aerial battle ②
ついに始まった鞍馬の大天狗VSガーゴイルの空中戦。大幅にFAITHを失ったユウジのガーゴイルが対戦の申し込みを受けた裏には秘策があった。イサムはどう切り抜ける?
イサムとユウジがコールされ,ギャラリーから歓声が上がる。冷やかす者や煽る者,中傷を投げかける者と様々だが,両者は気にも留めない。眼前の敵に集中しているのだ。アストライアが眩い金髪を陽光に煌めかせながら黄金の天秤を掲げ,バトルの開始が宣言された。
「始め!」
前原の鋭い声と同時に大天狗とガーゴイルが飛び立ち,空中で激突した。鈍い音は大天狗の宝剣とガーゴイルの石の腕がぶつかり合って響いていた。
宝剣と腕が繰り返し衝突する。その度に火花が散り,細かな光の花が咲く。観戦しているリュウキが感歎の呟きをもらした。
「どういう事?」
「ほら,よく見ると一撃毎にガーゴイルの肘が押し込まれてるだろ」
言われた通りに見ると,格闘技は素人のアサミにも分かった。いや,アサミにも分かるほどに押し込まれていると言うべきだろう。これは明らかにガーゴイルがパワー負けしている証拠だった。
「空手でもそうなんだけど,こうなるとガードしていてもダメージがあるんだ。ましてや剣撃の跡がハッキリと残っているしね,このままなら決着が早いかもね」
横で聞いていた前原が頷いてみせた。
「なるほど……『このままなら』か」
「はい,このまま進めばの話です」
アサミが二人の顔を見比べた。
前原は無表情に近いが,リュウキは難しい顔をしていた。イサムが優勢だと言ったのは自分なのに。
戦っている当事者達は誰が何を考えていようと知った事ではない。負ければ後はないのだ。
実際のところ,イサムはFAITHでは圧倒している筈なのに一気に押し切れないもどかしさを感じていたし,ユウジは元来パワーと防御で勝っている筈が押されている事に焦りを感じていた。
「くそ,FAITHが跳ね上がってもまだまだか……情けねぇだろうが,大天狗!」
「この野郎,好き放題やってくれやがって……ただで済むとは思ってねぇ……だろ?」
本来ならトリッキーな戦い方を得意とするのはイサムの方だが,この時は正攻法で押す事にこだわり過ぎてたのか,ユウジが先に仕掛けた。
大天狗の前からガーゴイルが姿を消した。現れたのは――大天狗の背中だ。テレポートから間をおかず,覆い被さるように放たれた鉤爪の一撃。何とかかわせたのは,人間視点で見ていたからだ。全体重を乗せた攻撃を食らっていたら,流れは完全にユウジのものだっただろう。人間視点で見ていたのは幸運と言う他はない。
「あっぶねえぇぇぇ! ぞっとしたぜ……」
「運が良かったな,けど……これで終わりじゃねぇ。だろ?」
冷や汗を拭う暇も与えずガーゴイルが肉迫する。
大天狗が宝剣でカウンターの突きを放ち――空を切る。またもやテレポートだ。
現れたのは右サイド。鉤爪が襲いかかるが,間一髪ダッキングしてかわして距離をとる。
迫るガーゴイル。イサムに休む間も付け入る隙も与えない,怒涛の連続攻撃が幕を開けた。
ガーゴイルが攻めて大天狗がかわしては逃げ,またガーゴイルが猛追する。その繰り返しだ。
この猛攻で,ギャラリーからのFAITHがガーゴイルに流れ込み始めた。前回の騒動で評判が地に落ちていたが,こうなると注目が集まって来る。積極果敢な攻勢は人を惹き付けるのだ。
劣勢なイサムの姿にアサミが地団太を踏んでいるが,リュウキは不審な印象を禁じ得なかった。
