第44話 修学旅行、一番熱いのは深夜説
時計の針は、とうに11時を回っていた。
消灯時間は過ぎ、本来ならば健全な学生たちは夢の中へ旅立つ時間……。
しかし、俺は漫画やアニメの知識で知っている。
修学旅行において、ここからが学生たちの“本領発揮”だということを。
先生の見回りを伝説の傭兵のように回避し、
ヒソヒソと……こっそりと部屋を移動したり、
布団を寄せて秘密の夜会を開いたり……。
きっと男子部屋では今頃、
「あの子の胸が〜」とか、「誰と付き合いたい」とか、
「できたら気持ちいいんだろうなぁ」なんて、
思春期特有の欲望丸出しトークが繰り広げられているに違いない。
中学校の頃は、一人で悲しく寝てたけどな!!
一方で、俺の知っている「女子会」のイメージはこうだ。
もっと、キャハハ! ウフフ!
「〇〇くんがカッコいい〜!」とか「先輩が素敵で〜!」といった、
パフェのように甘酸っぱく、上品な恋バナ……。
そう、そのはずだった。
そのはず、だったのだが――。
「ん〜……やっぱり一番良かったのは、イギリスのアンソニーだったかな? シンガーソングライターの」
「おおお!! アンソニーって、あの世界的に有名な!? 真桜すげぇぞ!」
「うわぁ……規模が違う……。あのグラミー賞の?」
「うん。プレイ自体は普通だったけどね〜。
でも、耳元で囁かれる声は、流石プロって感じで結構楽しかったよ!」
「…………」
現実は……こう……である。
俺は今…真桜さんからとんでもない暴露話を聞かされている。
何人かは俺でも知ってる世界的な有名人だ…
「あとは〜、アメリカに行った時は、ロバートかな!」
「うおー! ロバート!? あのプレミアリーグのサッカー選手か!! 真桜、マジですげぇぞ!」
「え、えぇ!!……あの……代表の……?」
トップアスリートである桐谷さんと神崎さんが、
驚くレベルの人…なんだろうなぁ
そして俺はというと、
そのとんでもない暴露話を聞く観葉植物になり果てていた。
幸いにも、隣にもう一つ植物へとなってくれた白石さんもいるが
神宮寺家……恐ろしい子……!
いや、真桜さんが恐ろしすぎる!!
「なはは! 真桜はアグレッシブだなぁ〜。翔くんも同じなのか?私なんか、剛としかした事ないのに」
「自分でもそう思うな!
ぶっちゃけ恋とかそんなに深く考えてないし
サッパリしてたほうが楽だしね〜」
「後、兄ぃは国内で満足してるっぽい!知らないけど!」
「うっ……高校生にしては随分達観してるのね……」
(聞いちゃいけない……これは一般市民が聞いていい話じゃない……!)
だが。
そんな三人の「お熱い話」がひと段落した、その時。
「ね……ねぇ……」
隣の植物仲間が…人へと戻り始めた…。
「そ、そういう事って……その……」
白石さんは顔を真っ赤に染め、
それでも、好奇心を抑えきれない瞳で真桜さんを見つめた。
「……どんな……感じ、なの?」
「…………!!」
え、えええ!?し、しししし白石さん!?!?
嘘でしょ!?
あの清楚の具現化みたいな白石さんが、もしかして興味あるの!?
いや、あるだろうけど! お年頃だけども!!
置いてかないでぇぇぇ!!
「はは〜ん? さては……レイ……興味、あるんだなぁ〜?」
「なははは! 健全な女子高生として正常な反応だ!
相手は……やっぱり久我くんか!」
「白石さんが……そういうのに興味あるって……意外。
でも、なんかギャップがあっていいかも」
三方向からの集中砲火。
白石さんは耳の先まで真っ赤にして、ふるふると首を振る。
「 その……わっ私は……」
「違うもん!……ただ……知識として……世間話として…!」
動揺を隠せないに白石さん。
でも、姿勢は前のめりになっていた。
そ、そりゃあ……気になるはずだよな……?
意中の相手がいて、いい雰囲気で……。
付き合えたら…キス…その先のことだって……。
「よーし、決定!
