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私服


「遅いな……」


 加藤は腕時計を見てそう呟いた。

 今、加藤は海浜幕張駅にいる。今回のコンサートは幕張メッセで行われるそうだ。

 9時05分。……なんだ。まだ五分しか経っていないじゃないか。……せっかちだな、オレ。集合時間は9時00分ということだった。加藤は自分のことをせっかちだといつも思っている。また、融通が利かないということも自覚している。周りに言われ、確かにそうだと毎回思っている。だが、変えられない。そういうものだろう。人間というのは。

 ……まただ。加藤は過ちに気づいた。加藤はいつもそれっぽい理屈を付けて、自分を納得させようとする。今の場合ならまだ良いが、口に出した時は無理矢理周りにも自分の考えを押し付けるのだ。……最低だ。自分の弱みをさらけ出す羽生にあまり強く口を聞けないのは自分の短所を知っているからという所以だ。

 ……いけない。また後ろ向きになっていた。意外なようだが、加藤はネガティブな思考の持ち主なのだ。しかし毎回、いつもうまくやっていけているのだから良いだろう、という結論にたどり着く。そういう意味ではポジティブなのかもしれないが。……今回もそうだった。

 そんないつも通りの結論を出した時、加藤は駅の改札の人混みの中に、細くて小さい、頼りない姿を見つけた。


「新庄」


 加藤は手を振るなどということはせずに名前を呼び、少しだけ背伸びをした。……手を振るなどということは死んでもやらない。

 新庄は不安そうに人混みの中を進んでいたが、加藤の姿を見ると少しほっとしたようだった。新庄は加藤の方に駆け寄ってきた。


「……ごめん、待った?」

「……いや」


 言葉が出てこない。こういったシチュエーションに慣れていないからというだけではではない。新庄が、この前部室で会った時とは全く違う雰囲気を醸し出しているからだ。人違いかとさえ思った。まず、マスクをかけていない。だから、顔の下半分が見える。……正直言って、美形だ。女子に対してこんなことを思ったことはない。……だからといって、男子にそんなことを思ったことがある訳ではない。

 それに、服装。白いフワフワとしたワンピースの上に薄手で青いカーディガンを羽織っている。加藤には新庄がとても眩しく見えた。そして、なぜか自分の服装にも目がいってしまう。新庄はこれほどまでに……おしゃれなのに対して、加藤は黒いTシャツにジーンズ、それだけだ。


「……何か、変……?」


 新庄が、黙りこくってしまった加藤を怪訝そうに覗き込む。この前よりも心なしかくだけた喋り方をしているな、と加藤は感じた。


「……あ、いや。……私服だと感じが……」


 本当にどうしたのだろう。今日は本当に言葉が出ない。


「……あっ! 変……かな……?」


 新庄は口元を押さえて頬を赤らめた。加藤は急いで否定する。


「いや、違う。変ではない、と思う」


 …………もどかしい。“変ではない”どころではなく、むしろその逆なのに、どうして“良い”という一言が言えないのであろうか。そう思ったが、自分がそのような言葉を言っている場面を想像すると、赤面してしまう。


「……ありがとう。……じゃあ……い、行こうよ」


 新庄は顔を赤くしながら言った。加藤は頷き、二人は歩き出した。幕張メッセは大型の会議・展示施設なので、HAVESのコンサートの他にもイベントはあるのだろう。人混みがすごい。海浜幕張駅から幕張メッセまでは八分程歩かなくてはならないため、気が滅入る思いだった。


「そういえば、チケット代、いくらだ?」


 ふと思い出したので、言ってみる。


「……あ、あとでで良いよ」


 そう言って新庄はニコッと笑った。

 心臓が跳ねる。その笑顔は自分に向けられたものであると思うと、余計に。こんな気持ちは初めてだ。……何なのだろう?


「……なんで加藤くんはHAVES好きなの?」


 話題を振られる。自分といると話題が弾まないから、居心地の悪い思いをさせていると思うと胸が痛んだが、加藤は問いに答えるしかない。


「……あ。うん、いや……。リズムがとても良いからか?」

「……聞かれても、分からないよ」

「あ、そうだな」


 新庄はぎこちなく笑いながら突っ込み、加藤が答える。

 どうする? 新庄のことを直視できない。笑ったりすると、特にだ。息が苦しい。

 ここで加藤ははじめてあることに気づいた。

 

 ……もしかしてオレ、新庄に“恋”をしているのか?


 そう思うと余計に新庄のことを直視できず、その後会場につくまで一度も新庄の方を見ることができなかった。


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