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第42話 やはりこういう展開は避けられなった。

夕食も終わり、

部屋に戻った四人は、それぞれ思い思いに過ごしていた。


桐谷さんと真桜さんは、

廊下やロビーを物色しに行き。


白石さんは、

外の空気を吸いに静かに部屋を出ていった。


そして俺は

座椅子にもたれかかり、天井を見上げる。


「……美味しかったなぁ、すき焼き」


一日目にして、もう十分すぎるほど満足している。

これが、あと二日も続くなんて。


修学旅行。

あぁ…これが、修学旅行。


胸の奥が、じんわりと温かくなって、

同時に、少しだけ落ち着かなくなる。


「うむ……まぁ、そろそろこの時間だよな……」


何の時間かって?

――そう、温泉の時間だ。

修学旅行のお約束…こ…こ…混浴…?


「うう……ま、まぁ……仕方ない、よな……?いやでもなぁ…」


正直、気まずい。

真桜さんとは……まあ、色々あった。

もう何度か、裸で一緒になったこともある。


しかし、翔には注意をされた…

当然だろうな。


この旅館の温泉は、国内でも有名らしい。

生徒のほとんどが利用するだろう。

それに、チェックイン前に先生も言っていた。



「旅館の外にも温泉施設があるので

そちらを利用しても構いません」



外の温泉か……。

でも、一般客もいるだろうし、それはそれで目のやり場が困るなあ。


どうする……?

そう思った、その時。


ピロン。


スマホが、小さく震えた。


翔からだ。


【お疲れさん。修学旅行、楽しんでるか?

上手くやってるか?

真桜にちょっかいかけられてないか?】


……うーん。お父さんかな?



【裕香、流石に旅館の温泉はやめとけ。

俺も健全で思春期の男子だ。気持ちは分かる。

いや、よく分かる。たぶん、全男子の野望だろう】


【だが、そこは抑えてくれ】


【こっちの温泉を使え。今日は貸し切ってある。

人目はないし、外観もいい。

たまに海外モデルが、こっそり使うくらいだ】


位置情報が、添付されていた。


「……そうだな」

「流石に……ムフフと女子に紛れるのは、よくない」


それに――

正直、今は一人でゆっくりしたかった。


「よし。ここに行こう」


翔が勧めてくれた温泉。

俺はタオルと、旅館の浴衣と化粧ポーチを手に取り、

そっと部屋を後にした。


ーーーー


翔に送られてきた位置情報を頼りに、

俺は夜の京都を歩いていた。

……が。


「……ここ、なのか?」


目の前にあるのは、

ひっそりとした建物。

看板は、ない。

照明も、控えめ。

地図アプリを見ても、施設名は表示されない。


「温泉……施設……?」


ぱっと見、

旅館というには小さく、

スパというには目立たなさすぎる。


「……いや、でも……特徴は合ってるし……」


翔が嘘をつくとは思えないが…怪しい…


「……ま、ままよ!」


覚悟を決めて、

俺はそっと扉に手をかけた。


――開く。


スーッ…



中に一歩足を踏み入れた瞬間、

空気が変わった。

外観とは、まるで別世界。

木造の内装。

なのに、暗くない。

淡い間接照明が、床や壁を柔らかく照らしている。

派手さはない。

だが、確かに質の違いを感じる。


「……なに、これ……」


言葉が、素直に出てこない。

高級、というより――

上品の暴力。

素材、配置、光の当て方。こう演出すれば…オシャレ…?みたいな「計算され尽くしてる」感じ。


と、その時。

「――ようこそ、京静へ」


奥からスーツ姿の女性が、歩いてきた。

美人な…受付……なのかな?


