話し合い?
西の低い空にはとても美しい夕陽が出ていた。これから沈むはずの太陽だ。こんな夕焼けはなかなか見られない。明日は晴れるな、と北恵太は思った。本当に綺麗だ。しかし沈む直前にとびっきり美しくなるというのは少し悲しいような気がする、と北は学校の中庭から夕陽を見て感じた。
ふー、気分のせいか、体が少しだるい。北は背中に背負っていた長い筒を体の前に持ってきた。中には木刀が二本入っている。血の気の多い奴らと話し合いをするんだ。用心するに越したことはないだろう。北はそう思い、木刀をまた背負い直した。そして白い校舎の壁に寄り掛かった。
しばらくしてバタバタとしたうるさい足音が三人分聞こえてきた。太陽は沈み、辺りはすでに暗くなっている。北は気持ちを少し引き締め、白い壁から背中を離した。そして北は腕時計を見た。19:05。五分遅れだ。
三人が中庭に現れた。北は暗い中、三人の顔を見た。“たじっち”以外の三人だった。ここに呼んだメンツで間違いがないようだ。早鷹中の中庭は広いので、北と三人の間には30メートル位の差があった。北は壁際にいたため、中庭に入ってきたばかりだった三人には北の姿が見えなかったようだ。全く北に気付かない様子の三人に対して、おーい、と声を上げて手を振った。三人は少しビクッ、としたが北の方を見ると強気にニヤッ、と笑った。だが北は三人の顔が引きつっていることを見逃さなかった。よっぽど驚いたんだろう。三人はそのままの顔で北の方に近づいて来た。
「よう。何の用だ? おしゃれ“メガネくん”?」
そのうちの一人“きょんしー”こと飯田が一番最初ににやつきながら言う。相変わらずレベルの低い嫌みだ。
「よう……あ、お前ら髪染めたのか……大事なお金かけて。……うん。ハハハ。……よく似合ってる」
北は三人の頭をまじまじと見ながら言った。“嫌味には嫌味を”だ。
「何の用だ?」
飯田がもう一度言う。北は小さくため息をついた。
「何の用かはお前らが一番わかってるはずだろ」
北の言葉を聞き、三人はいやらしい笑い方で笑った。こいつらの笑い方はやはり好きになれない、と北は感じた。“カルロス”こと野中が北の言葉に答える。
「もしかして掲示板のこと? 違う違う、違うよー。俺たちはお金持ちの田島くんからお金もらったり、奢ってもらったりしているだけだよー」
田島とはいじめられていた“たじっち”のことだ。
野中は羽生のように“のばし”の多いしゃべり方だが、羽生の方が数百倍ましだ。野中のしゃべり方も嫌味がたっぷり含まれているような口調で、北は吐き気がするほどに嫌いだった。
北は野中の言葉を無視し、三人に話しかけた。
「とにかくお前ら、今すぐこんなバカなことはやめろ。なんでこうなった? オレ達はただゲームのことについてただ語っていただけじゃねえかよ」
三人はプッ、と吹き出した。そして“あかばえ”の赤橋が言った。
「お前、俺たちがそんな理由であの掲示板に書き込み始めたと思ってるわけ?」
「……」
大体予想はついているが。
三人はまた北のことを嘲笑うように笑った。
「そんなわけないでしょ。俺らは田島くんのお金をどうやったらもらえるのか、ずっと考えてたんだよ。でも、田島くん、掲示板とかやんないし、どうしよーかなーって思ってたら“メガネくん”って人が田島くんを誘い出してくれたんだよねー」
そこまで言って野中はニヤつきながら北を見た。そして赤橋が続ける。
「つまり、田島がいじめられてんのは、お前のせいなんだよ」
北は目を見開いた。今すぐこいつらを背負っているもので殴ってしまいたいという衝動に駆られた。だが、そのようなことをしてはいけない、落ち着くんだ、と北は自分自身に心の中で呼びかけた。これは挑発だ。
しかも分かっているはずじゃないか、自分を責めてはいけないってことも。北は数時間前までは自分を責めていた。だが川崎に言われ、自分を責めていても別にいじめが止まる訳じゃない、と考え直した。だからここに三人を呼んだのだ。いじめをやめさせるために。
それなのに今、赤橋に言われ、ドキッ、とした。また自責の念が生まれそうになった。
そのことを防ぐために、北は加藤の真似をすることにした。そう思っていると多少気分が落ち着く。
「確かに一理あるかもしれない。だが、いじめる者がいなければいじめられる者もいないはずだ」
北はこんな感じかな……などと思いながら加藤のものまねに集中力の全てをかけた。三人の話をできるだけ聞かないようした。
必ず北がキレるか傷つくかして自分達が優位に立てると思っていたのか、赤橋は意外そうな顔をした。
だが赤橋もしつこい。諦めずにもう一度同じことを言う。……レベルが、低い。
「いや、お前が田島を掲示板に呼び出さなきゃこんなことにはならなかったはずだよ?」
