第8話 初めてのお泊まりはやっぱりイベントだらけでした
あっという間に1週間が過ぎ、ついに迎えた「約束のおもてなし」。
土曜日の夕方、チャイムが鳴り響く。
ピンポーン!
「ゆかっちー!来たよー!」
「は、はーい!」
胸がドキドキと高鳴る。扉を開けると、そこには待ちわびた三人が立っていた。
「ゆかっちの家、久しぶりだ!」
「おー!めちゃくちゃ広いな!なんかワクワクしてきた!」
「今日はお邪魔します。これ、よかったらどうぞ」
白石さんが差し出してくれたのは、見た瞬間にわかる高級な洋菓子。
おしゃれなケーキ屋の品で、きっと並ばないと買えないやつだ。
「えっ!そんな、わざわざ…!」
「だって今日は泊まりに、ご飯にって色々してもらうんだから。こっちこそ、ちゃんとお返ししないとね」
にこりと微笑む白石さん、なんてできた人なんだろう。
そんなやり取りをしている横で、元気な二人は早くもテンションMAX。
「こっちがお風呂場だねー!で、こっちが寝室!」
「ゆかっちの部屋、おしゃれ〜!ていうか物少なくない?笑」
「ひ、引っ越したばかりだから…!」
勝手に探検を始める二人に、白石さんがため息をついて小声で
「もう…うるさくしてごめんね」
とフォローしてくれる。
まるで保護者みたいで少し笑ってしまった。
ひとまず三人をリビングの机に座らせ、冷蔵庫から仕込んでおいた料理を運ぶ。
喜んでもらえるだろうか――
そんな不安を胸に並べたのは、カラフルなバラエティバケット。
輪切りにしたバケットにバター塗って
軽くトーストし、具材を彩りよくトッピングしたもの。
サーモンのカルパッチョ
ネギ塩豚の炒め物
トマトとクリームチーズの和え物
ガーリックマッシュルーム炒め
「ど、どうぞ!」
「うぉーーー!すげぇ!すげえぞゆかっち!」
「えーっ、これ全部一人で作ったの!?」
「ほんと……おしゃれ。しかも美味しそう!」
その顔を見て、心底ほっとした。
頑張ってよかった、胸の奥で小さな達成感が芽生えた。
そして、夕食
俺のおもてなし料理を前に、三人はそれぞれ箸を伸ばす。
「トマチーおいしー!」
「うまい!ネギ塩がめちゃくちゃ合う!」
「私はカルパッチョが一番好みかな」
あぁ…この笑顔。
本当に頑張って仕込んでよかった。胸の奥がじんわりと温かくなる。
ふと、過去の記憶が頭をかすめた。
両親に同じように料理を振る舞ったことがあった。
でも「外で食べるからいらない」と冷たく言われ、ひとりで黙々と食べた夜。
虚しさで押し潰されそうになったあの時の味を、今でも覚えている。
そんな表情を真桜さんが見逃さなかった。
「ゆかっち!…めちゃくちゃ美味しいよ!」
「……!ありがとう!」
今はこうして「美味しい」って笑ってくれる人がいる。
俺の努力は無駄じゃなかったんだ。
夕食が終わると、自然にゲーム大会が始まった。
「ぬぉぉぉ!1位だー!」
「ヒカ!見えてきたぞ!絶対抜かす!」
「ごめん光……なんか1位に向かう青い甲羅、投げちゃった」
「げぇぇぇーーーっ!」
「あはは…」
リビングに笑い声が響く。
コントローラーを握る手、みんな真剣そのもの。
でもどこか無邪気で、子供に戻ったみたいな時間だった。
――楽しい。
本当に楽しい。
4人で過ごすこの時間が、こんなにも心を満たしてくれるなんて。
少し休憩を挟み、夜が更けていく。
「ゆかっち!シャワー借りてもいいかな?」
「あ、うん。いいよ。一応お風呂にお湯張ってあるから、よかったら使ってね」
「おお!広そうな浴槽に入っていいのか!ありがとー!」
そう言って、桐谷さんが一番に浴室へと向かった。
――そして数十分後。
「なはは!一番風呂いただき!」
豪快に出てきた桐谷さんは、なんとタンクトップに下は下着姿。
黒のスポーティでシンプルなデザインなのに
細いウエストと引き締まった脚のおかげで、妙にセクシーに見えてしまう。
「……っ!?」
(ちょ、まっ……堂々と…!)
