第6話 理屈の限界と、理屈屋の執着
昼休み。教室に人が戻り始めたころ、見覚えのない少年が近づいてきた。
深い緑の髪、整った顔立ち。印象はそこより目に来る。よく見ている目。ただ眺めるんじゃなく、測っている。
「クラウスだ」
「レイン」
「昨日と今日、見ていた」
前置きなく切り込んでくる。
「測定水晶のひび。実技での現象。どちらも通常の魔法では説明がつかない」
「そうらしいな」
「仮説をいくつか立てた。だが、どれも決定打に欠ける」
クラウスは指を立てながら、淡々と並べた。見えない衝撃波――方向が合わない。空間干渉系――魔力の流れが観測できない。認識外からの作用――そもそも説明になっていない。
「どれも"それっぽい"だけだ」
指を下ろす。
「よくそこまで考えられるな」
素直な感想だった。俺はここまで整理していない。必要を感じないからだ。
「考えないと分からないままになる」
「分からないままでいいこともある」
「……非効率だ」
アルトと同じ言葉だった。でもニュアンスが違う。これは切り捨てじゃなく、純粋な評価だ。
「一つ試してもいいか」
クラウスはポケットから小石を取り出した。
「これを投げる。避けるだけでいい」
「それで?」
「何が起きるかを見る」
シンプルだ。断る理由もない。
教室の端に移動して、距離を取る。視線が集まったが、止める者はいない。
「いくぞ」
石が放たれる。直線。速度は抑えられている。
(見える)
横にずれる。軌道から外れる。
はずだった。
石がわずかに"ずれた"。俺の動きに引っ張られるように、軌道が少し変わって肩をかすめた。
「……今の」
クラウスが低くなる。すぐに二投目。今度は何も起きない。三投目も変化なし。四投目でまたわずかにずれる。五投目は何もない。
クラウスが手を止めた。
「……再現性がない。だが、ゼロでもない」
「そんな感じだ」
「君の回避行動に"何か"が反応している」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「外部からじゃない。内部、いや"間"か。距離、あるいは位置関係――」
そこで止まった。
「……だめだ」
「何が?」
「式に落ちない」
はっきり言い切る。苛立ちではなく、純粋な不満だ。
「そこまで分かれば十分だろ」
「十分じゃない」
即答。
「理解できるはずのものが、理解できないのが一番厄介だ」
静かだが、重みがある言葉だった。
クラウスはゆっくり顔を上げて、俺を見た。
「君は何をやっている?」
「分からない」
クラウスは数秒見て、小さく息を吐いた。
「……だろうな」
受け入れる。納得はしていない。でも今の結論として。
「分からないなら、調べるだけだ」
「好きにしろ」
「……面白い対象だ」
淡々とした評価。イリスとは違う。でも方向は似ている。
(またか)
俺は窓の外を見た。
少しずつ、何かが変わり始めている気がした。