「白鳳高校の方でしょうか。

お手数ですが、学生証を提示してください」


「あ、あ……はい……」


言われるがまま、

震える手で学生証を差し出す。

……怖い。

何が始まるんだ、これ。


「前川裕香様ですね。

神宮寺翔様より、通すように伝えられております」



「……は、はい?」


「どうぞ、こちらへ」


あ、うん。

……行けるっぽい。

何がどうなってるのか分からないまま、

俺は案内されるまま、奥へと進んだ。


そして――


温泉。

男女の暖簾が、並んでいる。


「京静……きょうせい、か?」


気になって、スマホを取り出す。

検索。

公式サイト……なし。

口コミ……なし。


「……え?」


さらに検索。

掲示板。

スレッド発見。


『【噂】VIP専用・幻のスパ「京静」』

『完全紹介制』

『一見さんお断り』

『海外モデル・アーティスト御用達』

そして――

『利用料:15万円〜』


「じ、じ十五万!?!?…………風呂、入るだけで……!!?」


「なんか…こんなとこにきて良かったのなか…?俺」



ぶらぶらと突っ立っていると、

後方から聞き慣れた声がした。


「おい、翔。

俺は普通に旅館の温泉行きたかったんだけど」


「男子のウェイウェイしたノリが鬱陶しいんだ。

ここはいいぞ、静かだし。

ドリンクも自由に飲んでいい」


「それなら……僕もありがたいかな。

にぎやかなの、あまり得意じゃないし。

ありがとう、神宮寺くん」


「はい、多数決な」


……ほっ。

翔たちだ。

知らない場所で一人より、

知った顔がいる方が、やっぱり落ち着く。


「お、裕香。偶然だな」

(よし、ビンゴ!ついてるな!)


「あ、翔もここなんだ」


「まぁな」


「裕香さん、お疲れ」


「久我さん……お、お疲れです」


「裕香さんも、ここに来てたんだね。

僕も静かな場所が好きで」


「あ、私も……ゆっくり入りたくて」


「そうだな。

ここが気に入ってて、二人を誘ったんだ」

(おいおい待てコラ、久我コラ!

なに自然に距離縮めてるんだ?お前は白石に集中してろ!)


「まぁ、ゆっくりしていけ」

(……旅館の温泉に裕香をで煩悩で突撃させるのは、流石にまずいから止めた……というのは、あくまで建前だ)


(本音は……裕香の“無防備な時間”を共有するのは、二人目は俺でありたい!他の有象無象の生徒どもには与えん!)


(真桜は……もう仕方ない。あいつは神宮寺家の研究員枠だ。ノーカンとして処理する…まぁ悔しいが。

だが二人目なら!二人目なら行ける!!)


(もちろん、覗きなんて無粋な真似はせん……。

しかし! 風呂上がりの結衣姿で火照った可憐な少女の姿……!

それを目撃する権利は、俺にあってもいいはずだ!友達だからな!)


「あ、うん……ありがとう…!」


俺は軽く会釈をして、

女湯の暖簾をくぐっていった。


「いいねぇ!修学旅行はこうでなくちゃ!」


「え、どうしたの神宮寺くん?

ここの温泉、そんなにいいの?」


「放っとけ。こいつ最近、急にテンション上がるんだ」




一方、その頃、旅館。


「なははは!戻ったぞー!みんなで温泉行くぞ!」


「ゆかっちー! レイー!……って、レイだけ?」


「ええ。裕香さんは、まだ戻ってないみたい」


「えええ!?ゆかっち、一人行動好きだなぁ……」


桐谷が、少し残念そうに肩を落とす。

その横で、真桜はきょろきょろと部屋を見回し、

ふと気づく。


開いたままの裕香の鞄。

そして、消えている旅館の結衣。


「……ふーむ、なるほど、なるほど……」



「ねぇみんな!オススメの温泉があるんだけど!」


ーーーー


更衣室で、

シュル……と制服を脱ぎ、下着を畳み、

手に取ったタオルを肩にかける。


ふと、鏡の前に立つ

馴染みつつある自分の身体…


半年前と、同じ顔。

同じはずの輪郭、同じ瞳。


――でも。

そこに映っているのは、

あの頃の自信なさと内気さを纏った姿じゃない。

少しだけ胸を張って、

ほんのりと笑みを浮かべた少女、前川裕香がいた。


「……ふふっ前川裕香よ……」


「お前は今、存分に楽しんでおるぞ〜!」


修学旅行という非日常の浮かれ気分もあるけど

ちゃんと、今の自分を楽しめている!


