第十二話 適性と油断
刻は氷我思達と別れて、今玄関にいる。下駄箱から靴を取出し履き替えていると、制服の中に入れてある携帯が着信を告げるメロディーを発した。
刻が画面を確認すると、登録されていない番号が表示されていたが、刻はこの番号を昨日見ており、それは学園長から電話がかかって着たものと同じだったのをおぼろげながら覚えていた。
「はい、刻です」
「やあ刻君、辻風だ。突然の電話ですまないが、まだ学園内にいるかな?」
刻の予想通り辻風からの電話だった。
「はい、まだ玄関前ですが、何か用ですか?」
「実は、先刻実宵君から電話があって、君を研究棟に呼んでほしいと言われてね」
「あの、紫勇さんは学園長なんですよね?良いんですか、そんな風に扱われて?」
仮にも、いや正真正銘の学園長かつ、実宵の上司の様な存在であるはずなのだが、実宵の学園長である辻風に対する扱いがぞんざいであることに疑問を抱き、聞かずにはいられなかった。
「ああ、良いんだよ、私が実宵君に頼みごとは何でもして良いと言ったからでね、彼女の事は余り悪く言わないでくれないかな、悪い子じゃあないんだよ。こういった頼みは初めてだったけど、実宵君のことだから何か大事な用があるのかもね」
辻風が悪く言わないでくれと言う以上、刻は実宵を非難し辛くなった。
されど、刻の父親の親友をぞんざいに扱うことの苛立ち感は残っているものの、本人が構わないと言っている手前、それを表に出すことは出来なかった。
「そうですか、分かりました。わざわざ連絡して貰ってありがとうございます。すぐに研究棟に向かってみます」
「うん、それじゃあね」
軽い調子で辻風は会話を終わらせた。
「そういえば、俺も学園長を紫勇さんって、名前で呼んでるんだよな」
そんなことを呟きながら刻は携帯をしまい、研究棟へ向かっていった。
# # #
研究棟に着くと、昨日あった魔法陣が無いことに気が付いた。
あの魔法陣が刻の初めての魔法体験である。それに触れたことにより刻の内に存在する堕天使の記憶をその時初めて見た。
と、昨日の事を思い出しながら棟内に入ると、入ってすぐのところに実宵が昨日は無かった机の上で行っていた刻には何をしているのか分からない作業を止めて立ち上がった。
「来たか」
誰に告げるでもなく、自分に確認をさせるためにボソリと言った。
「俺を呼ぶのに紫勇さんを使わなくても良かったんじゃないか?」
若干の苛立ちの籠った声を実宵に投げつけた。
だが、実宵の表情が変わることも、ましてや眉が数ミリも動くことすら無かった。
「どうせ、聞いているのだろう?あの人自身が頼み事は何でもしてくれと言ったんだ、私はそれを甘んじて頼ませてもらっているだけだ。まあ、お前がそれに対して何らかの感情を抱いたなら、一応謝っておこう」
「別に、謝ってほしいわけじゃない・・・なんだ、その、ああもう、調子狂うな・・・。とにかく、下らないことに紫勇さんを使ったりしないでくれ」
実宵は刻が何を考えているのかを完全に理解しており、刻は普段なら容易に予想できた言葉を言われ、苛立ちだけしか頭の中になかった刻は戸惑ってしまっていた。
「ふむ・・・。まあ、あの人はお前の父親の死を何かしら知っていて、親友だったことからお前は慕っている訳か・・・。そうだな、お前を呼び出すのにわざわざ頼むのもおかしかったな。紫勇さんにお前を呼び出すのは流石に止めるとするよ、代わりに連絡手段として携帯のアドレスくらい交換しとかないとな。ほら、さっさとお前も出せ」
実宵の手にはいつのまにか今朝見たピンク色の形態が開かれた状態で握られており、キーを操作して赤外線機能の準備画面に移行し始めた。
「ボサッとしてないで早く準備しろ、電池の無駄になるだろう」
「・・・意外と節約家だったんだな」
呟きながら制服から携帯を取出し、実宵と同じ様に赤外線機能の画面にした。
お互いのアドレスを交換し終え、実宵が本題を話し始めた。
「さて、本題に入るわけだが、昨日の夜に魔法の種類についてはいくつか話したな」
魔法は複数の種類に分類される。
「ああ、大きく分けて四種類だったか?」
「そうだ、補助魔法、自然魔法、弱体魔法、そして影響魔法だ。お前にはまず、初めに言った補助魔法の適正度合いを確認する」
そういうと、先ほどまで作業をしていた机に戻ると、三枚の紙を取った。実宵はその紙の内一枚を刻に差し出した。
「これは・・・、魔法陣?ずいぶん小さいな」
渡された紙には僅か直径一センチ足らずの円形の極小の魔法陣が描かれていた。
「そうだ、さっきまで私が作っていたもので、魔法の適正を調べる為に使われるものだ。まず手に意識を集中しろ、自分の腕から手に血が流れるのをイメージするんだ」
言われるがまま刻は意識を集中させ、血の流れを意識し始めた。すると、自分の手全体に何かが流れ込み染みわたる様な感じがした。
「よし、手に何か感じるか?」
「何かに包まれると言うか、満たされているような・・・。とにかく変わった感じがするな」
「それでいい。そしたら意識を手から紙に移動させろ」
紙に意識を移動させると魔法陣から放射上に線が伸び、複雑に絡み合い、紙面いっぱいに魔法陣が形成された。
