beauty vs beast ③
シヅルVSマドカ=アルテミスVSマンティコアの一戦も遂に決着の時を迎える。
因縁に彩られた戦いの行方は?
マンティコアが全身のバネを使ってジャンプした。同時にアルテミスが矢筒から矢を抜く。
――間に合わない――
そう意識するより早く,シヅルの本能が反応した。無意識の動きでアルテミスの指を操作し,矢を人差し指と中指の間に握り込んだのだ。拳から矢が突き出た格好だ。それをそのまま突き込んだ。
突き込まれた矢はマンティコアの肩口をえぐった。だが同時にマンティコアの爪もアルテミスの右腕を引き裂いていた。相討ちだ。
アルテミスの腕から流れる鮮血が,白磁の様な肌に鮮やかな色どりを添えた。倒錯的な艶めかしさに男子だけでなく女子も視線と言葉を奪われてしまっている。だが当事者二人はそれどころではない。傷を負った瞬間は熱感が走ったが,それがじわじわと痛みに変化してきているのだ。
リミッターが効いているので耐えられない程ではないが,やはり痛いものは痛いのだ。両者ともにダメージを負った個所を押さえているが,次の攻撃に備えて間合いを計っている。
「次でケリっぽいな……」
「ああ,間違いないな」
イサム達だけでなく,他の魔神使い達もクライマックスに差し掛かった事を感じ取っていた。
アルテミスとマンティコアの距離が少しずつ縮まっていく。矢を引き絞って構えたまま,アルテミスは動かない。完全に迎撃態勢だ。対するマンティコアが,爪と足指を使ってミリ単位で距離をつめているのだ。
マンティコアが牙を剥いた。アルテミスは動かない。
マンティコアが翼を広げた。アルテミスは動かない。
マンティコアが爪を立てた。アルテミスは動かない。
緊張感が極限まで高まり,周囲には静けさが雪のように降り積もっていく。誰一人として身じろぎも咳払いもできないまま,闘技場の一挙手一投足に注意力の全てを注いでいた。
マンティコアがジリジリと間合いをつめ,遂に鼻先がアルテミスの「絶対的距離」に触れる寸前――ほんの数ミリ手前だ――で停止した。両者が呼吸を計る。固体化したかのように濃密な時間が流れ……突如爆発した。
マンティコアが飛びかかる。アルテミスが矢を放つ。外れた。マンティコアが翼を使ってサイドステップしたのだ。
次の一歩で方向転換してアルテミスに襲いかかる。矢を外した直後のアルテミスはまだ次の矢をつがえていない。
――やられる――
そこに居たほぼ全員がそう覚悟した時,犬の悲鳴にも似た声が響いた。マンティコアだ。マンティコアはその喉元から光る物を生やしていた。それはクランク状に湾曲した短剣「シカ」だった。短剣の柄を握るのは白皙の肌と鮮血で彩られた腕を持つ,世にも美しき女神――アルテミスだった。
そう,アルテミスの武器は弓矢とサンドブラストだけではない。このシカもあったのだ。今回はここまで弓とサンドブラストだけしか使わなかったためか,マドカの意識から消えていたのだった。
マドカが喉元を押さえて崩れ落ちる。同時にマンティコアも力なく落下し,五体が砂のように崩壊していく。
アルテミスがアストライアから祝福を受ける様は,まさに想像以上に幻想的な美しさ。それ故か,その光景を見た者は思い出そうとしても漠然としたイメージしか思い出せないのだった。
闘技場が消え,シヅルが歩を向けたのは――今尚うずくまるマドカの元だった。
「……なによ……笑えばいいじゃない! 嘲ればいいじゃない!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたマドカが叫ぶ。それを平然と受け止めるシヅル。どこまでも対照的な二人だった。
「笑う気なんかないわ」
