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第45話 本気の恋愛は未だに知りません…

深夜の京都

月明かりが美しく降り注ぐ、静寂のベランダ。


ロマンチックなシチュエーションの中、俺は真桜さんにとんでもない事を言われた。


「す、すすすするって……!?

え……な、なにを……」


「あはは!散々みんなの暴露話を聞いておいて……『分かりません』は通用しないよ……?」


顔が、近い。

いつもの明るい笑顔じゃない。

月光に照らされた真桜さんは、艶やかで、危険な香りを纏った妖艶な美女へと変貌していた。

吐息が、頬を温かく伝う。


その甘い熱に当てられて、俺は横を向くので精一杯だった。


「ここからすぐ……神宮寺家御用達のホテルがあるの。

そこのスイートルーム、今からでも空けさせられるよ?

二人きりで……いけるよ?」


「そ……それは……」


「ねぇ、ゆかっち。

今、その心が男の子でも、女の子でも……大丈夫。

私はどちらも経験済みだからね…!」


「ふぇ……?」


「それに……女の子同士って……凄く……気持ちいいんだよ?

柔らかくて、甘くて……男の人とするより、ずっと♡」


「あわわわわ……」


耳元で囁かれる甘い言葉。

抗う隙を与えないまま、真桜さんの手はいつの間にか俺の腰へと回っていた。

今までも何回かあった、こういうスキンシップ。

でも、今は違うと本能が警鐘を鳴らす。

力加減とか、まとわりつく雰囲気とか。


これは……冗談じゃない。本気だ。


「それとも……ホテルまで待てない?

……ここで、しちゃう?」


「……あっ! ……ちょ……!」


浴衣の合わせ目。

その隙間に、白く細い手が滑り込んでくる。

肌に触れるそのの感触に、俺の理性が悲鳴を上げた。


「ご、ごめんなさい!!

そ、その……そういうの……こ、こ、こいびと……!

好きな人同士で……するべきだって……思いますぅ!!」


必死の抵抗。

俺が振り絞れる、精一杯の正論だった。


すると――。


パッ。


「えー、そうなの? ゆかっち固いぞ〜!」


「は……ほぇ……?」


体に回っていた手が、あっさりと離れた。

さっきまでの妖艶な美女はどこへやら。

真桜さんは、いつもの笑顔に戻っていた。


温度差で風邪を引きそうだ……


「そんじゃ、付き合お!」


「…………はい?」


「だから、付き合おうよ私と!

そうすれば恋人同士! 好きな人同士! 問題解決!」


違ーーう!!

そうじゃない!!そうなんだけど……そうじゃないんです……!!


「ええ……と……その……」


「 ゆかっち、私の事好きじゃないの?」


急に悲しそうな顔で覗き込んでくる。

ずるい。そんな顔されたら――。


「あ、いや、好きです!

人として! 友達として! 尊敬してます!!」


「う〜む、それなら好き同士だ!」


な、なぜそうなるんですかー!!!?

わーーー!!

この人は……もう!!


神宮寺家の人間は、どうしてこうも強引なんだ!


俺の感情のキャパシティが限界突破しそうになった、その時。


ガラッ……


「……むにゃ……外に、なにか……いるの?」


「「!!」」


窓が開く音。

現れたのは、目をこすりながら起き出してきた桐谷さんだった。


「んー? 真桜も、ゆかっちも……なにしてんの?」


助かった……のか?

いや、こんな深夜に二人きりで密着していたところを見られたら、それはそれで――。


俺が言い訳を考えるより早く、真桜さんがパッと俺の肩を組んだ。


「あ、ヒカ! 起きたの?

いや〜、ゆかっちと夜トークしてたの! 女子会の三次会だよ、三次会!」


「さんじかい……?ふーん……元気だなぁ……

むにゃ……喉かわいた……自販機……」


桐谷さんは目を擦りながら、のそのそと廊下の方へ歩き出した。


「あ! 私もー! 一緒に行く!」


……助かった、のか?

嵐は去ったのか?

そう安堵しかけた、その瞬間。

真桜さんが、ピタリと足を止めて振り返った。



月明かりの下。

彼女は人差し指を唇に当て、音もなく口を動かす。


『……私は、いつでもいいからね!』


「ッ……!!」


妖艶なウィンクを一つ残し、彼女はパタパタと小走りで部屋を出ていった。




廊下を歩く二人…


「うーむ……ココアが飲みたいぞ……」


「…あともう少しだったんだけどなぁ」


「む? なにか言ったか? 真桜」


「いや、なにも言ってないよ!

