第23話 意図――そして、次の扉が開く
「――魔力は流れではなく、構造として扱え」
ハーグが黒板に図を描きながら言う。円と、重なる複数の線。
「流れを追うな。形を見ろ。崩れたときの原因が分かる」
レインはその図を見ていた。線と円。重なりと、わずかな歪み。
(形、か)
頭の奥にある感覚に、言葉が引っかかる。
昨日の練習で気づいたこと。流す、方向を乗せる。あれは"形を変えた"のかもしれない。軌道という形を、別の形に。
そのとき――ヒュッ、という音。
視界の端に白いものが入る。チョーク。直線の軌道。
(当たる)
体はもう間に合わない。
でも。
(外したい)
反射じゃない。願望でもない。ただ、そう"決める"。
次の瞬間、チョークの軌道がずれた。数センチ。でも確実に。頬をかすめるはずの線が外れ、後方の壁に当たって乾いた音を立てた。
静寂。
誰も言葉を出さない。
俺は動かない。自分でも分からない。避けたのか。外れたのか。ただ一つ。
(今のは)
違う。
前と同じじゃない。はっきりと"何かをした"という感覚がある。
「……今の」
ハーグの声が落ちる。いつもと同じ調子。でも、わずかに低い。振り返る。視線がまっすぐ俺に向く。
「避けたのか」
問いは短い。確認だけ。
「……分かりません」
それが限界だった。嘘ではない。でも本当とも言い切れない。
ハーグは数秒、動かない。
「そうか」
一言だけ。授業は再開される。
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放課後、クラウスが来た。
「チョークの件、聞いた」
「ハーグに見られてたか」
「授業中だから当然だ。それより」
クラウスは俺の目を見た。
「今日のは違う感触があったんじゃないか?」
「……ああ」
「どう違った?」
「今まではどこかで"勝手に起きる"感じが残っていた。でも今日は」
言葉を探す。
「自分が選んだ、という感じがした」
クラウスは少しだけ息を呑んだ。
「意思の介在が、はっきりした」
「そういうことかもしれない」
「レイン」
クラウスが珍しく前のめりになる。
「それは大きな転換点だ。今まで"現象が起きる"だったものが、"自分が現象を起こす"に変わった」
「大げさじゃないか」
「大げさじゃない」
断言だった。
「君の力は、今日から違うものになった」
しばらく沈黙が落ちた。
俺は自分の手を見た。
何かが変わった感覚は、確かにある。
でも、同時に気づいていることもある。
(この先が、面倒になりそうだ)
ハーグの目が変わった。クラウスはさらに踏み込んでくる。アルトの目は鋭さを増している。
そして、学園の上の方から何かが動いている気配がする。それは何となくだが、確かだ。
俺は立ち上がった。
「クラウス」
「なんだ?」
「明日も練習付き合え」
「もちろんだ」
「あと、それ全部ノートにまとめておいてくれ」
「既にまとめてある」
「やっぱり変な奴だな、お前」
「君に言われたくない」
俺は小さく笑って、訓練場を出た。
夜の校舎が静かだ。
何かが動き始めている。
俺はまだ、その全貌を知らない。
でも。
(使えるなら、使う)
それだけは変わらない。




