第十話 登校とバカ天才の末路
ラフアの熱意のこもった要望により、登校免除にも拘らず、刻達と共に登校ずることになった。
実宵はまずいきなり教室にいきなり現れても騒がれないように、刻達に元から居たように見せるための魔法、幻影型をかけてもらう準備をしていた。
幻影型とは基本四大型魔法の一つで幻覚を見せる魔法だ。有るものを無いように、無いものを有るように見せたり、信じているものを偽物に、嘘だと思っているものを真実に思わせたりすることが出来る。
幻影型の影響の仕方は三通りある。まず、発動者本人にかけて、周り全体を騙すタイプ。これは、実宵が宗教学担当講師・辻風 紫勇に化けていた、姿を変えていたのはこのタイプのものである。
次に、発動者と魔法をかけられたもの以外を騙すタイプ。これは今実宵が刻達にかけようとしているもので、更にこれには一時的なものと長時間影響室し続けるものがある。
そして最後に、発動者が魔法をかけたものを騙すタイプ。単純に魔法にかけられたものを騙す。それだけだ。
「―――霧の視界、蜃気楼の心、彼の者を幻として、他の者たちに刻み込め!!」
実宵の詠唱は終わり、刻達が教室に戻っても騒がれることは無い。
「さて、手持ちに陣式型のが無いから、これも詠唱でとばすぞ。特別にそいつの机が目の前にあるようにしてやるから感謝しろ。ただし机と一体化するようにとんでも恨むなよ」
「そんな恐ろしい冗談はやめてくれ・・・」
実宵の不気味な笑いを含めた悪質な冗談に刻は呆れたが、テンションの戻ったラフアはクスクスと笑っていた。
「あれ、そういえばというか、さっきラフアには魔法が効かないって言ってなかったけ・・・。今から歩いて行ったら遅刻するし、いったいどうやって行くんだ?」
「私はこちらを使うんです」
そういったラフアの手には首にかけられた十字架が握られていた。十字架には細かな細工が施されており、真ん中には紅い石がはめ込まれていた。
「それは?」
「これにはいろいろな効果が付加されていまして、その中に空間と空間を繋ぐ効果があるのです。こちらは魔法とはまた違ったものなので、私の魔法を無効化してしまう体質には引っかからないのです」
「魔法とは違うもの?」
「天使ラファエルから頂いたものなので、私には一体どういったモノなのか分かりません。ですが、魔法とは違うのは確かです」
魔法とは違う。刻にとって、また新しい力であった。魔法自体も昨日知ったばかりのものであるのに、また新たな力など刻にとって面倒なものであった。
「魔法とは違うねえ・・・」
「ぐだぐだ言ってないで、少し黙っていろ、本当に壁の中にとばすぞ」
実宵に諭され、会話は自動的に終わり、実宵は詠唱を始めた。
「空間の距離を嫌う、場と場の空間を無視して歩く、距離など関係は無い、その足は何処にでも届く、彼の者を我の望みし地を踏ませよ!!」
実宵が詠唱の最後を叫ぶように言った後、刻にとって二回目の輝きが目の前を包み、礼拝堂から、刻達の姿は消えていた。
# # #
「お?着いたな」
刻が周りを見ると自分のクラスであることがすぐに分かった。
どうやら実宵はちゃんと移送してくれたことに刻は安心した。
「よっと・・・」
一番窓際の前から二番目の氷我思を机に座らせるとすぐに目を覚ました。
「ふぁああ、良く寝た。お!おはようさん、ハサミ」
「だれが文房具だ、俺の名前は刻だ、アホ天才」
「俺はアホ天才じゃない、バカ天才だ!」
「かわんねぇよ!!」
氷我思の体に異常は特にないらしく、自分がなぜ寝ていたのかという事も疑問にも思っていないらしい。
HRまで残り七分
# # #
「行ったな」
刻達が消えたのを確認すると、ラフアに向き合った。
「ラフアは学校に行くんだったな」
「はい、実宵様はこれからどうされるのです?刻様の護衛をなさるのではないのですか?」
ラフアが実宵に尋ねると、実宵は何かを含んだような笑みを浮かべ、「クククッ」といささか気味の悪い声を出した。
「なに、ちゃんと考えはあるさ。それに保険はかけておいたからな」
「保険、ですか・・・」
「ああ。ところで、ラフアは静華に行くわけだが、少し、此処を借りたいんだが、構わないか?陣式用の紙を作っておきたいんだ」
