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第39話 俺の決断

休日——

俺は、珍しく朝からそわそわしていた。


「服よし……髪よし……ネイル……よし」


鏡の前で、ひとつひとつ確認する。

正直、ここまで気合いを入れたのは久しぶりだ。

なぜなら今日は、ずっと行きたかったゲームイベント


《BIG GAME FRONTIER》 通称BGF。


「ほんとに楽しみだ…前から行きたかったんだよなぁ……」


ゲームイベントなんて、動画や配信で見る側だった俺が、

実際に足を運ぶ日が来るなんて。


「……ネイル、初めてだけど……これでいいのかな?」


指先をくるりと回して眺める。

ライトブルーのネイル、ほんのり蛍光色に光ってる。


真桜さんに勧められて選んだ色だ。

——神崎さんの言葉が、ふと頭をよぎる。


「自分を、客観視しなさい」


……つまり、

「もっと“女子”として意識しろ」ってことなんだろうか

取り敢えず女子っぽいネイルをしてみた。


まぁ……ゲーミングカラーってことで……

勝手に命名。

ゲーミングネイル!

うん、悪くない。


ピコン。


スマホが震える。

画面には、見慣れた名前。


「お、準備したそばから翔からだ。

はいはい、今行きますよっと……」


バッグを肩にかけ、玄関を出た。


社宅を出ると、

そこにはすでに黒色の高級車が静かに待機していた。


「……相変わらず、一発で分かるな……」


近づくと、後部座席のドアが音もなく開く。


「おう、乗ってくれ」


「あ、ありがとう、翔」


俺は言われるまま後部座席へ乗り込み、翔の隣に腰を下ろした。


「運転手さん、お願いします」


「かしこまりました」


低くエンジン音が唸り、車はゆっくりと社宅を離れ、都心へと向かい始める。


車内――

静かな空間。


「………………」


チラリ。


翔の視線が、こちらに向いたのを感じる。



一方その頃、翔の脳内。


(アイボリーのフリルネック……!?

シフォン素材で、袖はキャンディースリーブ…!

手元にはレースとフリル……。

ボトムスは紺色のハイウエスト・タイトスカート……。

おいおい、ボディライン……裕香、華奢さがちょうどよく出てるじゃねぇか……!……って、爪!?

ネイル!?

お前……そんなことするタイプだったか!?

うぉおおお!!この日のために!?

……待て待て待て。

裕香、めちゃくちゃオシャレしてきてるじゃねぇか!!

誰だ選んだの。

真桜か? 神崎か?

……いや、自分で考えたのか……?)


「……?」


俺が首を傾げると、翔はハッとしたように視線を逸らした。


「……随分オシャレしてきたじゃねぇか。服装、似合ってるぞ」


「え!ほんと?ありがとう……ああ、良かった。

自分で色々考えてやったから、自信なかったんだよな

「お、そうなのか。全然自然だぞ。

それに裕香、ネイルする人だったのか?」


「あ〜、これね。真桜さんに教えてもらって、今日はちょっと気合い入れちゃって……」


「いいんじゃねぇの。ライトブルー、これから行く場所にピッタリだ」


「そう!俺は“ゲーミングネイル”って名付けた!」


「ははは、なんだそりゃ」


車内に、少しだけ笑い声が落ちた。



そして会場へ到着。



巨大なイベントホールの扉が開いた瞬間、

視界いっぱいに広がる無数のゲーム会社ロゴ。

壁一面、天井から吊るされたバナー、

モニターに流れる最新PV。


溢れる…人、人、人ぉ!!



一瞬、言葉を失った後、俺は思わず声を上げた。


「おおおおおお!!

初めて来た!!なにこれすげぇ!!BGF!!」


「テンション高ぇな」


「だって見てよ翔!

あのロゴ!あっちはインディーゾーン!

うわ、あれ去年噂になってたやつだ!!」


「へぇ……思ったより規模でかいな。

結構いろんな会社、提携してるみたいだ」

(……リアクション、完全に男子だな。

まぁ、それも悪くないかギャップ萌えだ。)


翔はそう思いながら、

はしゃぐ裕香の一歩後ろを歩く。


「おい、裕香。人多いから、はぐれんなよ」


「はーい!……あ、翔!あそこ見て!

