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第48話 余韻に浸る間もなく叩き込まれる恋愛論

ドタバタだらけだった修学旅行も、ついに幕を下ろした。

俺は自室で、スーツケースを広げながら

買ってきたお土産や着替えを一つずつ片付けていた。


「……あ〜……楽しかったなぁ……修学旅行……」


ぽつりと、独り言が漏れる。

あんなにワイワイして、

あんなに人と一緒に過ごして、

あんなに笑った学校行事なんて、正直初めてだった。


初めての土地。

豪華すぎる旅館と食事。



……そして…ま、まぁ……禁断の百合の花畑……

過激な女子トーク

それと…真桜さんの……密着…??


「…………」


最後に浮かんだのは

翔との、自由行動。


「わ、わわわ……お、俺……なんで、あんなこと……」


着物を着てどすえ〜、なんて言って。


……痛い!!痛すぎる!!


あの時は勢いだった。

その場の空気と、気持ちの高まりと…可愛いと言って欲しさに


翔は気を遣って笑ってくれたけど、

今になって恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。


「ううううぉぉぉ……!!」


俺は枕に顔を埋めて、じたばたした。


「……思えば……女子会のあたりから……」

「なんか……翔のこと……意識しちゃってるよな……」


冷静に考えなくても分かる。

あんなイケメンで、

スタイルも良くて、

気遣いもできて、

頭も切れて。

非の打ち所がない。



「……今まで、友達だったのに……」


「で、でも……皆の前で……言っちゃったしなぁ……」


俺は、女子として

翔のことを「あり」だと、三人の前で口にしてしまった。


それに

翔が「恋人欲しいな」なんて言った時

あの時の苦い胸の締め付け

理由の分からない不安

白石さんに対する久我さんの気持ち近いもの…



「嫉妬…?…俺……もう……心まで……女子に……?」


自分のことは、今でも「俺」だと思ってる。

好みだって、変わった気はしない。

今でも、他の女子の着替えや裸を見ればドキドキ、ムラムラ

する。


……でも。


翔に対して感じるドキドキは、

それとは、どこか違っていた。


胸が高鳴るだけじゃなくて、

もっと近づきたい、

もっと一緒にいたい、

触れられる距離にいたい――


そんな感情


「……俺って……今……どっち……なんだろ……」


腹部をさすりながら、ぽつりと呟く。


「はぁ……翔のこと考えてると……胸が、なんというか……切ない感じ?」


言葉にできない感情が、胸の奥にじんわりと溜まっていた。

苦しいわけでもない

でも、落ち着かない。


俺は一夜中…考え込んでいた



翌日



朝礼後


「なはは! 修学旅行、楽しかったな!!」


「おお! 楽しかったぞ! 今日は女子会だ!! それぞれの報告をするぞー!」


「私も……って、裕香さん??」


「う、うーん……」


圧倒的な寝不足

昨夜は布団に入ってからも、

翔の声、横顔、言葉が頭から離れなくて、

ほとんど眠れなかった。


午前中の授業?

……正直、あまり覚えていない

多分、ところどころ寝てたと思う。



そして、お昼休み。


「報告会だー! ……って、ゆかっち、まだ眠そうだね?」


「うーん……むにゃ……」


いつもなら反応できる

真桜さんと桐谷さんのハイテンションも、

今日は頭の上を素通りしていった。


「おーい、ゆかっち。お昼だぞ〜。起きろ〜」


桐谷さんが、ほっぺを

むにむに、つんつん。


……でも、俺はほぼ無反応。


「なはは! 今なら触りたい放題だぞー!」


「よーし! それなら私はハグだ!」


ぎゅっ――!



急に、温かい。


……あれ?

心地いい。

柔らかくて、落ち着く。


ぼんやりした視界で、俺は上を見上げる。


……翔……?

なんで……ここに……?

こんなに、近くて……。


無意識に、腕に力が入る。


ぎゅっ。


「おお! ゆかっちがハグを返した!! これは! 貴重!!」


「おわー! 真桜、ずるいぞ!」


「ゆ、裕香さん……どうしたの?」


むにぃ……

……あれ?