ガラッ。


湯気の向こうに広がる光景に、

思わず声が漏れる。


「…………おおおぉぉぉわぁ……」


そこは温泉というより、

もはや異空間だった。

手入れの行き届いた生木の庭園と、

静かに湧き続ける温水。神々の泉のように…


空間としての広さは学校のプールほど。

そこに数種類の温泉が点々と存在する。

けれど、ひと目で分かる。


“格”が違う。


「……すごいぞ、神宮寺家!!」


思わず感嘆の息がこぼれる。

身体を丁寧に洗い、

深呼吸ひとつ。

そして、ゆっくりと湯に身を沈めた。


「……ん〜〜……!いい湯だ……」


肩まで包み込む温もり。

じんわりと、芯まで染み渡る。


「温泉って……最高……

風呂掃除しなくていいし、お湯も沸かさなくていいし!」


思わず出た感想は、どうにも庶民的だったけど。

それでも――

こうして“用意された湯”に、ただ身を委ねる贅沢は、

やっぱり別格だった。


「むふふ〜……身体が……とろけるぅ〜……」


適温のお湯が、全身をやさしく包み込む。

肩、背中、腰、足先まで、じんわりと力が抜けていく。


思わず大の字になって、

パタパタと手足を動かしてみる。


……ぶつからない、当たり前だけどね。


「……広っ……」


多分、というか確実に、

本来の温泉の使い方は間違っている気がする。

ちょっとテンションが上がってた。


「一人で、こんな贅沢な温泉を独占できるなんて……」


「……翔たちも、入ってるのかな?」


耳を澄ませてみるけれど、

壁の向こうからは、物音ひとつ聞こえない。

完全防音なのか、

それとも男湯とは、かなり距離が離れているのか。


「……静かだなぁ」


湯の音だけが、穏やかに響く。


「TSものの主人公なら……

『いやーん!』とか『きゃー!』とか、

そういう展開もあったりするんだろうなぁ……」


頭の中で、ありがちな展開を想像してみる。


――が。

…今回は、ソロ温泉だし

そんなことは、起きる気配もない。


「……ちょっと、残念……だけど笑」


湯に身を沈め直し、ゆっくりと息を吐く。


……なんて、のびのびとお湯に浸かっていると。


ザッ、ザッ、ザッ……


脱衣所の方から、何やら足音が近づいてくるのが聞こえた。

一人じゃない。複数人だ。


「んん!? 人!? マズい……」


貸し切りじゃなかったのか?

もしかして、同級生に別のリッチな人がいたのかな!?


「で、出来るだけ……見ないようにしとこ……」


俺はとっさに、出入り口に背を向けて小さくなった。

湯船の隅っこで、岩になりきる!


結構人数いるなぁ……気まずい……。


ガララッ――!


勢いよく扉が開く音。


「おわ〜!! すげぇ!! めっちゃ綺麗だぞ!」


「えぇ……なにここ……本当に日本なの?」


「でしょ! 私のとっておきのお気に入り……あ!!」


ん……?

んん……?

この聞き慣れた声たち…ま、まさか…?。


「ゆかっちだ!! やっぱり!」


えええええええ!?……なんで?なんで、ここに!?

恐る恐る、スローモーションのように振り向く。


「へ……へぇ……あ、あ……」


そこには。

タオルを一枚持っただけの、

ありのままの姿の、美少女三人組が立っていた。


「ッッ!!☆□◯¥♀♀♀〜〜〜!!!!」


「へへへ! 2番乗り〜!」


「こら真桜! ずるいぞ! 抜け駆け禁止だ!」


「ちょ、ちょっと……二人とも! 浴槽で走らないで!」


ザザザブーン!!


「あわわわ……わ、わ……」 


言葉が出ない。

ぶっちゃけ、真桜さんと桐谷さんのソレは、過去のハプニングで見慣れている(見慣れたくはないが)。


しかし――

問題は、その後ろだ

湯気の中から、堂々と現れた白石麗華様…!


白い肌、柔らかな曲線、そして圧倒的な……ボリューム感。


「…………っ!!」


破壊力が、桁違いすぎる

だめだ、語彙力が死んだ。


脳内の処理落ちが激しい

インパクトが強すぎて、目のやり場に困るどころか、目が釘付けになって動かせない。


「裕香さん……ごめんね……」


白石さんが、恥ずかしそうに身体を沈めながら、こちらに近づいてくる。

お湯が揺れるたびに、あら…あらら…。


「一人で楽しみたかったはずなのに……お邪魔しちゃって」


「え、ええ……とえと! だ、だだ大丈夫です! あはは! あははは!」


笑うしかない!!