私たちが特別に、大人の階段の手引きをしてあげる!」
真桜さんがビシッと指を立てる。
「いい? レイ。夜の営みってのはね……
“盛り上がってする”ほうが楽しいの!」
「も、盛り上がって? 勢い、ということ?」
「そうそう! そういう雰囲気になったら、もう雪崩みたいに止まんないから!
思ったよりあっという間に、流されちゃうの!」
「そうだぞ!なんていうか、いけない遊びをしてる背徳感にワクワクするっていうか……
高校生なのに、二人だけでちょっとだけオトナの領域に踏み込んでるっていうか!」
「……なるほど……」
真桜さんと桐谷さんの言葉に、喉を鳴らす白石さん。
続いて、神崎さんが淡々と言葉を継ぐ。
「うーん、私は単純に興味があったからかな?
スポーツみたいな感覚というか。
そんなに重く考えなくても、好奇心で試してみるのもアリだと思うけど」
「ス……スポーツ……」
「でもレイ! なんだかんだ言ってもだな!」
「好きな人とすると、気持ちいいぞー?
お互いの身体を探り合って、くすぐりあってだな!
『ここか?』『あ、そこ!』みたいな!」
「だねだね!
探り合って良いところ見つけたら、相手がビクッて反応するのが可愛いの!ね、ヒカ!」
「そうそう! 剛なんか、耳弱いからすぐ分かるぞ!」
「な、なるほど……」
白石さんが、メモでも取りそうな勢いで真剣に頷いている。
そ…そんな白井さんを見たくなかっ……たこともない…かも
なんというか…色っぽい…
いやいや、まて!やっぱり気まずい!
気まずすぎる!!
あの「高嶺の花」である白石さんが……
清楚の代名詞である白石さんが……
「良いところ」だの「ビクッとなる」だのに興味を示してる……!
俺の憧れを、それ以上染めないでおくれ!
白石さんへの集中砲火が一段落し、
部屋に一瞬の静寂が訪れる。
……いや、違う。
これは静寂じゃない。
嵐の前の、不気味な静けさだ。
もう……流石に俺自身も、この後の流れは予測できる。
次に矛先が向くのは――。
「ふふふ……逃がさないよ〜……? ゆかっち!」
「なはははは!! 一番のオオトリだ!
待たせたな、主役!」
「ひやぁい!? ……」
うん、分かってた。
分かってたけど、この話題だけは避けたかった……!
布団の上でジリジリと後ずさる俺を、
肉食獣のような眼差しの二人が追い詰める。
「で? ゆかっちはどうなの?
……もしかして、未経験?」
先手を打ってきたのは真桜さん。
ちょっと待て。貴方は俺の全貌を知ってるだろ……!
知ってて聞いてるな!?
「あ……う、うん……」
「なはは! なんかそんな気がしてた!!
やっぱりまだ気になる人はいないのか!」
「ひ、光……もう、この辺で……」
(正直……私もちょっと……気になる……)
白石さんが助け舟を出そうとしてくれる。
……が、心なしか……白石さんのいつもの制止が緩いような……?
「そうだね……今の……所は……」
曖昧に答えた、その時。
「そういえば、裕香さん……。
3日目の自由行動は、誰と行くのかな?
結局、私達まだ聞いてないんだけど……」
な、なにぃっ……!?
まさかの白石さんからの追撃質問……!
これは予想外!
真桜さんは知ってるはずなのに、ニヤニヤして黙ってるし!
「う……うーん……じ……実は〜……」
言えるか?
翔と行くって…普段なら普通にいっても良かったが
変な噂になると…気を遣ったつもりが…
この空気の中で言ったら、どんな尋問が待っているか……!
冷や汗が背中を伝う。
言葉に詰まる俺を見て、さらに二人が身を乗り出す。
「誰だ誰だ〜?」
「言っちゃえゆかっち!」
絶体絶命。
そう思った、その時だった。
「その辺にしておいたら?ゆかっち、困ってるよ?」
「え?」
割り込んで来たのは……神崎さん!?
