第二話 日常の朝
那実と氷我思にジュースを奢るという約束をこじつけられた刻は二人と並列して少々気だるい思いで歩き、しばらくして刻達の通う静華高校が見えてきた。
静華高校は去年から新校舎を建て始め、刻達の入学する二週間ほど前に完成したばかりであり、刻達新一年生も含めた全校生徒が今は新校舎で勉強などをしている。
静華高校は実は舘原学園というの高等部にあたるのだが、なぜか『舘原学園高等部』ではないのだ。前に学園長が『ずっとこの学園にいたら変わらない学校名で飽きるのでわないか』と言って半ば強引に中等部を『樹岱中学』、初等部を『啓従小学校』と銘打っているのだと刻は聞いたことがあった。しかし、学校内では高等部、中等部、初等部と呼ばれている。因みに大学もあり、こちらは『舘原大学』と学園の名前が使われている。
高等部と中等部は近くにあるのだが、初等部とは離れておりあまり見かけない、というかまず、入る門も違う。同じ敷地内にあるのだが、この舘原学園はとてつもなく広いため門がいくつもあり、大学の近くの門を北門、初等部の近くの門を南門、刻達の通う高等部と中等部の近くにある門を東門、そして今はあまり人の訪れなくなった旧校舎に最も近い西門、といった風にあるのである。だから、高等部生は中等部の生徒以外あまり見ないのである。
刻達が東門を抜けると目の前には新校舎があった。そこに高等部生と中等部生が入っていった。前から高等部と中等部は近かったのだが、今は中央棟があり、そこで繋がっているのである。刻達も高等部側の玄関に入り、靴を履き替えていると那実が「またか・・・」と呟いた。
「どうした?また入ってたのか?」
「えぇ、あぁ、うん」
那実は運動神経が神がかっており、すでにソフトボール部に所属しているのだが、ほぼ毎朝彼女の元に部活勧誘のラブレターが入っているのだ。部活の勧誘はバレーボール部、テニス部、陸上部、バスケットボール部などたくさんあるのだ。氷我思は剣道部に所属しており、実は自由であることの変わりに、例外として剣の基礎を学ぶために学校では剣道部に、家では祖父の道場で剣を学んでいるのだという。因みに刻は何部にも所属しておらず、毎日授業が終わったらかえるの毎日である。氷我思から「お前も何かやれば?」と言われたがどの部活も自分にはあわなさそうと感じ、刻は帰宅部なのである。
「はぁ、毎回こんなのが来ると思うと何だか萎えるわ・・・」
「まあ、確かに何回もあると萎えるな・・・。」
「ホントよたく、こっちはいい迷惑だっての!」
「まあまあ落ち着けって、ほら、早く教室に行こうぜ」
氷我思がそういうと那実と刻は自分達の教室へ向かって歩き始めた。
一年生は4階で、二年生は3階、そして三年生は2階に教室がある。刻達は下駄箱付近の階段で4階へ向かった。
4階に着くと刻たちは自分達のクラスであるA組に入った。刻達は皆同じクラスで、席も近い。自分達の席に鞄を置くと見計らったかのようにある少年が刻達に話しかけてきた。
「今日は少々遅かったでござるなぁ、氷我思殿に刻殿」
「お、剣吾か、おはよう」
「おはようでござる」
この何やら武士の様な喋り方をする少年は『鎖島 剣吾』といい、氷我思の部活仲間である。氷我思のことをえらく気に入り、氷我思の友達ということで、刻も話すきっかけを持ち、剣吾と友人になったわけである。
剣吾は氷我思同様に幼少のころから剣道を学んでおり、何度か大会で優勝したことがあるという。彼は武家の子孫らしく、そのため剣を学んでいるのだという。そのことから氷我思と意気投合し、今に至るのである。
「ところで、あいつはどうしたんだ?」
と、此処にいないもう一人の友人のことを刻が訪ねると
「む?あいつというのは、磨輝殿のことでござるか?確か、先ほどまでここらにおったでござるよ?」
「こっこだよーん!!」
「うひゃあっ!!」
いきなり、間の抜けた声が聞こえたと思ったら、那実が変な声を上げた。
那実の方を見ると身長が刻の胸ほどしかない少女が、那実の胸を鷲掴みにしていた。
「ま、磨輝!や、やめなさい!!!」
那実がそういって磨輝と呼ばれた少女を捕まえようと手を伸ばすと、少女はするりとよけて剣吾の後ろに隠れた。
「うひゃあ、剣ちゃん助けてー、ナミミンが苛めるよー」
「そんなことをしては駄目でござるよ、磨輝殿?那実殿に誤るでござるよ?」
「うぇーん、剣ちゃんのけちー」
「けちじゃないでござるよ。さ、謝るでござる」
「はぁーい、ナミミンごめんなさい」
「うー、ほんとは怒りたいとこだけど、ま、いいわ、許してあげる」
「わーい、許してもらえたー」
と、この無邪気な少女は『楓川 磨輝』といって、彼女も刻の友人である。彼女は身長こそ低いものの、列記とした高校生である。彼女との出会いは異質というか、ある意味衝撃的であった。彼女は入学式の日にいきなり刻の背中に飛び乗り
『あたし楓川 磨輝お友達になってね!』
と言われ、勢いでうなずいてしまった。勢いでうなずいてしまったとはいえ、磨輝といると落ち着くと評判であり、刻もそう感じている。因みに彼女は入学式の日にすでに、友達百人越えを達成させていた。
「よかったでござるね。でも、あんまり人を困らせたりしたら駄目でござるよ?」
「はぁーい」
剣吾の言うことを何故か聞くことから、彼は磨輝の保護者役のような立場になっていた。本人曰く、自分でよければ喜んでやるといっており、実際子供の面倒を見るのが好きな用である。
キーンコーンカーンコーン
とありふれたチャイムが学校中に放送され、他の生徒達が慌ただしく教室へ戻ってきた。
しばらくして、担任の教師が入ってきてHRが始まった。