人間、許容量を超えると乾いた笑いしか出ないんだな。


「ん〜? ゆかっち、緊張してるのか!?」


桐谷さんが、顔を覗き込んでくる。


「ふふふ……無理もないか。ここの温泉、凄すぎて緊張しちゃうよね!」


違うんです真桜さん、そうじゃないです。

温泉の凄さとか、もうどうでもいいです。

もうそっちに意識を向けられません。


目の前の衝撃的な景色にしか目がいかないんです。


ごめんなさい翔。

俺の理性、今夜ここで死ぬかもしれません。



やや大きめの温泉とはいえ、四人が浸かればそれなりの距離感になる。

お湯が揺れるたび、ちょいちょいと触れ合う柔らかな肌の感触。


視界の端に入る、湯気に濡れた3人の裸体。


「うおぉー……いい湯だなぁ!」


「ほんっと……最高……静かで……」


「はぁ……京都に来たらいつもここなんだ……兄ぃとよく来てたなぁ」


三人はいつものように、リラックスして雑談に花を咲かせている。


一方、俺はというと――。


「へ……へ……へへ…ぇ…」


完全に限界を迎えていた。

脳みそがショートして、怪しい笑い声しか出てこない。


「ん? ゆかっちどうした? 顔赤いぞ、のぼせたか?」


「!? …あ!…そ、そうだね……!

私……ちょっと休憩! もう出るね!」


「えー? もう行っちゃうの?」


「う、うん! 先に上がってるから!」


真桜さんの残念そうな声を背に、俺はいそいそと出入り口へとトコトコ歩く。

もう……ヤバい。

頭がほわほわと不思議な感じになってきた……!


多分、今夜だけで人生の運を使い果たした!!


(逃げるんだ……! 今すぐ脱衣所に避難して、賢者モードに入るんだ……!)


扉に手をかけようとした、その瞬間。


ガラッ――


向こうから、勝手に扉が開いた。


「……あれ? ゆかっち……? 貴方もここに?」


「ーーーー!!? か……神崎さん……!?」


目の前に現れたのは、一糸まとわぬ姿の。

うひゃ……これはまた、すごいさらけ出しっぷり……!

170センチの高身長。

アスリート特有の引き締まった身体つき。

それなのに、出るべきところはしっかりと主張している、完璧なプロポーション。

大きい……背も、いろいろと……。


「あ! あまねっちだ〜! こっち! こっち!」


「……はぁ。真桜ちゃんが『良かったら利用して』っていうから、てっきり空いてるのかなって来たんだけど……」


神崎さんは呆れたようにため息をつき、ちらりと奥を見る。


「うるさいのと合流してしまった。一人で浸かりたかったのに」


「あ、あはは……そうだよね……じゃあ私はこれで――」


すれ違いざまに脱出しようとした、その時。


ガシっ……!


濡れた腕を、強い力で掴まれた。


「え?」


「まぁ、いいや。ゆかっち、こっちで一緒に入ろ」


ええええええなんでぇぇぇぇ!?

一人とは!? さっき一人で浸かりたいって言ったはずでは!?


そのままズルズルと湯船へ引き戻される。


「わー! 抜け駆けはそうはさせんぞ! 我々も!」


「あまねっち! そりゃないよ!」


「え……えぇ……もう……」



ザブゥン!!


神崎さんが入り、そこに真桜さんと桐谷さんが詰め寄り、白石さんが押され――。


少々狭めの空間に、女子五人。


まさに、おしくらまんじゅう状態。


右にクールビューティー。

左に元気っ子。

正面にはパーフェクトボディ小悪魔妹と清楚巨乳。

みんな…裸…!


わぁ……

拝啓……翔へ……

色々と配慮してくれたんだけど……ごめんね……

俺は今、なんか……すごいことになってます。


これは決して能動的ではありません。

あくまで……不可抗力による、受動的な結果なんです……。

信じて……。


「……………ふぅ」


「あまねっち、最近部活どうなの?」


「光? ん……まぁいつも通り。

もうすぐウィンターカップもあるし……仕上げてるところ」


「なはは! 頑張れ!

私はインターハイ、準決勝で落ちた! 悔しかったぞ!」


「そう……残念だったね。でも、光なら次は行けるでしょ」



湯船に浸かりながら、神崎さんは静かに周囲を見渡していた。


(真桜ちゃん……白石さん……光……。

やっぱり、どれもスタイルがいい。流石……)


そして、その視線は最後に、隣で小さくなっている俺へと注がれた。


(ゆかっち……幼気な顔立ちに合った、華奢で柔らかな体格。

スタイルの割りには胸はそこそこある。

守ってあげたくなる小動物のような雰囲気。)


(翔くんは……こういうのが好みなのかな?)


