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真約聖書  作者: 凌田 葭
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第十四話 初魔法

「知ってるか?今の時計塔と新しい時計塔よりも高い所があるって。それはな…」


###


 『操』の呪受者――三弦条一遊と三弦条に操られた虚神実宵の二人が、荒らされた研究棟から消えてまもなく五分、指定された遊び開始の五時になろうとしていた。


 刻は三弦条の置いて行った懐中時計の針をじっと見つめていた。古ぼけてはいるが何かを象徴しているのか、華――キク科の華のようだ――が綺麗に彫られていた。


しかしそんなのを気にもとめず、時間を調べようと蓋を開けた。


「あ、あの…、『見つけた探し物

ファインディングファインド

』って…、結構アレなネーミングですよね…?」


 ラフアが気を紛らわそうと三弦条の始めた遊びの名前の話題を刻にふった。


「…時間だ」


 刻はラフアの話など聞かずに懐中時計の蓋を閉じてその場に置いて歩き出し、研究棟の玄関から外へ出て行こうとした。


 すでに三弦条の遊びは始まっている。刻はこのふざけた遊びをさっさと終わらせて、道化師の言う遊戯とやらを聞き出したかった。


「ま、待って下さい、刻さん!」


 ラフアが刻の後を追うとしようとしたが、刻が置いていった古い懐中電灯を見て、彼女は何かを感じたか、床から拾って追って行った。


###


「なんだ、これは…」


 刻が玄関から外に出ると、そこには地獄絵図が広がっていなかった。普通の光景が広がっていた。何時も通りの光景、校庭で部活はもう終わりなのだろうか、部員がトンボがけをし、今から帰り始めている生徒、窓辺で未だに談笑をする生徒、どこもおかしくもない普通の光景だ。背後には一部壁の壊れた棟と、その残骸の石と鉄骨が散らばっているが、目の前はいつも通りだ。


 なぜ、刻は驚いたのか。それは目の前に広がる景色の中の人間には頭上から糸が垂れていたからだ。その糸は朝見たものと同じものだった。見知った学園の生徒、見知らぬ生徒、教員等全ての者に何処からか、彼らの頭上から垂れる糸がさながら傀儡のように、三弦条によって操られたヒト達が学園内を歩いていた。


 これを予想出来ない事も無かっただろうが、おそらく予想できたのは相手の大凡な能力を知っている実宵だけだったであろうが、その当人は現在三弦条の支配下に置かれているため、事前に伝えれば良かったのだが、今はもう意味のないことだ。


 何故糸が垂らされているだけで操られていると理解出来るのか、それは刻自身にも分からなかった。直感的。一番この言葉が刻にはしっくりくるだろう。しかしそれはこの際どうでも良いだろう。重要なのは、今自分の視界の中にいる人間の中に誰一人として正常な、自らの意志を持って動いている人間はいない事だった。


 少し遅れてラフアが刻に追いついた。その手には先ほど拾った時計を持ち、短い距離ながら走ったためか、息が少し早くなっていた。


「…刻さん?どうしたんですか?」


「…今この学園に恐らく俺とラフア以外三弦条に操られている」


「え?」


「糸が見えるんだ…。もちろん、それだけで断定なんて出来ないけど、あいつが操の呪受者で糸だからっていう先入観はあるのも事実だけど…。断定できる。直感的に分かるんだ…」


 ラフアは刻の見る先を見るが何もおかしなところは見られず、糸も見えなかった。


「…ですが、皆さん何もおかしなところは見受けられません。そに、私には糸など見えませんが…」


「見えないのか?あの白くてキラキラしたやつが」


「…はい。何も見えません。何もおかしなところは見受けられません…」


「俺にしか見えないのか…。でも、うまく説明できないんだが…こう…違和感を感じるんだ、人を見ているというよりは、上手に作られた人形をみているような、そんな感じなんだ…」


 ラフアは刻の方を見ると、その顔を伝い流れていく汗が初夏の陽気によるものではないと確信した。


「…刻さんがそう仰るのなら、恐らくそうなのでしょうね」


 刻もラフアの方を向いた。ラフアはまっすぐと刻の方を向いていた。このような状況下であったが、ちょうどラフアに沈みかかった西日が当たり、その生糸のような金色に茜色が加わったその糸は刻に今朝初めてあった時よりも美しく、彩られた繊細なその糸は二人以外から垂れる糸とは全く違い、神々しくも思えた。


「…信じるのか?確証はないんだぞ?」


「刻さんは、私のこの傷だらけの腕を初めて会ってくれたにも関わらず、美しいと仰ってくれました。今朝お会いしたばかりですが、その様な優しい心を持つあなたを疑う必要が、私には見当たらりませんから」


