plotter & schemer ④
激しさを増す自由同盟との戦いも終局に向かっていく。
そして策略・陰謀も水面下で動き始めるのだった。
大天狗の宝剣がガーゴイルの脇腹に食い込んだ。火花と――僅かな石片を撒き散らして止まった。
「ハッ! この高重力下じゃ、大したスピードが出ねぇだろ! おまけにガーゴイルの体重も5倍だしなぁ!」
ユウジが腕組みをして見下ろす。視線の先にはガーゴイルの下敷きになったトリスタンと、必死に宝剣を振るう大天狗がいた。
どれだけ宝剣がヒットしようと、ガーゴイルは難なく跳ね返す――が、痛くないわけではない。たとえ本来の威力ではないにせよ、剣撃をくらえば痛いのだ。
「この……いい加減に!」
「今だ! 13秒間の乱気流!」
――ブースト率3倍――
イサムが脳内で命じるやいなや鞍馬の大天狗の双眸が赤光を放ち、パワー・スピード・耐久力が3倍に跳ね上がった。その力を駆使し、高重力下で宝剣の軌道を変えた。それまでは横や下からの斬撃だったのが、突如として上から撃ち下ろしてきたのだ。これで重力が味方になった。
「がぁ!」
大天狗の全体重を乗せた渾身の一撃が、ガーゴイルの右翼を直撃した。耳障りな破壊音をたてて折れた翼が落ち、地面に突き刺さる。これも高重力の影響だろう。
「くそ!」
罵ると同時にテレポートを命じ、ガーゴイルをストーンゴーレムの横に移動させた。ここなら重力操作の影響範囲外だ。
「ユウちゃん大丈夫か?」
「ああ、このぐらい何ともないよ」
ヒロミチ達の会話を聞いたイサムは、――やっぱりな――と確信を新たにした。この二人は元来、先刻のような横暴をはたらくタイプではなかったのだ。魔神を得たからなのか、或いは「お墨付き」とやらを得たからなのかは分からないが、一時的にエゴを肥大化させ暴走しているだけなのだ。
だからといって好き放題させるわけにもいかないし、負けてやるわけにもいかない。――全力で叩きのめして目を覚まさせてやる――かえって闘志を燃やすイサム。
だが同時に落胆もしていた。折角サーティーン・タービュランスを使って直撃したというのに、大したダメージではなさそうなのだ。
確かに石の身体を翼で飛ばせるはずはない。が、飛行能力の源であり象徴のだろう。それを片方失っても「大したことはない」ようだ。これはイサムでなくともへこむだろう。
「きっと……」
リュウキの呟きが聞こえ、トリスタンがやっと立ち上がりつつある。リュウキが復活したのだ。
「ダメージが無いわけじゃあるまい。ただ……この高重力の中じゃ、どのみち飛べやしないんだろう……。飛べなくてもテレポートがあるんだしね」
トリスタンが完全に立ちあがり、武器を長剣から戦斧に変えた。ギャラリーから歓声が上がる。長剣が戦斧に変形したように見えたのだ。実際は別々の武器なのだが、「存在そのものが入れ替わる」現象が起きているせいでそう見えるのだった。
「ふん、お前バカだろ? なぁ。より重たい武器に変えてどうする気だ? なぁ」
「ちゃんと考えがあっての事ですよ。やっと分かったんだ……」
「何がだ? なぁ」
「この状況で、どう戦えばいいのかが……ですよ」
驚きの目でリュウキを見たのは、闘っている当事者達だけではない。立会人である前原と日陰の二人もだった。
「会長……本当でしょうか?」
「さてね。だが、これで野崎君達が攻撃の手を止めた。これは事実だ」
「でもそれだけでは意味がありません。次の手を用意していなければ」
「……その答えは本人が見せてくれるよ、すぐにね。お手並み拝見といこうじゃないか」
前原達の視線は対峙する両陣営を見据えていた。
にらみ合う魔神達と、後ろで二言三言の打ち合わせをする魔神使い達。そうする間もグラビディコントロールはかかり続け、鞍馬天狗のサーティーン・タービュランスは解除されている。これが使えるのは一回のバトルで13秒間だけなのだ。しかもブースト率×秒数で残り時間が減っていく。先程は3倍で1秒使ったので、残り10秒しかないのだ。
申し合わせたかのように、両陣営の打ち合わせが同時に終わった。
「んじゃ……いくぜ!年坊主! 覚悟しやがれえぇぇぇ!」
「は! かかって来いよ岩石コンビィィィ!」
挑発係はもちろんイサムだ。「岩石コンビ」以外は思わず吹き出してしまう。そしてそれは罵られた二人から僅かながら冷静さを奪った。
「こんの……!」
「死ねやあぁぁぁ!」
この時イサムは「魔神視点」で、リュウキは「人間視点」で見ていた。同じ攻撃が来ると予想した上でだ。
上からガーゴイルが降って来た――鞍馬の大天狗の上に。
鈍い地響きと共に大天狗が押しつぶされた。イサムも悲鳴を上げて地面に突っ伏す。
「ハーッハハハ! この無謀野郎めケンカ屋め脳筋バカめ! 甲冑の無ぇ天狗なんざぁ一発で終わりなんだよ! そうだろ?」