試遊台めっちゃ並んでる!!」


「はいはい、分かった分かった」

(楽しそうだな……ほんと)


人混みの中、

翔は自然と裕香の位置を把握しながら、

少しだけ距離を詰めた。


「ええ……えとえと……!!ど、どれに行こうか……!」


視界の端から端まで、

ブース、モニター、人の波。

あれも見たい、これも触りたい、

情報量が多すぎて脳が処理落ちしている。

(あああ……幸せすぎて興奮しちゃう……!!)


「裕香、とりあえず、試遊台行こうぜ。

ほら、お前がずっと言ってた格ゲーの続編、出てるだろ」


「あ……!そ、そうだね……

……って、うおああああ!!」


視線の先。


最新ハードの未発売タイトル試遊台。

その前にできているのは、壁みたいな行列。


「め、めちゃくちゃ並んでる……!」


それもそのはず。

最近発表されたばかりの新型機、

しかも完全初試遊。


(やりたい……!でもこの列……うう……)


俺は思わず翔を見上げる。


「し、翔……めちゃくちゃ並ぶけど……いいかな?」


「ん? 全然いいぞ」


そう言って、翔は当たり前みたいに列に並び続けた。

俺たちは談笑しながら順番を待ち、


ついに試遊台の前へ


「お……お!やばい!危ない!」


画面の中で、翔のキャラがじわじわと俺を追い詰めてくる。


「たぶん、ここ繋がるな……そら!」


――KO!!。


「うわぁ!!負けた!!

翔に初めて負けた!!……強くなったな、翔」


「相性が悪かっただけだよ。お前のキャラ、発生遅いし」


「うう……好きなキャラなんだよ……」


悔しいけど、どこか嬉しい。

そんな気持ちが入り混じったまま、俺たちは次のブースへ向かった。



そこから先は、まさに夢のような時間だった。

VR体験。

未発表タイトルの試遊。

ステージで行われる新作発表。

会場を彩るコスプレイヤーたち。


ああ……来てよかった……

ゲームオタクとして、これ以上ない幸福。



昼時。


「はぁ……至福……」


「あの会社、新機種出すらしいな。

ちょっとチェックしねぇと」


こういう時でも、ちゃんと情報拾ってるんだな……

株とか、事業とかそういう奴なんだろう。

翔はいつも、俺の知らない視点で世界を見ている。

さすが御曹司、か。


「そういえば裕香」


「ん?」


「トイレ、大丈夫なのか?」


「へ? トイレ?……いや、まだそんなに」


「取りあえず見に行っとけ。後で地獄見るぞ」


「……?」


俺は半信半疑で案内表示の先を見た。


ズラァ――――……。


「……え……ええぇ……?」


果てしなく続く行列。


「イベントで一番並ぶブースは、

一説には女子トイレらしいぜ」


「な、なるほど……」


そうだった。

男子トイレとは、構造も回転率もまるで違う。


「……翔、ちょっと行ってくる」


「おう、ここで待ってる」



裕香がトイレへ向かい、

翔は休憩スペースのベンチに腰を下ろす。


「今日、オシャレしてたな……俺はデートのつもりで来てるが、裕香はきっと友達との遊びのつもりだろうな」


ふと思い返す。

あのコーデ。

あのネイル。

「自分で選んだ……んだよな。性別が変わって、半年そこら。

思考も、好みも、感覚も少しずつ変わってるはずだ」


「今の裕香は……何にときめくんだろうな……」



「……俺は、裕香に一つ伝えなきゃならない」


それを聞かなければ、

この関係は、きっと前に進めない。


ざわめくイベント会場の中で、

翔は一人、決意を固めていた。


ピコンッ。


一件のメッセージが届いた。


【イベント限定フィギュアある!ちょっと買いに行ってくる!】


「……大丈夫か? あいつ」


翔はスマホを見つめ、わずかに眉をひそめた。


ーーーー



トイレを出た俺は、ふと視界の端に飛び込んできた電光掲示に足を止める。


《イベント限定! フィギュア販売中!》


「お、おおおお!!」


思わず声が漏れた。

俺の推しキャラ。

しかも限定カラー。

しかも数に限りあり。

これは…行くしかない!!


