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恋愛小説

桜の花びら

掲載日:2026/09/29

小林由紀子(こばやしゆきこ)は若花田大学政経学部経済学科の3年生である。


由紀子は東京生まれの東京育ち。


都立朝潮高校から受験して、難関と言われるこの大学に合格したのだ。


それから2年経ったが、地味な服装を好む彼女には、まだボーイフレンドはいなかった。


3年生に進級し、専門課程のゼミを受けることになった。


由紀子が選んだのは、経済政策論の須藤ゼミ。


ゼミの定員は20人まで。


だがゼミの合同説明会で、京葉大学との討論会の準備のために、授業に出られないと言っていた。


そのために、もう一つの人気ゼミ、佐竹ゼミに応募が偏り、受けたのは16人だった。


ゼミ志望者は須藤教授の研究室に集まる。


女子学生は由紀子の親友、橘川真由(きっかわまゆ)だけで、あとはすべて男子学生だった。


みんなスーツに身を包み、緊張した面持ちである。


須藤先生は定員より受験者が少なくても、成績の悪い学生は落としてしまう。


彼女は1年のときは全優。


2年のときに良を一つ取ったが、成績面での心配はなかろう。


面接が行われるのは、研究室の別室である。


「うまく話せるかな」


由紀子は心の中でつぶやき、深呼吸を繰り返した。


真由が優しく彼女の手を握る。


「一緒に合格したいね」


「そうね」


研究室の空気が重く感じられ、額に冷や汗がにじむ。


彼女は面接室のドアをゆっくりと開く。


須藤教授は分厚い眼鏡の奥から、由紀子の顔に一瞥をくれると、願書と2年までの成績証明書を見て、満足そうに頷いた。


それからいくつか、経済学の基礎理論の質問をし、由紀子は的確に答える。


受験者全員が集まった研究室に戻ってきた須藤先生が言った。


「落とす必要がなくてよかった」


全員合格だった。


由紀子は、ほっとため息をついた。


親友の真由ももちろん合格。


女子は二人だけしか受けておらず、自分だけが合格するのは、由紀子は避けたかった。


研究室で合格者全員が自己紹介した。


由紀子はそこに見覚えがある男子学生を見つけた。


その男子学生は関西の名門・旭富士高校の出身だという。


話し方にも関西訛りがある。


その男は滝沢明(たきざわあきら)と名乗った。


別人かなと思いながらも、その日からその学生の顔が頭から離れなくなった。


由紀子は小学校の卒業アルバムを調べてみたが、そこにはその男の顔も名前も載っていなかった。


彼女は念の為に、自分のアルバムも見た。


そこには彼に似た男子児童が写っていた。


由紀子は遠い記憶をたどってみた。


関西から転校してきて、またすぐに転校した男子がいたような気がする。


由紀子は勇気を出して、滝沢に話しかけた。


「滝沢くん。あなた、東京の塩辛小学校にいたことない?」


「ああ、親父の会社の仕事の都合で一学期だけね。それで僕の顔を見ていたのか?」


「そうなの」


「俺も君が気になっていたんだ。付き合ってくれないか?」


「もちろんよ」


マクドナルドの窓際の席で、由紀子はコーラのストローをいじりながら、滝沢の関西弁の響きに耳を傾けていた。


初めて二人きりで話すこの時間が、なぜか懐かしい風景のように思えた。


滝沢が「俺も君が気になってたんだ」と照れくさそうに言う。


由紀子は頬を赤らめ、小さくうなずいた。


映画館の暗がりで、由紀子は滝沢に身を委ねた。


スクリーンの光が滝沢の横顔を浮かび上がらせる。


滝沢の存在が、これからの日々を照らしてくれるような気がして、由紀子は幸せな気持ちになった。


京葉大学との討論会では、滝沢と由紀子は一緒に金融政策を担当した。


やがて4年になり就職活動が始まった。


由紀子は東京に本社がある都市銀行に内定が決まった。


滝沢は大阪に本社がある都市銀行を受けたが落ちてしまい、2週目に大阪に本社がある専門商社を受け内定をもらった。


由紀子はわが事のように嬉しかった。


「よかったわね。滝沢くん」


「ありがとう」


内定が決まってから4ヶ月が経ち、寒さが厳しくなり始めた12月のことである。


由紀子は滝沢が大阪に配属されたら、どうやって繋ぎ止めようかとか、それとも自分が大阪に配属を希望しようかなと、あれこれ迷いつつも、滝沢の愛を信じ幸せな日々を過ごしていた。


ある晩、突然携帯電話がなった。


橘川真由からだった。


「どうしたの?真由」


「滝沢くんが交通事故で亡くなったのよ」


由紀子は耳を疑った。


「そんな馬鹿な……」


「バイクで暴走したらしいのよ。信号で止まるときに、バイクから転落して、頭を強く打って」


由紀子は言葉が出なかった。


彼女は一晩中、泣き明かし、枕を涙で濡らした。


滝沢の告別式には、ゼミ生全員が出席した。


由紀子は気丈に彼の親族に頭を下げた。


彼の親族も礼を返す。


彼女は線香に火を灯すと、手を合わせて深く頭を垂れた。


足早に去ると、ハンカチで涙を拭った。


銀行に就職したあとも滝沢のことが忘れられず、夏休みに行われたゼミ合宿のソフトボールの試合で、打席に立っている滝沢の写真を机の上に置いた。


父親は、しばらくは何も言わなかった。


だが突然、由紀子の部屋に入ってきて、その写真を取り上げてしまった。


「死んだものとは結婚できん。いつまでも悲しんでないで、別の相手を探せ」


父親はそれ以上は何も言わずに、部屋から出ていった。


由紀子はその写真を片付け、代わりに小学校の運動会の写真を飾った。


その中には騎馬戦をやっている幼き日の滝沢が写っている。




読んでいただきありがとうございました。

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