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第47話 いつもの顔なのに、違う顔

女子たちがすっかり寝静まった頃

一方、その頃の男子部屋はというと。


「久我ぁ!! よくやった!!」


「マジでいくとはな……!」


「い、いや……その……いい雰囲気だったから……

正直、かなり怖かったけど……」


畳の上で、久我は照れくさそうに頭を掻く。

その様子を見て、翔と飯田はニヤニヤが止まらない。


「いやぁ、あの白石を落とすとはな。

お前、今日から“男”だぞ久我…誇れ!」


「で? 明日は何すんだ?」


「え? あ、明日?うーん……普通に観光、かな……?」


「おいおい、もうキスくらいしとけよ!」


「き、キス!?さ、流石に早すぎるよ!!」


慌てふためく久我を見て、二人は声を出して笑った。

他愛ない色恋話。

少しだけ下世話で、でもどこか初々しい夜。

そんな中、飯田がふっと真顔になり、指を折り始める。


「……これで、俺と久我は恋人持ち、か」


「ふふ……そうなるね」


自然と、視線が翔に向く。

翔は小さくため息をついた。


「……はぁ。まぁ、言いたいことは分かるぞ?」


「俺の難易度、舐めんなよ?」


「難易度とかじゃねぇっての。

結局、翔はいつアタックすんだよ?」


少しの沈黙。

翔は天井を見上げ、静かに答えた。


「……クリスマスまでには、だな」


「おいおい!! 遅せぇよ!!」


「いや、飯田くん。これは慎重でいいと思うよ」


「告白って、ギャンブルだと思われがちだけど……

本質は“ほぼ確定してる時”にするものだからさ」


「流石だな、久我。

ちゃんと分かってるじゃねぇか

明日はな……向こうが俺をどう意識してるか、それを探る」


「とは言えよ。高校生活、そんな長くねぇぞ?

他の奴に奪われる前に行かなくていいのか?」


「だから、急かすな

ちゃんと俺にも計画はある。……まぁ、見てろ」

「すぐ、お前らのところに行ってやるよ」


「焦らなくてもいいと思うよ、神宮寺くん」


久我の言葉に、翔は小さく頷いた。


(そうだ……焦るな…見極めろ…

裕香……お前は今、どっちなんだ……?)



(……いや、愚問だな)


(分からないなら、分からないなりに向き合うだけだ

どっちであれ、俺は真剣に行く)


そう、胸の奥で静かに決めて。

男子部屋の灯りは、やがて落とされる。

それぞれが、それぞれの想いを抱えたまま――

京都の夜は、ゆっくりと更けていった。



そして――朝。

柔らかな光が障子越しに差し込み、

俺たち女子も、それぞれ準備に取りかかる。


桐谷さんは飯田くんと

白石さんは久我さんと

真桜さんは神崎さんと

そして俺は…翔と



今日は、修学旅行最後の日。

それぞれ自由行動の予定だ。


「なはは! 最終日だぞー! 思いっきり楽しむぞ!」


「おー! 思い残しのないように!」


「ふぅ……そうね!」


いつもなら一番冷静でツッコミ役の白石さんも、

今日はどこか浮き足立って幸せそうだ。


……恋人ってすごいなぁ


そんな中、俺はというと――

黙々と、鏡の前で着替えをしていた。


「……白の、秋仕様ワンピース……」


普段より少しだけ大人っぽい色合い。

メイクも、今日は少しだけ気合を入れる。

いつもより丁寧に、慎重に。


(……やりすぎじゃないよな?) 


