戦闘
「遅い。遅い。なめてんのか」
北は飛び出てくる拳や足をすべて自らの手や足で払いのける。
「コノヤローー……」
不良軍団は一瞬攻撃をやめた。その瞬間、北が大声を上げる。
「羽生、モップ!!」
呼ばれた羽生はビクッと反応し、走って遠巻きで見ていた清掃員らしき人に近づいた。
「ひいっ!」
清掃員はそう声を上げてモップを置き、走り去った。
「そんな怖がることないじゃん」
羽生が苦笑いしながらそのモップを拾い、北に投げる。
パシッ。ナイスコントロールとナイスキャッチだ。北はモップを受け取った。
不良軍団はギョッとたじろいだ。
「ふーん。持ち味はいいな。……お。モップの部分外せるタイプか……よし」
北はそう言って、モップの床などを拭く部分を外す。モップは完全な武器と化した。
「武器を持ったからってなんだってんだ。こっちは十五人いんだぞ? お前ら、心配すんな、行くぞ!」
おーッ、と沸き立つ不良軍団を前に、もう一人の人間が声を上げた。
「おい、いい加減に腹が減った。……北にも腹が立つ。この苛立ち、晴らさせてもらってもいいか?」
その場の空気が凍り付く。
「……おお、いいぜ、加藤」
少しして北が答えた。
「お前には聞いていないが」
「……行けるか?」
「なめるな」
「じゃあ、オレが十四人、お前が一人、ということで」
「どこまでも人をなめきった奴だな、お前は」
余裕の会話に不良軍団はプッ、と吹き出す。
「なめてんのはお前らどっちもだよ。……おめーら、二人でくるつもりかよ。バカな奴だなー。命、ねえぜ」
「笑うのは勝ってからにしろ」
その加藤の言葉を皮切りにして、戦闘が始まった。
***
「けっ、ドキュンのくせによえーな。とりえ、ねーじゃねーか」
「……消化不良だ」
結局、最後に立っていたのは北と加藤だ。……すごい。すごすぎる。この二人は。新庄は呆然としていた。
「……派手にやっちゃったねー」
ふざけ半分で不良の脈を確認しながら言ったのは、羽生だ。
「う、う…………お前ら、ゆ、許さねえ……」
不良軍団の一人が言う。気を失っている者もいるが、大半はうずくまっているだけだ。……それにしても、十五人を……。新庄は感嘆のため息をついた。
一人慌てているのは、伊勢だ。
「おいやべーぞ。店長らしき人が来る。もし学校に知れたら停学は確実だぞどーすんだよ」
「……逃げる」
羽生と北が声を合わせてしれっと答え、自動ドアに向かって一目散に駆け出した。
「おい待てよ」
そう言いながら伊勢がその後を追う。
加藤はため息をつき、こちらを見た。目が合った。ドキッ、とする。だが加藤はすぐ目を逸らし、口を開いた。
「……オレ達も、行くぞ」
そう言って、新庄の手を引いた。……って、え? え!? 加藤が自分の手を握っている。
「……ちょ、ちょっと……………」
焦って声を上げても、離す様子はない。
仕方がないので、新庄も加藤と一緒に走った。
自動ドアが開き、それと共に湿った空気を感じた。
「ふうーーーーー。このくらいでいいかあ」
しばらく走って、北が大きく息を吐く。気付けばもう駅の近くまで来ていて、人混みがある。新庄も息を吐いた。疲れた。
「そこのコンビニでなんか買うか、腹減ったしな」
伊勢が言い、ちらっ、と新庄と加藤の方を見る。そしてそこを見たまま続ける。
「いや、仲良くなったようで、……嬉しいよ」
北も羽生もこちらを見る。そしてにやける。
「アツアツだねえー」
「ドキュンにも感謝だな」
何のことを言っているのか分からなかったが、二、三秒経って左手のことを思い出す。
「あっ!!」
慌てて手を離した。そうだ、手をつないでいたんだった。この十数分、ずっと手をつないでたの? そう思うと顔から火が出る思いだった。