確かにガーゴイルの連続攻撃は見事だが,イサムが手も足も出ないという程ではない。いつものトレーニングバトルでこのぐらいは慣れている。唯一違うのはテレポート能力だ。つまりイサムはテレポート対策の準備をしているのではないか――ならば悪知恵と機転が働くイサムと,多彩な能力を標準装備した鞍馬の大天狗の事だ。必ずなにか仕掛けて来るだろう。リュウキはその時を待つ事に決めた。
何度目になるか分からないガーゴイルの突撃。次いでテレポート。だが次の瞬間、地響きのような音と共に弾き飛ばされた。大天狗の背中側だ。
「かかったな!」
イサムの勝ち誇った声と同時に大天狗がダッシュして切りかかる。体勢を立て直すために急制動しているガーゴイルはかわす事も出来ず,両腕でガードするのが精一杯だ。
落した茶碗が荒れるような音を立てて,ガーゴイルの左腕が砕けた。
「ってぇぇぇ! クソがあぁぁぁ!」
ユウジの苦鳴と罵声が響く。ギャラリーの歓声も湧き立つ。アストライアが掲げた黄金の天秤に,イサムへのFAITHが流れ込み始めた。そのFAITHの輝きは自我撮りした時の瞳と同じ――淡い茶色だった。
イサム本人が見たらガックリしていたところだろうが,幸いそんな暇は無い。
「どうしてガーゴイルが弾かれたの?」
「結界だろうな。不用意にテレポートして,出現場所が結界と重なったんだろう」
アサミの問いかけにリュウキが答えた。どれだけ間合いを取ってもテレポートされては意味が無い。ましてや最も攻撃しにくい真後ろに現れるのだ。ならばテレポート出来なくすればいい。そこでイサムは大天狗を結界に沿って移動させ,攻撃を受けながら微妙に大天狗の身体の向きを変えていっていたのだ。攻撃に専念していたユウジはまんまと引っ掛かり,テレポートしたのはいいが結界の上に出現してしまったという訳だ。イサムが次にどう出るかを最も読みやすいリュウキならではの観察だった。
「なるほど,上手いものだね。戦い慣れているのか……。さて,これで終わりだと思うかね?」
前原の言葉にリュウキは少しだけ考えて答えた。
「……まだでしょうね,池上先輩の目にはまだ力がありますよ」
前原は頷いて視線を闘技場に戻した。
闘技場では大天狗が追撃に移っている。ガーゴイルは防戦一方だ。と,ガーゴイルの身体が後方へとのけ反った。――ついに力尽きたか――誰もがそう思った。イサムもチャンスとみて全力の一撃を大天狗に指示した。
「かかったな! アホが!」
ガーゴイルが更にのけ反って逆立ち状態になり,下から鉤爪が襲いかかって来た。足だ。
「うおぅわ!」
イサムが奇声をあげ,大天狗は空中で転がり――器用なものだ――間合いをとる。
「まだだ! まだ終わらんぞ! ……だろ?」
ユウジが汗を拭いながら睨みつける。イサムも負けじと睨み返す。
両者の号令と共に魔神が激突する。突き,切りつけ,引き裂き,蹴りつける。その度に火花が散り,破片が飛び,鈍い音が響く。前後が逆転し,左右が入れ替わり,上下が反転する。これだけ激しく位置関係が入れ替われば,テレポートは不可能だ。出現する座標が設定出来なくなってしまうからだ。
イサムは激しく動く事でテレポートを封じたと言えるし,ユウジはテレポートを捨てて連続攻撃を選んだと言える。テレポートは不意打ちでこそ真価を発揮するのだ。
目まぐるしい攻防に歓声が高まり,新たなFAITHが黄金の天秤に注がれる。どちらが多いとは言えない程にFAITHの輝きは拮抗していた。
だが攻防は徐々にだがイサムが押し始めていた。確かに格闘において「下からの攻撃」は想定されにくい。普通は地面や床に立って戦うのだから当然だ。しかし今は空中戦である。下からの攻撃に対して「上に逃げる」という選択肢があるのだ。その上,大天狗は宝剣を持っているのだから慣れれば対処しやすい。
