掲示板
掲示板
依頼の内容はこうだった。
どうやらネットの掲示板上でいじめが起きているらしい。ある特定の個人に対して個人情報を漏らすぞ、などと脅しをかけ、様々なことをやらせている。しかし、まだ脅しの段階なので被害者の顔も名前も分かっていないらしい。もちろん、加害者の顔も名前もだ。だが、川崎が言うには被害者、加害者共にこの学校の二年生だという。掲示板の書き込みにこの学校の二年だという証拠があるらしい。
「で、オレ達にそれを探せっていうの」
羽生が川崎に問いかける。川崎はそうよ、とうなずいた。北は呆れたようにため息をついた。
「おいおい、この学校の二年って言ったって三百人いるんだぜ。その中から探せっていうのかよ?」
「そうよ。できるでしょ。生徒会の執行部の方に行ったら、取り合ってもらえなくて……」
その言葉に皆は反応した。仕事をこっちに回すというなら分かるが、取り合ってもらえないとは……。あの清水先輩が……? 代表して加藤が聞く。
「待て、執行部に取り合ってもらえなかった? ……なぜだ」
川崎がすこし頬を赤くしながら答える。加藤と話す時はいつも緊張するらしい。
「そ、それは生徒会の仕事が忙しいとかで……生徒会の先生に追っ払われたの」
加藤はふむ、と納得のいかないような表情をした。そしてまた言った。
「ということは生徒会の生徒とは話していないのだな」
「う、うん……ちょうど生徒会室に先生しかいなくて……」
加藤はふむ、と頷いた。しっくりこないような顔だが。
「執行部の先生って誰だっけ?」
羽生の問いには健が答えた。
「確か物理の阿久保先生だった気がする」
「そうよ。なんか気味悪い人」
気味が悪いとは本当だ。健はあの阿久保先生の顔を思い出していた。物理の先生で、怒る時は不気味に、かつ冷ややかに笑う。思い返すだけでゾーッとする。
少しの間の沈黙。
健はそういえば、と川崎に話しかけ、沈黙を破った。
「その掲示板、どの掲示板? 名前、教えてくれよ」
川崎はそうだったわね、と言い、少し間を置いた後、
「今、見せるわ」
と言って鞄の中からiPhoneを取り出した。
使い古しているようだが、飾り気は一切ない。女子特有のけばけばしいストラップやカバーなど全くない、シルバーのボディが光るシンプルなiPhoneだ。
「あ、iPhoneだ。いいなー。オレ、いつまで経ってもガラケーなんだよねー」
羽生が羨ましそうに言った。一同は羽生の言葉を無視し、iPhoneをいじる川崎を見守った。
「あ、あった。これこれ。見て」
川崎は健にiPhoneを差し出した。
健はそれを受け取り、ディスプレイを見た。加藤が左から、北、羽生が右から覗き込む。
なぜか北が目を見開いた。
そこには“ドラゴンクエスト13について語り合う掲示板”と書かれていた。
「おい、これゲームの掲示板だぞ」
健は川崎に言う。川崎が答える前に、羽生が口を開いた。
「ドラクエって今10までしか出てないよ。ねえ、北っちゃん」
羽生は北の顔を見た。北はいつもとは違い、重々しく頷いた。声は発さなかった。
加藤は北のいつもとは違う様子を見て、怪訝そうに北の顔を覗き込んだ。そして
「大丈夫か」
と声を掛けた。北は二、三秒経ってから
「あ、ああ。大丈夫」
と引きつった笑いをし、
「そ、そういえば今日、大事な用事があるんだった。先に帰らしてもらうわ」
と、足元にあった鞄を右手で持った。そして皆の返事を聞かずに校門へと走り去った。
……はあ? “大事な用事”? そんなの嘘だよな? どうしたんだ? 健の頭の中にたくさんの?が浮かぶ。
「おい、待てよ。北ー」
健は呼び止めようとしたが、無駄だった。北はもう見えなくなってしまった。はやいね。
加藤は何か考え込んだ風に黙っている。
「具合でも悪いのかなー」
「何なのよ。アイツ」
羽生と川崎が同時に言った。だがそのことを気にする様子は全くない。独り言だったようだ。
健は不安になっていた。あんな北を見るのは初めてだった。
***
「じゃあねー。伊勢っちー」
おう、と健は軽く手を上げた。北が帰ってしまった後、もう遅いということでそれぞれ帰宅することにしたのだ。だが、健は物理のレポートを今日中に出さなければいけないため、教員室の阿久保先生のところを訪ねるということになっていた。だるいけど。
こんな時間にあの先生を訪ねるのは気が引けるが、行かなければならない。健は教員室に向けて歩き出した。
……教員室のドアの前まで来た。ここは何度来てもやはり緊張する。ドアに手をかけようとしたその時、中からものすごい大きな怒鳴り声が聞こえた。……阿久保先生だ。ビクッとして、縮こまる。内容は聞き取れない。電話をしているようだ。
「あれ? 君どうしたの?」
後ろから声が聞こえてきた。この優しそうな声は……教頭だ。健は振り返った。温厚で柔和そうな顔。生徒からは親しみやすいと人気だ。悪く言えば“チビデブハゲ”だが。
教頭は中の声に気付いたようだ。そして苦笑した。
「今日も荒れてるねえ。阿久保先生」
そして健を見る。健が手に持っているものに気付いたようだ。
「……もしかして阿久保先生に用があるのかい……?」
「そうです」
「そうか……あの様子じゃ無理そうだな……あとで私が渡しておくよ」
そう言って手を出した。健はありがとうございますと言いながらそれを渡した。
そしてそれから教頭はうーん、と悩む素振りをした。何かを健に言うかどうかを迷っているように見えた。少し躊躇ったあと、教頭は口を開いた。
「……あの人は口が悪かったり、怖かったりするかもしれないけど、嫌いにならないであげてほしいんだ。……あの人、家庭面ですごく苦労してるから」
その言葉を聞いた途端、急に阿久保先生のことが知りたくなっていた。なぜだろう。好奇心などではない。もっと強い感情が心の奥底にはあった。
「その話、詳しく聞かせてもらえませんか」
気付いた時にはそう口走っていた。




