言いようもない。リュウキとしては構わないが,疑問も湧いてくる。生徒会側ならヤンキーグループの殲滅に全力を傾けると思い込んでいたのだ。

「それは僕とシヅル君に任せるそうだよ」

 マドカとの対戦で,シヅルのFAITHは一気に1569 POINT にまで達していた。ヤンキーグループのリーダー山本コウタを抜いて暫定二位に浮上したのである。確かにこれなら十分に渡り合えるだろう。

「それで自分は僕達を潰そうと?」

 前原が苦笑いを浮かべた。

「そこまでのつもりかどうかは分かりかねるが……どうかね,受けるかな?」

 リュウキが頷いてみせた。いくら上級生とはいえ,これまで何もして来なかった男に負けるつもりは無いのだ。

「分かった。では今日の放課後に対戦だ。それと……高谷君から言付かっている。公平を期す為に伝えてくれと。彼の魔神は阿修羅だ」

「阿修羅……!」

 前原が頷いて踵を返した。

「健闘を期待しているよ」

 リュウキが自分の席に腰を下ろして考え込む。級友達の励ましや好奇心からの質問攻めも耳に入らなかった。

 空手家のリュウキは阿修羅のイメージが殊更に強烈だった。闘神の代名詞であり,苛烈な攻撃を繰り出す者の比喩でもある。三面六臂の阿修羅像を見た事が無いものはいまい。静けさの中に力と闘志を秘めた姿は,見る者を魅了してやまない。

 国宝級の姿なのかどうかは分からないが,恐らく三面六臂は確実だろう。どう対処すればいいのか――すっかり考え込んでしまった。


 昼休み。ボクシング部のリングにリュウキがいた。対戦しているのはボクシング部の上級生三人だ。三対一の変則スパーリングの最中である。スパーリング用の16オンスのグラブをしているとはいえ,まともに食らえばダウンは必至だ。案の定いいのをもらってダウンの連続である。

「うわちゃぁ……」

 これはイサムの嘆きである。リュウキに同行してきたものの,スパーリングパートナー役をキャンセルされてしまったのだ。理由は簡単,「お前絶対に余計な事を企んでるだろう」と悪戯心を看破されてしまったのだ。見破ったのは当然リュウキである。それでも「相手が何をしてくるか分からないだろう」と食い下がったものの,「最初からハードルを高くし過ぎたら練習にならない」と却下され,観客役を余儀なくされたのだった。

「ほらみろよ。幾らなんでも三人同時にかかって来られたら,どうにもなりゃしないんだ」

 スパーリングパートナーの三年生が諭す。

「でも……次の対戦が…こうなる筈なんですよ……」

 級友の吉田がボクシング部なので,その伝手を頼っての変則スパーリングだったが,ここまで手も足も出ないとは予想外だった。そしてそれは敗北を意味する。突破口を見つけるまでは止められなかった。

「じゃぁ若園。二対一でやってみろ」

「え? でもそれじゃぁ……」

「いいからやってみろって」

 主将・加藤の言う通りに始めると,意外な事にこの方が厄介なのである。四つの拳が生きているのだ。三対一よりも素早く,力も乗り,縦横無尽に繰り出されるのである。そして見事なダウンを奪われた。

「かっ……これは……?」

「ちゃんと呼ばんか。とにかく,これで分かったろう? いくら腕が多くても,一度に攻撃できるスペースが限られているんじゃ宝の持ち腐れだ。三つの顔も同じだ。横や後ろが見えたって,前から攻撃してりゃ関係無い。分かったか?」

 リュウキの瞳がパッと輝いた。イサムも納得して手を叩く。更に,一つの顔と二本の腕しか持たない人間が,三面六臂を万全に操れよう筈が無い。左右の三本ずつが似たような動きをして襲ってくるのではないか――そこまで話が進むと,ようやくリュウキの目に突破口が見えてきたのだった。

「ありがとうございます!」

 リュウキが感謝の気持ちを現すと,加藤は頭を振って見せた。

「礼はいらん。俺は単に後輩からの頼みと……高谷が気に入らんから手を貸しただけだ」

 今度はリュウキの目が丸くなった。このS高校では監査役も選挙で選ばれる。他校のシステムは知らないが,とにかく選挙で選ばれているのだから平均以上の人望はあるものと思っていたのだ。

「アイツは周りからの評価がハッキリと別れるタイプでな……」

 加藤が語るところによると,高谷は資産家の長男に生まれ身なりも良く,人当たりもいいので好かれる相手にはとことん好かれる。反面,何かをやる場合は基本的に人任せな性格なのだった。監査の業務も実質的にはシヅルがやっているという噂もあるぐらいなのだ。この「人任せ」で割を食った者からは蛇蝎の如く忌み嫌われるのだった。

「確かにヤツは『いい人』に見える。が,少しでも手間のかかる事は全て他人に押し付けて自分じゃ何もしない。そんなヤツを信用出来るか? 行動を共に出来るか? 出来やしない。あの物腰も何もかも,自分が楽をする為の手段にしか見えない。そんなヤツをぶちのめす為なら協力は惜しまん。そういう事だ」

 加藤が告げる高谷評は,リュウキにとって意外なものだった。まさかそんな人物が生徒会に席を置き,前原の信を得ていたとは。

 加藤の言葉を鵜呑みにするのは危険なのかもしれないが,少なくとも高谷をこう評価している人物がいるのは確かなのだ。その事実は認めるべきだろう。

「それが本当なら……いけ好かねぇタイプだな。嫌われるのも無理はないか……」

 イサムが考え込む。リュウキも頷くが,今はそんな事をを考えている場合ではない。やっと勝ち目が見えてきたのだから,人物評よりも攻略法が優先なのだ。礼を述べて加藤達の元を辞し,対戦までの限られた時間の中で最大限にシミュレーションを繰り返すのだった。