それに加えて下からの攻撃を防がれたガーゴイルは,今度は頭上からの攻撃に耐えねばならなくなる。下にいる側は,「頭」一つ分だけリーチの面で不利になってしまう。更に今のガーゴイルは片腕なのだから,どうあがいても劣勢は免れない。
確実にダメージを負い,押し込まれていくガーゴイル。押し込まれるその先は――闘技場の舞台だ。
派手な破砕音と共に舞台に叩きつけられるガーゴイル。見下ろす大天狗。大勢は決した。
「どうするよ,白旗を上げるかい? 先輩よ」
「だ……誰が!」
どう見ても勝ち目は無くなっている。ガーゴイルの身体はもうヒビだらけな上,両翼もすでに半分も残っていない。残った右腕と両足も大きく削られ,墜落の時に砕けなかったのが不思議なくらいだ。
「そうか……なら仕方ない! 俺が新たな天狗技で終わりにしてやる!」
「何だそりゃ!」
天狗には様々な能力だけでなく,伝説も多々ある。山中で突然笑い声が聞こえてくる「天狗笑い」,同じく石が飛んでくる「天狗つぶて」など,その伝説は多岐にわたる。
イサムはそれに新たな一ページを加えると言っているのだ。
「くらえ! 必殺! 天狗雪崩!」
イサムの叫びと共に大天狗が猛烈な勢いで分身を始め,積み重なっていく。まばたき程の間に,ガーゴイルの視界を埋め尽くす天狗の壁が出現した。縦も横も天狗の赤い顔がびっしりと並び,視界が赤く染まり平衡感覚がおかしくなる。
「うっっっわ……気持悪りぃ……」
そんな感想を抱く暇があればこそ。赤い壁がガーゴイルに向かって崩れてきたのだ。無数の大天狗がガーゴイルに向けて殺到してくる。無数の同じ顔・同じ姿が襲いかかって来るというのは,精神の根幹を汚染する悪夢めいた光景だった。
そんな魔界じみた攻撃の中でもユウジは闘志を失ってはいなかった。
「どうせ幻覚に決まってる! ガーゴイル,正面のヤツにカウンターだろ!」
目の付けどころはよかった。だがイサムはそれを読んでいた。横からの衝撃がガーゴイルを襲う。続けて正面。そして上から。どの天狗が攻撃しているのか,もう分からない。寸毫の隙もない怒涛の連続攻撃が,全方向から襲い来る。そして視界を埋め尽くす大天狗の姿。
「や,やめえぇぇぇ! 嫌あぁぁぁ!」
ユウジの悲鳴を嘲笑うように,無数の大天狗が重なり合って出来た小山がワサワサと蠢いている。その中で何が起きているのか。ガーゴイルがどうなったのか。ユウジの悲鳴から想像するしかなかった。
「想像するだに恐ろしいな……」
「……私は……想像したくない」
リュウキの呟きにアサミが返した。
周囲も「うげぇ」「ヤバいヤバいヤバい」「これはキツイ……」など,好意的とは言い難い反応ばかりだ。だが流れ込むFAITHは増えている。これがマイナス方向のFAITHなのか,面白がっているだけのものなのかは判断がつかない。
やがて動きが止まり,アストライアが黄金の天秤を下ろし,前に歩み出す。一歩毎にキトン(内衣)とヒマティオン(外衣)が芸術的なまでに見事な肢体を浮き上がらせ,見る者に溜息を吐かせた。そして――鞍馬の大天狗の勝利を宣言した。グラウンドと校舎からどっと歓声が上がる。
大天狗が幻覚を解くと,既にガーゴイルの身体が崩壊し始めていた。だがユウジは踵を返して立ち去ろうとしている。その酷薄な態度がイサムの怒気を呼び起こしてしまった。
「おいアンタ! 自分の魔神にその態度はなんだよ! ねぎらいの言葉の一つでもかけるべきだろうが! やった俺が言うのもなんだがよ!」
