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 そういえば辺りはすっかり暗くなっていた。健たちの頭上には明るい星が輝いている。


「あ、星だ」


 健がそれに気付き、声を上げる。今は中庭に向かって歩いている途中だ。阿久保先生は教頭と職員室に戻った。

 健の声に他の二人も顔を上げる。


「あ。ホントだ」

「珍しいな」


 二人はボソッと答えた。三人は今置かれている状況を忘れ、長い間その星に見入っていた。


***


 気が付いたら北の目の前には黒々とした空が広がっていた。背中にはちくちくとしたものが感じられる。……芝生だ。

 状況がつかめないので北は起き上がることにした。その瞬間、背中に激痛が走った。あ、そうだ。と北は思い出した。オレはアイツらと喧嘩して刺されたんだっけ。でもその後のことが思い出せない。

 北はやっとのことで起き上がることができた。北は目に飛び込んできたその場の光景に息をのんだ。赤橋、野中、飯田の三人が倒れていたのだ。赤橋と野中は血を流している。だが、皆息はしているようだ。北はほっと胸を撫で下ろした。

 北はまたどすん、とその場に寝転がった。黒々とした空が広がっている。北はとてつもない孤独感に襲われた。また、あの三人は自分がやったのだろうか、や自分はこのまま死んでしまうのか、など様々な思いが湧き起こった。

 北は漆黒の空を見つめていた。驚くほどに黒い。さえぎるものは何も無い。北はその黒に吸い込まれそうな感覚を覚えた。黒い……本当に黒い……

 違った。

 さえぎるものがあった。いや、視界に暖かな肌色をしたものが飛び込んできた。北の頬に暖かいしずくが触れる。

 北は目を見張った。

 川崎だ。川崎が北の真上で涙をこぼしている。乱れた髪が涙で濡れている。


「……な……んで……」


 北は声をうまく出すことができなかった。怪我のせいだけではないようだ。むしろ激痛よりも、何かよくわからないがこみ上げてくる熱いものと戦っていた。


「な……泣くな」


 北はお前の泣き顔なんて見たくない、と続けようとした。でも無理だった。川崎の顔を見ないように空を見ると、そこにはいつの間にか青白く光る星があった。……ちくしょう。なんだよ。

 北は声を振り絞った。


「……“自分を責める”……んじゃねえよ。自分で……言ったこ……とだろ……」


 川崎は泣くのをやめた。そして近くに来て北の目を見た。北も川崎の目を見ないわけにはいかなくなった。川崎は嗚咽を繰り返しながら、言った。


「わ、私……き……北のこ……と好きかも」

「……“かも”ってな……んだよ」


 川崎は嗚咽を繰り返しながら、少し笑った。そして言う。


「……自意識過剰男」

「はは……は。なに……そ……れ」


 ……ちくしょー。泣きそー。北が必死の思いで涙を堪えていると、川崎が嗚咽を堪えながら顔を近づけてきた。……え? え、え、え、え?


「……お、おい、ちょっ……。待て……」


 ヤバい。

 え?

 え?

 え?

 何が起こったのか分からなかった。しかし、すぐに今どのような状況なのか知ることができた。

 唇に、柔らかい感触が。

 すぐ目の前に、しずくのついた目が。

 生まれて初めてのキスは背中がえげつなく痛い中での出来事だった。


 ……なんなんだこの状況。


 誰にも、見られてませんように。

 そう思いながら北は目を閉じた。


 


***


 健達は北と川崎の一部始終を影から見ていた。


「おおおおおおおおおおおお、キスしちゃったああ、何この状況」


 そう言いながら声を抑えて笑っているのは羽生だ。


「やめてあげろよ。……でも、何だろうこの感じ」


 健は羽生に注意しながらもニヤニヤを抑えられなかった。だよねー、と羽生が頷く。

 加藤だけは仏頂面をしている。

 二、三秒の沈黙の後、加藤は呆れたようにため息をついた。


「それにしても北は強靭にもほどがあるだろう。あんなに血を出しているのにまるでいつも通りじゃないか」

「それが北だから」


 健が言い、羽生と健の二人は声を抑えて笑った。

 ひとしきり笑い終わった後、でも、と羽生が言う。


「エミちゃんに良いとこ取りされたって感じだなー。迎えにいくとかなんとかかっこつけちゃったのに」


 まあな、と健と加藤は頷いた。


「ていうか川崎のこと“エミちゃん”とか呼ぶなよ。全く……」


 健が言い、羽生はくすっ、と笑う。


「……まあ、救急車でも呼んで、オレ達はズラかるか」


 加藤がポーカーフェイスのまま沈黙を破った。


「そうだな」


 健と羽生は少しニヤつきながら答えた。そのすぐ後に羽生は両手を上に投げ出した。


「あ~あ。いつの間に“ラブコメ”になったんだあ?」

「“ラブコメ”とは恋愛系のお話(・・)のことだ。これは現実だ。どのようになってもおかしくはない」


 加藤が静かなテンポで突っ込む。羽生は曖昧に、


「いや、まあ……そうだけど……」


 と答えた。

 健は二人のことを見て、そして少し遠くにいる北のほうを見た。健は誰にも気付かれないように少し微笑んだ。

 そして思った。


 オレ達は仲間だ。

 かけがえの無い、大切な。


 頭上の星はキラキラと美しく輝いていた。


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