第49話 地獄のイベント…再来!!
11月
俺が女子になって、もう七ヶ月が経った。
……七ヶ月
本当に…本当にあっという間だ
転校当初の頃と比べてかなり変わってきたと実感してる。
順応って怖いなぁ…
――そして今
俺は、再び“危機”に立たされていた。
教室にて
黒板の前に立った委員長が、パンパンと手を叩く。
「それじゃ、2組の出し物を決めていきまーす!」
途端に飛び交う声。
「売店だろ!焼き鳥!」
「お化け屋敷!」
「バエるやつがいい!」
……忘れていた。
高校生には、地獄のイベントが二つ存在する。
一つは体育祭
あれは、努力と友情でなんとか乗り越えた。
そしてもう一つ。
――文化祭!!!!
このイベントには、俺は“明確なトラウマ”がある。
「他に案はないか?」
「はい!」
元気よく手を挙げた男子。
板野くんである。
「メイド喫茶……とかは?」
教室の空気が、一瞬だけ凍る。
「いや、ないわ」
「誰もしたくない」
「センス無〜」
「あ……ごめん……」
おいおい……なんで通ると思ったんだ、この人は。
しかも…しかも…!
ぐぬぬぬぬぬ……!!
板野くんめ……!!
余計なワードを出すな……!!
その一言で、俺の脳裏に“あの記憶”が蘇る。
一年前の文化祭。
「それじゃあ男子、ジャン負けでメイド喫茶のメイドコスプレしてもらいまーす!」
クラス全員参加による無慈悲なじゃんけん…
「お……俺……? うそ……」
「前野くん!決定!!」
「そんじゃこれ着て〜」
クラス全体の圧。
男子も女子も面白がる視線。
逃げ場、ゼロ。拒否する勇気もなく
「う……うう……」
無理やり着せられるフリフリの衣装
白いエプロン
レース
カチューシャ
黒髪ロングのウィッグ
「おー!似合ってんじゃん!笑」
「うけるー!」
「あ……ああ……」
頭が真っ白になった
笑い声が、遠くで反響してるみたいで
自分の足が、自分のものじゃないみたいで。
結局、当日は一瞬だけ参加して、
裏口から逃げ出した。
俺の女装姿なんて、誰に需要あるんだよ…!!
あれは、本当に最悪だった。
場面は現在に戻り
「それじゃあさ!」
「オシャレ喫茶店どう?コーヒーと軽い食事、デザートも出してさ。 ウェイトレスの格好で!」
「おお!いいじゃん!」
「それはイケるー!」
教室の空気が一気に前向きになる。
喫茶店、ウェイトレス。
……それなら。
まぁ……俺でも……できなくも、ないか?
しかし…接客、これはできる自信が無い。
「それじゃ、喫茶店に決定〜!」
ん〜……なんか、流れで決まってしまった。
ウェイトレス、ウェイトレスかぁ
メイド服よりは、まぁ……マシだ。
でも、ちょっとコスプレ感はあるよな……?
「それじゃ、次に担当分けいきまーす!」
黒板に書かれる役割。
買い出し班
設計班
給仕班
調理班
思ったより本格的だな……
「はいはーい!給仕したい!」
「なはは!私は設計!」
「私は……うーん、買い出しかな?」
おお、今回はみんな結構バラけてるな。
……お、俺はどうしよう。
給仕は……接客
ウェイトレス衣装を着るし
何より目立つ
「う、うーん……」
そのとき、委員の声が響いた。
「調理班〜!誰か料理したことある人欲しいんだけど、いるかな?」
「!…………」
料理……デザート含め、俺はそこそこ経験がある。
……でも。
俺なんかが…と思っていたが
一年前の俺なら、絶対に手を挙げなかった。
目立ちたくない
笑われたくない
無難に流れに身を任せていた。
「うーむ……困ったな。誰もいないか……」
委員が本気で困り始めた
胸が、少しだけざわつく。
…ウェイトレス着て接客するより、
料理のほうが、よっぽど有意義だよな……
それに……今の俺は……逃げたくない!!
ええい!
「あ、あの〜……私……やりましょうか?」
教室の視線が一斉に向く。
「え!前川さん、料理できるの?」
「い、一応……自炊は、してますので……」
「おおー!ありがたい!!
それじゃお願いしてもいいかな!」
「助かったー!」
「前川さん神!」
え……?まじで?……
料理できる、ってだけで
こんなに、感謝されるなんて。
一年前の文化祭は、
笑われて、逃げて、終わった
でも今回は
俺は、自分で選んだ。
――調理班
少しだけ、前に進めた気がした。
数日後、文化祭準備期間
文化祭は1日のみ
体育館で演劇やライブを披露するクラスもあれば、
俺たちみたいに教室で出し物をするクラスもある。
1組……翔たちは何をやるんだろうな。
そんなことをぼんやり考えながら、
俺は家庭科室に立っていた。
目の前には、材料が並ぶ調理台。
「え……と……えと……そ、それでは……」
「これから、ケーキを作りり……ます……!」
ひぃ!!噛んだ!終わった!
「ま、前川さん!落ち着いて!」
「ちゃんと聞いてるから大丈夫だよ!」
俺が手を挙げたあと、
「私もやる!」
「教えてもらえるなら頑張る!」
と、何人かが調理班に加わってくれた。
……嬉しかった。めっっちゃ嬉しかった!