今にも殴りかかりそうなイサムをユウジは鼻で笑い,振り向きざまに唾を吐き捨てた。
「俺に『お涙頂戴』の芝居をやれってか? テメェもせいぜい用心するこった。裏で誰が何をしているのか……知らねぇなら特にな。だろ?」
イサムの動きが止まった。確かにアサミの魔神すら知らなかった自分達だ,この先も何がどうなるのか分かったものではないのだ。
闘技場を見ると,ガーゴイルの身体は崩れきってしまい,灰色の砂だけが残っていた。イサムは胸に苦いものが走るのを感じた。
リュウキ達がイサムに歩み寄り,肩を叩いて勝利を祝った。イサムは精一杯の笑顔で応え,当初の目的達成を誇る。
「どうだよ,これで空中戦№.1は俺だぜ! 暫定だけどな」
「そう来るかよ,油断ならない奴だな」
リュウキも半ば笑い,半ば呆れた様子だ。それを見た前原はイサムへの警戒心を強める。
ライバルに一歩先を行かれれば,普通は追い付こうと必死になるものだ。だが上杉イサムは追い付くどころか,別の方向でトップを取る事で一気に追い越そうとするのだ。こういうタイプは条件が揃えば爆発的に成長する可能性がある。最も危険な相手になるかも知れない。
腕組みをして考える前原だった。
池上ユウジ FAITH POINT 112ポイント LOST
上杉イサム FAITH POINT 112POINT+66ポイントGET TOTAL 412POINT
闘技場が沈み始めた時,一人の女生徒が前原の元にやって来て,何かを告げた。生徒会の会計である柊マドカだ。160㎝ギリギリの身長はやや小柄に見えるが,ショートカットがよく似合っていて爽やかなを与える。それに加えて「メリハリのあるスタイル」のおかげか,男子のファンが多い。
頷いた前原がヤンキーグループの坪田ヨウスケを呼び止めた。
「坪田君,ちょっといいかね……この柊君がこの場でもう一度対戦を申し込むと言っているんだが」
周囲の雰囲気が変わった。ギャラリーがざわめく。
そう,イサムの前に対戦の申し込みをしていたのは,この柊マドカだったのだ。
「なんだと……しつけぇぞ! 女なんぞと戦れるワケがねぇだろうが! おらぁ!」
凄むヨウスケにもマドカは全く動じない。
「別にぃ,直接戦うワケじゃないんだからぁ,いいんじゃないでしょうかぁ?」
ヨウスケのギョロ目が更に大きく見開かれた。
「ああ!? 舐めてんのかテメェ!!」
それでもマドカは引かない。大した度胸だ。
「戦うのはぁ,魔神同士なんだからぁ,性別は関係ないでしょう? それとも……女に負けるのが怖いんですかぁ?」
この状況でニッコリと笑いながらこう言えるとは,前原が隣にいるからこその安心感があるのか。それならば前原こそが凄いのかも知れない。
拳を握りしめたヨウスケの腕が掴まれた。ヤンキーグループのリーダー格,山本だった。
「コウ君……」
「坪サン,こぉんな安い挑発に乗っちゃいけねぇ……けぇど,ここは受けておこう」
「マジかよ」
ヤンキーとしては女相手に戦うのは恥と言えるが,公衆の面前でここまで言われてはやらない方が更なる恥だ。それにこれだけ言われての事なら,全力で叩き潰しても誰も非難すまい。仮に非難されてもそれはそれで……FAITHになるはずだ。
そう説かれてヨウスケが頷いた。
「ようし,やってやるぞおらぁ!」
「ありがとうございまぁす」
マドカが語尾にハートマークがつきそうな声で謝辞を述べる。
こうして明日のバトルが決まった。
多忙で更新が遅くなってしまいました。少しづつ書いてはいたのですが……。
次回も少し遅れそうな予感が……。