giant killer
様々な憶測の中,ついに始まった男VS女のバトル。
一体どうなるのか。またシヅルの目的は?
波乱の舞台は整った!
翌日,校内はまた放課後のバトルの話題でもちきりになっていた。とうとう自由同盟が殲滅されるのか。或いは一矢報いて単独勢力として頭角を現すのか。もしそうなれば,ヤンキーグループの山本と同じ立ち位置になる。この二人が手を組む事もあり得るのではないか――など,様々な憶測が飛び交っていた。
魔神使い達の反応は少々違っていた。今や彼らの殆どは相手の持つFAITHが大まかにだが感じ取れる。その観点からいくと,「野崎ヒロミチの勝算は乏しい」となるのだ。シヅルが持つFAITHは,ヒロミチのそれの数倍にも上る。まともにいけば玉砕するだけだ。だが,これまでイサムやリュウキが示してきたようにそれをひっくり返す例も無くはない。ただ,それをやってのけるには機転や応用力が必要になる。つまり「上手く立ち回る」技量が必要になるのだ。
果たしてヒロミチにそれができるのか? 焦点はそこに絞られてくる。そして――稀有な例は稀有だからこそ記憶や印象に残る。残念ながらヒロミチの過去を振り返るに,期待する事は難しいだろう――という結論に至るのだった。
ただ当事者であるヒロミチは,相手のFAITHが感じられない為か楽観的な予想をしていた。「所詮は女,戦い方のノウハウは碌にない筈。ストーンゴーレムのパワーとタフネスだけで押しきれる」と考えていたのだ。それに加えて重力操作もある。実際のところ,ストーンゴーレムのパワーと耐久力は「FAITHが同じであればトップクラス」なのである。イサムとリュウキのコンビネーションの前に不覚を取ったが,一対一ならばまだまだ自信があるのだ。
それ故にヒロミチは,勝利した後で可哀そうなシヅルをどうやって慰めようかと考えながら放課後を迎えたのだった。
放課後のグラウンドに闘技場が鎮座し,ギャラリーが群がっている。魔神使い達は例によって最前列だ。アストライアがその美しい姿を闘技場の前に見せている。
闘技場の両端に佇んでいる二人がコールされ,場が一斉に湧き立つ。ヒロミチが拳を何度も突き上げてギャラリーを煽る。場が更に盛り上がり,ヒロミチのテンションも急角度で上がって行く。
対峙するシヅルは対照的に冷静な姿を崩さない。どんな歓声も無関係といわんばかりだ。
両者が魔神を現し闘技場に進める。この時マドカは見逃さなかった。シヅルが一瞬だけ自分に視線を向けたのを。言外に「よく見ておけ」と伝えたのを。
ヒロミチのストーンゴーレムと向かい合ったのは,アストライアに劣らぬ美しい女神――アルテミスだった。白いペプロスと呼ばれる一枚衣を短くたくし上げ,芸術的な艶やかさを湛えた両脚が覗いていた。両腕も肩まで露出し,見る者に活動的な印象を与える。何よりも左手に持った弓と,本来ならば見事な造形美を見せたであろう乳房を覆い隠す胸あてが,狩猟の女神でもある事を雄弁に語っていた。
黄金色の優美な長髪を花冠が飾り,腰には色とりどりの宝石が象嵌された「シカ」と呼ばれる短刀を佩いていた。クランクを思わせるほどに湾曲した刀身である。
美しく優雅でありながら野生的な印象も漂わせる女神が,巨石から削り出したようなストーンゴーレムと対峙している。見た目の印象だけならアルテミスが捻りつぶされる残虐ショーにしかなるまい。事実,ヒロミチもそう考えていたのだ――バトルが始まるまでは。
前原の号令で戦いの幕が切って落とされた。普通に考えれば「どう見ても非力な」アルテミスが奇襲をかけそうなものだがそうはせず,弧を描いて移動し間合いをとる。弱者が強者に挑む際,「先手必勝の奇襲戦法」が常套手段なのに攻めていかない――これがヒロミチの自信を加速させた。
戦う前は勝てるつもりだったろうが,いざストーンゴーレムを前にしたら怖気づいてしまったのだろう。ならばあっさりと勝負を決めて,シヅルを慰めついでに上手く口説いて自分のものにしてしまおう。そんな邪な妄想に駆られてヒロミチが攻勢に出た。
ストーンゴーレムの右腕が天高く掲げられ,空気を引き裂き振り下ろされる。重力攻撃だ。
「くらえ! 2倍だあぁぁぁ!」
だが視界のなかにはアルテミスはいなかった。直径十メートル程の円の中は僅かに空間が歪んで見えるが,そこはもぬけの空だ。
「どこだ!」
魔神視点で見ていたヒロミチは完全にアルテミスを見失っていた。そこへ後ろから呼び声が聞こえた。
「ここよ」
水晶のハープをかき鳴らすような,透明で美しい声。その主はアルテミスだった。