翔って……見かけより……

こんなに……むにむにしてるんだ。


柔らかい……

でも、この香り……。


……ん?

……んん?



「……ま、真桜さん!?!?」


「おはよー、ゆかっち。お昼だよ」


「あわわわわ!! ご、ごめんなさい!!!」


一気に意識が覚醒する。


「へへ!ゆかっちの貴重なハグ、いただき!」


「うおー! ずるいぞー!」


……やってしまった!!


完全に、翔と勘違いして

真桜さんにハグしてしまった。


双子だから当たり前だけど顔が似てたからつい…


ようやく完全に目が覚めて、昼休み。


「それじゃ〜……報告会だ! まずはヒカから!」


「おおー! 私は剛とブラブラしてた! あと焼肉美味しかった! 以上!!」


京都で焼肉

この二人、ほんとブレないなぁ、流石の陽キャカップル。


「私は……奏くんと、ゆっくり観光地を巡ったかな? お寺とか……嵐山とか……」



「あと……ちょっと……手、繋いじゃった……!」


「おおーー!! レイ、やるじゃねえか!!」


「わお!大進撃だね!!」


え?……奏くん?

か、奏くん……?

も、もう下の名前呼び!?


うわぁ……付き合った瞬間、距離近っ……!


恋人って、こう……一気に世界が変わるものなのか!?

これが常識なのか!?

いいなぁ……恋人がいるって…


「……裕香さんは、どうだったの?」


唐突に振られる話題。


「え!? わ、私??」


「私は……その……普通に……観光、かな……?」



「ふふふ〜……」


真桜さんが、意味ありげに笑う。


「その下りが、もう通用すると思ったか?」


「え?」


「なはは! 前夜に決意してて、 “ただの観光でした”は、無理があるぞ!」


「ふぇ……?」


「ふふ、私も聞きたいかも」


白石さんまで、にこっと微笑む。


「え……えぇ……?」


最近、三人からの圧が……強い!

質問というか、包囲網というか

そんなに俺の話、気になるものなのか……?


と、とは言っても……

そんなに面白い話なんて、ないんだけどなぁ。


「え……と……えと……ほんとに観光だけで……」


視線が集まる中、俺は指折り数える。


「翔の家の車で移動して……伏見稲荷大社に行って…… それから着物着て……またお寺巡って…… 水族館行って……あとは……買い物、かな?」


「着物着たんだ!写真ある?」


真桜さんが、即座に食いついた。


「あ、うん……これ」


スマホを差し出すと——


「おおお! 可愛い!! めっちゃ似合ってる!」


「素敵……翔くんも着物着てる……まるで、カップルね」


「やっぱり! いくとこ行ってるぞ!!」


「え! い、いや! そんなじゃないよ……! でも……」


「……可愛い、って言ってくれて…… それは……嬉しかった……かな?」


「あ〜…こういう話を待ってたんだよ〜! 兄ぃ、肝心なところでヘタレだからね!」


「なはは! それもまた良いのだ!」


……肝心なところで、ヘタレ…そうかな?

翔……妹から、とんでもない評価されてるぞ……。


「ゆかっちも、順調ってことだな!」


「応援してるからね……!」


「え……あ……は、はい……」


口ではそう答えたけど、胸の奥がそわそわする。

順調、なのか……?

俺、ほんとに……この流れに乗っていいんだろうか…


うぅ……これはもう、後には引けない空気だ。

知らないうちに、

俺は恋の話をする側の席に

しっかり座らされてしまっていた。


「それじゃ、最後は真桜だ! 天音と一緒だったんだっけ? 楽しかった?」


桐谷さんが、いつもの明るい声で振る。


「楽しかったよ〜!!

私は買い物とスイーツメインだったな!