「はい、構いませんよ。鍵はかけておきますね」
鍵をかけておくという言葉に疑問は無かった。実宵は空間を移動できるため、鍵など関係ない。
「ああ、すまないな。そうだ、何か書くものを貸してくれないか?」
自分が陣式型の紙しか持っていないことに気が付き、ラフアに羽ペンとインクを借りた。
「こちらで宜しかったですよね」
「ああ、色々とすまないな」
ラフアは実宵に頼まれた物を渡した後、教会の外へ行く扉とは違う扉をあけて礼拝堂から出ていった。
実宵は陣の描かれたカードを取出し、床に置くと小さめのテーブルとイスが具現化され、実宵は何も書かれていない普通の紙と硬めの紙を取出し、ただの紙に魔法陣を描くと、硬めの紙に合わせて、物理的なものでは無い力を込めると、何も書かれていなかった紙にも魔法陣が描かれていた。
携帯する陣式型用の紙を作る場合、魔法陣の描かれた物と陣式型の発動をさせたい物と合わせ、体内のマナを少し注ぐことで、携帯するタイプの陣式型の魔法陣を作ることが出来る。
因みに、壁や地面、建造物に描いた場合はこのような動作はマナが自然界から自動的に注がれるため必要とされない。
その一連の動作を何回かしていると、ラフアが服装を変えて戻ってきた。
その服装はもちろん静華高校の女子の制服だった。
金髪碧眼の日本の制服姿は日本に住んでいたとしてもなかなか見ることは出来ない。もし、これを氷我思が見たとしたら―――
# # #
「やっぱ、金髪美人っていいよな、しかもそれに制服を着ていたらもう、最高だよな、男の夢だよな・・・。あぁ、会ってみたい・・・」
「お前は・・・・。あるわけな・・・いや、夢ではないとだけは言っといてあげよう」
「なんだよ、その意味深発言は?」
実物を見たばかりの刻にとって、氷我思の夢は夢ではなく現実だ。しかも、来ると分かっている時点で、制服を着てくることも分かっているため、静華の制服を着た金髪美人の存在は確定していることも分かっている。
「ねえ、何の話してんの?」
声の方を向くと那実が立っていた。
「ああ、氷我思が金髪美人がうちの制服を着ているところを見てみたいって言ってるんだ」
「はぁ?あんた何言ってんのよ、ほんとアホね・・・」
「だれが、アホだ、俺は・・・」
「「バカ天才だ」」
先に自分が言おうとしたことを言われ、格好良くポーズでもきめようとしていたのか、何やら異様な姿で固まっていた。
「さっき、聞いてた」
「聞いてたのかよ・・・」
HR開始まで残り五分
# # #
「着替えたのか」
特に興味があるわけではなかったが、思わず声をかけていた。
ラフアは夏に入る直前にもかかわらず、夏服の上にカーディガンを着ていた。
「はい、学校に行くわけですから」
実宵は作業を止めてラフアに近づいていき、徐にラフアの制服を触った。
「まあ、そうだな・・・。ふむ、これはなかなかいい素材を使っているな・・・」
「分かるのですか?」
「それなりにな。というか、辻風さんの事だ、いい素材を使わせるに決まっている」
実宵は息を吐いてそう言うと、ラフアは絶えぬ笑顔で―――
「それはそうですね。折角頂いたモノですから、もっと大切にしないといけませんね」
「お前はそれに袖を通すのは初めてじゃなかったか?」
「いえ、そういう意味ではなく、ちゃんと着ませんと辻風様に失礼ですから」
と、ラフアは言うと、すでにHRまでの時間がほとんどないことに気が付いた。
「あ、私はそろそろ行かないといけませんので、そちらは何処か適当な場所に置いといてください」
「ああ、分かった、行って来い。私も暫くしたら近くにいる、と言っても、姿を見せるつもりはないけどな」
「はい、それでは行ってきます」
扉に近づき胸元の十字架を鍵穴に当て、コツンと軽い音が鳴り、ドアノブに手をかけて静かに開けた。
HR開始まで残り一分
# # #
「ねえ、昨日どうだった?」
「どうって?」
「昨日、辻風先生に呼び出されたじゃない?結局なにされた?」
那実は昨日の辻風、もとい実宵の授業で問に答えられなかった刻のその後の事が気になっていた。
昨夜、刻は実宵に今まで問に答えられなかったものには一体何をしていたのかを聞くと、