私はロイヤルミルクティーにしよっと!」


「なははぁ、歯を磨き直しだぞ」


部屋に残されたのは、静寂と――

白石さんの静かな寝息だけ。

俺はふらつく足取りで布団に戻り、身体を丸めた。


「…………」


なんか……もう……。

数時間のうちに色々ありすぎて、頭がふわふわする。

完全にキャパオーバーだ。


感情のラベルが貼れないまま、強烈な眠気が押し寄せてくる。


「眠気……きたなぁ……」


布団の温もりが、疲弊した精神を優しく包み込む。

ぐっすり眠れそうだ……。

ゆっくりと瞼を閉じる。

暗闇の中で、ふと思考がよぎった。


あの時……桐谷さんが来てくれて良かった……


もし、来てなかったら。

もし、あのまま真桜さんに押し切られていたら。


俺……多分、断れなかった……

真桜さんの言われるがままになって、

流されて、知らない世界に足を踏み入れていたかもしれない。

そんな予感が、確信として胸に残った。


……危なかった。


俺は逃げるように、意識を手放した。



ーーーー



カーテンの隙間から差し込む、強烈な朝陽。


ツン……ツンツン……。


「ん……むに……」


「なははは! 起きろゆかっち! 朝だぞ!」


「うぇ……!?」


ガバッと目を開けると、

目の前に桐谷さんのドアップがあった。


「ゆかっちが一番最後!

このままだと置いてけぼりになるぞ〜!」


「お、おはよう……」


「おはよー! さぁ着替えろ! 今日も動くぞー!」


「こら光。朝から大きな声出さないの。

……おはよう、裕香さん」


鏡の前で髪を整えている白石さんが、呆れたように、でも優しく微笑んでくれる。

そして、その横では――。


「おはよっ! ゆかっち♡」


真桜さんが、何事もなかったかのように、笑っていた。

ゆ…夢…だったのか?

あまりにも「いつも通り」の朝が始まろうとしていた。


何はともあれ

このまま変な空気を引きずるのは、さすがによろしくない。


き……切り替えよう!!

俺は部屋で浴衣から私服へと着替えていく。


コソッと当たりを見渡すと、皆も着替えてる…


わぁ、みんな下着もしっかりと――

じゃない! 何見てんだ俺!


視線、視線戻せ! 健全! 健全第一!!


……というか。

こういう光景に、すっかり慣れてしまっている自分が一番怖い。



今回は結構歩く予定なので、服装はズボンスタイル。

動きやすさ重視で、

トップスは落ち着いた色合いのカットソーで

上に軽めのパーカー。


……うん、我ながら無難。でもこれでいい。


「それじゃー、いくぞー!」


桐谷さんの元気な号令を合図に――

いざ、修学旅行二日目のスタートだ。



二日目はグループ行動。

それぞれの班ごとに、行きたい場所を選んで回る。




一組メンバーの行き先は、清水寺。


「ここが清水寺かぁ……高ぇな」


「僕も来るのは初めてだね。……いい景色だ」


「落ちたら、普通に助からなさそうね」


「意外と生存してる人も多いって話だぞ?」


そんな他愛ない会話を交わしながら、舞台の縁を進む。


そして、音羽の滝へ。



「長生きしてぇなぁ。俺は延命か。久我、お前はどれ飲むんだ?」


「僕は……恋愛、かな。神宮寺くんは?」


「…………」


一瞬の間。


「……俺は、遠慮しとく」


「へぇ。流石は翔。神に頼らねぇってやつか」


「解説するなよ……恥ずかしいだろ」


「…………」


神崎は、そのやり取りを少し離れた位置から、じっと見つめていた。


しばらくして、久我と剛はトイレへ。

翔は近くのベンチに腰掛け、ひと息ついていた。


「ふぅ……」


その前に、すっと差し出される瓶。


「はい、翔くん。これ」


「ん? ……音羽霊水?」


「お土産コーナーで売ってたの。

恋愛に効くかは……分からないけど

さっき、じっと見てたでしょ?」


「……はは。よく見てるな」


翔は小さく笑って、ボトルを受け取った。


「ありがとう、それと……神崎」


「裕香のこと、色々教えてくれるのはありがたい。

でも……あまりプレッシャーをかけないでやってくれ」



「アイツにも、自分で決断する権利がある。

考えて、選ぶ権利がな」


「あ……うん…………そうだね。ごめん。気をつける」


一瞬、言葉が途切れる。

それでも神崎は、視線を逸らしたまま、再び口を開いた。


「でも……分かってるんだけど……

分かってる“つもり”なんだけどさ……」


「あの子を前にすると……なんかこう……!