ユウジが勝ち誇った時――ヒロミチが苦痛の声を上げた。
「ぐはぁ! な……なんだ! 誰が!?」
ストーンゴーレムのうなじに剣撃の跡がついている。
「天狗じゃぁ~、天狗の仕業じゃぁ~」
イサムが迷信深い老婆のようにお道化てみせる。それをリュウキは笑いながら、ギャラリーは納得いかない表情で見るばかりだ。
ガーゴイルが身体を起こすと――下には何も無かった。ただ地面がガーゴイルの形に凹んでいるだけだ。
「これは……!」
「ハーッハハハ! この単細胞めゾウリムシめ微生物め! アンタ達知らねぇの? 天狗は幻術が得意なんだぜ。それと……『隠れ蓑』も持ってる」
生まれて初めて微生物よばわりされたフリー・アライアンスの二人は、目を見開いて顔を見合わせる。しかもバトルエリアをよく見れば、足跡が重力圏の外にまで続いているのだ。鞍馬の大天狗がいた場所から。
イサムは打ち合わせの最中から動き出していたのだった。幻術で大天狗の姿を作ると同時に、本物は隠れ蓑で姿を消して重力圏操作の効果範囲外へと移動していたのだった。
挑発すれば自分をターゲットにする事も、大きな効果を上げた攻撃を繰り返すであろう事も読んだ上でだ。
「そう! 姿を消してこっそりと脱出したのだ!」
力の抜ける事を気合全開で叫ぶのがイサムだ。
「威張って言う事か! このバカがあぁぁぁ!」
「くそ! それなら……テメェから始末してやるぁぁぁ!」
ターゲットをトリスタンに切り替えてテレポートするガーゴイル。だがトリスタンは地面を見ていた。トリスタンを押し潰すには真上にテレポートするしかない。真昼時の今、その影は当然真下に――。
影が地面に落ちた。左へサイドステップ。同時にバトルアックスが降り上げられる。素早い動きだ。何故?
落下するガーゴイル。そこに身体ごとねじり込んだ剛速のバトルアックスが振り下ろされ――ガーゴイルの首が両断された。
「げほおぁぁぁ!」
「ユウちゃん!」
倒れたユウジを抱きかかえるヒロミチ。シンクロのリミッターのおかげで一瞬の痛みだけで済んだのを確かめると、立ちあがってリュウキを睨みつけた。
「なんで……あんな動きが……」
「このイージスの盾ですよ」
全てを無効化する盾で防げない筈はない。そう考えて盾をかざしてみても効果は無かった。当然だ、「圧力」ではなく「重力」なのだから。
「だから下に向けてみたんですよ。そうしたら……大正解でした」
「な……」
確かにトリスタンは左前腕部に取り付けた盾を下に向けている。
重力は「押さえつける力」ではなく「下に引きつける力」だ。下からの力を無効化するのが正しい対処だったのだ。
「くそ! けどなぁ、このストーン・ゴーレムは重力操作だけじゃねぇぞ!」
ゴーレムの強大な腕が轟音とともに振り回される。繰り出す一撃一撃が全て必殺技レベルの威力だ。空振りした攻撃でも、地面に当たれば地響きとともに大穴を穿ち土砂を撒き散らす。
確かに巨大なゴーレムはパワーとタフネスだけでも脅威だ。だがスピードでいけると踏んだイサム達は、もう恐れていなかった。
トリスタンはバトルアックスから戦鎚に変えた。
「いくぞ! リュウキ! サーティーン・タービュランス!」
「おう!」
鞍馬の大天狗は先程の不意打ちでブースト率5倍を一秒間使っている。残りのブースト時間は5秒しかない。
――チマチマやってもコイツは倒せない。なら一撃で!――
ブースト率5倍。フルパワーで一気にいくつもりだった。
打ち合わせの通り大天狗は後ろから同じ個所を、トリスタンは正面から額を狙い撃つ。
「うおぉぉぉ!」
「くらえぇぇぇ!」
ヒロミチにしてみればトリスタンはまだいい。問題は姿を消したままの大天狗だ――どこを守ればいい?
数瞬の迷いが勝敗を決めた。
宝剣とウォーハンマーが同時にヒット。梃子の原理で威力が飛躍的に増大し、ストーン・ゴーレムの首が落ちた。
「ごげえぇぇぇ!」
悪夢に出そうな悲鳴を上げてヒロミチが崩れ落ちた。数秒後、なんとか立ち上がる。消耗はしているが、大事にはなっていないようだ。
安堵の息を漏らすイサムとリュウキ。いくらシンクロのリミッターがあるとはいえ、心配なものは心配なのだ。
そして――勝利の喜びを爆発させた。
「いよっしゃあぁぁぁ!」
「やったあぁぁぁ!」
ギャラリー達からも歓声が上がる。前原達も祝福の拍手をしながらやって来た。
「おめでとう、よく勝ったね。正直、分が悪いと思っていたが……この勝利は誇りにしたまえ」
「……大したものだ。僕の予想では逆の結果だったんだがな。……とにかくおめでとう」
日陰は予想が外れたせいか、やや仏頂面だった。イサム達は前原と日陰に礼を述べると、フリー・アライアンスの二人が気になった。事前の約束を守るのだろうか? 「お墨付き」を与えた人物が誰なのか白状するのだろうか?