「えー! あまねっち! 今楽しいとこなのに!!」
「天音! 女子会はこれからだぞ!!」
ブーイングを飛ばす二人に対し、
神崎さんは呆れたようにため息をつき、立ち上がった。
「みんながみんな、そういう話が好きとは限らないよ。
ゆかっちは少なくとも、貴方達みたいに『お盛ん』な子じゃないわ」
「ぶーぶー! 私と剛は純愛だぞ!」
「私も! 知的探究心と興味本位だぞ! やーい!」
「えぇっ!? わ、私も……お盛ん……?」ガーン
「はいはい。じゃあ、私はトイレ行って、そのまま自分の部屋戻るから。
……ゆかっち、あんまり夜更かししちゃダメだよ。明日もあるんだし」
「あ……うん……! ありがとう、神崎さん……」
神崎さんは俺にだけ分かるように小さくウィンクをして、
颯爽と部屋を出ていった。
パタン。
この熱気溢れる女子会に、
見事な手腕で終止符を打ってくれたのは、
かつての狩人…神崎さんだった。
ーーーー
部屋を出て、静まり返った廊下を歩く神崎。
彼女は自身の部屋の前で、頭を抱えていた。
(うううう……私も……本当は私も聞きたかったなぁ……! ゆかっちの恋愛観……! 私のバカ!!)
(でも……なんか……これ以上、あの子が詰め寄られて困ってる顔を見たくなくて……つい……)
一方、2組女子部屋。
神崎さんの帰還もあり、
自然と皆、布団へ潜り込んだ。
時間はすでに12時を過ぎていた。
スースー……
むにゃ……
静寂の中に、規則正しい寝息の音だけが響く。
真桜さんも、桐谷さんも、白石さんも。
みんな、夢の中だ。
しかし。
「………眠れない…」
俺の目は、ギンギンに冴えていた。
あの話題が……これ以上、俺に広がらなくて、本当に良かった。
神崎さんには感謝してもしきれない。
話は終わっても、身体の興奮は終わってくれなかった。
(……あんな話、聞かされたら……)
俺だって女の身体になった以上……構造上、
“そういうこと”へのイメージは、出来てしまう。
で……でも……でも……!
もし男と……ってなると……
いつも俺の脳裏に浮かんでくるのは……。
『……裕香……いいか?』
低く、甘く、熱っぽい声。
翔……だった。
(うううううう……!! わぁぁ!! もう!!)
で……できるだけ考えないようにしてたのに!
音を立てないように、布団の中で頭を抱えた。
一人でする時は、できるだけ百合ジャンルで妄想してたのに!
あああああ! なんでこうなったんだ!
先ほどの話のせいでより鮮明にイメージ出来てしまった…
(翔……前まではこんな意識した事なかったのに……俺……一体どうしちまったんだろう……)
抑えようとしても、止まらぬ熱…
さっきの生々しい話のせいか?
それとも、素敵な女子達と同じ部屋で寝てるせいか?
はたまた……再び翔を強く意識してしまったせいか……。
俺の下腹部は、やんわりと、でも確実に熱を帯びていた。
「……ムラムラ……する……」
ズボン越しに……さっと撫でる。
お尻から…股部…太もも…へそまで。
膨らみのない、滑らかなライン。
スーッ……。
「………んっ……」
自分の指の動きと、そこから伝わる刺激に、
思わず喉の奥から甘い声が漏れそうになる。
(――ッ! いや! 流石にここではまずい!!)
我に返った。
ここは女子部屋。
こんなところで……そんな……バレたら社会的に死ぬ!
(お、落ち着け……冷やすんだ……)
俺は音を立てないように、そろりと布団から抜け出した。
浴衣を整え、抜き足差し足で窓際へ。
「……ふぅ……」
そっと窓を開け、部屋の備え付けられたテラスへと出る。
ひやりとした京都の夜風が、火照った頬と身体を撫でた。
「……綺麗だな……」
月明かりに照らされた庭園。
静けさが、少しだけ理性を連れ戻してくれる。
白石さんは……久我さんと……いつかするんだろか?
あんなに意識し合ってるんだ。
まぁ、ほぼ間違いなくそうなるだろうな……。
それは……もう仕方ないか……。
そして…
俺は……この先どうなってしまうのかな?