「これって一体どういう判定になるんだ?」
「魔法陣が大きくなればなるほど、適正値が高いという事だ」
実宵はついでに、と言った感じにさらに続けた。
「適正値の判定の仕方だが、魔方陣の肥大化から判断する。その陣を見る限り、お前は補助魔法との相性が良いようだな。そこで考えなければならないのだが、どの種類の魔法を伸ばしていくかという事だ。魔法を使う上で覚えておかなければならない事の一つなんだが、自分の得意な魔法と不得意な魔法が出来てしまうため、得意な方を極めるか、または不得意な方を伸ばして並のレベルにするかだ。無論、決めるのはお前だが、一般的に魔法を使う者の大体は得意な魔法を極めようとする。私もその一人だ」
「極める道を選ぶと何か利点でもあるのか?」
「ああ、利点はある。魔法使いは基本、二人以上の団体で行動する。二人以上いるという事は、お互いの弱点をカバーしあえるという事になる。まあ、魔法の場合、正確には弱点と言うよりも、打ち消し合いの関係が存在する訳だ」
「相互関係的なモノなのか?」
「そういう事だ。補助魔法と弱体魔法、自然魔法と影響魔法の二通りが相互関係にあり、力の度合いがほぼ同じならば、相殺するというわけだ」
そう言いながら、魔法陣の描かれた紙を取出すとすぐに発動し、ホワイトボードを創り出した。そして何も言わずに、すでに持っていたマーカーで今言ったことを図式化し始めた。
「さて、こんな感じになるわけだが・・・。相互関係の例を挙げると、弱体魔法・病毒型という魔法がある。病毒型はその名の通り相手に様々な病気や毒を与えることが出来る。そして、これに対する魔法が補助魔法・治癒型だ。これも読んで字のごとく、回復を目的とした魔法だ。まあ、実体験してみれば分かるだろう」
「はい?」
そう言った瞬間、刻は体に違和感を覚えた。足が動かず、腕がほとんど動かない状態になり、動きが制限されていないのは首から上だけだったが、それも時間の問題であろう。刻の脚は身体を支えられなくなり、膝が折れてしまい、後ろにあった一人掛け用のソファーに尻餅をついて寄りかかる様な状態になった。
「さ、実宵、これはいったい・・・」
実宵は口元に手を当て、薄らと微笑んでおり、その笑みには確かなサディスティック性が含まれているのが容易に感じ取れた。刻は笑みに含まれるSっ気に少しでは済まない恐怖心を抱き、動かない身体を無理と分かっていながらも懸命に自らの脚に命令を出す。
「そんなに怖がるな、何もとって喰おうって訳じゃあない。まあ、喰ってみるのも面白いのかもしれないな・・・」
(洒落にならねぇよ!!)
心の中で嘆きの突っ込みを言うも音となることは無かった。
そんな刻の心を読んだのか、実宵はさらにSっ気の増した笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてきた。
「実宵のSはサディスティックのSってね。さて、刻。測定用の紙に少々、細工をさせてもらってな、汗腺から侵入する麻痺性の毒を塗らせてもらったよ」
「ぉ前・・・は・何で、しびれ・・ないい・んだ」
麻痺性の毒によって喋ることすら禁止されている中、かろうじて出た声はもはや枯れ果てたかのようにかすれた声になってしまっていた。
「それはもう、魔法様々で・・・」
刻とは違い、身体も正常、実宵はわざと声を小さくし、明後日の方向を向き、音の出ていない口笛を吹いていた。そんな実宵を刻は自分の出来るゆういつの反抗として冷ややかな目で睨んだ。
「む、何だその目は?」
実宵はSっ気が更に増した笑みを浮かべ、ゆっくりとした動きで近づき始め、刻を見下ろせる所まで来るとしゃがみこんで無造作に投げ出された脚の上に跨った。
刻の上の実宵は顔を近づけ、手を伸ばして刻の顔を撫でる。
(んな!?)
身体のどこも動かないにもかかわらず、実宵の手が触れた部分が敏感に感じられた。刻の自由を許さない麻痺は神経系を麻痺させるものだが、正確にはこの麻痺毒は筋肉系統に電気信号を送る神経を麻痺させるもので、重さや感触などのものは普段と変わらずに感じるものであった。
刻の身体は動かないためか、普段以上に敏感に脳に伝えられ、更に実宵の顔が近くにあったせいもあって、刻の顔が赤く染まった。
「フフッ、どうした?顔が赤いぞ?」
実宵は悪戯をするかのように首を撫で、耳の裏を撫で、そして抱きしめるような体勢になりながら背中を撫でる。
「・・・ぁぐ・・」
思わず刻の口からこぼれる声に実宵はよりいっそう顔が綻び、自身の顔も上気していく。
実宵は目を閉じ、刻の顔に自らの顔を近づけていく。
(え!?ちょ、待て!!き、キ…)
刻の思う事など知りもしない実宵はなおも顔を近づけていくそして、二人の唇が触れ―――、
バンッ!!!!!
――る事はなく、研究棟の扉が勢い良く開かれた音が部屋に響き渡り、触れかけた実宵の動きが止まる。実宵が開けられた扉を見ると、そこには帰ったかに思われていた、ブロンド髪の修道女かつ学園の七不思議・(二ヶ月前より語られし)伝説の九不思議目・成績トップのみに与えられた登校免除権元使用者――天河・L・ラフアが息を絶え絶えにしてそこにいた。






