intermission
マドカの戦いの後,Eibonの館でトレーニングに励むイサムとリュウキ。二人はEibonから情報を引き出そうとするが……
石畳の広い空間で,初老の男がロッキングチェアに身を預けて水タバコをふかしている。Eibonだ。その横で床にへたり込んでいる若者が二人――イサムとリュウキだ。対照的な光景だが,イサム達はトレーニングバトルで散々やりあったばかりなのだから仕方ない。
「二人とも強くなったの。じゃが……周りも強くなっとる。人数が減る分だけFAITHが集中するんじゃからの」
それは二人とも痛感している事だった。自分にFAITHが集まるにつれ,だんだんと他の魔神使いのFAITHを漠然とだが感じられるようになってきたのだ。
その感覚に従えば,現在のところ自分達よりもFAITHが低いのは一人だけ――フリーアライアンスの野崎ヒロミチしかいない。それ以外は全員自分達よりも上なのだ,自惚れや油断をする暇はない。だからこうして連日トレーニングバトルに励んでいるのだった。
「……ところでジジイ,聞きたいんだが」
「なんじゃ」
失礼極まりない物言いも軽く受け流された。言う方も言われる方も慣れたものだ。
「他の魔神使い達もトレーニングバトルに来てんのか?」
リュウキがEibonに視線を向けた。考えてみればここ――Eibonの館で他の魔神使いに出会った事がないのだ。何となく「そういうものだ」と思い込んでいたが,こうして公開バトルが始まっているのだからトレーニングに来て当然ではないのか。
そんな視線を受けたからか,Eibonは水タバコから口を離した。
「……そうじゃの,お主らのように『二人で実戦形式のトレーニングバトル』というのはおらんの」
すると結束が強い勢力は存在しないのか――イサムの思考を遮るようにEibonが続ける。
「じゃが個人で来る者は来るし,来ぬ者は来ん。要するに『人それぞれ』という事じゃ」
「無難と言うか,当たり障りのない答えですね」
リュウキの発言に驚いた表情を浮かべるEibon。イサムならいざ知らず,リュウキが問い詰めるような態度に出る事は珍しいのだ。
「きっと僕でもそう答えますよ,実情を明かしたくない時にはね」
「……つまり?」
守勢に回っている筈のEibonがにやけた顔をしている。
「つまりEibonさん,貴方は何かを隠している。いや隠したいんだ。僕達に知られてはまずい事があるに違いない。それを問い詰めても無駄でしょうからしません。でも僕達も貴方を無条件に信じる事はできない。そういう事です」
イサムが勢いよく拍手する。鼻息も荒い。背景に「大賛成」と書いていそうな勢いだ。
そんな二人の様子を見たEibonは,何故か満面の笑みを浮かべていた。
「まぁ確かに全てを答えるつもりはないわの。じゃが……」
Eibonがゆっくりと立ち上がった。動くスピードは重々しいのに体重を感じさせない動作だった。そして――イサム達はEibonのペースに引きずり込まれる事になる。
「じゃからと言って,何も答えんと言うわけでもない」
この一言でイサム達は心を掴まれた。「期待」という名の手で。この手はどこまでも意地悪く相手を離さない。それは常習性のある薬物のように性質が悪いものだ。
「これまで全く来なかったのが,公開バトルが始まってから急に来だしたものがおる」
その人物は+αした能力に磨きをかける事に心血を注いでいるという。それを聞いては黙っていられないのがイサムだ。
「で? そいつは誰なんだよ!」
立ち上がりながら問うイサムにEibonが顔を近づける。
「うむ,それはな」
「それは?」
おもわずリュウキも同様に顔を寄せてしまう。
Eibonが右手人差し指を顔の横に立て,眉間に皺を寄せた。
「……内緒じゃ」
イサムとリュウキがガックリと膝をついた。よく見ると肩が小刻みに震えている。