人間視点で見ていたなら「移動後」の位置は分かる。だが「移動中」は完全に見えなかった事だろう。それほどのスピードだった。
「くそ!」
ヒロミチが人間視点に切り換え,重力攻撃を連発する。効果範囲は直径十メートルなのだから,少々外れても捉えられるはずなのだ。
にもかかわらず全てかわされてしまう。それもそのはず,アルテミスは狩猟の神でもある。相手の攻撃を読み,かわし,回り込むのはお手の物なのだ。
アルテミスが回り込むたびに白いペプロスがたなびき,際どい辺りまで見えそうになる。その度に男子生徒から歓声があがる。女子生徒はそれをジロリと睨みつけるのだが,今は男子を非難している場合ではない。同性を応援するのに忙しいのだ。
アストライアが掲げる黄金の天秤には,黄金色の光が集まって来ていた。シヅルはFAITHが増して行くのを実感する。
対してヒロミチは攻撃がかすりもせず,戦いが予定どおりに行かない事に苛立ちを感じ始めていた。
不意にアルテミスが動きを止めた。チャンスとみたヒロミチがストーンゴーレムに指令を出すより早く,アルテミスから烈風が吹き付けてきた。
「こんな風で……って痛ってえぇぇぇ! なんだこれは! なぁ!」
ヒロミチが右腕を押さえて呻く。闘技場ではストーンゴーレムの右腕が見る見るうちに削られていくのが見える。風の音に混ざって何か小さなものが弾けるような音も聞こえてくる。
「これは……?」
「サンドブラストって知ってるかしら? 知らないわよね」
サンドブラストは高速の風で微粒子を吹き付け,金属などを加工する技術である。石に対してももちろん有効である。シヅルがアルテミスに付加した能力がこれであった。
両親が町工場を経営しているシヅルは,手伝いの際にこの加工機械をしり,すっかり気に入ってしまった。それ以来この機械での手伝いを好んでするようになり,同様の機械をつかうガラスエッチングを趣味とするに至った。シヅルがこれを魔神の能力に取り入れたのは当然と言えるだろう。
ストーンゴーレムの右腕――上腕部だ――が削られていく。いや,見た目は表面が風に吹き飛ばされているかのようだ。腕だけが削られているのは,そこにサンドブラストを集中させているからだ。
アルテミスが弓に矢をつがえて引絞る。その時ヒロミチの双眸が輝いた――勝利への執念で。
「もらったあぁぁぁ!」
ストーンゴーレムの左手が天に向かって突き上げられた。同時にシヅルとアルテミスに異様な感覚が襲いかかって来る。
ジェットコースターが下りに入った瞬間の,内臓が持ち上がるようなあの感覚だ。
「きゃっ!」
声を上げたのはシヅルだった。いつもは毅然とした態度を崩さないシヅルが上げた小さな悲鳴。それが男子達の一部の心を掴んだ。僅かな歓声が漏れる。女子達がそれに噛みつかないのは,闘技場の光景に眼を奪われているからだった。
アルテミスの身体が浮き上がったのだ。何とか姿勢を制御しようと手足をバタつかせるも,効果は望めそうもない。
状況を理解したシヅルがヒロミチを睨みつける。
「分かったみたいだな。なぁ? 重力操作ってのは,なにも重力を増すだけじゃねぇんだよ。なぁ」
重力を増す事が出来るなら,その逆も出来るはず――イサム達に敗れ,公開バトルが決定した時,危機感を覚えたヒロミチが考え付いた秘策がこれであった。
ヒロミチのFAITHでは完全な無重力には出来ないが,衛星軌道上レベルの微小重力状態なら作り出せる。そしてそれは事実上,無重力状態とほとんど変わらない。
なんとか体勢を立て直そうとアルテミスだが,どうにも上手くいかない。いかないどころか,逆にあられもない体勢になってしまう。いつの間にかサンドブラスタも消えてしまっている。
「へっへっへ~,こりゃぁこの作戦で正解だったなぁ。なぁ?」
「……どこまでも下衆な発想ね」
シヅルが不機嫌そうに言い捨てると,アルテミスの周囲を風が取り囲んだ。柔らかな風は前後左右からアルテミスを撫で,その姿勢を安定させてしまった。纏った白いペプロスが風にたなびき,眩い程に白く美しい肌の大部分が陽の光に照らされ映える。
その美しさに男子生徒から溜息が漏れ,振り向いた女子生徒達が歯を剥いて睨みつけ沈黙させる。
一方,姿勢を安定させたアルテミスは改めてサンドブラスタを放った。限定空間への烈風は正確にストーンゴーレムの右腕を襲い,同じ個所がまた削られ粉塵となり果てて飛んでいく。
「痛ってえ……くそ!」
ストーンゴーレムが削られている右上腕部を左手で覆い隠すが,今度は左手が削られる。指がみるみるうちに削られ,右腕を押さえる力と相まって砕けてしまった。
