beast
生徒会とヤンキーグループとの直接対決が実現し,全生徒の話題をさらう。 マドカが挑むのはヤンキーグループのNo.2ヨウスケだ。果たして結末は?
対戦後,イサム達はファミレスにいた。リュウキとイサムが連続して勝利を収めたので,アサミがささやかながら祝勝会を開いたのである。
二人とも遠慮なくご馳走になり,食後のコーヒーに移ったところである。
「……しかしイサム君,よく食べるわね」
「ああ,なんかこう……魔神で戦った後は妙に腹が減るんだよ。祝勝会,明日の方が良かったんじゃねぇの?」
「お前が遠慮し無さ過ぎなだけだろう」
リュウキが冷静につっこむ。事実,彼は幾分セーブしているのだ。
「いやまぁその……アレだ,『若菜の左』ってやつだ」
「それは『若気の至り』だ!」
すかさずリュウキがつっこみ,アサミが額に手をやる。いつも通り,日常のやりとりだ――ここまでは。
場が落ち着けば話題は当然マドカVSヨウスケの一戦に移る。果たしてマドカに勝ち目はあるのか?
「そりゃ無けりゃ自分から申し込んだりはしねぇだろうが」
イサムが顎の傷跡を掻きながら言い放つ。
「そうは言っても女子なのよ? マドカ先輩は」
誰に対してもおっとりとした丁寧語な上に小柄ゆえに誤解されがちだが,マドカは三年生でありヨウスケと同い年なのだ。当然ながらヨウスケの粗暴さはよく知っている筈だし,魔神をどう使ってきたのかも理解しているはずだ。
「あくまで戦うのは魔神同士……そう言ってたよね」
イサムとアサミが頷く。人間同士では勝負にもならないが,魔神なら話は違う。翔さんは十分にあるのだろう。
「まぁ,どちらの魔神も知らない以上……とやかく言う事も出来ねぇ。ここで心配したって始まらねぇだろうが」
コーヒーをすすりながらイサムが結論した。
翌日,学校中の話題がマドカVSヨウスケ一色に染まっていた。女子VS男子の激突というだけでなく,生徒会VSヤンキーグループという対立構造が表面化したからだ。
誰もが分かっていた対立だが,直接的な戦闘は過去に一度だけ――二年前の前原ススムと山本コウタ――だけである。それ以来の戦いになるのだ,周囲の注目はこれまでの比ではない。
騒然とした一日が過ぎ,放課後――舞台は整った。
闘技場が現れ,魔神使い達が最前列に陣取る。マドカとヨウスケがコールされ,歓声が沸き起こった。マドカは手を振って応えるが,ヨウスケはギョロ目でマドカを睨みつけたままだ。
「まるで狂犬じゃねぇか」
イサムの呟きに人差し指を立てて制止してきた人物がいた。しなやかな指の主は,隣にいた生徒会書記の川上シヅルだった。マドカとは対照的にスレンダーなスタイルだが,凛とした雰囲気が知的美人そのもので,これまた男子からの人気も高いが同性からの支持も高い。
イサムが何も言えないまま頷いたのも,大人の雰囲気に気押されたからだった。
アストライアが闘技場の前に進み,両者が魔神を出した。マドカの魔神はライオンの顔と身体に蝙蝠の羽根とサソリの尻尾がついた魔獣――マンティコアだ。
一方ヨウスケの魔獣は子牛程もある大きな黒犬で口と鼻から真っ赤な炎が噴き出している――ヘルハウンドだった。真紅に輝く双眸がガーネットを連想させる。
前原の「始め!」の号令と共にマンティコアが突進した。体躯で勝る以上,それを生かさない手は無い――誰もがそう思った。ヨウスケ以外は。
「おらぁ!」
ヨウスケのだみ声が響くやヘルハウンドが「その場で」音高く牙を噛み合わせた。その瞬間,マンティコアの右前脚に小さな穴が幾つも生まれ,鮮血が滲んだ。転倒こそしなかったものの,突撃は見事に阻まれたのである。
マンティコアの唸り声が地響きのように響き渡り,場に緊張感が満ちる。
「痛った~い。ひどぉ~い」
「あぁ? んな事ほざくんなら最初っからケンカ売るんじゃねぇぞ! おらぁ!」
普通なら縮み上がってしまうであろうヨウスケの恫喝を浴びたマドカは――平然と腰に手を当てて背筋を伸ばした。豊かな胸が僅かに震える。
「あらぁ~? 誰も『止めてぇ~』なんて言ってないですよぉ~」
「ふん! なら……とことんまでやってやるぞ! おらぁ!」
ヘルハウンドの牙が剥かれ,炎の呼気と共に虚空を噛む。マンティコアの身体に見えざる牙が食い込み,浅手ではあるが負傷個所が次々に増えていく。
ギャラリー達の間に地鳴り思わせるどよめきが起こり,アストライアが掲げた天秤に黒い輝きが集まり始めた。ヨウスケは身体に力が漲るのを感じ,更に攻勢を強める。
マンティコアがダメージを負う度に,見ているイサムが眉をしかめる。
「痛そうだな,ありゃ」
リュウキがなんともいえない表情で応じる。
「直線的な攻撃だし単純な発想なんだろうけど……嫌な能力だな」
ヨウスケがヘルハウンドにプラスした「遠隔噛みつき(リモート・バイト)」はどうしても直接の噛みつきに比べれば威力が落ちるし,相手の姿がが見えなければ発動できないという欠点がある。
だがこの闘技場では常に相手の姿が確認できるし,直径四十m程の限定された空間なのだから,どこに居ようが確実に攻撃できるのだ。
「逃げ場がねぇってのはキツイな」
