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梅雨


「あぢ〜……。というか湿気〜。だる重〜。」

「梅雨に対する感想を簡潔にまとめてくれてどうも」


 机の上に足を投げ出し、汗をかきながらグダーッとしている北に健は言った。今、健達は四人とも、部室の中にいる。健は漫画、加藤は小説、羽生はライトノベルをそれぞれ読んでいる。

 部室をもらってから一ヶ月弱が過ぎ、六月十六日。梅雨の真っ盛りだ。窓の外ではじとじとと気持ちの悪い雨が降っている。


「それにしても、最近は来ないな」


 加藤が目を上げ、突然口を開いた。依頼人のことだろう。


「まあね。梅雨だし」


 羽生がテキトーに答えた。ラノベから目を離していない。ふむ、と加藤は言い、また本に目を戻した。

 そんな時、コンコンと戸を叩く音がした。


「……おお! 来たぞ!」


 北が体勢を直す。他の三人もバタバタと体勢を直す。


「どーぞ」


 羽生が呼び入れた。

 ガラ。戸が開いた。そこにいる人物を見て健は肩を落とした。他の三人もだ。


「……なーんだ。清水先輩か……」

「毎回、“なーんだ”って言われるこっちの気持ちを考えろ」


 そう言って清水先輩は苦笑する。


「……暇ですけど、清水先輩に遊んでもらう程ではありません。……帰っていいすよ?」


 羽生が冷たく言い放つ。


「なんでそんなに冷たいの? いつもに増して……まあ、いいや。俺は遊びに来たんじゃなくて、依頼を持って来てあげたんだよ」

「恩着せがましく言わないでください」


 清水先輩は北の言葉に苦笑した。……苦笑多いな。この人。と健は心の中で苦笑した。


「……それで、依頼というのは?」


 加藤の言葉で清水先輩は真面目な顔に戻った。そしてドアの方を向いた。


「……ああ。えーと……新庄ちゃーん。入ってきていいよー」


 ハイ、というか細い声。

 ガラ。ドアが開いて、小柄な女の子が入って来た。

 ……なんだ? こいつ。健は眉をひそめそうになった。

 清水先輩に新庄と呼ばれていたその子は、マスクをかけていた。しかもそれだけじゃない。前髪が長く、目も隠れている。顔がまったくと言っていいほどに見えない。……なんだか気味が悪い。でも、どこかで見たことがあるから、高二なのだろう。


「あ」


 北が突然声を上げた。新庄も北に気づいたようだ。


「あ、絵美のカレシの……」

「あ、うん。北だけど。確か剣道部の……新庄千春……さんだっけ?」

「……うん」


 剣道部!? 健は北の言葉に耳を疑った。この子が? ……剣道部の女の子って、筋骨隆々な女の子達なのかと思っていたらそうでもないんだな……。健は新庄のことを見ながらそう思った。っていうか、この子が剣道やってるところとか、想像できない。


「んじゃ、まあ、新庄ちゃんの話、聞いてやってよ。……俺は忙しいから、帰るわ」


 清水先輩はひらひらと手を振って出て行った。

 ガラ。ドアが開けられて、また閉められる。

 沈黙。

 新庄が何も言い出さずに俯いているので、空気が重い。

 健は、おい、北。てめえ知り合いだろ、話しかけろよ。という念を込めて北を睨み続けた。羽生も似たような目で北のことを睨んでいる。

 数秒間そんな状態が続いた。だがついに北がため息をつき、口を開いた。


「何の用なの? 新庄さん」


 そう北が聞くと新庄はうん、と小さく頷いた。


「…………一緒に」


 とても小さな声だ。


「……何?」


 加藤がすこし苛立った感じで聞き直した。新庄はビクっと反応し、ごめんなさい、と小さく言った。そして黙る。沈黙。


「おいおいおい。なんで黙っちゃうんだ?」


 ほんっとに、なんだ? こいつは。健はイライラしながら新庄に言った。

 新庄は、またごめんなさい、と小さく言った。


「……大丈夫?」


 羽生が心配そうに顔をのぞく。泣いているのかもしれない、と思ったのだろう。健も少し心配になった。……って、面倒臭ぇな、こいつ。


「だ、だいじょぶ……だから」


 そう言って新庄はパッ、と顔を逸らした。


「それで、何なのだ?」


 加藤がため息まじりに問う。先程よりは優しい口調だ。


「……うん。……あの……。今週の日曜の……こ、コンサートのチケットが二枚あるんだけど……。もともと一緒に行く気だった子が急に用事が入ったとかで……」

「……オレ達に?」


 北がせっかちに聞くと新庄はコクリ、と頷いた。


「…………マジ?」


 羽生がゴクリと唾を飲み込んだ。新庄はコクリ、と頷く。


「ほかに……日曜、空いてるひと……いなかったから。絵美も」


 すると、加藤が口を開いた。

 