「5月ってやっぱり暑いな!」
「ヒカ、それ新しい下着?」
「そう!通気性ばっちりのやつなのだ!」
「まったく……相変わらずそういう格好で……。ここ裕香さんの家なのよ?」
白石さんが呆れ気味に注意するが、当の本人はどこ吹く風。
「いいでしょ?ゆかっち!」
「え、えっと……えっと……はい……」
「よーし!許可もらった!」
勝ち誇ったように胸を張る桐谷さん。
……体育会系って、羞恥心のベクトルが完全に違う。
「そんじゃ、次は私が入るねー」
今度は真桜さんがバスタオルを持って浴室へと入っていった。
そして、あっという間に次の人が浴室から出てきた。
「はぁ〜……いいお湯だったなぁ。やっぱり、うちの社宅完備は最高だわ〜」
髪をタオルで拭きながら、ほわっと湯気をまとって登場する真桜さん。
下はラフな短パン、上はキャミソール…
肩から胸元にかけてのラインがはっきりと浮かび上がり、シルエットがほぼそのまま出てしまっている。
(こ、これは……! こんな彼女がいたら
こんな格好で隣にいたら……すごいことになるだろ……)
「…………大きい……」
思わず小声が漏れてしまった。
「なは! 真桜も軽装じゃん!」
「だって暑いんだもん! 部屋も湯気こもってるし!」
「まったく……2人とも……。それじゃ、次は私いいかな?」
「は、はい! どうぞ!」
次に浴室へ向かったのは白石さん。
落ち着いた彼女がどんな寝間着で現れるのか……俺は胸の奥でひそかに期待と緊張が入り混じっていた。
「本当にいいお風呂だったわ……裕香さん、ありがとう」
そう言って出てきた白石さん。
2人のように下着姿ではないが、かなり短めのショートパンツにノースリーブの寝間着。
生地は薄手で、肌のラインを際立たせる。むっちりとした柔らかな体つきが照明に浮かび上がり、思わず大人びた色気を感じさせる姿だった。
「う、うへぇ……すご……」
「レイちゃんも結局、下着みたいなもんじゃん!」
「ほんとほんと!私達のこと言えないよ!」
「ち、違う!私はちゃんと服を着てるんだから……!」
頬を赤らめ、必死に否定する白石さん。
その反応がまた可愛らしく、
俺の胸はドキドキが止まらなかった。
「そ、それじゃ……次は私、行ってくるね」
「はーい!ゆかっちも思い切ってさらけ出しちゃう?」
「い、いや!そ、そんなの無理だから!」
真桜と桐谷さんの軽口に押され、俺は恥ずかしさを誤魔化すように勢いよく浴室へ駆け込んだ。
---ドキドキと火照った身体を浴槽に沈める。
「三人とも……やっぱりすごいな。レベルが高い」
寝間着姿であんなに自然に色気を纏えるのか――そう思うと胸の鼓動はさらに速まる。
「ちゃんと女子をしてるんだなぁ……風呂上がりでも、あんなに綺麗で……俺もいつか、ああなれるんだろうか」
そんなことを考えていたら、いつの間にかのぼせてしまった。
熱気で身体がほわほわと軽くなり、鏡に映る顔も赤い。
用意していたのは、動きやすいシンプルな肌色の下着に、紺色の短パン、そして白シャツ。
真桜さんや桐谷さんのようなおしゃれな下着ではないけれど、鏡に映る自分は年相応の女子に見えた。
「……うん。まぁ、これくらいが一番いい」
そう小さく頷き、部屋へ戻る。
のぼせたせいで少しふらつきながらも、なんとか腰を下ろした。
「お、ゆかっちも上がったか!って普通!でも逆に落ち着く格好だな!」
「うんうん。ゆかっちは変に露出しないほうが可愛いね」
「あ、そうなの……かな?」
自分ではただのシンプルな服装のつもり。
けれど客観的にどう映っているのか
三人の言葉に、胸がじんわり熱くなった。
取りあえず、少し涼んで休憩しよう…そう思った矢先。
「隙ありっ!」
ガバッ!
不意に抱きついてきたのは桐谷さんだった。
「ひょえっ!」
「お〜、ホカホカゆかっち。いい匂いするなぁ〜! 可愛いぞ、この〜!」
「あわわわわっ……!」
(ほ、ホカホカゆかっち!?)
人生2度目の桐谷さんのハグ。
女子なのに何かと力強さを感じるな…
子犬や猫ってこんな気持ちでハグされてるか?