日は更に落ち、ラフアの顔にまで西日が達し、ラフアの顔も赤く染め、目を細めさせた。


「…ありがとう、ラフア」


 赤く染められた笑った様な顔と言葉に自らも赤く染まってしまいそうになったが、自らが置かれた状況を思い出し、声を上ずらせないよう気をつけて礼を述べた。


「い、いえ、そんな…お礼を言われるようなことでは……。と、ところで、どうやって実宵さんを助けましょうか…」


声をつっかえさせながらも話を軌道に戻し、本題に入った。


「そうだな、まずはこれからどうやってアイツの所に行くかだ。アイツがいると言っていた場所はこの学園の敷地内、しかも最も高い所にいける建物。あのヒントは完全に答えを教えているようなものだ。正確な高さは分からないが学園内で最も高いと思われる候補は二つ、『旧時計塔』と今新しく建てている『新時計塔』だ」


 この二つの時計塔の内、先に名が挙がった方は補修―――塔内の耐震強度を上げるような――工事をしており、もう片方も現在建設中で、どちらにもブルーシートで覆われているが、新塔には時計が取り付けられていない。現役で学園内に鳴り響かせるのは旧塔の時計だ。


「その塔のどちらかに、実宵さんが…」


「三弦条もな…」


 刻の思い出したかのように紡ぎだされた声にラフアは顔を潜ませた。


 少しは刻の意識を変えられたかと思ったが、それも本当に一時の物だった。そんなラフアの気持ちなど知らぬ刻はどのようにして妨害者の跋扈

ばっこ

する学園を進むかを考えていた。


「そういえば、ラフアには魔法が効かないんだったよな?なんでさっきのなんたら陣ってやつの効果は適用されたんだ?」


 刻はふと疑問に思ったことを聞いた。


 ラフアには魔法が効かない。外傷を与えたることはできないが、同時に傷を癒すことも出来ないと、実宵とラフア自身が言っていた。しかし先ほど、襲撃の前に刻とラフアは二つの陣の中に入り、その陣の効力によって破壊の時の衝撃を緩和してもらったが、その時のラフアも刻と同じように緩和されていた。そこに刻は疑問をおぼえたのだ。


「はい、確かに私には魔法は効きません。それは事実です。ですが、先ほどの陣は『私』という『個人』に向けての魔法ではなく、『陣の内側』に対するという具体的ではないものの為発動されました」


「例外もあるってわけか?」


「そうなりますね。ですが、だからといって『陣の内側の者を蝕む』のようなモノの場合、私個人に『影響』を及ぼすため無効化されます。まとめますと、私個人にまで影響が及ぶものは無効化され、私が存在する一定範囲内の空間やその内側の人以外の物体に影響を与えるものは無効化されません」


「なるほど…」


 ラフアの解説を聴き、再び思考に戻る。


「さて、ここからどうやっていくかの方法を考えなきゃならないわけで、そこで確認なんだが、ラフアには魔法を使うことも出来ないのか?」


「魔法の影響を受けない以上、そういう事になります。ですが、私が使うことが出来ずとも、刻さん使うことが出来るのでは?」


「少しは実宵からは習ったけど、ものすごく初歩的な知識しか教えてもらってないし、今日ラフアがあそこに来る前に初めて自分の中の魔力ってものを感じたんだぜ?」


「そうですか…。それならば、その時計塔に行くことが出来るかもしれません」


 少し考えたような顔をした後、刻に自分に考えがあると言わんばかりの自身に満ちた顔で刻を見ていた。


「どういうことだ?」


日はもう既にほとんど沈み、何れ夜風になるものが吹き始めた。


###


「ほう、あそこからの移動方法を思いついた様だぞ?人形遣い」


「その人形遣いってのやめてもらえませんかね…ーーーさん?」


風が吹き始め、日はとうに地へと沈んだ。今日は月の無い夜で、もう数十分もすれば辺りは暗くなるだろうと思われる。暗がりで風によって名前の掻き消された女と三弦条は語り合う。


「おやおや、自分で名乗っておきながら何を言ってるんだい?」


「あなたが言えと言ったんでしょうが…」


そうだったかな?とわざとらしくクスクスと笑う。


「しかし、本当にこんなんで大丈夫なんですか?私痛いのは結構嫌いなんですがねぇ…」


「心配するな、怪我などお前や私には意味の無いモノである事位わかってるだろう?それに痛いのが嫌なら食らわなければ良いだろう?」


先ほどとは打って変わったような自信無さげに言うも実宵に一瞥される。


「いやいや、それじゃあ目的の達成にならないじゃないですか…。肉体的ダメージや精神的ダメージなら耐えられますが、そのどちらでもない未体験のダメージなんて真のマゾでない限り味わいたいなんて思いませんよ…」


「すまないな、私が代わってやれればそれで良いんだが…」


「仕方ないでしょう、あなたには記憶なんて、何処にも無いんですから…。だから代わりに私が、私達が汚れ役を買い、叶うなら願いを叶え、そしてあなたに復讐してもらわなければならないんですから…」