「……誰か一人なんだろ? だったらオレは降りさせてもらう。……次の試験、相内に勝たなければならないから、忙しいのでな」

「“のでな”じゃねえよ、加藤。まだ試験まで三週間とちょっとあんだぞ。いいじゃねーか。頭カッチコチだな、お前」

「うるさい。……“まだ試験まで三週間”だと? “もう試験まで三週間しかない”だろう」

「はいはい。そーすか。お勉強、がんばってくださいね」

「試験で泣きを見るのはどっちだと思ってるんだ」

「なんだとぉ?」


 北と加藤の口論。羽生がまあまあ、とたしなめる。

 健はそういえば、と新庄に問いかけた。


「誰のコンサートだよ? 歌手は誰?」


 新庄は小声で、しかしはっきりと答えた。


「……HAVES(ヘイブズ)……」


 新庄の声を聞いた瞬間、その場の空気は凍り付いた。しん、と静まり返る。中庭からのカーン、というバットの音が鮮明に聞こえるぐらいに。


「HAVES……? マジ?」


 羽生の声に、新庄は頷く。次の瞬間、一気に沸き立った。“沸き立った”と言っても、騒いだのは北と羽生だけだが。HAVESというのはハードコアのバンドグループで、健以外の偽善同盟は熱狂的なファンだ。健はあまり好きではない。……信じられないだろうと思うが加藤もファンだ。


「うおおおおおおおお!! マジかよーーー!!!! HAVESかよーーー!!」

「HAVESキターーーーーーー!!! オレが行くーーーーー」

「オレがいきたーいーーー!!」

「いや、オレだ」

 

 え? 突然の加藤の乱入。再びしん、と静まり返る。


「え、お前、さっき行かないとか言ってなかったっけ?」

「HAVESは別だ」


 即答。マジか。


「……お前、コンサート、行くの?」


 健はもう一度聞いた。


「悪いか」

「……いや、悪くはないけれども」


 悪くはないけれども? 悪くはないけど、加藤らしくない。


「……では、新庄。どいつと一緒に行きたいか決めてくれ」


 加藤が新庄に向き直る。珍しく目を輝かせて。……どんだけファンなんだ、加藤(コイツ)は。

 急に話を振られた新庄はビクッと身を縮こめた。

 そこに北がおいおいと不満の声を上げる。


「てめえ、加藤。そんなん、加藤を選ぶに決まってんじゃんか。新庄は仮にも女子だぞ」

「……じゃあ、公平にジャンケンで決めるか」


 加藤の提案。新庄はマスクの横の頬を少し染めて俯いた。北のデリカシー0発言に対してだろう。


「……よし。やろっか」


 羽生の重々しい声。三人はゴクリ、と唾を飲み込む。真剣な眼差しでにらみ合う。

 カチ、カチ、カチ、と時計の秒針の進む音が聞こえる。

 ……何だコレ。一人だけ冷静な健は取り残された気分だった。


「最初はグー!!!!」


 三人が大声を出し、拳を前に突き出す。


「ジャンケンポン!!!!」


 グー、チョキ、チョキ。……ということは、一人勝ちということだ。

 健は“グー”の手の上に目をずらしていった。

 そこに居たのは、加藤だった。


「……よし!!! オレだ!!!」

「……ずりー。ずるくないけど、ずりー」

「……なんでせーチャンなのー? 確かにせーチャンが急に行くとか言い出した時からフラグたってたけどぉ〜」

「文句を言うな! これは公平な決め方だ!」


 北と羽生を一喝してから加藤は新庄の方に向き直る。


「よろしく」


 そう一言だけ言った。新庄はビクッと身を縮こめた。そして


「……う、うん」


 と加藤を見上げた。

 

***


「あ〜あ。チクショーーー。行きたかったな〜」


 北が悔しそうに叫ぶ。その後、新庄は帰り、今は午後五時。加藤がトイレに行き、部室の中には三人しかいない。


「まだ言ってんのかよ……。それと北、あまり叫ばないように。超うるさいから」


 健が注意する。へいへい、と北は肩をすくめた。


「あー。ところでさ、明後日だよね。そのコンサートってさ」


 唐突に羽生が言う。


「……そうだけど、なんで?」

「いや……。ねえ、いいこと考えついたんだけど」


 健の問いに対して羽生はニヤリと笑った。北もニヤリと笑う。


「……奇遇だな。オレもだよ」


 北がそう言い、二人はドラマの悪役のように顔を合わせてニヤニヤ笑った。


 健はそんな二人を見てため息をついた。


 ……なんだか、面倒なことになりそうだ。


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