逃げずに選んだ結果、
なんやかんや助けてくれる人がいることを知った。
「えっと……まずは、スポンジケーキからです」
「材料は、卵・砂糖・薄力粉。 あと型に塗るバターと、打ち粉用の粉ですね」
みんなが真剣に頷く。
「最初に卵を割って、砂糖を入れて―― 湯煎しながら、白っぽくなるまで泡立てます」
「え、湯煎するんだ?」
「は、はい…温めると泡立ちやすくなるので」
「ここでしっかり空気を含ませるのがポイントです。 生地がもったりして、線が残るくらいまで」
泡立て器が、リズムよくボウルを叩く。
「そこに、ふるった薄力粉を三回くらいに分けて入れて…… ゴムベラでさっくり混ぜます」
「ざっくり?」
「混ぜすぎちゃ、駄目なので…」
「最後に型に流して、軽く落として空気を抜いて…… 170度のオーブンで25〜30分」
「焼けたら、すぐ型から外すの?」
「はい。蒸れちゃうので」
気づけば、家庭科室は
甘い香りと穏やかな空気で満ちていた。
…あれ?俺、今……
普通に教えてる?
笑われてない?
茶化されてない?
も、もしかして、ちゃんと必要とされてるのか??
チン!
オーブンの音とともに、 ふっくらと焼き上がったスポンジが姿を現す。
「おおおー!!」
「もう美味しそう!」
「えと……これに生クリームとかチョコクリームでアレンジできたらな、と……」
スポンジをベースに、
ショートケーキ、チョコケーキ、フルーツタルト風という案なんだが、どうだろうか?
「すごい!前川さん!」
「いや、これ絶対うまいやつ……」
「すげぇ…スイーツできる女子っていいなぁ」
褒められた?!俺が?!
いや、そんな難しい事してないと…思うけど
「あ……ありがとうございます!!」
去年の文化祭では、
笑われて、逃げて、終わった。
でも今年は違う。
俺は、逃げなかった。
考えるだけで胃がキリキリしてた文化祭
もしかしたら、もしかしたら、今度は。
楽しいのかもしれない
それから、ケーキを試食したり、メニューを考えたりと
結構盛り上がった。
他のメンバーとも仲良くなれたし
みんなやる気を見せてくれた。
俺は愉快な気持ちで下校をする。
文化祭準備も本格化してきた。
真桜さんを中心に、イケイケ女子たちが接客班に追加。
完全に売上を狙いにいく布陣だ。
そこに白石さんと桐谷さんまで加わるらしい。
「おおお……接客ウェイトレス、神メンツ……」
これは強い…!
肝心の料理はコーヒーや紅茶などのドリンク類
パフェ、そして俺の提案したケーキ
なんと、試作会で大好評だった!!
「ち、ちょっと……楽しみになってきた……ふふ」
思わず、口元が緩む。
あれほど嫌だったイベントなのに。
去年は、逃げ出した文化祭。
それが今は
早く来ないかな……
なんて思ってしまっている。
「お客さん……美味しいって言ってくれたらいいなぁ……」
ぽつりと呟く。
そして、もう一つ。
「……翔、来てくれないかな……」
1組は、なんとコスプレショーをやるらしい
意外すぎる
いや、めちゃくちゃ気になる。
翔が、コスプレ……?何のコスプレだろ?想像がつかないな。
「忙しいから、どうなんだろ……」
「でも……来たら来たで……ウェイトレス争奪戦になるかも……」
体育祭では全員クラスの女子が応援するレベル
女子人気半端ないしなぁ
それに俺は調理班、裏方役。
接客はしない
だから、直接話すことはない……はず
……なのに
「翔は……俺が接客したい……かも……」
「……ハッ!いやいやいや!
何を考えてるんだ、俺は!
翔に悪いだろ、そんな私情!」
俺は、俺の仕事をちゃんとやるんだ。
ケーキを焼いて。
美味しいって言ってもらってそれでいい!
……それで、いいはずだ。
文化祭当日が、少しだけ――
待ち遠しくなっている自分がいた。
ーーーー
神宮寺家・夜
「おつ〜」
「おう、帰ったか」
ソファに座ったまま資料を閉じる翔。
「兄ぃ達ってコスプレするの?意外だね」
「別に俺がやりたい訳じゃないがな。クラスで決まった」
「へぇ〜、何のコスプレ?」
「人気ゲーム《KAMEN》シリーズのキャラだな」
「ふーん、知らない!」
興味なさそうに流しつつ、真桜はふっと思い出したように言う。
「あ、それより私達のクラスの喫茶店ね、スイーツはゆかっち担当なんだよ!めちゃくちゃ美味しかった!」
「……!?……まぁ……あいつ料理得意だからな」
(あいつが……作ったスイーツ……く…食いてぇ!!)
「なんと…!!自ら調理に志願してくれたんだよ!
ゆかっちほんと変わったよ!
調理班だから給仕しないの残念だけど」
「適材適所ってやつだ。裕香は裏方の方がいい」
(エプロン姿もいいが、裕香のウェイトレス姿……めちゃくちゃ見てぇ……!!なんとしてでも!)
「結構うちのクラスやる気マシマシだからね!
ふふふ……兄ぃはゆかっちの料理、食べられるかな?」
意味深な笑みを残し、真桜は自室へ。
静かになったリビング
「……俺が行くと他の女子が“私の食べて!”って押し付けてくる……裕香は引っ込み気質で遠慮する……と」
「舐めるなよ?」
「俺が対策を取ってないと思ったか?」
「俺は裕香の料理を食べてみせる……そして――」
「裕香に、給仕をしてもらう」
神宮寺家――
今日もまた、裕香の知らないところで
兄妹の静かな火花が散っていた。
文化祭当日。
果たして翔は、
裕香お手製スイーツを口にできるのか。