(……でも、素材はいいんだから。もう少しだけ……ここ、ウエストがキュって引き締まれば、より魅力的になるはず)


「ゆかっち、ごめん。ちょっといいかな?」


「え……へ……?」


神崎さんの手が、お湯の中で優しく俺のお腹に添えられた。


ムニ……ムニ……。


「へっ! ちょ、よよ! な、なに!?」


予想外の感触に、変な声が出る。

神崎さんは真剣な顔で、俺の脇腹あたりを確認していた。


(うーん……やっぱり、筋肉が足りないなぁ……)


「お腹の筋肉……もっと欲しいな。

ゆかっち、今度一緒にボルダリング行こうよ」


「ボ、ボルダリング……? ですか?」


「そう。壁登る遊び。楽しいよ?

レディース用の簡単なコースもあるし、腹筋も鍛えられるから」


いつもの圧の強い顔じゃない。

どこか楽しそうで、優しい、“友達”としての顔。

運動……苦手だけど。

でも、今の俺には体力も必要だし、何より神崎さんが誘ってくれている。


「う……うん……が、がんばります……」


「ふふ、約束ね!」


と、女神のように微笑んでくれたのはいいものの――



ムニ……ムニ……ムニムニ……。


手は止まらなかった。

むしろ、リズムが良くなっている。


「か、神崎さん……あの、お腹……」


「え……あ……ごめん……」


言葉では謝っている。

でも、手は離れない。


(いけないのは……わかってる……。人の身体を勝手に……。

でも……でも……! なにこれ、柔らかい!)


(私の腹筋にはない、このマシュマロみたいな感触……!

やばい、私、変なスイッチ入ったかも……ああ……止まんない!)



片手だった手が、両手になる。

ムニムニムニッ!!


「へぁっ!? ええっ!?」


「あ、ええと……! マッサージ!! これマッサージだから!

腸の動きを活性化させるやつ!」



くすぐったいし、恥ずかしいし、なんか変な気分になるし!

すると、その様子を見ていた野次馬たちが黙っているはずもなく。 


「ずるいぞあまねっち! 抜け駆け禁止!」


「なはは……これだからゆかっち素人は困るな。

ゆかっちは、この“ほっぺ”が一番いいと相場で決まってるのだ!」


桐谷さんが背後に回り込み、俺の頬を両手で挟む。


ムニュ!


「むぐっ!?」


「ぶぶー! 違います〜!

“ゆかっち検定1級”の私に言わせれば、この太腿から腰にかけてのラインが一番です〜!」


「や!ちょ!!」


反対側から真桜さんが忍び寄り、水中でお湯ごしに太ももをぷにっとしてくる。


「ええ? 二人とも!! やめてあげてよ!」


白石さんが慌てて止めようとするが、もはやカオス状態。

右からお腹、後ろからほっぺ、左から太もも。

逃げ場なし。


「あ……あひぁや!!」


俺の口から、聞いたこともない情けない悲鳴が漏れる。

「ちょ、ちょっと光! 離れなさいよ! 」


「天音こそ! 強引に連れ込んで独り占めしようとして!」


「兄ぃにチクるよ〜? 『あまねっちがゆかっちを揉みしだいてました』って!」


「なっ……!? そ、それは誤解を生む言い方……!」


狭い浴槽の中で、美女たちによる“ゆかっち争奪戦(物理)”が繰り広げられる。


もはや収拾がつかないカオスな状況に、ついに“彼女”が声を上げた。


「も、もう……いい加減にしなさーい!!」



白石さんがお湯をかき分けて割り込み、

揉みくちゃにされていた俺を救い出すように――


ギュッ!!


「……ほぇ……?」


力強く、それでいて優しく。

俺の頭を、胸元に抱き寄せるようにハグをした。


「もう……! 裕香さん困ってるじゃない……!

いたずらが過ぎるわよ、全く……!」


白石さんはプンプンと怒っている。

助けてくれた。守ってくれた。

それは分かる。

分かるんだが――。


「あ……え……えええ??」


状況を整理しよう。

俺は今、白石さんに抱きしめられている。

何も着ていない状態で。

お湯の中で。密着度、マックスで。


……ヤバいヤバいヤバい!!

