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真約聖書  作者: 凌田 葭
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第七話 居候

 辻風(つじかぜ)が自分には話せることはもうないと言うと、(きざみ)の後ろの扉を開けて女性が入ってきた。辻風は手招きをしてその女性を呼んだ。


「刻君、君に紹介しておこう、私の第一秘書の(やま)(しま) (さい)()君だ、電話越しにだけど話したよね」


「改めましてですが、山縞です。以後、お見知りおきを」


 そういうと、山縞は手を体の前で揃えて刻に(こうべ)を垂れたので、刻も慌てて頭を下げた。


「こ、此方こそ、よろしくお願いします」


 山縞は二十代後半あたりの女性で、秘書と言うに相応しい見た目で、銀縁のめがね、手には書類入れ、髪を後ろでまとめており、黒いスカートと同色のジャケットをきっちりと着こなしていた。


「さてと、もう遅くなってしまってから、家に送らせるよ」


「いえ、大丈夫ですよ、いつも通っている道ですから」


 辻風は少し呆れた顔をした。


「刻君、君は私の話を聞いてなかったのかい?君は命を狙われているんだよ?さすがの私でも呆れたというしかないよ・・・」


  刻は自分が命を狙われていることを完全に忘れていた。


  呪受者と呼ばれる、堕天使ルシフェルの力の欠片である魔の石を持つ者たちに刻は命を狙われている。一人で暗い夜道を歩いていれば、辻風が呆れるように格好の獲物であることは明白であると言われたばかり。そんな単純かつ、自分の命がかかわる重要なことを忘れていたことに刻は恥ずかしさを覚えた。

 

「君は今現在一人で歩くことは自殺に等しい事だと考えて欲しいんだ」


「・・・・・・すみません、自分の命が狙われるなんて思ってもみなかったものですから」


「確かに急なことだからね、慣れないのは仕方がないね。けど、慣れてもらわないと困る、私は知り合いをこれ以上殺されてほしくないからね」


 ――――――この人は本当に父さんと仲がよかったんだろうな・・・・・・。


 刻がそう思っていると。突然携帯のバイブレーションが鳴り、山縞が「失礼します」と言って、後ろを向いて携帯に出た。


「どうしたんです?・・・・・・、そうですか、わかりました」


 山縞が通話をやめて、刻と辻風の方を向くと、


「学園長、虚神様が準備が終わったので此方に・・・・・・」


 山縞が言いかけたところでカーペットの模様が一瞬輝き、いきなり実宵が現れたので山縞は「・・・いらっしゃいました」と続けた。


「私がついているのだ、そう簡単に殺させやしないさ」


 頼り強い一言ではあったが、刻は先刻、実宵に会ってぶたれたばかりであり、刻としては気まずいのである。


「それは心強いね。さっきも言った通り、実宵君に任せるとしよう」


 辻風が言い終わると実宵は刻の方を向いた。


「さてと、お前の家には、というか、もうこの辺で飛んで行けないところはないから、とっととお前の家に飛ぶぞ。ほら」


 と言って、刻に向かって手を伸ばした。


「飛ぶ?」


 実宵の「飛ぶ」という言葉に疑問を覚え、難しい顔をしていると実宵はそれを察し、出した手を下ろしてこの魔法の説明を始めた。


「ん?ああ、お前は知らなかったな。さっき私がここに来たときに使用した魔方陣を使った魔法の事で、私はこの七受市一帯に陣を描いてあるからこの辺りでいけない所は無いというわけだ」


 この魔法「転移魔法」という種の魔法で、魔方陣を使うため刻にも使用は可能だ。だが、この魔法は自分のいる場所と移動したい場所に魔方陣が描かれていないと使用はできず、描いたとしても魔方陣を一部でも消されてしまうと使用ができなくなってしまうが、危険性は特にない。因みに、これを使う場合使用者に触れている者も一緒に連れて行くことができる。


「分かったか?」


「まあ、一応は・・・」


 と言いつつも余り分かってはおらず、原理が分からない以上魔法で飛んでいくのは気乗りはしなかった。


「なら早くいくぞ」


 といって、下ろした手をもう一度差し出し、刻は出された実宵の手をじっと見ており、女性の手を握ったことのなかったチキンはドキドキしていた。


「ほら、早く行くぞ」


 そう言うと実宵は刻がなかなか握らないため、若干の苛立ちを覚え無理やり刻の手を掴んだ。


「ちょ・・・」


 いきなり自分の手をつかまれ、驚いた刻が実宵に何かを言おうとしたが実宵が口を無理やりふさいで発言を止めさせた。


「それじゃ、私たちはこれで」


「うん、じゃあね刻君、虚神君。また明日」


 友達に伝えるかのように辻風が言い、実宵が指をパチリと鳴らすと刻の目の前が一瞬輝き、思わず目を閉じた。


 輝きが終わり、目を開けてみると目の前は既に辻風のいた部屋ではなく、見慣れた屋根、玄関の扉、そして刻の性である「凪裂」と掘られた表札、刻の家の前であった。


 実宵は刻の手を握ったまま歩きだしたので刻もつられて歩き始め、家に向かっていき、ドアのノブを握ると、鍵がかかっていたにも拘らず、ドアが開いて刻の家の玄関が見えた。


「ふむ、悪くない」


「人の家を勝手に品定めするな」


「褒めたんだぞ?」


「そいつはどーも」


 軽口をたたいた後、玄関で靴を脱ぐと右側に二階へ上がる階段、居間へ続く廊下の左側に和室への戸、階段の奥にクローゼットがある。廊下を渡り居間へのドアを開け部屋を一瞥すると再び、


