コンサート
加藤くんは、私から目を逸らしている。……新庄がそう気づいたのは会場に向かう道すがらのことである。
やはり、私服姿の私は変だったのか。マスクを外して来たのも失敗だったかもしれない。さっきは変ではないと言ってくれていたが、社交辞令のようなものだったのだろう。そう思うとブルーな気持ちになったが、相手が加藤くんなら仕方が無い、と気を取り直す。加藤は高嶺の花すぎる。自分の周りでも、加藤に思いを寄せている人はたくさんいる。こうやって並んで歩けるだけでも運が良いと考えた方がいいだろう。
高嶺の花という例えは男子に使わないのかな……。新庄はふと思った。しかも、加藤くんに“花”という言葉を使うっていうのは……。そう思うと、新庄は笑ってしまった。
「なんだ?」
加藤が怪訝そうにこちらを見る。
「……いや、なんでも……」
言葉が滑らかに出ない。やはり意識してしまう。
口が裂けても言えないが、加藤くんはやはりかっこ良すぎる。
顔もだが、スタイルが良い。服装は黒いTシャツにジーンズというシンプルな格好だが、シンプルであるからこそ、足の長さや、筋肉質な体のラインが強調される。……反則だ。
ただ、かっこいいとは思うが、告白して恋人同士になりたいなどという具体的な希望はない。言ってみれば自分が加藤のことをかっこいいと思うのはテレビの中のアイドルをかっこいいなどと思うのと同じことであり、要するに“憧れ”だ。恋人同士になったとしてもぎこちないだろうし、まず加藤が自分のことを恋愛の対象として見ることなどあり得ない。新庄はそう思っている。
そんな加藤が突然口を開いた。
「新庄、ここら辺じゃないのか?」
ついドキッとしてしまう。加藤くんの口から自分の名前が発せられると。先程から何回も呼ばれているがその度にだ。
「……うん。多分……」
新庄はチケットを見ながら答えた。
ここら辺で良いはずだ。
「あ! あそこ!」
チケットに書いてある言葉と同じものが看板に書いてあったので指をさし、少し大きな声を上げてしまう。
「どれだ?」
加藤が新庄の手元にあるチケットを覗き込む。
……え? 加藤の顔が近づいてくる。
とても近い。心臓が大きく脈打つ。顔が熱くなる。
「あ…… 。ちょ、ちょっと…… 」
新庄はパッと退いた。失礼かな、とは思いながらも。
「…… と。……すまない」
加藤も少し耳を赤くして、退く。
「……すまない」
加藤がもう一度謝った。
「……いや、べ、別に」
急な出来事で驚いたが、新庄には少しうれしくもあった。……憧れの加藤くんとこんなことになるなんてラッキーだ。そう大胆に考えると、新庄の顔はまた熱くなった。
「……とにかく、行こう」
加藤はまだ耳を少し赤くしている。女子に慣れていないのかな、新庄はふとそう思った。
「……う、うん 」
加藤と新庄は会場の方へ向かった。
***
「すごい熱気だな」
加藤は、独り言のようにそうつぶやいた。二人は会場に着いたのだ。整理券をもらい、座席の方に移動しようとしている。ちなみに、今回のコンサートは全席スタンディングだ。
「そうだね」
新庄がゴクリ、 と唾を飲みながら答える。不安なのだろうか。オレが守ってやる、そんな言葉が頭に浮かんだが、言える訳がない。恥ずかしすぎる。
新庄は不安なのかもしれないが、加藤は期待していた。こんな熱気があるんだ、コンサートの内容も良いものになるのではないか、そう思っていた。男であるから故かもしれない。
「トイレは行かなくていいのか?」
加藤はそう聞いた。一度会場に入ってしまえば、終わるまで出ることはできないだろう。……人混みを見れば容易に想像できた。
「……そうだね。……い、行ってくる」
「……そうか、じゃあオレも行く」
そして、 二人はそれぞれトイレへ向かった。
「お待たせ」
加藤がトイレから出てきてちょっとしてから新庄はやってきた。
「……いや、待っていない 」
何故かそんな言葉が出てしまう。いつもの癖で眼鏡を押し上げる。新庄はクスッ、と笑った。
「……加藤くん、面白い」
やはり最初に会ったときよりもくだけた物言いだ。表情も柔らかい。加藤にとっては困ることなのだが。意識してしまうからだ。
……それよりも今、自分のことを面白いと言わなかったか? 普段なら怒っている所なのに、なぜか怒れない。というか、少し嬉しいという気持ちもある。人を好きになるというのはこういうことなのだろうか。
「……まあ、行こうか」
とにかく、コンサートだ、コンサート。加藤そう思い直した。そして二人は渦巻く熱気の中へと入っていった。