不安を押し殺しながら、仕上げる。


荷物は部屋に置いて

準備、完了。


「それじゃ、行くよー!」


声を掛け合い、部屋を出る

廊下を抜け、玄関へ向かう途中

ふと、俺は足を止めた。


「……真桜さん」


「ん? どうしたの、ゆかっち?」



「今日の……この格好……変、じゃないかな?」


一瞬、間が空いた

真桜さんは、じっと俺を見て――

それから、にっと笑った。


「…………いい感じ!メイクもちゃんと決まってるし。

全然変じゃないよ!」


「あ……よかった……」


胸の奥が、すっと軽くなる。


「ふふふ……これなら兄ぃもイチコロだね」


「う、うう……そんな大げさな……」


からかわれてるはずなのに、

悪い気はしなかった。


おしゃれに詳しい真桜さんのお墨付き

それだけで、少しだけ自信が湧いてくる。


俺は深呼吸を一つして、

翔との集合場所へと歩き出した。



その背中を見送りながら、真桜が、ぽつりと呟く。


「……ゆかっち、自分では気づいてないと思うけど

完全に、“初恋の女の子の顔”してたよ」


「あーあ、ほんと、兄ぃにはもったいないな」


その言葉は、誰にも届かないようでいて

確かに、この朝の空気に溶けていった。


ーーーー


俺は無事に翔と合流し

そして、そのまま。


「………………」


「………………」


黒塗りの高級車に乗り込んでいた。

後部座席には、俺と翔の二人だけ。

きっと他のみんなは、

バスや電車、あるいは徒歩で移動しているんだろう。


……こういうの、もう慣れてしまった自分もなんか切ない…



「……すまんな、裕香。俺に合わせてもらって」


「ううん、大丈夫だよ」


そう答えつつ、ふと思う。


「でもさ……他の女子に見られたら面倒って言ってたけど、

ここまで大げさにする必要あるの?」


「あるんだよ、これが

自慢みたいで言いたくないが……

俺と少し話しただけで嫉妬の的になる子もいる」


「中には、同じクラスってだけで一時期荒れたこともあった

しょうもない争いは避けたくてな」


「ひぇ……」


「神崎くらい堂々としてりゃいいんだがな」


「そ、そうだな。俺には、神崎さんみたいにはなれないな……」


いつも通りの、翔の“別世界”の話。

なのに今日は――

なぜか、その横顔が気になって仕方なかった。



……か、かっこいい……!

きりっとした目元。

くっきりした二重。

整った鼻筋。

男なのに抜かりのないスキンケアの肌。

派手すぎない金髪。

シンプルなのに、ちゃんと洗練された服装。



(なんで……いつも一緒にいるのに……)

(今になって、こんな……緊張してまうんだ…?)


今日は、ただ隣に座っているだけで、

胸の奥がそわそわして落ち着かない。


いやいやいや!

変なこと考えるな!

い、いつも通り、いつも通りだ……!


そんな俺の動揺を知らずに、翔がふと口を開く。


「裕香、そのワンピース……お気に入りなのか?」

(可愛い!!やっぱり可愛い!!

白のワンピース、めちゃくちゃ似合ってる!!

メイクも……気合い入ってないか!?

俺といるからか!?それとも最終日だからか!?

……ああ、もう……今日はいい日だ……!)



「……え!?あ、うん……!そう、だね……どう、かな?」



「いいじゃん。似合ってる」

(似合ってるどころじゃないんだが!?可愛い!可愛いぞ!!

前に俺が選んだワンピースに雰囲気似てるな……偶然か?

……くそ、嬉しい……)