「ふむ、悪くない」


「・・・それはどーも」


 実宵はキッチンを見て、家具を見て、一度廊下に出てトイレを見て、


「ふむ、わる・・・」


「やかましい!!」


 スパ―――――ン!!!!


 居間に乾いた音が響き渡り、刻の手には筒状に丸められた情報誌が握られており、先ほどの音はそれと実宵の頭によって発せられたものだ。


「っつぅ・・・、貴様、何をする!!!痛いではないか!!!」


「やかましい!!!」


 刻はもう一度『情報誌ソード(刻命名)』で切り(叩き)かかったが、実宵がポケットから紙を取出し、指で素早く一度擦ると刻の攻撃は止められてしまった。


「なに!?」


 刻が一瞬動きを止めると、実宵は後ろに跳ねて距離を取った。


「ふんっ、甘いわ。そんなんでは殺されるぞ」


「・・・殺されてたまるか、でも、お前が守ってくれるんだろ?」


 実宵が刻を護衛する。それは辻風が先ほど実宵に命じたことだ。しかし、実宵は意外な一言を刻に放った。


「いや、私はお前を守る気はないぞ?」


「は?」


 ――――――え?守ってもらんじゃないのか?いや、辻風さんが命じたんだし・・・・


「私はお前を守る気は無いといったんだ。だが、守る気は無いと言ってもお前が一人で戦えるようになれるまで鍛えてからだがな」


 ――――――鍛える?誰を?もしかして俺を?


「あたりまえだ」


「うお!!」


「ほんとにお前は分かりやすい奴だな・・・、というか、辻風さんも言ってただろ」


 自分の考えることがまたもばれてしまい、これからをあまり顔に出さない練習でもしようかと考えていたが、刻は実宵は読心術の魔法か何かを使ったのではないかと考え、結局このトレーニングをやることはなかった。さらには、また言われたことを忘れてしまっていた。


「まあ、単純な奴は嫌いではないがな」


「・・・・・単純で悪かったな」


「フッ、まあいいさ。ついでにお前を鍛えるといっても単純なことだがな」


 そういうと実宵は朝には何も無かったはずのテーブルの横にいつの間にかあったボストンバックからいくつかを取り出してテーブルの上に並べた。


「これは?」


「今からお前に教えるための教材のようなものだ」


 刻はテーブルの上の物を見るとビンが4個あり、それぞれ黒炭、謎の液体、様々な色の草花、黒、銀、褐色色の金属などの物が入っていた。ほかには和紙や羊皮紙といった数種類の小さな紙があった。


「では、これから授業を始める、そこの椅子に座れ」


「はい?」


 実宵の言った授業という言葉に刻は惚けた声をあげた。


「・・・鍛えてくれるんじゃないのか?」


「ああ、鍛えるぞ、だから早く座れ」


「いや、答えにねぇよ」


「はあ、めんどくさいな」


「ちゃんと教えろよダメ教師」


 しかし実宵は口を尖らせて、


「だって私教師じゃないし」


「今日授業をやったばっかだろ!!」


「だって私もう静華の教師じゃないし」


「はい!?」


 再び惚けた声を上げると、実宵を追求した。


「どうしてだ?」


「私は一時的ではあるがお前を護衛をするという時点で常にお前の近くにいなければならない。だから教師である私、『辻風 紫勇』だと常にお前の近くにはいられない。だから教師の立場ではいられず、しかたなく、金稼ぎを止めることにしたんだ」


「なんか今、公務員を侮辱しなかったか?」


「というわけで、私はいつでもお前を守るために学校のどこかにいることにしたんだ」


 自分の指摘を無視されたことはともかくとして、実宵の言うことは分かった。


「なんかすまないな、俺のせいで」


「気にするな、金稼ぎぐらいいくらでもできる」


 実宵の余裕な態度に若干な苛立ちを覚えたが、実宵に何か言ったところで意味はないと考え、何も言わなかった。刻は人間とは学習する生き物であるということを改めて認知し、自分の寛大な心に花丸をあげた。


「ま、こんなことはどうでもいいから、さっさと始めるぞ」


 ――――――実宵のこのような態度には慣れてきた、とっとと座るか・・・


「はいはい」


「先生に対してその態度はなんだ!!」


「結局俺に対しては教師なんじゃねえか!!!!」

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