暗い夜は更に深まっていく。


###


「私は魔法を使うことが出来ませんし、刻さんには魔法の心得がありません」


 頷きながら刻は話を聞き続ける。刻に知識がないと言わなかったのはラフアの優しさであろうか。


「ですが、刻さんには魔力があり、私にも魔法の知識があります。そこで、私が説明をしますので、刻さんはそれにしたがってください」


「…でも、俺には複雑そうな魔法は使えそうにないぞ?」


「魔法を発動するのに、複雑な手段を行わずとも出来る方法があることをご存じありませんか?」


「あ…」


 頭が良いとは言えない刻でも、ラフアの言わんとしていることが理解できた。


 魔法の発動方法は一般的なものとして挙げられるのが詠唱型、媒介型、そして自然界の魔力を消費して発動させる―――


「陣式型を使えば、魔法を俺でも使うことが出来るって訳か」


「そういう事です」


 刻の解答にラフアは正解であると告げる。


 陣式型の発動には魔力を必要としないが、陣を作るためには必要となる。ラフアには魔力を操ることが出来ない。しかし、刻は魔力を扱うことが出来る最低ラインを突破している。したがって、唯一の魔法使いである実宵がいなくとも魔法を使うことが出来るのだ。


「じゃあ、どうやってあそこまで行く?」


 刻が指差す先には二つの塔があった。その進路には妨害者と思われる者たちが徘徊している。


「その準備を今から始めます。簡易的ではありますが、刻さんに魔法を使ってもらいます。まず陣を作りたいので…この棒を使って半径一メートルほどの円を描いてください。そうしたら次に、その円の内側に少し小さくした円をもう一つ」


 ラフアの拾い上げた棒――棒とは言っても木の棒ではなく、少しまがった建物の残骸の鉄の棒だ――を刻は受け取り自分を中心に歪な円を描き、その内側にもう一つ言われた通り円を描いた、


「では、ここから魔力を使いますので、実宵さんから教わった通りの方法で魔力を棒の先に集中させてください」


 刻は目を瞑り、実宵に教えられたことを思い出しながら、手に意識を集中させると、手に血ではないものが流れ込んでくるのが分かった。


(この感覚、あの時と同じだ…。確かこのまま意識を手から棒の先に移動させれば…。あ、出来た…分かる…)


「魔力を込められたようですね。ではそのまま目を開けて、小さい円の内側に三角形を二つ、片方は逆さまに描いて、六芒星を作ってください」


 ゆっくりと目を開けると、世界な先ほどまで自分が見ていたものとは違うような気がしたが、特に気にすることもなく三角形を二つ描き六芒星を完成させる。


「最後に、棒を目の前に掲げて、私が言う詠唱文を復唱して下さい。そして、詠唱が終わり次第、それを陣の内に突き刺して下さい」


 返事を発すると集中が切れそうな感じがしたため、ラフアの言葉に刻は目を再び閉じて頷く事で了承を示した。返事をしなくとも結局復唱をするから同じではないかとも思ったが、直感的にそれとはまた別な気がした。


「では…」


大気を泳ぐものよ 深く刻み込まれし記憶を紐解き 我が言の葉に応えよ 大地に刻み込まれし名残りの肉体にその記憶を与え その身を差し出したまえ


詠唱が終わるとすぐに目を見開くやいなや、言われた通り陣に鉄の棒を突き刺すと、そこから大量の魔力が溢れでるのが感じられた。溢れた魔力は風を起こし、周りの砂を巻き上げながら曲がった棒を歪ませ、空気が棒をコーティングする様に包んでいく。風は強くはないが、刻は棒をしっかりと握っていなければ飛ばされてしまう気がした。魔力が治まっていき、風が暴れた後には鉄の棒は消え、複雑な模様の描かれた腕輪が刻の右腕に残った。


「これは…」


「それは簡易的な魔導器です」


 魔導器。というものに刻は聞き覚えはなかった。


「まどうき?」


「魔導器とは、物に魔法を付与させた物で、使用者の意思に応じて魔法を発動させます。実宵さんが使われている魔法陣の描かれた紙も魔導器の一種ですね」


「なるほど…。これには一体どういう魔法を付与させたんだ?」


「不可視の幻影魔法を付与させました。簡易的なものでしたので制限時間はありますが、範囲内の人を見えなくするもので、これなら見つからずに時計塔に行けるはずです」


「どれ位の時間効果があるんだ?」


「30分が限度だと思います…」


「30分…なら余裕でいけるな」


 30分という制限時間は少し多い。研究棟から両方の時計塔まで20分程で着くことが出来るため、単純計算で十分余る。


「ここから時計塔までなら足りるな。とりあえずどっちに行くかは歩きながら決めるとしよう」


 提案にラフアも頷き、二人は歩き始めた。

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