「あ……ありがと……」


素直に嬉しい、それは本当。

なのに…

胸の奥に、ほんの小さな引っかかりが残る。 


「………………」


多分…今日は

「似合ってる」じゃなくて「可愛い」

って言ってほしかったのかもしれない。


いつもなら、女子としてちゃんとやれてるくらいにしか

思ってなかったはずなのに、

なぜか、それを期待している自分がいる。


今日のどこかで……

可愛いって、言ってくれないかな……



そんなことを考えながら

黒塗りの車は、静かに京都の街を進んでいく。



こうして――

俺と翔の、少し特別な自由行動が、始まった。



「伏見稲荷大社だぁー!!」


朱色の鳥居が、山肌に沿ってどこまでも連なっている。

ずらり、ずらりと続くその光景は、圧巻だった。


「やっぱり、すごいなぁ…寺って凄い!」



「俺は何度も来たし、今日は裕香に合わせるぞ?」


「うぇ?!、ありがと、翔」

「グループ行動だとさ、俺……あんまり寺に来れてなかったんだよね。スイーツ巡りとか、映えスポットばっかりで……」


「はは、女子活楽しんでんじゃねえか」


翔は苦笑して、鳥居を見上げる。


「じゃあ今日は、王道の観光地巡りだな」


(こうしてると、ちょっと男っぽい裕香。

俺にしか見せない、この感じ……やはりいいな)


(しかし……男っぽくなるってことは……

俺のこと、やっぱり“男友達”として……?)



そんなことを考えていると――


「よかったら着付け体験どうですか〜?」


突然、横から声をかけられた。


「カップル割もありますよ〜!」


「着付け……か」


翔が一瞬、言葉を止める。


(裕香の着物……夏祭りの浴衣以来だな……また、見たい

でも、それは俺が“女の格好”を強制することになる……

くっ……!)


俺は一歩遅れて、翔が店員と話している背中を見ていた。


「……翔」


「ん?」


「……着物、着たいの?」


「……まあな。せっかくの、最後の修学旅行だし」


少し照れたような、迷うような声

……その瞬間

胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


「…………」


俺は、意を決して口を開く。


「……俺……着てみたい……かも……」


「……は??え?」


翔の目が、一瞬で見開かれる。


「……着物……?……を?」


「うん……せっかく……だし……翔も……どう、かな……?」

 

「……………………いいぞ」

(おい?え?ええええええ!?)

(なにが起こってる!?裕香が……自分から……!?)

(おいおいおい!!今日は雨か!?槍か!?隕石か??九蓮宝燈か!!?)



着物…女性用の服装。

俺が、誰かの為に自分からそれを選ぶなんて

少し前までなら、考えもしなかった。



でも、今日は

どうしても

一度でいいから翔に


「可愛い」


って、言ってほしかった。

あの雨の日の言葉をもう一度だけ……


着付けは、思った以上に本格的だった。

夏祭りの浴衣とは違う。


布は重く、きっちりとしていて、

帯も複雑に巻かれていく。


「はい、力抜いてくださいね〜」


「うぉ…はい!」


背筋が自然と伸びる。

髪も整えられ、

鏡の前に立たされた、その瞬間――


「はい!お疲れ様でした!綺麗ですよ〜」


そこにいたのはいつも俺

しかし、表情は違う…まるで恋愛漫画に出てくる少女の様な顔


どこか他人みたいな――

でも、確かに“前川裕香”だった。


(……俺……女の子、してる……)


胸が、静かに高鳴った。


先に準備を終えていた翔のもとへ向かう。


翔の紺色の浴衣。

落ち着いた色合いなのに、金髪と不思議なほど馴染んでいる。


似合うなぁ……

肩幅も、背も、高い。

スタイルもいいし、無駄のない立ち姿

イケメンって、何着てもイケメンなんだな……ずるい…!



「翔、おまたせ」


「ん――……お、おお……」


「……ど、どう……かな?」


俺は少し照れながら、赤い着物の裾を軽くつまんで、ふわっと揺らす。


「……いいと思うぞ裕香は……清純系だからな。黒髪もより引き立てて、和服がよく似合う」

(うわあああああああ!!!巫女!?天女!?

あけましておめでとう!!と…とにかく!!

でも可愛い!!可愛い!!!少し恥ずかしそうな表情もいい!

ありがとう!!本当にありがとう!!)


「……あ、うん……ありがと……」


嬉しい……でも。 


(……やっぱり、友達なんだな……)


「可愛い」とは、言ってくれない。

そりゃ翔は、俺よりずっと綺麗な人たちを見てきたはずだ。

今さら、元男の俺にそんな言葉、出るわけない。

……分かってる。

分かってる、けど。


一回…一回くらいは。



俺は、思い切って少しふざけてみる。


「……どすえ〜!……なーんて……」


翔が、一瞬、言葉を詰まらせた。


「……うぐ…………それ……いや……裕香に言うのも……あれだが……」


「……可愛いと思ってしまったぞ。……笑」


「え!? ほんと!?