「何も言わんワケではないがの,全てを話すワケでもない。そういったじゃろうに」
個人情報保護という訳ではないが,やはり公正を期すためには言える事と言えない事がある。当事者がOKすれば伝えもするが,そうでなければペラペラと喋るわけにもいかないのである。
聞けばもっともな話だが,これだけもったいつけられれば若い二人は腹も立とうというものだ。
「ちょっとEibonさん!」
「ふざけたジジイには鉄拳制裁かメリケンサックか!」
怒りを爆発させる二人を前にしてもEibonの態度は変わらない。悠々たるものだ。
「そんな物を持ち歩いとるのか。物騒な奴じゃの」
「そういや持ってなかったな」
Eibonの冷静な突っ込みに,あらぬ方を向いて腕組みをするイサムだ。
「ワシは誰の味方というワケではない。舞台を用意し,旧支配者達への対抗勢力を作る事が目的なんじゃぞ? 分かっておろうに」
確かに分かっていた。EibonはFAITHを集め一本化する事が至上命題なのだ。最初にそう聞いていたのは間違いない。そしてアストラル体であるEibonには鉄拳もメリケンサックも効果は期待できない。
結局のところ,今何かができるわけでもない。イサムは「いつかおちょくり倒してやる」と,リュウキは「トップになって願いを叶えさせてやる」と,それぞれ胸に刻みこんで自分を納得させたのだった。
だからと言ってこのまますごすごと帰るような二人ではない。こうなったら少しでもEibonから情報を引き出さねば気が済まないのだ。
「わかった。じゃぁ言える範囲でいいから答えてもらう。いいな?」
「そりゃ構わんが,言えん事は言わんぞ?」
その条件でイサム達は出来る限りの事を聞き出した。ここでの魔神使い第一号・二号は前原とアサミであるが,その後すぐに魔神使いとなった四人は既に卒業したOB・OGである事。彼らのほとんどは力に溺れて暴走し,前原に倒された事。そんな前原の下に自然と人が集まり,現在の生徒会を形作っていった事。今日までの歴史――といえば大袈裟だが――が語られた。イサム達にしてみれば初耳である。
「そうした流れの中で,シズル先輩とマドカ先輩の確執が生まれたわけですか?」
「さての。ワシも個人的な部分までは踏み込んでおらんでな。お主たちに対してもそうじゃろう。まぁ色恋沙汰の気配も多少は見えるが……」
実際のところ,Eibonも「また聞き」程度にしか知らないのだが,マドカの方が突っかかって行っているようで,過去にはいわゆる「キャット・ファイト」にまで発展しかかった事すらある。その時は周囲の者が総がかりで止め,何とか事なきを得たのだった。
これで納得するのがリュウキだが,そうはいかないのがイサムである。
「なんだよ,惚れた張ったが絡むんなら縁結びの呪文でも教えてやりゃいいじゃねぇか」
だが呪文は唱えさえすれば誰がやっても効果があるというものではない。魔道の修業を積まねば気休めにしかならないのだ。魔法の呪文は魔力を持つ者が唱えて初めて効果を現すのだから。
「それにワシの専門はそういう方向ではないからの」
「確かに『恋の指南役』って面構えじゃねぇわな」
「……放っておかんかい」
珍しくEibonが苦い顔をしていた。それを見たイサムは小さくガッツポーズだ。リュウキは軽い頭痛を覚えて額に手を当てた。
だがそうなると,今度は何故シヅルが直接対決にいかなかったのかが問題だ。シヅルはマドカを相手にしていないのか,それとも焦らし作戦なのか。彼女達の性格すら把握し切れていないイサム達には,どうしてもシヅルの意図は読めない。
「まぁいずれ分かるんじゃねぇの?」
楽観的過ぎるイサムの結論に,リュウキとEibonが揃って肩をすくめた。
こういう幕間も書いていて楽しいものですね。もう少しペースを上げて書きたいと思います。
7/20 シヅルとマドカの過去を追加。