「じゃぁなんなのよ! 同情? だったらごめんよ! これ以上惨めになんかなりたくないわよ!」
マドカの激情が爆発する。陽光を煌めかせながら舞う涙。そこには破滅の美しさがあった。
「同情もしないし笑いもしないわ。ただ貴女に聞きたいだけ」
淡々と語るシヅルを睨みつけるマドカ。だがもう,その瞳に以前の力は宿っていない。哀れな敗者の,なけなしの意地だけがあった。
「貴方は自分が振り向かせようとした……前原君の事を理解しようとした事があって?」
マドカが返したのは――無言だった。
「結局 貴方は自分の価値観を相手に……前原君に投影していただけ。自分と同じ考えに違いないと,勝手に思い込んでいただけ。それじゃぁ恋も勝利も手に入らないの」
「なによ偉そうに! アンタには関係ないじゃない!」
マドカが必死に否定する。自分がやって来た事を守る為に。自分の価値観を守る為に。
「そうやって貴女はいつも否定するの。自分と違うものを。だけどね……みんな違うのよ。価値観も考え方も外見も……生まれも育ちも。それを理解しないと何も進まないのよ。今日だって貴女は,私がどう戦うのか考えてなかったでしょ? 自分がどう戦うか……それだけで戦っていたわよね」
マドカは歯を食いしばって耐えていた。敗北感に。屈辱に。何よりも劣等感に耐えていた。
「私がどう戦うか。それを考えていたなら……結果は逆だったかもしれない。勝敗を分けたのはそれよ。そしてきっと……私達の全てに当て嵌まる」
マドカの目が極限まで開かれた。
「アンタ……それじゃ……」
シヅルが首を振って否定した。長い髪が初夏の空気を揺らす。
「まだ答えは出ていないわ。でも……希望は……可能性は持っているつもり。自信は無いけどね」
マドカの肩が落ち,シヅルが歩み去っていく。その背中を叩いたのは,低い押しつぶされた嗚咽だった。
シヅルの姿が遠く離れてから,それまで遠巻きにしていた男子――マドカの取り巻きだ――が寄り集まりマドカに慰めと励ましの言葉を雨霰と,いや土砂降りの豪雨のように浴びせかけた。もはや聖徳太子でも識別不能なレベルだが,不思議と癒されていくのを感じるマドカだった。これもこれで本人が望む在り様なのかもしれない。
「……前原先輩,いいんスか? 行かなくて」
イサムが無遠慮に過ぎる問いかけを投げかける。感情を荒げたのは隣にいる副会長のキョウジだが,前原が制し苦笑交じりに答えた。
「僕が行っては逆効果だよ。余計に打ちのめされてしまうだろう。ここは彼らに任せるのが……現状ではベストな選択だ」
イサムは顎の傷跡を弄りながら,半信半疑といった顔で頷いた。
「ふ~ん,そんなもんスかね。どうも俺にゃ……女心ってやつは分かんないっスわ」
立ち去るイサムをリュウキとアサミが追う。前原は彼らを見送りながら,傍らにいる高谷コウゾウに話しをふった。
「さて,高谷君。君は今回の戦いに消極的だが,何か思うところでもあるのかな?」
「ん~,どうしようかなぁ~。そろそろ動こうかどうしようか……どうしたらいいと思う~?」
キョウジが呆れ顔で溜息を吐いた。コウゾウは生徒会監査の仕事はそつなくこなすが,普段はいつもこの調子である。
前原も軽く肩をすくめて応じるのが常であり,この時もそうだった。
「そうだね,なにか特別な考えでもない限り……動かないと後々困る事になろうね」
虚ろな印象を与える笑顔を浮かべたコウゾウが,頭を掻きながら一歩踏み出した。
「仕方ないなぁ~,僕も願い事ぐらいはあるし……やるしかなさそうだなぁ~」
まるでやる気を感じられない決意表明だった。
長かった戦いも,とうとう終わりの時を迎えました。次はどうなるのか……まだイメージだけで具体的には固まっていません。書いているうちにどうにかなるかな……いつもの事ですが。