やっと言ってくれ――っ!」 


「ん?」


「あっ!!いやいや!!

なんでもない!なんでもない!!」



「さ、伏見行こ!伏見!!」 


「……お、おう……」


歩き出しながら、翔が小さく息を吐く。

(……裕香……今日、どうしたんだ……?)

(いつもより、なんか……落ち着きがないというか……)

(緊張してる?……今さら?)



(でも可愛いからいいか!)


翔はそう結論づけて、少しだけ口元を緩めた。



寺では、翔ととにかく巡った。

鳥居をくぐって、石段を上って、

気になる社を見つけるたびに足を止めて。


テンションが上がりすぎて、

少しはしたないくらいに声を上げてしまった場面もあったけど、

それでも胸の奥で跳ねる鼓動だけは、必死に隠し通した。


その後は、車で移動。

観光ガイドにもあまり載らないような、隠れた名所や小さな寺を巡りながら、写真を撮った。


昼食は、高級懐石料理。

味も盛り付けも、もはや芸術…味は覚えていないが

神宮寺家のスケールって感じだったなぁ


着物を返却し、少し身軽になってから、二人で歩く。

その途中で、ふと視界に入った建物。


「……水族館……」


どこの県にもある施設。

わざわざ京都まで来て?と思う人もいるかもしれない。

でも――

俺は、行ったことがなかった。


「……行きたいのか?」



「あ、いや……!」


一瞬、否定しかけて――


「…………うん」


小さく、正直に頷いた。


(……なんでだろ……今日は……ちょっと、わがまま…になってしまう…)


「そんじゃ、行くか」


「……え? いいの?」


「回りたいところは回ったしな。気分転換だ

俺も、水族館は好きだ」


「……ありがと……」


「おう」

(……やっぱり……今日の裕香、いつもより……なんか……女子っぽい……?……何か、変化があったのか……?)


そして、初めての水族館

漫画やドラマで見たことのある景色

でも、実物は比べ物にならないほど美しかった。


揺れる光、色とりどりの熱帯魚、深海魚の、不思議な造形。


大きな水槽を泳ぐイルカ。


「わぁ…綺麗だなぁ」


どれも、生で見るのは初めてだ。


「裕香、写真撮るか?」


「あ、うん!」


インカメで撮ろうとした、その時。


「あ、よかったらお撮りしますよ」


スタッフが、にこやかに声をかけてきた。


「あ、お願いします」


「はい、それじゃいきますね〜」


カシャ!


「ありがとうございました」


「いえいえ!素敵なカップルですね!」


う!!スタッフさん、付き合ってもないのに!!

それは……それは……翔に気まず……!!


俺が固まっている横で。

「はは!そうですね! よく言われます!」


――え?…乗った!?翔……今……普通に……!?


