第一話 朝
――――日本某都市地区の郊外「七受市」
七受市は住宅ばかりではあるが、場所によっては人で賑っている場所もある。その七受市のとある住宅街の一軒家から目覚まし時計のけたたましい音が聞こえた。
その一軒家の目覚ましの音が聞こえる部屋のベッドの上で布団に包まってがんとして起きようとしない少年がいた。しかし、数分後には耐えられなくなり、少年はあきらめて布団から這い出て目覚ましの音を止めた。
「相変わらずうっさいなこいつは」
と少年、「凪裂 刻」はその手に持った目覚ましをけなした。刻の持つ時計は一人暮らしの彼の寝起きの悪さを解消するために友人からプレゼントされたものだ。しかし、そのあまりの音に初めて使った朝にベッドから転げ落ちてしまい、何事かと思ってしまうほどの音である。
だが何日かすると、びっくりすることもなくなったが、変わりに目覚ましとの寝続けるか起きるかの戦いが始まったのである。ちなみに、刻の戦績は今のところ、目覚ましが785勝0敗である。
「ふぁーあ、さてと、着替えるか」
そう言って刻は、学生服に着替え始めた。刻は今年の春に高校に入学し、刻の通う『静華高校』は男女共学、偏差値・中の上、校風は自由ということで知られている。
着替え終わった刻は階段を降り、一階のリビングへ向かった。リビングには誰もいなかった。
刻は食器棚の隣にある二人の男女の写る写真の前に向うと手を合わせて目を瞑り、しばらくすると、目を開けた。
「父さん、母さんおはよう」
刻が話しかけたのは彼の両親の遺影だった。
刻の両親は刻が中学二年生の頃、父親と母親が車で買い物に行った時に誤ってハンドルを切ってしまい、ガードレールにぶつかり、亡くなった。
刻の父親、母親への挨拶は最早、日課となっており、朝一番にやるのがこれである。その後簡単な朝食をとり、
「行ってきます!」
刻は両親にそう言って、学校へ向かった。
# # #
家を出てしばらく道を歩いていくと、『木のトンネル』という愛称のある並木道に出た。そこには、同じ学校の制服を着ている男女がまばらにいた。
「今日も普通で平和だなぁ」
と、刻が呟くと、後ろから肩をポンっとたたかれた。
「よっ!ギザミ!おはようさん」
「なんだ、氷我思か、ていうかだれが、青くて鎌の付いた甲殻類だ・・・」
「いや、俺が言ったのは赤くて黒い頭角を背負った・・・」
「亜種かよ!って、どーでもいいわ!たく、朝から疲れさせんなよ・・・、このイースト菌が・・・」
「おいおい、いくらなんでも菌類はないだろう・・・」
と、刻と軽口を叩き合う刻に氷我思と呼ばれた少年は仁思 氷我思といい、刻の中学からの親友又は悪友である。短い髪で眼鏡をかけていて、刻より数センチ背の高い、いかにも高校生らしい少年である。
氷我思は武士の家系であったそうだが、特にあれをやれこれをやれと言われたわけではなく、自由にさせてもらっているそうなのではあるが、氷我思は学年のトップクラスであり、刻のクラスの学級委員でもある。言われてるわけでもないのによくできるものだと刻は前から思っていた。
そんなことを思っていた時、後ろから「おはよう」という声がした。
「お、氷我思、相方が来たぞ!」
「「誰が、相方だ!!」」
「うおっ!!!」
と刻がこれまた軽口を言ったのは、ショートヘアーに、ヘアピンで左側をとめた少女がいた。
少女の名は喜多見 那実といい、氷我思の幼馴染である。
那実は刻とも仲がよく、よく三人とこの場にはいない他二人と共によく遊んでいる。勉強のほうは氷我思とは対極的で、赤点は取らないものの、危険ラインである。しかし、彼女は類まれなる才能から、運動が得意、むしろ得意とは言えない位のレベルである。那実と氷我思は親同士の繋がりから幼いころから遊んでおり、喧嘩をすることもあるが、それは小さなことであり、一日もたたないうちに終わってしまうほどである。
因みにこの二人の喧嘩は日常茶飯事であり、この二人の名前に「北 南 東 西」が含まれることから、この二人の喧嘩を「コンパス喧嘩」と呼ばれているのである。
「悪かった悪かったって」
「「分かれば宜しい!」」
補足を言うと、この二人のシンクロっぷりは、脱帽ものであり、本人たち曰く「意識はしていない。したくもない」とのことである。
「ほんとお前ら息ぴったりだな・・・。お前ら結婚しろよって意見が俺のところに、何件もきてるから、とっとと、結婚してよ・・・」
さらに付け加えて、この二人に茶化しを入れると・・・
「な、な、な、な、なんでそうなるのよ!だれ!?誰よそんなことをいったのは!?」
「え、まじで!?やった!!なあ那実、何時式挙げようか?あ、その前に、ウェディングドレスを選ばないとな!!」
「て、あんたは何調子乗ってんのよ!!挙げないわよ式なんて!!」
「え!!!そ、そんな、那実、あの時の言葉は嘘だったのかい?」
「何も言ってないわよ!!」
「そ、そんな、じゃじゃあ、俺を騙したって言うのか!!そ、そんな・・・」
「だから何も言ってないっての!!」
と、こんな感じに那実は馬鹿正直に受け止めてしまい、暴走。氷我思は悪乗りをして、那実をさらに暴走させる。といったようになってしまうのであった。
いい加減に二人のやり取りに飽きた刻は二人をとめるためにために仲裁に入った。
「那実、おーい、那実ってば」
「何よ!あたしはこんなやつと結婚なんか絶対にしないからね!」
「いやいや、だからそれただの冗談だよジョーダン」
「え・・・、まじ?」
「うん、マジ」
「あーよかった、こんなやつとの噂なんて真っ平ごめんよ、あーよかったよかった」
「悪かったなこんなやつで・・・」
「まあまあ、そろそろ学校にいこうよ時間も時間だしね」
氷我思と那実が時計を見るとすでに8:15を示していた。
「あ、ホントだそろそろいこっか。あ、そうそう刻、あんたアタシのこと侮辱したから、ジュース一本奢りなさいよね」
「あ、じゃあ俺も刻の奢りで」
「げ、お前等なぁ・・・」
「とーぜんでしょ、アタシに恥をかかせたんだからね」
と那実は言いながら歩いていってしまったので、刻と氷我思も那実を追いかけるようにして歩き始めた。