第16話 日常に滲み出す「ズレ」
その日から、俺の日常は少しずつ変わり始めた。
変わったのは環境じゃない。俺自身の感覚だ。
朝、食堂でトレイを持とうとしたとき、わずかに浮いた気がした。
廊下で誰かとすれ違ったとき、相手の荷物が俺の進路に落ちそうになって、空中で止まった。一秒後に落ちた。周りは気づかなかった。
実技の時間、風属性の生徒が放った魔法が俺に向かってきたとき、自然に意識が向いて、軌道が外れた。
(意識していない)
それが一番驚いた。
意図を持ったときに発動する、とクラウスは言っていた。でも今日は違う。体が勝手に反応した。
正確に言えば、意識が自然に向いている。
やろうとしなくても、"ここに何かが来る"と感じたとき、もう意識が向いている。
(慣れてきた?)
いや、もっと単純かもしれない。
これはもともと、俺の中にあったものだ。最初から。
ただ、気づいていなかった。気づいて以降、少しずつ鮮明になっている。
昼休みに、クラウスにその話をした。
「意識しなくても動き始めた、ということか」
「そんな感じだ」
「面白い。段階が変わった可能性がある」
「段階?」
「最初は"偶然起きる"だった。次が"意図があれば起きる"。そして今が」
クラウスはペンを立てた。
「"自然に発動する"だ」
「魔法と同じになってきた感じか」
「魔法の習得と同じ原理だと仮定すれば、そうだ」
俺は少し考えた。
(でも魔法じゃない)
それだけは分かっている。属性がない。魔法陣がない。詠唱もない。
「俺のはやっぱり魔法じゃないよな」
「違うと思う」
「じゃあ何だ」
「それはまだ分からない」
正直な答えだった。
「ただ」
クラウスが続ける。
「少なくとも、扱える力だということは確かだ」
俺はそれを聞いて、少しだけ腑に落ちた。
名前も説明もなくていい。使えるなら、それでいい。
シンプルにそう思った。