「それでは、楽しんでくださいね!」


スタッフが去っていく。



「……裕香……あの……冗談だからな……?」

少しだけ、照れたような声音。


「あはは、いいよ」

「……そんな雰囲気に、見えたんだろうね……」


「そうだな…」


カップル…そんな事言われたら…

嫌でもほわほわしてしまう

水槽の光が揺れる中、

俺は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。


ーーーー


場面は変わり――


真桜と神崎は、

京都の、少しお洒落なカフェで食事をしていた。


木目調のテーブル

甘い香りのラテ

観光地の喧騒から、ほんの少しだけ離れた空間。


「ねぇ、真桜ちゃん」


神崎が、ストローをくるくる回しながら切り出す。


「ん?」


「……ゆかっちはさ、翔くんのこと、どう思ってるんだろうね?」


「んー……多分、もう両思いだよ」


「……え?!!!え、嘘……?そんなあっさり!?」


「今日、気合い入ってたしねぇ

顔もさ、いつもより雰囲気違ったし。

あれはもう……“好きな人と会う日の顔”だ!」


「……そうなんだ……」



「はぁ〜ゆかっち、奪われちゃうなぁ」


「……え? 奪われる……?」


「うん兄ぃがあまりにもモタモタしてるからさ。

もう私が行っちゃおうかなって」


「……えぇ……」


神崎は思わず引いた。


「それどうなの……っていうか、真桜ちゃん、女子もいけるんだ……」


「いけるよ〜全然」


「いいなって思ったら仲良くなりたいし、

ワンチャンも狙うしね。

レイもヒカも、普通にいけるよ〜二人共恋人いるけど笑」


「へ、へぇ、夜のトークから思ってたけど

ついていけないわ……」


「まぁ、私ちょっと変わってる自覚あるしね!」


ケラケラ笑ってから、付け足す。

「あ、あまねっちもいけるよ?」


「はいはい……」


「……はぁ。あの二人が付き合うのも、時間の問題か……」


「ほらほら、しんみりしないの!

さ、次行こ!高級ホテルの売店に、オススメのコスメあるんだよ〜!」


「……そうね。しんみり禁止」


二人は立ち上がり、また賑やかな街へと消えていった。



それぞれが、

恋人と

友達と

そして――想い人と

自由行動の時間を、思い思いに堪能していた。


ーーーー


帰りの車内。



「はぁ……楽しかったなぁ、京都!

もう終わりか……ちょっと淋しいな」


「京都くらい、また来ればいいさ」


「うぉ…神宮寺家の基準で言われると、なんとも……」


二人で、くすっと笑う。

車内は、穏やかな談笑に包まれていた。


「そういえば裕香、部屋では、どんな話してたんだ?」


「あ〜……結構すごい話かな。

みんな、思ったよりお盛んなんだなって話と……」


「白石さんが……付き合った、って話」


「へぇ〜それなら、こっちも似たような話してたな。

久我のやつ、めちゃくちゃ喜んでた」


「そりゃお互い好き同士だからね、

白石さんも、すごく嬉しそうだったよ」


「彼女、か……久我や剛を見てるとさ」


「……俺も、高校生活の最後くらい、欲しくなったな」




――その一言。

たったそれだけなのに。

胸の奥に、

針を一本、ドスっと刺されたような感覚が走った。



「…………え……?」


喉が、ひくりと鳴る。


(翔が……恋人……欲しい……?)

(それって……?)


さっきまでの、

ふわふわして、浮かれて、幸せだった気持ちが

その一言で、嘘みたいに冷めた。


白石さんの恋人宣言よりも、ずっとショックだった。

翔は白石さんと比べても……圧倒的に、レベルが違う。

恋人がいない方が不思議なくらい。

それなのに…


しかし、翔だって学生だ。彼女の一人や二人、

作ろうと思えばいつでも。


でも……嫌だ!

嫌だ嫌だ嫌だ!


耐え難いぐちゃぐちゃの感情が溢れ出す。



「……え……あ、こ、恋人……?」


自分でも驚くほど、か細い声だった。


「そうだな、恋人っていってもな。

適当な奴は嫌だ」


「肩書きとか、見た目とかじゃなくて。

本気で俺のことを想ってくれて……

お互いをちゃんと理解してて……」


「一緒にいると、気楽になれる子がいい」



それくらいの条件。

翔なら、そんな相手を見つけるのは簡単だろう。


俺なんかじゃ、到底…

……ちょっと待て?

美女とか、スタイルとか、スペック

翔は、そんな話は一切しなかった…内面重視…なのか?



