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第4話

ユイを自分のベッドに寝かせ、時間を計る魔法具で時刻を確認すれば、もう夜も半分を過ぎていた。


深夜3時。こんな時間でも、不思議と疲れは感じない。一時的に頭がハイになっているだけだということは自分でもよく分かっていたので、ライルは盗品をさばくのは明日に回すことにして、一つ下の階へと足を向けた。


そこに住むのは貧民街・・・いや、学芸都市一の腕前を誇る薬師・ギルマールである。北の諸王国出身であるらしい彼は、雪のように白い肌をした絶世の美男子なのだが、如何せんどうにもならない程重度の人見知りでもあるので、薬を販売する時も常にカーテン越し。顔を合わせなければならない時も「表情を読まれるのが嫌だから」とヴェールを被って応対するという有様なので、彼の素顔を知る者は学芸都市ではライルしかいない。らしい。


それはともかく、この時間でもあの昼夜逆転している薬師なら起きているはずだと、ライルは迷うことなく2階のドアをノックした。


「・・・どちら様です?」


「俺だ。悪いな、こんな時間に。」


ギィ、と細く扉が開く。隙間から外にいるのがライルだと確認したギルマールは、ようやく扉を大きく開けて迷惑顔でライルを見上げた。


「全く、非常識極まりない時間ですね。さすがに僕も寝ようかと思っていたのですが。」


「はは、起きてたんならいいじゃねぇか。・・・ちょっとばかし、マジ話がしたくてな。」


軽さを装いながらも真剣なライルに気付いたのだろう。ギルマールは軽く目を見開くと、その美貌を興味深げに傾けて、ライルを室内に招き入れた。


薬師として1階で商いも行っているギルマールは、既存の薬だけでなく新薬の開発にも余念がない。彼の私室は、ライルの部屋とは違って研究室のような、どこか冷たい雰囲気の部屋だった。申し訳程度のベッドの上にも、元は家庭用のテーブルだったのだろう大テーブルにも、果ては床の上までもすさまじい量の本と薬草、怪しげな生物や昆虫の体の一部で埋め尽くされ、人が座れるスペースは僅かしか残されていない。


ライルは慣れた様子でソファに積み上がった本を床に落とすと、以前に来た時よりも明らかに狭くなっている部屋を呆れた顔で眺め渡した。


「いつか床抜けるんじゃねぇのか・・・」


「さぁ。それくらいで壊れるような建物ではないと思いますよ。」


あっさりと答えて、ギルマールは台所から(そこは比較的清潔に保たれている)水のボトルを2本持ってくると1本をライルに手渡して自分はテーブルの端にもたれかかった。


「それで、どのような話を?」


「あぁ・・・聞きたいことがいくつかと、頼みごとが一つ、な。」


言って、ライルは懐からユイが封じ込めらていたロケットペンダントを取りだすと、ギルマールに放り投げた。それをキャッチして、ギルマールは途端に顔色を変える。


「これは・・・!」


「お、何か分かるのか?」


「素晴らしい品物ですね。今から300・・・いえ、500年ほど前に作られたものでしょうか。ただの装飾品ではなく、何かとてつもなく力のあるものを封じ込めるために作られたものですよ。それに、この波動から判断して製作者は恐らくファーレンハイトでしょう。彼の遺物は、書物はほぼ全てがシーリスで保管されていますが、この手の魔法具は世界中に分散されてしまっているというのはあなたもご存じでしょう?僕もファーレンハイトの作った『夜露のブローチ』を手に入れたいと常々・・・」


「分かった!分かったからちょっと落ち着け、てか黙れ。」


いきなりハイテンションになってしまったギルマールに慌ててストップをかけると、ライルは大きく溜息を吐いた。


「お前は相変わらずこの手の話題だと止まらなくなるな・・・一つずつ確認させてくれ。まず、これが作られたのは500年前だと判断していいんだな?」


ギルマールはコホン、と咳払いを一つすると、視線をペンダントにくぎ付けにしたまま頷いた。


「はい。このペンダントに刻まれている蔦のレリーフは、500年ほど前に古王国・ラテルナの魔術師が好んで用いたものです。蔦には拘束するというイメージがありますからね。封印具によく用いられていたと言われています。」


「成程な。500年前に作られた、封印具か・・・。ふぅん、じゃぁ次、これの作者は誰だって?」


「魔術師ファーレンハイト。ラテルナで生まれ、世界中を『作り変えた』とすら言われている魔術師です。あなたでもご存じの名前でしょう?」


「そりゃぁ、『伝説』だからな。しかしそいつが作った魔法具ってことは、今じゃぁよっぽどの高値で取引されてるんじゃないのか?」


「当然ですね。シーリスの顧問官達が血眼になって捜索活動を続けていますし、各地の学芸都市や王侯貴族も、これを手に入れるためになら金は惜しまないでしょう。普通に売ったとしても、そうですね・・・10億テルはくだらないのではないですか。」