「ずる〜い! ホカホカゆかっち、私も!」
「はいよー! 真桜!」
「へへへ〜、もーらいっ!」
桐谷さんから真桜さんへとバトンタッチされる、
真桜さんのハグ…匂いも胸の感触も抱き方も覚えてしまった自分が恐ろしい…
俺はまるでぬいぐるみか何かのように抱きしめられる。
「も、もう二人とも……!」
白石さんが少し心配そうに見ていたが――
「レイちゃんもやってみ?これは和むよ〜」
「え……私も?」
まさかと思ったその瞬間――
「うーん……それじゃ……えいっ!」
「へっ!? ええ!? うぷっ!」
胸が……顔に……!?
他の二人と違い、白石さんは正面から抱きついてきた。
対面で、しかも密着度が桁違い。
俺ほどじゃないがホカホカの身体…ややむっちりとした
お腹と胸の柔らかさが直に伝わってくる
女子って…ムニムニしてるんだな。
「え、えええええ……ちょ、ちょ、ちょっ!!」
「……あ、いいかも。裕香さん……あったかくて、気持ちいい」
大人びた香りがふわりと漂う。
俺は今、かつて憧れていた人に真正面から抱きしめられている――。
(……明日、俺死ぬのか?)
「ほへぇ……」
プシュー……
「あー!ゆかっちがダウンした!」
「えっ、私のせい? ごめん! 大丈夫? 裕香さん」
俺はもう限界だった。
のぼせた身体に、美人な友達からのハグ。
そして最後の白石さん……色々と刺激が強すぎて、
とにかく……凄まじかった……!!
「ゆかっちも疲れてるみたいだし、そろそろ寝よっか!」
真桜さんが場を締めてくれた。
それぞれ歯磨きやスキンケアを済ませ、三人はリビングへ。
俺は寝室へ戻り、布団に身を沈める。
時計はすでに夜の12時を回っていた。
「…………すごい一日だったな。女子のお泊りって……こういうものなのか? それともメンバーが特殊なだけ……?」
考えれば考えるほど頭が混乱する。
けれど楽しくて、ドキドキする夜だったことだけは間違いない。
その余韻に浸りながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
――少し眠った後。
背後で、なにかがゴソゴソと動く音がする。
「う、うーん……」
「ゆかっち……起きちゃった?」
「……へ?」
ボソボソと囁くような声。
その正体は、真桜さんだった。
「ふふ……二次会だよ」
「ま…真桜さん、なんでここに?」
「へへ、なんでって……恋バナしたいから!」
「こ、恋バナ!?」
「本当はみんなでやろうと思ってたんだけど……でも、こういうのもいいかなって」
ベッドに並んで寝転ぶ二人の女子。
恋バナなんて……俺は今まで、憧れることはあっても、彼女も好きな人もいなかったのに……。
「ゆかっち、今日さ……私たちのこと、チラチラ見てたでしょ?」
「っ……!」
まずい!いや、そりゃ見るよ……。
みんな魅力的だし、寝間着も……露出高めだし……。
「ご、ごめん……」
「謝らなくてもいいんだよ?女子だって普通に見るし」
「え……そうなの……?」
女子同士でも……そういうのって、あるのか?
「ねぇゆかっち……今の心の中は“男子”?それとも“女子”?」
「え、えぇ!?」
「男子……ゆーくんなら、こういう状況は“おいしい展開”なんじゃない?」
そう言って、真桜さんはふわっと俺を抱きしめてきた。
さり気なく…右手はお腹に…左手は太腿に…
優しく、すぅっと撫でるように…
さっきまで眠気でぼんやりしていた頭が、一気に冴え渡る。
「ん!…そ、それは……えっと……」
なんて答えればいいんだ……?
今の俺は“俺”だ。
でも、この状況で「男子」と答えたら……ただの最低な変態野郎じゃないか……。
「お肌すべすべ、スキンシップは欠かせてないんだね
ふふっ……ゆかっちは、自分で思ってるよりずっと可愛いよ」
「!?」
急に……話が変わった?
どういう意味だ……?