「裕香は、恋人作らないのか?」


「へっ……!?」



「お、俺……?俺は……恋人とか……作って、いいのかな……」



「当たり前だろ」


即答だった。


「いいんだぞ、恋人くらい。

男でも女でも、気になったら行ってみりゃいい」


「裕香は、ここまで生活やら色々苦労してきたんだ。

幸せになる権利くらい、あるさ」


その言葉が

すっと、胸の奥に落ちてきた。

張り詰めていた何かが、少しだけ緩む。



「……ふふ、やっぱり……兄妹なんだな。

真桜さんにも、同じこと言われた……!」


「そうか。真桜もか」

(くそがぁぁぁぁ!!……あの女……

今、めちゃくちゃいい雰囲気だったのに……

最後の最後で俺の先を…!!)


(……まぁ、いいか…目的は果たせた)


翔は、小さく息を吐いた。


「……で?裕香は……仮にだ。恋人の条件って、なんだ?」


「えっと……」



「……俺も……自分のこと、理解してくれて……

一緒にいて……落ち着く…おと…、いや、落ち着く人かな」


「おい!俺と、全く一緒じゃねぇか!ずりぃぞ!

……やっと前向きになってきたな」


「……うん。そうだね」


それ以上、言葉は続かなかった。

でも――

車内には、さっきまでとは違う空気が流れていた。

気づかれないように、気づかせないように。


翔と別れ、

俺は旅館へ戻って帰り支度を始めた。


白石さんと桐谷さんは、すでに準備を終えて玄関で待っている。


「……ふぅ」


なんだか、落ち着かない。

胸の奥がざわざわして、

妙な高揚と、不安が交互に押し寄せてくる。

恋ってこういう感じ、なのかな?


嬉しいような、怖いような。

初めて味わう、不思議な感覚だった。



「わーーー!!ギリギリだーー!!」


勢いよく襖が開いて、真桜さんが飛び込んでくる。

……この人は、本当にもう。


「ゆかっち!お疲れさん!急ぐぞー!」


そう言うが早いか、

慣れた手つきでテキパキと着替え始める。


目の前で下着姿になるのも、

もうすっかり見慣れた光景だ。



「……ん?」


ふと視界に入ったのは、

真桜さんの鎖骨のあたり。

小さな赤い痣、虫刺されだろうか?


この時期に……?


「ん? ゆかっち、どうしたの?」


「あ! い、いや! な、なんでもない!」


「ははーん?さては兄ぃと、いい感じだったな?どうだった?デート!」


「うぅ……そ、それは……」


「帰ったらまた女子会ね!レイもヒカも話聞きたいし!」


「うん、そうだね!」


誤魔化すように笑って、

俺たちは白石さんと桐谷さんに合流した。

 


一方、その頃。


1組バスの中

神崎は、バスに乗り込んでいた。


「おう、神崎。お疲れ」


「あ、飯田くん。お疲れさま」


「ん? お前、タートルネックなんて着てたっけ?」


「寒くなったから。途中でコンビニ寄って買ったの」


「ふーん……」

(……そんなに寒くないと思うけどな)



神崎は、タートルネック越しにある

首元の痣をぽりぽりと掻く。


(修学旅行に何してんだか、私……

顔が翔くんに似てたからって……)



小さく息を吐き、

後部座席に座る翔へ、そっと声をかけた。


「……翔くん。どうだった?」


「……かなり、いい感じだったかもな。また話す」


「まぁ!了解」


神崎は短く頷いた。


翔は再び思考を巡らせる

(あ〜…至福の一時だったな…全部可愛いかった…

ずっと可愛いっていいたかったな………が、しかし

今日の裕香、何か様子が違ったな。

男っぽい所に女子が隠れてた感じ?

まるで俺の事が気になってる女子の様な)


(だから、最後にカマかけてみたけど……)


(あんなに分かりやすく、引っかかるとはね)


(そして、条件を聞いたとき俺は…聞き逃さなかった…!

(“男”って、言いかけたよな?)



胸の奥で、確信が形になる。



(……いける…!!ついに、流れが回ってきた

ここから巻き返す!)


バスは、ゆっくりと発車した。

それぞれが、

同じ旅の終わりに、

まったく違う「始まり」を予感しながら。

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