表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5話 *

この話では、残酷な表現がいくつか出てきます。

そんなに露骨なものではありませんが、苦手な方は注意して下さい。

また、これから先、残酷表現・性的表現がある話には話数の横に「*」をつけます。

前書きを書くことはありませんので、ご注意くださいませ。

私の父とファーレンハイト様は、とても仲の良い友人同士でした。親友、と言っても良かったと思います。


今はどうなっているのか知りませんが、昔・・・私が生活していた頃は、人間と竜族はとても険悪な関係でした。いえ、どちらかと言えば、人間の方が竜族を疎んでいたという方が正しいのかもしれません。竜族は数こそ人よりも少なかったのですが、魔法の能力は人の何倍も秀でていました。これは私達に流れる「血」の問題なのだろうと、ファーレンハイト様はよく仰っていました。ファーレンハイト様は、ご自身の血と父の血を使って、この両者の間にある溝を少しでも埋めようと、様々な魔法具を発明なさったのだそうです。生まれ持った才能の差はどうにもならないけれど、その差はその後の個人の努力でいくらでも埋めることができる・・・それがファーレンハイト様の持論でした。人は自分よりも秀でた者を妬んでしまうことがよくあるけれど、それが人の本質の全てではない。人間を誤解しないでほしい、ともよく仰っていました。当時は竜族に対する風当たりが強くなっていて、数が少ない私達は次々に住む場所を追われていたのです。ファーレンハイト様は、ご自分の立場が悪くなるのも覚悟の上で、私達と行動を共にして下さいました。


ラテルナ王国の首都に住んでいた私達一家は、真っ先に迫害の対象になり、様々な町や村を転々と渡り歩きました。父の仕事は壊れた魔法具を直す「修理士」でしたので、どこに行ってもそれなりに仕事はありました。でも少し落ち着くとすぐに、なにがしかの嫌がらせを受けて・・・ひどい時には家に火をつけられたりもして、そこを去らねばなりませんでしたけれど。


そんな時です。あの・・・「竜狩り」が始まったのは。


それまでは民衆の心理でしかなかった竜族の迫害を、当時の国王陛下が公式に認めてしまったのです。それだけではありません。陛下は、私達を「国に仇名す者」として、捕らえ次第火炙りにかけるようにも命じたのです。


それからのことは、悲惨などという言葉では足りませんでした。


大きな市や町ならともかく、比較的農村部ではまだ竜族に対する迫害は強くありませんでした。貴重な労働力として重宝されていたのでしょう。ですが、そうして普通に暮らしていた者達から、どんどんと処刑の対象になっていきました。聞いた話ですが、どうやら、私達を捕らえると一つの家族が一生遊んで暮らせるだけの報奨金が出て、更にその捕らえた者の財産の一部も分け与えられたというのです。私達流れ者よりも、土地に定住してある程度の貯えがある者達が狙われるのは当然のことでした。老若男女、幼い子供や赤子までも次々と捕らえられ、火炙りにされ、国中から立ち上る黒い煙が見えない日はありませんでした。昨日まで多少なりとも親しげだった村人たちが、手に鎌や鍬や斧を持って追いかけてくるのです。私にはそれが最早、私達と同じ知性ある者達だとは思えませんでした。


私達一家は、ラテルナ王国の東の国境にある銀の山脈まで逃げました。多くの竜族がそこに逃げ込みました。山は険しく、私達のように魔法を使いこなすことができる者達が集団でないと乗り越えられないような場所なのです。私達は・・・私と両親とファーレンハイト様は、そんな山奥に偶然にも小さな泉があるくぼ地を見つけて、そこで暮らすことにしました。近くには人が作った道もなく、洞窟もありましたが奥は行き止まりになっていて、誰かが侵入してくることもなさそうでした。周りには食べられる植物も研究に使えそうな珍しい植物もあって、野生動物もいましたし、洞窟では僅かですが鉱物も取れました。慎ましやかですが、それは恵まれた生活だったのだと思います。


でも、そこにも追跡の手は伸びてきました。


たまたま父とファーレンハイト様が少し遠くまで足を伸ばしていた時に、数十人の人間の集団がくぼ地にやってきました。中に数人、ラテルナの僧侶の服を着た男性がいましたので、彼等が魔法を駆使してそこを探しだしたのでしょう。私は父と同じくらいに魔法が使えましたが、母は竜族の中ではとても魔力が弱い方で、人間でも並み程度の魔法しか操れませんでした。ファーレンハイト様が置いていって下さった魔法具もありましたが、とてもではありませんが二人で数十人を相手にすることはできませんでした。・・・母は首を落とされ、私の前で焼かれ、そしてそこに父とファーレンハイト様が戻って来ました。