北はため息をつき、これでは水掛け論だ、と言おうとした。しかし、言おうとして一歩前に出た時、ガラガラ、という音が鳴った。二本の木刀が筒の中でぶつかり合ったのだ。赤橋、野中、飯田はピクッ、とその音に反応した。そして顔を強張らせた。今までは暗くて北が背負っているものに気づかなかったようだが、今、ようやく気づいたようだ。北はしまった、と思った。
「それ、何だよ」
野中が固まりながら言った。……嘘をついても仕方が無い。
「木刀だよ、木刀」
出来るだけ平静を保って言った。北の額には汗が滲み出ている。
「木刀ってことは……最初っから俺達とは話し合いをする気は無かったってことだな?」
飯田が北の方を睨みながら言う。北は慌てて言った。
「待て待て待て。違う。誤……」
北は彼らが手に握っているものを見て言葉を止めた。ヤバイヤバイヤバイ……北はパニックに陥った。彼らは三人とも果物ナイフのような物を握っていた。
「はあ、はあ、はあ。……ふう、ついた~」
羽生がヘニャヘニャとなって言った。五分間ほどずっと走ったのだからいつも運動をしていない健達にとってとてもキツイものだった。三人は校門の前で膝に手をつき、肩で息をしていた。
プルプルプル……。電話が鳴った。羽生の携帯のようだ。羽生はちょっとゴメン、と言って携帯電話を開いた。羽生は携帯電話の画面を見て顔をしかめ、そのまま携帯電話を閉じた。そして二人に向かって、
「母さんだった」
としかめっ面のままで言った。
「……よし、行くか」
皆の息が多少整ってから加藤は言った。
「……うん」
三人は校門に立ち向かった。その途端、羽生が声を上げた。
「あっ!!」
羽生は呆然として、開いたままの携帯電話を持った手を体の横にぶらん、と垂らした。
健はどうした?と言おうとした。だが、健も校門の内側を見て、あっ、と声を上げそうになった。加藤も健と同じような表情をしている。
そこには……あの阿久保先生がいたのだ。生徒会、剣道部の顧問で健達のクラスの物理の担当。ガラの悪い連中としゃべっている。あ、話は終わったみたいだ。
健達は呆然とした後、隠れようとした。だが、遅かった。阿久保先生がこちらに気づき、例の薄気味悪い笑みを浮かべて歩み寄って来た。
「これはこれは。2-Bの優秀な加藤と伊勢じゃあねえか。それと羽生。こんな時間に何を。もう学校の授業はねえぞ」
嫌味がたっぷり含まれた口調。
「忘れ物を……」
「友達を助けに来ました」
おぉい! 正直なのは良いことですけれども! 健が咄嗟に嘘をついたのを遮り、真実を言ったのは加藤だ。先生はほう、と声を上げ、またニヤニヤしながら言った。
「友達を助けに。一体何があったんだ」
そう言ったが、阿久保先生に心配する様子は微塵もない。加藤はそのことにムッとし、自分達がここに来るに至った経緯を早口で話した。
話を聞き終えた後、阿久保先生はニヤッと笑い、
「そうか、その掲示板か……」
と独り言のように呟いた。
「アクボせんせー、知ってるの!?」
羽生が素っ頓狂な声を上げた。羽生は阿久保先生のことをガンダムの“アムロ”のように発音する。阿久保先生は仏頂面になり、言った。
「羽生、先生様に対してタメ口は聞くんじゃねえ」
羽生は言い返したそうな顔で何かを言おうとした。だがそれを加藤が手で制した。そして加藤は言った。
「先生はそのような“いじめ”を許していて良いとお思いですか?知っているのなら止めるなどの対策はあったはずです」
その言葉を聞き、阿久保先生は“ふ”と“ん”を同時に発音するような短い笑いをした。
「加藤、お前まで俺に反抗すんのかよ。お前だけは先生様に対する礼儀ってもんがあったと思ってたけどなあ」
加藤は先生にわからないように小さくため息をついた。そして言った。
「先生に無礼を働いたことは謝ります。それよりも先生、先生はこのようないじめを見て何も思わないのですか?」
先生は今度はふん、と短く笑い、言った。
「ああ、思ったよ。こんないじめをされる奴は、相当周りについていけてない奴なんだろうなあ、って。勘違いすんなよ。いじめが起きんのはいじめられる側の責任なんだよ。学校という名の集団生活の中で浮いちまった奴のな。覚えとけ」
ああ、それと、と阿久保先生は付け足した。
「確か……“メガネくん”だっけな。そいつがわざわざ掲示板にいじめられそうな奴を誘い出したのがいけねえんじゃあねえのか」
よくあるセリフだ。…………これは本心なのか? 健の胸にはもやもやしたものがあった。
ガッ。突然の大きな音に健は顔を上げた。
今まで阿久保先生がいたところには加藤が立っていて、その横の地面に、阿久保先生は尻餅をつく形で倒れていた。
……え? 健は目を疑った。加藤の右拳は硬く握られ、胸の前にある。
加藤が、
あの真面目な加藤が、
先生のことを殴った!!?