放っておけないっていうか……構ってあげたくなるっていうか……!何か、してあげたくなるの!」



「バスケの時も……私のこと、怖かったはずなのにさ。

それでも一生懸命話を聞いて……

シュートが入ったら、あんなに嬉しそうにして……」


「……もう、それが……可愛くて……!」


「あー…大丈夫だ。よく分かる」


「アイツは無自覚だが……そういう魅力がある」


「でしょ!?気をつけて翔くん!

あの子、今のメンバーにいるから声かけづらいだけで……

一人だったら、結構モテてるからね!」


「まじか?オレだけが裕香の魅力を知ってる……

そう思ってたが……もう、それは無理か」


「それは多分、前から無理があったと思うわ…」


「……だな」


翔は短く息を吐き、手にしていたペットボトルを傾ける。

一口だけ飲み、残りを神崎に差し出した。


「神崎も飲んでくれ。

いい出会いがあると、願ってな」


「あ……ありがと……」


ボトルを受け取りながら、神崎は心の中で呟く。

(……うわぁ……すごい皮肉……)

(翔くんと一緒に、恋愛祈願の水を飲むなんて……)



(でも……こんなに必死で……

こんなにも、どこか不器用で……)

(私が見てた“完璧な神宮寺翔”とは、少し違う……)


(……この翔くんは……私にしか見せてない顔、かも)


その考えに、胸の奥が、少しだけ熱くなる。

二人は、黙って水を飲んだ。


「おーっす、待たせたなー!……って、おい。

なんだその水。結局買ってんじゃん。強がりかよ、翔」


「うるせぇ」



「たまには神に協力を仰いだっていいだろ。

なぁ、久我くん?」


「はは……そうだね」


久我は笑いながら、ふと気づいたように言葉を濁す。


「……って、あれ?これ……内緒の話じゃ……?」


恐る恐る、神崎を見る。


「え? 私?知ってるよ? 二人より、前に」


「うぉい!?翔! お前、俺らより先に行ってんのかよ!!」


「色々あるんだよ。……女性視点ってやつだ」


「じゃあ、この後は翔の作戦会議だな!」


「それ、いいね!」


「……やめろ、お前ら」


呆れた声とは裏腹に、

翔の表情はどこか、吹っ切れたようにも見えた。


それぞれが自由行動を満喫し、

二日目の行程も終わって、再び旅館へ戻ってきた。

夕暮れの空気を纏ったまま通された部屋は――

一日目と同じく、格式のある落ち着いた和室。

……なのだが。



「……え?」



視線を巡らせて、固まる。


「部屋に……露天風呂……?」


そう。

露天風呂が部屋についてあるのである…!


「すげぇ……部屋に、露天風呂って……」


語彙が消える。



「なはは! 今日は旅館の温泉使うぞー!」


「いいねいいねー!で、ゆかっちはどうするの?」


「あ、私は……せっかくだし、ここの露天風呂に入ろうかなって」


「ええー!? みんなで行こうよー!」


「光。たまには裕香さんを自由にさせてあげなさい」


白石さんが、やんわりと制止する。


「私たちは大浴場に行ってくるから」


そう言って、三人はぱたぱたと部屋を出ていった。



……助かった。

俺は専用の脱衣所で服を脱ぎ、

そっとベランダの露天風呂へと足を運ぶ。


「……うぉ……」



家の風呂より少し大きめの、檜の浴槽。

目隠しの塀はあるが、視線を上げれば

京都の夕暮れが、はっきりと見える。


橙色に染まる空。

ゆっくりと夜へ向かう時間に

肩まで湯に浸かる。


「あ〜……染みるぅ……

一人風呂、さいこぉ……」


自由行動。

楽しかった――楽しかった、んだけど。

スイーツ巡りがメインだったような……


「とほほ……

俺は、もう少し寺巡りしたかったな……」


みんなは「かわいー!」って言ってたけど。

女子にとっての『かわいー!』って、何なんだ?

万能な語源なのか??

この辺まだ俺は女子の理解が浅い…かもしれない


なんて考えてたが…

ここで長湯したら……ドッキリ真桜さん再来の危険がある


早めに切り上げ、

俺は湯から上がり、浴衣を羽織る。


「……よし、休憩!」




…………

………………

……………………



あ〜……暇だ……


知ってる。あの三人、温泉は長い。


「……土産、買うか」


俺は浴衣のまま、下の売店へ向かうことにした。




修学旅行、もう少しだけ続きます

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