美味しいカフェ行って、コスメ買って〜……それから〜、ふふふ!」


「皆楽しそうで何よりだ! なは!」


その一言で、報告会は自然と締まった。

真桜さんも満足そうに笑っている。

……それから、の続きが妙に気になるけど。




──放課後



俺は久しぶりに、真桜さんと二人で帰っていた。


「ゆかっちも順調そうでよかった!

兄ぃは、ちゃんとアプローチしてくれた?」


「え? あ、アプローチ……?

う、うーん……いつも通り、友達、って感じだった気がするけど……」


「あんまり“友達だから”って思い込みすぎない方がいいぞ〜?

それ、お互いの気遣いや本音に気づきにくくなる原因だから」


「な、なるほど……?」


……というか。

もう完全に、俺が翔を狙ってる前提の会話になってないか……?


「で、でも……翔と私は……元々、男友達だったし……」


そう言い訳するように言うと、

真桜さんは一瞬、じっと俺を見てから、にやっと笑った。


「でもさ、ゆかっち。

お昼のとき……『可愛いって言ってくれて嬉しかった』って、言ってたよね?」


「う……!」



「そろそろ、素直になってもいい頃じゃない?」


でた……最近出現するロジカル真桜さん、強すぎる。


「それとね、ゆかっち」


声のトーンが、少しだけ真面目になる。



「一度“本気で恋”をしたらさ、

ここから先は、楽しいだけじゃないよ。

悩むことも、不安になることも、いっぱい増える。それだけは覚えておいてね」


「本気の……恋……」


「でも、大丈夫!」



「私たちがついてるから!

何かあったら、いつでも相談して!」


「え、ええぇ!?……えっと……うん……ありがとう……」


“本気の恋”って言葉を否定できなかった、拒めなかった。


翔が異性として、圧倒的にレベルが高いことも。

競争率が宝くじ並みだってことも。

全部、ちゃんと分かってる。



それでも…


『これは諦めたくない……勝率が低くても…』


そんな気持ちが、胸の奥で芽を出し始めていた。


「あ! そうだ!もうすぐ、あれ始まるね!」


「あれ?」


「文化祭!!私たちのクラス、何やるんだろ〜! 楽しみ!」


「……へ……ええぇ……!?」


忘れてたぁ!!!!文化祭ぃ!


体育祭と並ぶ、俺にとってのもう一つの地獄イベント。


そしてあの最悪な記憶が蘇る!!

トラウマでもある行事…


恋に、文化祭に。

俺の高校生活は、まだまだ波乱続きらしい。


ーーーー


一方、神宮寺家・地下研究室



白い光に照らされた地下研究室。


デスクに向かう翔は、無言で資料を整理している。

表示されたデータ、紙のファイル、古い論文の束。


これまでの検査記録。



ホルモンと認知・感情の相関に関する論文。

ホルモン治療の経過ログ。

さらには、過去の戦時下の人体実験記録。

性別を無視した教育を施したケーススタディ。


どれも、彼にとっては見慣れた情報だった。


「……テストステロンも、エストロゲンも

数値は、ほぼ平均的な女性と変わらないな……」


「……生活習慣も、女性中心」



「ふぅ……あくまでこれは……数字の話だな」


「思考にどこまで影響しているのかは……正直、断定できない」


ホルモンが感情に影響するのは事実だ。

だが、恋や好意を決定づけるほど単純ではない。


――それでも。


脳裏に、京都で見た裕香の姿がよぎる。

着物を揺らして冗談交じりの笑った顔。

少しだけ緊張して、でも楽しそうだった横顔。

今まで見てきた女性の顔と同じ表情をしていた、恋の顔。


「これは、あくまで参考資料だ」


「俺は……俺自身で勝負する」


家柄でも、容姿でも、需要でもない。

一人の人間として、向き合うだけ。


「……さて、今日は寝るか。

明日は文化祭の企画だっけ?」



「はぁ…人目を気にせず、

裕香と一緒に周りたいな…恋人として。

…恋ってこんなに胸にくるのか…」


研究室の扉が閉まり、

再び地下は、何事もなかったかのような静寂に包まれた。


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