ヒロミチの脳内に警戒警報が鳴り響いた。赤いパトランプが回転する様が脳裡に浮かぶ。
――これは防ぐ方法がない――
例え頑強なストーンゴーレムの背中で受けても,時間の問題にしかならない。どこで受けても無駄だろう。ならば致命的ダメージを負う前に勝負をつけるしかない。
一気に攻めるべく一歩を踏み出したストーンゴーレムの前に,矢をつがえたアルテミスの姿があった。
幻想的なまでに美しいその姿に目を奪われたヒロミチが気付く筈もなかったが,アルテミスは二本の矢を同時につがえていた。
人差し指と中指,中指と薬指との間に。普通は出来よう筈もない事だが,アルテミスは容易くやってのけてしまった。
その矢を一気に引き絞り,狙いをつけて放つ。サンドブラスタの猛風に乗せて。
二本の矢が常識外れの速度でストーンゴーレムの右腕に吸い込まれた。聞く者の顎まで振るわせるような音と共に,サンドブラスタで削られた個所に突き刺さる。
矢はその半ばまで食い込み,右上腕部に亀裂を入れた。間髪いれずアルテミスが風に乗って前進し,微小重力空間から抜け出してストーンゴーレムに肉迫する。体重が無いものと思わせるスピードと軽やかさだった。
「う,うおぉぉぉ!?」
ヒロミチがパニクる。高重力をかけて足を止めるか? だがこの距離ではストーンゴーレムにも重力がかかる。微小重力も同じだ。なら物理攻撃か? だが右腕で攻撃すれば間違いなく折れてしまう。左腕も指が砕けているのではまともに拳も握れない。キックか? だがこの短い脚では――この判断の悪さが「上手く立ち回る」事を難しくさせていた。
ヒロミチが迷うほんの数瞬の間に,アルテミスがストーンゴーレムに飛びついていた。その巨躯を容易く駆け上がり,腰のシカを抜き放つ。それを逆手に持ち,二本の矢が作りだした亀裂に切っ先を突き刺す。身体ごとぶつかるように放った一撃は,シカの刃を根元まで食い込ませた。アルテミスがその勢いに乗ったまま飛び上がり,ストーンゴーレムの腕に裏蹴りを放つや,派手な破砕音と共に腕が落ちて床に激突し砕け散った。
一旦はなれて間合いを取るアルテミスと,よろけながら後ずさるストーンゴーレム。
右腕を押さえて呻くヒロミチと,背筋を伸ばして闘技場を見つめるシヅル。
対照的な姿だった。
シヅルが攻撃に入ろうとした時,ヒロミチが手を上げた。
「……もういい,ギブアップだ,なぁ」
ギャラリーがざわめく。魔神使いの面々も驚きを隠せないでいた。
「はぁ? マジかよ」
「今まで一度も無かったなぁ」
イサムとリュウキも呆気にとられている。
「女を相手に本気でやれるかよ。もう俺の負けでいい。じゃぁな。なぁ」
言い捨てるや,さっさと引き上げていくヒロミチ。呆気ない幕切れに気を抜かれたのか,拍手の一つも怒らなかった。唯一,幼馴染の池上ユウジだけが駆け寄って行った。
野崎ヒロミチ FAITH POINT 102 POINT LOST
川上シヅル FAITH POINT 102 POINT+82 POINT GET TOTAL 697 POINT
戦いを終えたシヅルにマドカが歩み寄って行った。
「シヅルさ~ん,これでFAITHも同じくらいになったし~……決着の準備が出来たって事でいいんですよねぇ~?」
「……FAITHは大した問題じゃないわ」
シヅルが腕を組んで,マドカの鈍い光を放つ瞳を見据えた。マドカの幼さを残す顔が狂気に歪んでいく。
「じゃぁ……じゃぁなんだっていうのよぉ!!」
マドカの絶叫を平然と聞き流しているシヅルの胆力は尋常ではない。周りで聞いている男子生徒が逃げ腰だというのに。
「私はあなたの能力を見た。あなたは私の能力を知らない。だから見せたのよ。これで公平な勝負になる。そうでしょう?」
「そうやってまた私を見下して……いいわ! 明日はアンタをギッタギタにしてやる! 覚悟しなさい!」
頷いたシヅルが前原に向かって歩いていく。もちろん明日のバトルの申請なのだが,それをマドカは血走った目で見ていた。
「前原君,明日は私達の決着でいかしら?」
「……分かった。他に申請は来ていないからね,君達で決定だ。僕が言うのもなんだが……これで恨みっこ無しにしたまえ」
「私はそのつもりよ。じゃぁ」
マドカをチラリと見て歩み去るシヅル。怒りに震えながら見送るマドカ。明日のバトルは嵐の予感に満ちていた。
予定ではもう一週間早く仕上げる予定でしたが,遅れてしまいました。連休中にもう一話……書ければいいなぁ。