 放課後,闘技場の周りは黒山の人だかりが出来ていた。既に珍しいという意識も希薄になって来ているが,やはり普通の事ではないし苦々しく思っている者もいるようだ。そういった者達も無関心という訳ではない。校舎の窓から遠目に観戦しているのが常である。公開バトルに対してどういう思いを抱いていようとも,その結果が自分達の学園生活に影響を及ぼすのは明白なのだ。どうしても結果に注目せざるを得ない。

 いつも通りにアストライアがその幻想的なまでに美しい姿を闘技場の前に現し,対戦する二人とその魔神がコールされた。

 大歓声がグラウンドを揺るがす。が,今回は今までとは少々違っていた。興奮だけではなく驚きの要素も色濃く含まれていたのである。

 阿修羅の姿は言い伝えられているまま,三面六臂の異形である。三対の腕にはそれぞれ宝剣・戟・チャクラムが握られ,合計六つの武器を携えている。炭火のように赤い肌は仏像のイメージと同じだ。

 対してトリスタンは長槍一本きり。何よりも切り札であるイージスの盾を背中に背負っているのだ。一体何を考えているのか。ほとんどの者が真意を計りあぐねていた。

 リュウキの考えを理解できたのはスパーリングに付き合った加藤達と,イサムだけだった。

 下手な小細工よりも正面から完封しにいく,この方がリュウキには向いている。やはり武道家なのだ。

 前原の号令で戦いの幕が切って落とされた。阿修羅がそのイメージの通りに突撃する。三対の武器を振りかざし,風を巻いて迫りくるその姿はまさに闘神。放たれる人外の気迫にギャラリーが息をのむ。

 待ち構えるトリスタンは――大きく足を開いて踏ん張り,腰を落としている。空手で言う「四股立ち」である。よく見れば長槍も穂先側を握る左手が逆手――小指を穂先に向けている――のだ。どうするつもりなのか?

 阿修羅の斬撃が降りかかる。凄まじい火花と擦過音を振りまいて受け流された。阿修羅の体が一瞬泳ぐ。間髪入れずその顔面へ槍の石突が吸い込まれ――空を切った。あり得ない程の速さでのけ反り,難を逃れたのだ。

「惜しいな……」

「危ないな……」

 リュウキはほぞを噛んでいた。初撃に賭けていたのにかわされてしまったのだ。もうあんなチャンスは訪れまい。

 一方コウゾウは冷や汗をかいていた。瞬き程でも反応が遅れていたら深刻なダメージを負っていたところだ。完全にカウンターのタイミングだった。

 もう迂闊に動けない――イサムでさえそう思ったが,円卓の騎士と闘神にそのつもりはなかった。無論その主達も。

 阿修羅の攻撃が左右から雨霰と降り注ぎ,火花と金属音を放ちながらトリスタンがそれを撃ち落とす。

 一瞬も止む事のない攻防にギャラリーは声を上げる事さえ忘れて釘づけになっている。当然だ,こんな闘いは二度と目に出来ないのだから。赤く輝く肌を持つ三面六臂の闘神と,白銀の甲冑に身を包んだ騎士が戦う。どうやったらそんな光景を目に出来る?

 ギャラリーは固唾を飲んで見入っている。一方的に攻めているのは阿修羅だ。トリスタンが劣勢に見えるが,そうでもない。トリスタンは四股立ちのまま,一歩も下がっていないのだ。

 右から左から撃ち下ろされる攻撃を全て捌いている。迎撃するのではなく,阿修羅の斬撃を外側から内側へ向かっていなしているのだ。まともに撃ち返せば間違いなくパワー負けするだろう。単純に腕の数が三倍なのだし,FAITHもかなりの差だ。リュウキはじわじわと存在感を増した事もあり,ケンジとの対戦後もFAITHが増したが,いまだ400 POINTを超えた程度だが,コウゾウは700 POINTオーバーなのだ。どう考えてもパワーで敵うはずがない。

 にもかかわらずまともに戦えているのは,子供の頃から培ってきた空手の技量故だろう。イサムはある言葉を思い出しながら,親友の闘いぶりを見ていた。

 ――武器は手の延長だ――

 リュウキがよく言っていた言葉である。リュウキが学んでいる流派は伝統流派とはいえ,槍や棒術を伝えているとは聞いていない。素手での技の応用なのだろうが,口で言うほど簡単な話ではないという事はイサムにも分かる。

 それをやってのけるあたり,ただの若者ではない。相当な素質を持っているようだ。

 かたやコウゾウの戦いぶりも彼を知るものを驚かせていた。好感を抱いている者は野性的な一面に驚き,その落差に意外性を感じて好意を増す。一方で反感を持つ者達は早々に勝負を投げだすと踏んでいたのだが,意外な闘志を見せられて更なる反感をつのらせた。「やれば出来るというのに,普段の態度は何なんだ。俺達を召使いか何かとでも思っているのか」となるのである。

 周囲の思いをよそに戦いは激しさを増していく。膠着状態が続くかと思われたが,トリスタンが均衡を破ったのだ。

 斬撃を受け流すと同時に右足を引き,阿修羅の体を懐に引き込んだのである。前につんのめる阿修羅。

 その額めがけて銀光と化した穂先が突きこまれた。

 

いつもより更新ペースが速いですね。我ながら頑張っています。

この調子で次も更新できれば……せねば……。

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