「10億テル!?」


ちなみに、世界共通貨幣として用いられているテルの基準で言うと、大体1万テルで学芸都市アルタナで働く学芸員の一月の給料の平均である。・・・と言えば、その額の巨大さが分かって貰えるのではないだろうか。


「ちょっと待てよ・・・今普通に、て言ったな?ていうことは、別のルートで売ればもっと高くなるってことだろう?」


「そこら辺は僕よりもあなたの方が分かっていることかと思いますが。」


「あぁ、そうだな。・・・てことはやっぱり、おかしいな・・・」


「何がです?そういえば、あなた、これをどこで手に入れたのですか?このアルタナでこれ程の品を所持している方など想像もつかないのですが。まさか市長の家にでも?」


「それに近いが、外れだ。俺が今日入ったのは、副市長ハデルのとこだよ。そこで見つけたんだ。」


「副市長ハデル・・・?」


ギルマールも訝しげに眉をひそめる。アルタナには、原則として貴族というものはいない。それだけでなく、仮にも「学芸都市」という称号を掲げている以上、全ての資金は学問に使われるべし、という政治方針の元、市長や市議会議員といった公職に就く者達の給料も、他国と比べては割と低いのだ。つまり、ハデルにはファーレンハイトの遺物を購入するだけの財力などない・・・はずなのである。


しかし、確かにハデルはファーレンハイトの魔法具を所持していた。それだけでなく、今日ライルが彼の家から盗んだものは全て、これまでライルが手を出してきた屋敷に合った品物の数倍、質の良い物ばかりだったのである。


「ハデルには黒い噂が山のようにつきまとっていますが・・・どうやら事実なのかもしれませんね。」


「だろうな。あいつの家も妙な形してたぜ?金かけまくってる感じでよ。」


奇妙な円状の建物を思い出して言うライルに、ギルマールは何か思いついたように視線を宙に投げて考えていたが、すぐに思考を打ち切って、今度はライルに問いかけた。


「ところで・・・このペンダントには何か入っていたのですか?」


「あー・・・それについてが頼みごとなんだけど。」


「は?」


ライルはそっとギルマールから目をそらして、自分の部屋の方を・・・真上を指さした。


「ペンダントの中に、女の子が入っててさ。」


「・・・え・・・」


「俺、呼び出しちゃいました。」


「・・・何やってるんですかあんたはー!!」


水のボトルが高速で飛んできた。


ライルは間一髪でかわすと、次々に飛んでくる怪しい物体を持ち前の運動能力でかわしまくる。


ビーカー、フラスコ、バケツ、トリネコの根、クロウサギの目玉が詰まった瓶・・・


「ちょ、ちょっと待て落ち着け!壊れても知らねぇぞ!」


「部屋全体に呪文がかけてありますから叩きつけたって割れませんよ!逃げないでくださいライル!」


「普通逃げるだろー!!」


どたばたとやかましいことこの上なく騒いでいたライルとギルマールは、不意にペチペチと軽い足音が部屋に近づいてくるのに気づいてはたと動きを止めた。


足音は部屋の前までやってくると、少しの沈黙の後にコンコンと扉を小さくノックする。


「・・・どちら様ですか?」


どこから取りだしたのか、素早くヴェールを装着したギルマールが問いかけるうちに、ライルは素早く棚の影に身を隠している。ライルが隠れきるのを確認して扉に近づいたギルマールに、細い声が答えた。


「わ、私、えっと・・・上のお部屋でお世話になってる、ユイ、です・・・ライル、さんは、いらっしゃいますか・・・?」


「ユイ・・・?」


ギルマールが不審げに名前を反復すると、ライルが勢いよく隠れ場所から飛び出してギルマールを追い抜き、勢いよく扉を開ける。


「ちょっと、ライル!」


「大丈夫だ。ユイ!」


無骨な扉を開け放つと、寝る時にライルが貸したチュニックとハーフパンツ姿で不安げに佇むユイがそこにいた。ライルの姿を見ると、ホッとしたように柔らかく微笑む。


「お前、何で・・・」


「・・・目を、覚ましたら、いらっしゃらなかった、ので・・・ごめんなさい・・・」


「いや、別にいいけどよ・・・」


何だかこそばゆいような気持ちになってライルが視線を泳がせると、その脇からにゅっと顔を出したギルマールが、ユイの特徴的な銀髪と緑眼に小さく息を呑む。


「・・・ライル、まさか彼女が・・・」


「ん?あぁ、そうだよ。ギルマール、こいつがペンダントに封じ込められていたユイだ。」


「ユイ・・・なるほど、『結』もしくは『唯』というところですか・・・」


「は?」


ライルの疑問符には反応することなく、ギルマールはライルを押しのけてユイの正面に立つ。怯えたように後ずさろうとするユイに、ギルマールは静かに、かつ断定的に言った。


「あなたは、竜族の娘ですね。」


ユイは零れ落ちそうな程に目を見開くと、ややあって、諦めたように、頷いた。










<NEXT>

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