よく考えたら、
俺なんかが恋人……なんて作ってもいいのかな?
元男で、秘密だらけの身体。
相手に迷惑かけるだけなんじゃないか。
少し……しんみり思考の沼に沈みかけていると。
ふいに、隣から小さな囁きが聞こえた
。
「やっほー! 寝れないのかな?」
「……!?」
ビクッとして横を見ると、
いつの間にかそこには真桜さんが立っていた。
…………エスパー真桜さんだ……。
「あ……うん……ちょっと風浴びようかなって」
「そっか。奇遇だね、私も目が覚めちゃって」
真桜さんはニコッと笑うと、
月明かりの下、俺の隣に腰を下ろした。
「隣、座るね」
「3日目の自由行動、兄ぃと行くんでしょ?
もしかして、結構いい感じだったり?」
真桜さんは夜空を見上げたまま、悪戯っぽく問いかけた。
「い、いや! そんなのじゃなくて……!
翔が多分気を遣ってくれて……」
「そんな事ないと思うけどな?
もっと素直に楽しめばいいのに。」
「うぅ……それがなかなか……」
俺は膝を抱え込み、小さく丸まる。
性別が変わって環境が豊かになっても、中身の卑屈さはそう簡単には変わらない。
「ふふ……でもさ、ここまでずっと女子をやってきたんだから、
そろそろ自分を誇ってもいいと思うよ?
ゆかっちは凄い偉業を成し遂げてるんだから!」
「そ、そうなのかな……?」
「そうだよ! 元男子がメイクやファッション、
体質とか覚える事も多かったのに全部真面目にしてきたもん!私は凄いと思うよ!」
その明るさに、少しだけ心が軽くなる。
だから……俺は、ずっと胸につかえていた不安を、こぼしてしまった。
「ね……ねぇ……真桜さん……」
「ん?」
「お……私って……恋しても……いいのかな?」
「え?そりゃ、していいっしょ。当たり前に」
「で、でも……経歴も、性別も……色々と……」
俺は自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
「普通じゃないし……相手を騙してるような気もするし……。
こんな私が誰かを好きになるなんて、迷惑なんじゃないかって……」
言葉にすると、余計に惨めだった。
「ふむふむ…ゆかっちはさ、自分の事色々と卑下してるかもしれないけど……
私からしたら、高校生にしてはちゃんと自分のこと分析してるなって思うよ」
「……へ?」
「私達の年頃なんてさ〜、『好き!』『付き合いたい!』『わがままぶつけて上等!』ってのがほとんどだよ。
気持ちが先行して、相手のことなんて二の次」
「でも、ゆかっちは違う。
『迷惑かけてないか?』『相手が喜ぶか?』『自分が相応しいか?』って、
自分の欲よりも、相手のことを優先して考えてる。
……結構これって、出来る人いないんだよね〜」
「い、いや……これは……単に自信がないからというか……」
「いいんだよ! 自信なんて!
そんなの、小さい成功を一つ一つ拾ってたら、いつの間にか変わってるもんだから。まぁ、ゆかっちはもっと自分をぶつけてもいいと思うけどね!」
「…………」
なんか……意外だった。
真桜さんが、こんなに的確に俺を見てくれていたなんて。
もっとこう、「大丈夫っしょ! イケイケ!」みたいに軽く言われると思ってたのに。
「真桜さん……ありがとう……」
胸の奥が温かくなる。
この兄妹には、本当に敵わないな。
「……自信がないにしては、本当に可愛いんだけどな〜ゆかっちは!このまま付き合いたいくらいに!」
「そそそ……そんな、真桜さんに比べたら私なんか……」
「…へぇ…本当にそう思ってるのかな?」
真桜さんの声のトーンが、ふっと落ちた。
「私は……本気で釣り合ってるよと言ってるんだけどね」
「……ん?」
真桜さんが、スッと距離を詰めてきた。
月明かりが逆光になって、彼女の表情がよく見えない。
ただ、その瞳だけが、妖しく光っているように見えた。
「ゆかっち……」
「今から……私と……する?」
「…………え……え?」




