第29話 不明――追えない影
森の中は、静かだった。
戦闘の痕だけが残っている。抉れた地面。削れた樹皮。折れた枝。だが、それだけだ。
レインは息を整えながら周囲を見渡した。
「……いないな」
気配もない。あれだけはっきりといたはずの存在が、どこにも残っていない。
少し離れた位置でイリスが森の奥を見ている。
「追う?」
「無理」
即答だった。
「もう消えてる」
「だろうな」
あの消え方。追える類ではない。
足元を見た。踏み荒らされた形跡はある。でも浅い。方向も揃っていない。
「……何だったんだ」
「魔器」
横からイリスの声。
「腰についてた」
レインは思い出す。戦闘の最中、ほんの一瞬光ったもの。
「……あれか」「うん。たぶん」
「じゃあ、騎士団か?」
「違う。服が違った」
一言。レインも思い返す。あの男の格好。整ってはいたが揃ってはいなかった。規律のある装いではない。
「じゃあ……なんだ」
「分かんない」
イリスはあっさりと言った。
風が通る。木々が揺れる。緊張がゆっくりと抜けていく。
レインはもう一度周囲を見た。自分の立っていた位置。視線を落とす。残っているのは自分の踏み跡だけだった。相手の動きはどこにも残っていない。
戦っていたはずの場所なのに。
「戻るか」
これ以上見ても分からない。
二人で来た道を戻る。
足を進めながら、一度だけ意識が後ろに引かれた。気配はない。音もない。それでも何かが残っている気がした。
レインはそのまま歩く。振り返らずに。