『知りたければ、当人たちに聞けばいいだろう』
とはぐらかされ、聞き出すことは出来なかった。
因みに、当人たちは今は普通に学校生活をしているが、初めは実宵の授業が始まる前にどこかへと疾走(逃亡)するという事が起きていた。
さらに余談だが、これは舘原の七不思議の八番目であったりする。
「ああ・・・、あれな・・・まあ、課題見たいのを少し出されただけだよ」
無論、これは嘘だ。事実をいう事は出来ないため刻はそう言っただけである。
「課題なんて大変だなあ、手伝うか?」
「いや、頑張って一人でやってみるさ。ありがとうな、手伝うなんて言ってくれんのはお前だけだな」
「そうか、頑張れよ」
「ああ」
刻達が話していると、HRの開始を告げる鐘が鳴り始めた。
生徒たちは、各々の教室に入って自分の席に着き、刻も氷我思と同じ列の後ろから二番目の席に着くと個性的な髪の跳ね方、というよりもアホ毛でジャージを着た女性、担任の司馬 維音が教室に入ってきた。
「はーい、じゃー、今日は皆に大切なお知らせがたった一分前に入ってきましたー」
司馬は普段からこのように面倒くさそうに物事を言う。しかし、本当に面倒くさいと思っているわけではなく、昔からこの喋り方なのだという。
「せんせー、大事なお知らせってなんですか?」
氷我思が司馬に質問すると、
「すぐに分かるわよー、入ってきて―」
司馬がそう言うと、先ほど司馬が入ってきた扉が再び開いて誰かが入ってきた。
だが刻には誰が入ってくるかが分かっていた。自分の後ろの誰も座っていない席、クラスの誰も知らなかった姿、それを刻は知っている。
「はーい、転校生ってわけじゃあ無いんだけど、今まで学校に来てなかったから、転校生みたいな登場にしてみましたー。それじゃあ、自己紹介よろしくねー」
「はい」
司馬に返事をしたのは、ラフアであった。
刻もさっきラフアの存在を知ったばかりのため、よく知っているわけではないが知り合いではある。
制服姿のラフアは修道服の時とは違った印象を刻に与えた。
「天河・L・ラフアです。よろしくお願いします」
そういうと頭を下げた後に笑顔を見せた。
「はーい、天河さんは学校模試トップに与えられる、登校免除と家の都合で学校に来ていませんでしたが、今日から学校に来れることになりましたー、はくしゅ―」
司馬がそういうと、ほとんどが男子の盛大な拍手が上がった。
あまりの拍手の大きさにラフアは驚いて目を丸くしたが、すぐに慣れて笑顔に戻った。
「天河さん、何かわからないことがあったら、俺に何でも聞いて!!」
などと、氷我思が言うと、他の男子生徒がもう講義に出た。
「まて、俺がやる!!」
「違う、俺だ!!」
「ワイがやるんや!!」
「俺だ!!!」
男子の騒ぎはどんどん大きくなっていったが、そこを止めるストッパーがこのクラスには存在する。
「いい加減にしろ!!」
ズドンと、氷我思の腹に凄まじい威力のパンチが叩き込まれ、氷我思の体が宙に飛んだ、いや、飛ばされた。
氷我思にパンチを叩き込んだのはこのクラスのストッパーこと、那実であった。
「何しやがる!!」
氷我思は素早く起き上がり、那実に食って掛かった。
「あんたたちがバカみたいに騒いでるからでしょうが!!」
「なにぃ!?」
普段ならこのまま、さらなる争いに発展するのだが、ラフアが二人の言い争いをみて、おろおろしていたため、司馬が止めに入った。
「はーい、いいかげんにしなさーい。でないと、成績から引いちゃうぞー」
司馬が仲裁に入ると、二人は言い争いを止め、席に座った。
「天河さんをサポートしてもらう人はもう決まってるから、君たちの争いは不毛なだけだよー」
二人が席に着いたのを確認すると、ラフアの動揺も収まっていた。
「ごめんねー、天河さん、うちのクラスってこんな感じなわけだけど悪い奴は一人もいないから安心してねー」
「い、いえ、とても楽しそうなクラスで私も安心しました」
「それはよかったよー、んじゃあ天河さんをサポートしてくれる人のはっぴょーといこーかー!!」
『オォ――――――!!!!』
司馬が男子を煽ってしまい再び男子から喝采が上がった。
