prologue
始まりました魔神学園。「魔人」ではなく「魔神」です。なぜ「魔神」なのか? 次第に明らかになっていきますが、あえて言えば「契約」でしょうか。
今回はかなり長くなる見込みです。果たして最後まで書き切れるのか? 主人公達にとってはそれが最大の敵かもしれません……。
では、始まり始まり。
2021年秋の夕暮れ。岡山県S市の寂れた商店街を、一人の風変わりな男がひょこひょこと歩いていた。一見して外国人と分かる彫りの深い目鼻立ち。端正な顔には初老と思しき皺が刻み込まれている。明灰色の長衣と同色の髪が、夕暮れ時の風になびいていた。
それはいい。が、何故か足下は古代ローマを思わせる革を巻き上げたような履物――モカシンと呼ばれるものだ――だった。さらに不似合いな事に、風呂敷包みを背負っていた。
道行く人々が「何だこいつは?」と言いたげな目でチラチラみている。なのにこの男は何一つ気にする様子もなく、ひょこひょこと進んでいく。周りをキョロキョロと見ているが、一体何を探しているのか。
薄暗くなってきた商店街を半ばまで来た時、不意にこの風変わりな男は足を止めた。
「おう、ここじゃここじゃ。やっと着いたわい」
そこは既に空家となって久しい、元時計店と洋服店の間――猫ぐらいしか通れそうにない隙間だった。長衣の男は隙間を覗き込み一人で納得していた。
「おうおう、準備は整っておるな。よしよし」
流暢な日本語だった。そして男が「隙間」をノックした――ノックの音さえ聞こえてきそうな、極自然な動作。だが次の瞬間起きたのは、不自然極まりない現象だった。
隙間から見えていた光景がぐにゃりと曲がり、捻じれ、渦を巻き始める。空間に波紋が広がった。波紋が鎮まると、そこにはあり得ない空間が広がっていた。
猫が一匹通れるかどうかという隙間に、公園のような広大な空間が広がっている。いや、何ヘクタールあるのかという空間が、狭隘なスペースに収まっている。矛盾するはずの光景が混ざり合い融合し、見事に共存していた。その様子を見ていた主婦達が、各々の顔に両目と口で三つの「O」を作っている。
出現した空間を長衣の男が覗き込むと、ズームがかかったように風景が拡大された。辺り一面に広がる芝生。その奥に茂る鬱蒼とした森。それを背景にして、古びた石造りの店舗が鎮座している。小さな店は蔦に絡まれ、窓枠に使われている僅かな木材もほとんど見えなくなっていた。
年季の入ったドアの上には看板だろうか、浮き彫りで「Eibon」と刻まれた材質不明の大きな板が傾いたまま取り付けられていた。
「さてさて。役者が揃うにはまだ何年か待たねばならんな。ゆっくりと準備を進めるとしようかの」
よっこらせと風呂敷包みを背負い直し、広大な空間を抱え込んだ隙間に歩を進めると――空間の境目に波紋が起きた。向こう側の光景も長衣の男の後ろ姿も歪み、波打ち、狭隘な隙間をすり抜けて向こう側に立っていた。小さな店舗の入り口だ。
男がドアを開けると呼び鈴の乾いた音が響き、ドアが閉ざされると同時に出現した空間も消え――以前の狭隘な隙間だけが残された。
一部始終を見ていた主婦達が目を見合わせ、口をパクパクさせている。だが一しきり騒いで落ち着きを取り戻すと、皆思い至るのだった。古来この時間帯がどう呼ばれてきたのかを。
昼と夜が混ざり合い、この世ならぬ者達が姿を現す魔なる時――逢魔が時と。
いかがでしょうか。まだプロローグなのにいかがも何もあったもんじゃありませんね。
1~2週間に一回の更新を目指していく予定です。宜しければ今後ともお付き合い下さい。
ではまた次回。