何がなんだか分からなくなってきた……。
「クラスの男子がね……“転校生、結構いいよな”って言ってたし、ヒカもレイちゃんも“可愛い”って褒めてたよ」
真桜さんは、どこか怪しく、それでいて艶を帯びた声で囁いた。
「ま、真桜さん……一体、何を……?」
「つまりね、ゆかっちは男から見ても、女から見ても魅力的ってこと。……もし好きな人ができたら、ちゃんと教えてね?それとも……今から、私と──」
「ええっ!?いやいやいや!そんな……!」
「……ふふっ、なーんてね!」
パッと純粋な笑顔に戻り、真桜さんは軽く肩をすくめた。
「ゆかっちは大事な友達だよ」
「え……えぇ……」
な、なんなんだこのシチュエーション……!
謎すぎる……けど、再び心臓がバクバクしてしまう。
同い年の女子のはずなのに
明らかに場慣れした、お姉さんみたいな空気を纏っていた。
沈黙が少し流れ…………俺は勇気を出して切り出した。
「ま、真桜さんって……好きな人は……?」
すると。
「スピーッ……スピーッ……」
真桜さんは、幸せそうな顔で寝息を立てていた。
しかも俺をしっかりと抱きしめたままで。
「じ、自由すぎる……」
俺は脱力しつつ、夜の静けさに身を委ねた。
ーーーー翌朝
「ふぁぁ〜……よく寝た〜!レイ、おはよー!」
「ん……光?おはよう……あれ?真桜は?」
「ん?ほんとだ。どこ行ったんだ?」
リビングで先に起きた二人が首を傾げる。
その直後──ガチャ、と寝室の扉が開いた。
「おはよー!レイちゃん、ヒカ!」
真桜さんが元気いっぱいに登場。その後ろから、俺がのっそりとついていく。
「おお!真桜!……って、ゆかっちも一緒?まさか、寝室にいたの?」
「だよ〜!」
「えええー!?ずるい!私もゆかっちと寝たかった!」
「私も……って違う!もう、真桜は自由すぎ!……裕香さんはちゃんと寝られた?」
「う、うん……大丈夫だよ」
実際はあんまり寝られなかったけど……言えるはずもない。
「なんかゆかっち元気ない?それに二人が同じ寝室って、まさか……!?」
「違う違う笑、健全なやつだよ!」
「あぁ……よかった。一瞬、ヒヤッとしたわ」
白石さんは胸に手を当て、心配そうにしてくれる。
何もなかったのは事実だけど……“あと一歩”くらいまでは行った気がして、心臓が落ち着かない。
「お腹すいた〜!とにかく朝ごはんにしよ!」
桐谷さんが明るく場を切り替える。
リビングの空気は賑やかで、けれど俺の胸の中には、昨夜のドキドキがまだ残っていた。
軽く朝ごはんを済ませ、三人は帰り支度を始める。
「ゆかっち!今日はありがとう!めちゃくちゃ楽しかったぞ!なはは!」
桐谷さんは最後まで元気いっぱい。
「本当にお世話になりました。また改めてお礼するからね」
白石さんは丁寧に頭を下げてくれる。
「また学校で会おうね、ゆかっち!」
真桜さんは変わらない笑顔で手を振る。
「うん……私も楽しかった!」
自然と笑顔で答えられた。
いかにも友達同士らしい、温かい別れ方。
ドキドキするような出来事ばかりだったけど──間違いなく、掛け替えのない思い出になった。
扉が閉まりかけた、そのとき。
「……ゆかっち。寝心地、良かったよ。ふふっ」
バタンッ。
軽い冗談のようでいて、妙に艶めかしい声が耳に残った。
「え、えぇ……真桜さんって……これ、狙われてるのか?俺……」
昨日からずっと、彼女の行動は読めない。
からかわれてるだけなのか、それとも──。
家の中が静かになった途端、張り詰めていた気が抜け、どっと眠気が襲ってくる。
「……眠い。もう一眠りしよう。日曜日だし」
寝室へと向かう途中、姿見に映る自分をちらりと見る。
白シャツに寝起きの顔。
そこに立っているのは、見慣れたはずの寝起きの女子の姿だった。
「……俺が、可愛い……?そうなのかな」
まだどこか信じられない。
二週間近く経っても、自分の変化を受け入れきれていないのだ。
ベッドへ身を投げ出す。
ふわりと漂ってきたのは──真桜さんの香り。
「……俺、真桜さんと一緒に寝たんだよな……?あの真桜さんと……」
胸の鼓動がじわじわと速まっていく。
眠いはずなのに、香りと記憶が心をざわつかせる。
キュン…
腹部に妙な感覚が…
そういえば生理になってから暫くだったな…
「……ん……!」
それから眠りに入るのに少し時間が掛かってしまった。