私は母が殺されたことで動けなくなってしまって、二人は私を庇いながら戦っていました。長い間戦っていましたが、どんどん追手の数は減っていって、後に残ったのは僧侶がたった一人だったと思います。でも、その頃には父はひどい怪我を負っていて・・・致命傷、というのでしょうか。私はそんな父を何も感じずに見ていたように思います。あぁ、自分も死ぬのだな、と・・・母が死に、父が死んだら、私も死ぬのだろうと。


ですが、そこで、いきなりファーレンハイト様が私を抱きしめたのです。そして、私の耳元でこう囁きました。


「ユイ、君は死んではいけない。今から私を信じて、私の魔法に身を任せなさい。私は君を今から封じ込める。姿を隠してしまうんだ。そして、この僧侶から君の存在を隠し通そう。これは私が編みだした魔法だから、君が封じ込められていることは私以外には決して分からない。そして、君を出してあげられる時が来たら、必ず君を出してあげる。そしたら、私と二人で、静かに暮らそう。・・・私が君を守ってみせる。私を、信じてくれ。」


私は頷くしかありませんでした。ファーレンハイト様の言葉を疑うことなんて、想像もつかなかったのです。それだけ、彼は私達にとって親しい人でした。


そしてファーレンハイト様は私を封じ込めました。一気に視界が真っ白になって・・・何も見えなくなる最後に、父が笑っているのを見た気がします。


それから私は、真っ暗闇に一人きりになり、時間の感覚も分からなくなってしまいました。ただただ何もない暗闇と自分しかいない場所で時を過ごして、そして・・・


「・・・俺と出会った、のか。」


「・・・はい。」


ユイは、どこかすっきりとした表情で頷いた。昔を思い出すように、懐かしむように閉じられていた目を開けば、竜族の証であるという銀髪と緑眼をはっきりと見て取ることができる。


ギルマールの部屋。ギルマールに竜族であることを指摘されたユイは、これまで語らなかった(語る時間もなかったのだが)ペンダントに封じ込められるまでの過去を、洗いざらいライル達に話したのだった。もっとも、うまく話をまとめることができず行きつ戻りつしたために、外は既に夜明けの曙光が町を黄金に染め上げようとしている。


ユイは水を一口飲むと、手を重ね合わせて膝に置いて、ライルとギルマールをまっすぐに見た。その瞳には何の感情も浮かんではいないが、しかし二人にはユイの手が小さく震えていることが分かっていた。


ここまで話してしまったのだ。怖くて仕方ないのだろう。ユイの基準でいえば、ファーレンハイト以外の人間は、信じようと思っても信じられないに違いないのに。


それでもユイは、ライルの言葉を信じようとして、誠実であろうとして、努めて感情を殺しながら、辛すぎる過去を語ったのだ。


そこにあるのはきっと、ファーレンハイトから学んだ、人間への信頼の名残。そして、500年後の世界があんな惨劇を生む世界であってほしくないという、願い。


ギルマールはヴェールを取った美貌をさらして、何事かじっと考え込んでいる。ライルは、ユイの視線に答えるようにひたと目を合わせた。


ユイの体が強張る。それに苦笑しながら、ライルは思う。


こんなに、聞いてしまったら。こんな小さな少女に、それだけの過去があったなんて知ってしまったら。

何よりも、自分に対しておずおずと向けられた信頼なんて感じ取ってしまったなら。


「もう放っておけねぇじゃねぇか・・・」


ギルマールがその言葉にちらりとライルを見て微笑む。それに笑い返して、ライルはユイの隣に回ると彼女の頭を思い切り撫でまわした。グラグラと頼りなげに頭を揺らしながら、ユイは困惑したようにライルを見上げる。


「ライルさん・・・?」


「・・・話してくれてありがとな。大丈夫だから。」


大丈夫だから。


何に、とは言わなかった。でもライルは、確実に彼女が「大丈夫」になるように力を尽くすことを心の中で決意する。


彼女を守ると誓ったファーレンハイト。彼にはまるで、力も知識も及ばないけれど。


それでも、彼女を解放してしまったのは自分で、今彼女の隣にいるのも自分だ。ユイが信頼を向けてくれるのなら、自分だってそれに答えなければいけない。


それが「義賊・蒼鷲」としての自分の流儀であり、信念であり、ライルという人間の在り方なのだから。


「・・・俺が守る。安心しろ、ユイ。」


呆然としていたユイは、くしゃりと顔を歪めると泣くのを必死でこらえるように歯を食いしばる。何だか泣き顔を見てばかりだなと思いながらも、ライルは今度はタオルではなく、自分の胸を彼女に貸したのだった。










<NEXT>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