イサムが顎の傷跡をなぞりながらリュウキの方を見た。
「間合いが取れないと,呼吸を整える事もできないしね。これはマドカ先輩……よくない展開だな」
誰の目にもマドカの劣勢が間違いないと見えた時,流れが変わった。いや,マドカが変えたのだ。
「……これだけ攻撃『させてあげれば』文句はないですよねぇ~」
ヨウスケとヘルハウンドの双眸に凶悪な輝きが宿った。だがマドカはそんな事など歯牙にもかけぬとばかりにマンティコアに命じる。
「さぁ~マンティちゃ~ん! やっておしまいなさ~い!」
マンティコアが獅子の咆哮を上げるや否や,その身体が膨れ上がった。いや,膨らんだのではない。巨大化したのだ。
ギャラリーをどよめかせながら巨大化は続き,ついには頭頂部までが十五m程にも達した。胸から尻尾まで含めれば,闘技場のほとんどを占めてしまう巨大さである。
さすがのヨウスケも,口とギョロ目を極限まで開いているばかりだ。
「ふっふ~ん。どうですかぁ,ビックリしましたぁ? ねぇ,なんで男の子が女の子より強いか分かりますかぁ? それはねぇ……単純に体が大きいからですよぉ。大きい方が強いんですよぉ。じゃぁ……もう諦めはつきましたよねぇ」
マドカの命令一下,マンティコアの尻尾がヘルハウンドの頭上から襲いかかって来た。マンティコアの尾は蠍の尾である。強力な毒と鋭い針が備わっているのだ。同レベルのサイズでさえ危険なのに,この巨大さでは食らえば一たまりもない。マドカがマンティコアに付加した能力「自在身」はパワーや体重,攻防力までサイズに見合った倍率で増減する。無論の事,幾つか制限はあるがマドカは口を滑らせるようなヘマはしない。
ヘルハウンドが必死にかわし,その度に派手な破砕音と共に人間サイズの穴が次々と穿たれていく。
ギャラリー達が海鳴りのような歓声と共に身を乗り出す。アストライアの天秤に,今度はオレンジ色の輝きが集まっていく。マドカが胸を揺らしてマンティコアに更なる攻撃を命じ,尻尾攻撃が苛烈さを増した。
手に汗を握りながら観戦していたイサムとリュウキが同時に「あ……」と口にした次の瞬間。
ヘルハウンドがマンティコアの牙にかかった。マドカの作戦が的中したのだ。
マドカはマンティコアの左側から攻撃していき,右側で待ち構えていたのだった。
単純いえる作戦だったが,その体躯の巨大さが作戦の稚拙さを補っていた。イサムやリュウキのみならず,前原でさえ尻尾の攻撃に目を奪われていたほどなのだ。
マンティコアの顎がヘルハウンドの身体をかみ砕き,ヨウスケが両腕で胸を押さえてよろめく。歯を食いしばり苦鳴を上げないのはプライドか,或いは意地か。
アストライアがマドカの勝利を宣言し,闘技場が消えた。
坪田ヨウスケ FAITH POINT 302 POINT LOST
柊マドカ FAITH POINT 302 POINT+67 POINT GET TOTAL 727 POINT
勝利の余韻に浸っていたマドカがシヅルに笑顔を向け――シヅルが厳しい表情で受け止めた。イサムが両者の顔を見比べて「え?」という表情を浮かべている。
シヅルだけは分かっていたのだ。マドカの眼が笑っていない事を。作り笑顔の下に潜む,自分への敵意を。
シヅルとマドカの間にトラブルは無かった。少なくとも表面上は。よくある話だが,異性に媚びる傾向のある女子は同性からの反感を買い易い。マドカも例外ではなかった。シヅルもだ。特に毅然としたタイプのシヅルからすればマドカは「女の敵は女」を地で行く存在だった。
だからと言ってわざわざケンカを売るような事をするシヅルではない。ただ距離を置き,生徒会運営でキョウジと共に前原を支える役を務めてきたのだ。
だがそれを快く思わなかったのが当のマドカだった。マドカにしてみればシヅルは「格好つけた女が出しゃばっている」としか見えなかった。
人それぞれに役割があるし,男女でやるべき事が違うのだ。なのにシヅルは男がやるべき事に首を突っ込み,有能ぶろうとする「ムカつく女」だった。いつか凹ませてやりたかったが,生徒会内での信頼度はシヅルの方が圧倒的に上だし仕事も確実だ。教師陣からのウケもいい。女としての魅力以外では勝ち目が無い。
だがこれなら――魔神バトルなら――全校生徒の前で堂々と叩きのめせる。千載一遇のチャンスなのだ,マドカにとっては。
年上の女生徒二人の間に飛び散る「見えざる火花」を察知したイサムはリュウキの後ろに隠れてしまった。「女のケンカは怖い」という訳である。
マドカから視線を外したシヅルは隣で涼しい顔をしていた生徒会監査の高やコウゾウを横目で見た。
「貴方は戦わないの? 自分なりの目的があるんでしょう?」
コウゾウは自慢のサラサラヘアーを掻き上げながらシヅルに視線を向けた。
「ん~,まぁそのうち……ね。それよりもシヅルちゃん,どうするの? 彼女と白黒つけるんだよね?」
マドカを親指で指しながら問い返す。
シヅルは答えずに前原にバトルの申請をした。対戦を希望した相手は――
自由同盟の残る一人,野崎ヒロミチだった。
また遅くなりました……次こそは……。