「とまあ、こんなの盛大にやるのは冗談として、天川さんをよろしくね――――」
その言葉を聞いた途端、一瞬で男子生徒諸君は背筋を伸ばして、司馬が言うのを待った。
「――――凪裂君」
「はい?」
『はぁ!?』
刻は素っ頓狂な声を上げた。
そして、ほとんどの男子が声を荒げ、怨念の籠った視線と鬼の形相と共に刻の方を向かれ、刻の顔から汗が流れた。
「センセイ、ナンデ刻ナンカガ天河サンノメンドウミナノデスカ・・・」
氷我思が男子を代表して、聞くもおぞましい声で司馬に問いかけた。
「そりゃー、もちろん、天河さんが面識があるって言ってたからだよー」
『何!!?』
氷の目線と般若の形相と共に再び刻の方を向かれ、初めは晴れていたが今はどんよりとしてしまった曇った空をを見ていた。
「はーい、じゃー、天河さんは凪裂君の後ろにある席に座ってねー、ほんでもって、HRしゅうりょー。きょーも頑張ってねー」
司馬が軽快なスキップをしながら教室を出ていき、ラフアが刻の後ろの席に荷物を置いた。
「改めてよろしくお願いしますね、刻さん」
「あ、ああ、こっちこそよろしくな」
刻とラフアが挨拶を終えるとすぐに他の男子が刻の席の周りを取り囲んだ。
「刻、いったいどういう事か、話してもらおうか・・・」
氷我思が刻の机に手を付き、静かに、されど何処か怒りが混じったように尋ねた。
「いや、ただ単に知り合いなだけだって・・・」
「ちがう、俺が効きたいのは、どうやったらあんな美人と出会えるかってことだよ!!!!」
「下らないこと聞いてんじゃない!!」
急に、刻の周りにいた男子生徒が散らばると、ラフア何事かと思ってたが、すぐに答えを見ることが出来た。
奈実は華麗な足払いと同時に氷我思の首にラリアットをくらわせ、本日二度目の空中浮遊体験をさせた。
「ゲホっ、ゲホっ・・・、何しやがる!!」
「あんたがバカだからでしょうが!!」
「おれはバカじゃない!ば――――」
「やかましい!!」
「え、ちょ、まっ・・・ぐはっ!!!!」
氷我思の手首と胸元を掴み、そのまま見事な背負い投げをくらわせた。
「あ、あの、その方は大丈夫なのですか?」
ラフアが心配そうに尋ねると、恐ろしいスピードで起き上がり、ラフアの手をとった。
「大丈夫ですよ、天河さん。あなたの笑顔があれば、俺は何度でも起き上がります!」
「は、はあ・・・」
氷我思の回復能力にラフアは苦笑いを浮かべていた。
氷我思は普段から那実の攻撃、というよりも剛撃を受け続けているため、那実の剛撃で一秒も地面に伏せていることは無い。
そして、これはこのクラスの日常茶飯事なので、氷我思がバカなことを言ってると感じると、すぐに氷我思から離れる。これは那実の剛撃に巻き込まれないようにするためである。
那実のパワーは学年に留まらず、学校中に知られているため、氷我思以外剛撃を食らったものはいない。
「というか刻!なんでお前はそんな美人と知り合いなんだよ!」
「いや、何故と言われても・・・。ただの知り合いなだけだし・・・」
「お前だけ美人と知り合いなんてズルいじゃねえか!!」
「ズルくはねぇよ、それにお前には那実がいるだろう」
「だれが、アイツで喜ぶか!!って、あ・・・・」
氷我思は思い出して、すぐ後ろを見ると鬼さえも泣いて逃げてしまうような、形相をした那実が立っており、両手の手を鳴らしていた。
「へえ、あんたって、あたしのことそーゆーふーに思ってたんだー、へー、じゃーあー、あたしが、こ―いう事してもー、へーきなんだよね?」
那実はゆらーりと上体と右腕を後ろへ下げ、右の手を思い切り握ると鳴らしたばかりだというのに再びポキりと鳴った。
「え、いや、じょ、冗談ですよ?な、那実さん?お、俺は、や、やさしい那実さんの事が大好きなんだけどなー、ていうか、こ―いう事って一体・・・」
氷我思は両手をブンブンと振るも意味はない。
「そーれーはー、こ―いう事だよバカ天才!!」
那実は恐ろしい声から鬼の声に変えながら、右の拳を氷我思の顔面に叩き込ませた。
「その後、彼を見たものはいないと、い、う、ガクっ・・・」
駄文、すみませんでした
楽しんで読んでもらえたでしょうか?
もし、少しでもクスリとでも、していただけたら幸いです…