「野崎君、池上君。約束を覚えているかね?」
「君達……!」
前原達に返されたのは沈黙だった。何も言わずに校舎へ引き上げていくヒロミチとユウジを、前原は追及しなかった。
日陰が大きく息を吐き出して問いかける。
「いいんですか、会長。約束を守らせなくても」
「どうせ守りはしないよ。期待もしていなかったしね」
「じゃぁ何故今回の条件をつけたんですか?」
前原は空を仰いだ。
「今回の目的は、あの場を収める事と……可能ならばフリー・アライアンスの力を削ぐ事だった。なんとか上手くいったよ。『お墨付きを与えた黒幕』には、いずれご登場願うさ。と言うより、Eibonの計画通りに事が運べば……出て来ざるを得ない」
「それは……どういう事ですか?」
「いずれ分かるよ。そう、近いうちにね。それよりも……」
前原がイサム達に向き直った。
「一つだけ聞いてもいいかな?」
正直かなり疲れているのだが、ここで断るのも野暮な話だ。
「君達はこの魔神の力で何をするつもりなのかね?」
「何って……Eibonのジジイが言ってた通りッスよ。知ってんスよね?」
「そうです……他に俺達が知らない何かがあるんですか?」
前原は一つ溜息をついた。
「そういう意味じゃない。例えば僕達は魔神を校内の秩序維持の為に使っているの知っているね? 君達には願い事以外に、そういう目的はないのかね」
「無いっス」
イサムはきっぱりと言い切った。
「僕もありませんね……無いと困るものなんでしょうか」
リュウキは眉間にしわを寄せている。勝利に水を差された気分なのだろう。
「困りはしないさ、本人はね。ただ……大きな力を持つんだ、自分自身の規範として何かある方がいいだろうね。引きとめて悪かったね、疲れているだろう。戻って休みたまえ」
前原も校舎へ向かった。破壊された校舎の後始末や校長への報告があるのだ。歩を進める前原の胸に一つの思いが去来する。
――目的も理念も無い、ただ闇雲な力……危険だな――
野崎ヒロミチ FAITH POINT 122ポイントLOST
池上ユウジ FAITH POINT 96ポイントLOST
上杉イサム FAITH POINT 109ポイント+31ポイントGET TOTAL 234ポイント
若園リュウキ FAITH POINT 109ポイント+72ポイントGET TOTAL 275ポイント
同時刻、Eibonの館。一人の男がロッキングチェアに揺られている――Eibonだ。目の前のテーブルに、黒いベルベットを敷いて大きな水晶玉を乗せている。口から大量の煙を吐き出した。右手の器具からも煙が細く立ち昇っている。器具からはチューブが伸び、水が湛えられたガラス容器に繋がっている。理科の実験を思わせるそれは水タバコだった。Eibonの愛用品だ。
「ふうむ……またもや格上の魔神使いを破りおったか。大したものじゃな、あの二人」
この大きな――直径45cmはあろうか――水晶玉でイサム達のバトルを観戦していたのだった。
「これで完全にこれまでの勢力図は書き換えられたの。もう前原も動くことじゃろう。どれ……ワシもそろそろ『風』を送る準備に入るかの」
Eibonは水タバコを片付け、館の奥へと入っていった。
諸事を片付けた前原は屋上へと向かった。待ち合わせの約束があるのだ。辿り着くとそこには水川アサミが待っていた。リュウキのGFである筈だ――何故?
「待たせてすまない。さて……君の彼氏の戦い、観ていたんだろう?」
アサミは黙って頷いた。
「これだけパワーバランスが崩れてしまっては、もう秩序を維持できない。次の段階へ進む事になる……つまり、君の出番になる。頼むよ」
アサミはまた黙って頷くのだった。
日陰キョウジは駅からの帰り道の途上だった。今キョウジの頭の中にあるのは、前原が語った事だ。
「Eibonの計画通りならだと……? どういう意味だ。何故『黒幕』が出てこざるを得なくなるんだ。僕の知らない何かを知っているのか……。迂闊に動いたら思わぬ大火傷をしかねないな。状況を見極めないと……」
それぞれの思いを塗りつぶすように、夜の闇が濃さをましていった。
思ったよりも長くなりそうです、この魔神学園。元々の目標が「10万文字超え」でしたから、それをクリアできそうなのはいいんですが……それ故に「余計な描写を削る」という作業を全くしていませんw
だから冗長というか展開が遅いというか……。
いずれは削ったり再編集したりとかしたいですね。