「いや、違う。違う。……そういうのじゃない!!」
「慌てちゃってえー。加藤くんかっわいー」
「やめろ」
加藤も顔を赤くしている。
「お前らなァ、いい加減にしろよ。依頼人の新庄だっているんだ」
そう言ってやれやれ、とため息をついたのは伊勢だ。
この人が生徒会の中で、唯一の常識人、いや普通の高校生なのだろう。なるほど。リーダーとして適格なのかもしれない、と新庄は思った。……などと考えているうちに、気持ちが落ち着いてきた。
「……さっきは、すごかった」
新庄は唐突に言った。加藤以外の三人から意外そうな顔をされる。……そういえば、加藤以外とはちゃんと話していないんだった、と思い出す。
二、三秒の沈黙の後に北が、だろ? と言って得意げな顔になる。だが、戸惑いの表情は拭いきれていない。
そうか、と今更思い出す。北の方が“強い”んだ。北には悪いが、新庄は加藤に言ったつもりだったのだ。
キシ、と胸が痛む。加藤とこんな一日を送れるのはおそらくもうない。……寂しい。寂しすぎる。加藤くんと友達になりたい。
私にとって、加藤くんは憧れの存在だった。さっきまでは。だが、今は……
……私は、加藤くんのことを本気で好きだ。
「……じゃあ、なんか買って、帰ろっか」
羽生が言う。そうだな、と加藤が寂しげに言った。
新庄、加藤はその後一度も口を聞かずに、帰路についた。
***
「結局、何もなかったのかあ」
北が加藤に向けてそう言ったのは健達の家の最寄り駅に着いた時だ。新庄はもういない。
「ああ。ない」
加藤は無表情のまま眼鏡を押し上げる。
あーあ、と羽生が伸びをする。
「結局、徒労だったなあー。コンサート中、超暇して近くの喫茶店で待ってたのになー」
「災難だったな」
無表情で切り返す加藤は、間違いなくいつもの加藤だ。本当に何もなかったのかと心の中で言い、健はちらりと加藤を見た。北と羽生に無理矢理連れて行かされただけだが、新庄と加藤のことは少しだけ気になった。とは言っても、言及するほどではない。北と羽生が言及しないのは、疲れのせいだろうか。
「……それにしても、良かったぞ。HAVES」
「あ、マジ? だよな。オレも行きたかった」
加藤の感想に北が気弱に笑う。やはり北は疲れているのだろう。何せ、あんな死闘の後だ。
突然、羽生がそういえばさ、と口を開く。
「……オレらって、一緒にコンサートとか、行ったことないよね」
沈黙。
だったらさ、と羽生は続ける。
「今度、とろーよ。チケット。探り合いも不良もなしで、行こーよ、いつか。みんなで」
長い沈黙。十秒ぐらいの間が空いてから、健は口を開いた。
「ああ」
とそれだけ。
北がだったらよ、と頬を少しだけ赤くして口を開いた。
「……その時、川崎もつれてってやっていいか」
ああもちろん、と羽生は答えた。
「新庄もいいか」
唐突に加藤が口を開く。無表情のままだが、どこか照れくさそうな感じを醸し出していた。
「……え?」
驚いて皆が声を上げてしまった。だが、冷やかしの声を上げる空気の読めない人間はここにはいない。
「もちろん、いいよ」
健はすぐにそう答え、笑った。
加藤もその顔の上に喜の表情をうっすらと浮かべた。
「まあ、そんなにたくさんチケット取れるぐらいの歌手って言ったら大体限られてきちゃうけどね」
「……お前ッ! 空気が台無しだろーが!!」
「だってー、事実じゃーん」
羽生と北が言い合うのを見て、健は笑った。
そこに加藤が、あ、と声を上げた。
「どうしたんだ?」
「……チケット代、払ってなかった」
二、三秒の沈黙の後、三人は北はいたずらっぽく笑った。
「払いに行けよ。また明日でもさ」
ああ、と答えた加藤はどこか嬉しそうでもあった。