背中越しに伝わる、真桜さんたちの視線…裸体同士の正面対面…

そして何より――

顔面にダイレクトに伝わる、圧倒的な柔らかさと、質量と、

女神の石鹸の香り。


(あわわわわわ……!! 伝わる……全部、伝わってくるぅぅ……!!)


許容量オーバー。

俺の貧弱な理性とキャパシティは、ここで限界を迎えた。


「も、もう……だめぇ……」


プシュゥ……。


「わー! レイがトドメを刺した!!」


「いーけないんだ! いけないんだ!

やっぱりレイの悩殺ボディは攻撃力が違うな! なはは!」


「へー……白石さん。

真面目そうに見えて、最後は一番良いところ持ってくんだ……」


「えっ……? ち、違うわ!

貴方たちがずる……いや違う、裕香さんはおもちゃじゃないのよ!……って、あれ!? 裕香さん!?」


俺の意識は、天国のような感触と共に、ホワイトアウトしていった。



―――――



暖簾の前。

涼やかな夜風が吹き抜ける休憩スペース。

男子勢は、火照った体を冷ましながら雑談に興じていた。


「俺はプロテイン推奨派だな。最近のはカルシウムも取れていいぞ?」


「僕は基本、サプリメント系は取らないかな?

必要な栄養素は、食事の組み合わせで整えたいし」


「俺は、たまに飲むくらいかな。

筋肉増強というより、研究で時間がない時の食事代わりに流し込んでる」


他愛ない会話をしながらも、

翔の視線は、チラチラと女湯の暖簾へと向けられていた。

(さて……裕香はまだ出てこない……)


(貸切とはいえ、長湯しすぎるとのぼせるぞ……


(ここでブラブラ待機してたら、必ず拝めるはずだが……。

風呂上がりの、上気した頬……

そして、少し着崩れた浴衣姿の裕香が……!!)


翔が勝利を確信した、その時だった。


ザッ、ザッ、ザッ……。


「ん?」 


女湯の暖簾が、勢いよく開く。


「……!?」


そこから現れたのは、

予想だにしない集団だった。


先頭を行くのは、神崎。

その背中には――ぐったりとした裕香がおんぶされている。

横には、冷たいペットボトルを裕香の首筋に当てて甲斐甲斐しく世話をする白石。 


そして後ろからは、悪びれる様子もなくニヤニヤしている真桜と桐谷。


「う……うーん…………」


「ごめんね……裕香さん……のぼせちゃって……」


「真桜ちゃんと光が、発端だからね」


「発端はあまねっちのお腹ムニムニだけどね〜」


「なはは! これはみんなのせいだな! 連帯責任だ!」


賑やかに、そして嵐のように出てきた女子一同。

その中心で、完全に意識を飛ばしている裕香。


「…………な……なぜだ……?」

(なぜ、こうなった……?

裕香一人のはずじゃ……なんで女子全員集合してるんだ……?)


翔の硬直に気づいた真桜が、手を振る。


「あ! 兄ぃ! とみんなぁ!

来てたんだ! 奇遇だね〜!」


「剛〜! ここ良かったな! お肌ツルツルだぞ!」


「え? く、久我くんも!?」


白石さんが驚きつつも、少し恥ずかしそうに浴衣の襟元を直す。

神崎は内心ガッツポーズをした。


(ふふふ……翔くんと同じ空間にいた……ラッキー!)



「おーう光、いい湯だったみたいだな」


「あ、お疲れ……白石さん……!

ゆ、浴衣……似合ってるね……」


「えっ……あ、ありがとう……」


それぞれのカップル(?)が会話を交わす中、


翔だけが、状況を飲み込めずにいた。


「兄ぃ、私達は先に部屋戻るねー!

ゆかっち寝かせなきゃだし!」


「じゃあね翔くん! また明日!」


「おやすみ〜!」


神崎の背中で「すぅ……すぅ……」と平和な寝息を立てる裕香。

その無防備な寝顔は確かに可愛いが――

翔が思い描いていた「しっとりとした湯上がりの再会」とは、あまりにもかけ離れていた。

女子たちの背中が、夜の闇に消えていく。



「……なぁ……性別って、なんだろうな……?」


「ん? それは生物学的な定義の話かい?

それとも、概念的なジェンダー論の話?」


「放っとけ。こいつ最近、急にテンション下がるんだ」


翔の完璧な計画は、

またしても粉々に打ち砕かれたのであった。

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