「……あっ」


よく見れば、そのキャラ

板野くんとゲーセンで取ったフィギュアと同じキャラだ

うん、あれは売ろう……

こっちは……飾る……!!


脳内即決。

俺は急いで翔にメッセージを送り、そのまま売り場へ突撃した。


――が。


次の瞬間、目の前に広がる絶望の光景。

人…いや、もはや壁といったほうがいいかもしれない…


「……あ、あわわわわ……!!」


完全に人の波に飲み込まれた。


(ちょ、ちょっと待って!?どこが最後尾!?

どこが会計!?ここどこ!?俺は誰!?)


肩が当たる。

背中を押される。

前にも後ろにも進めない。


「う、うわぁぁ……!」


動きが…できない!

助けて〜翔!!


視界の先に、上の棚に並ぶイベント限定フィギュア。


「ぐっ……!前野なら……前野なら届いてた!!」


背伸び。

指先、あと数センチ……!!届け!


「くっ……!」


届かない。

ほんとに、あとちょっとなのに……!


その時だった。


「はい、これかな?」


ひょい、と軽やかに。


「あ……!」


振り向くと、爽やかな雰囲気の男性が、俺の欲しかった限定フィギュアを手にしていた。


「……ありがとうございます!!助かりました!」


「いえいえ、ちょうど目に入ったんで」


にこっと笑うその人は、年上っぽくて、落ち着いていて、

“普通に良い人”オーラを纏っていた。


「こんな混雑だし……よかったら会計、行ってきましょうか?

女性だとここ、結構大変でしょう」


「あ……」


言われてみれば、周りはほとんど男性。

熱気と人の密度が高くて、確かに動きづらい。


(え、これ……どうするのが正解?)

(断るべき? でもここで断るのも変じゃ……)


「……お、お願いします」


そう言うと、その人はと軽く頷いて、

人混みの中へすっと消えた。


――数分後。


「はい、どうぞ」


「あ……ありがとうございます!」


手渡された袋の中には、

紛れもなく――限定フィギュア。


「うれし〜!!」


思わず声が漏れた。


「そのキャラ、好きなんだね」


「あ、わかりますか!私もすごく気に入ってて……!」


自然と会話が弾む。

数分だけ、ゲームの話。


そして――


「それじゃ、私はこの辺で……」


立ち去ろうとした、その瞬間。


「あ、ちょっと待って」


「……?」


「よかったら、連絡先……交換しない?」


………………ん?


「ほら、その……好きなゲーム同士っていうか、

こういう縁もあるしさ」


「あ……えっと……」


え、これ……ナンパ?いや、露骨じゃない……

最近の連絡先交換って、こんな自然に来るの!?

心臓が、じわっと早くなる。


ああああああ!!まただ!!

またやらかした俺…!!馬鹿野郎!そろそろ学べよ…

叱られる…神崎さんに…絶対叱られる……!!


「あ……あの……」

「私、ちょっと……急いでるので……」


――言った。

(よし!!言えた!!断った!!

よくやった俺!成長したな!)


一瞬、空気が止まる。


「……えぇ……」

「フィギュア、取って会計してあげたのに……?」

「すごく楽しく話せたのにな……」


ぐさっ!!。


や、やめてくれ…

その“恩”を今ここで使うな!!


喉が詰まる。

申し訳なさ、居心地の悪さ、

それでも譲れないライン。

全部がぐちゃぐちゃに混ざって、言葉にならない。


「う……」


――その時。


「すみません」


低く、落ち着いた声。


「その子、俺の彼女なんで。何か用ですか?」


「……え?」


男性が振り向く。

俺も、固まったまま振り向く。


「……翔……?」


そこには、人混みを割るように立つ翔の姿。

表情は穏やか。

けれど、声ははっきりしていて、距離を詰めない。

――これ以上、踏み込むな

そう言われている気がした。


「……あ、そうなんだ。ごめん」


男性は一瞬だけ気まずそうに視線を逸らし、

それ以上何も言わず、その場を離れていった。


「ほら、行くぞ」


グイッ――!


翔は俺の手を引き、そのまま人の流れから連れ出してくれた。

休憩スペース。


「裕香……お前……ちょろすぎ……」


「う……ごめん……でも、ありがと……」


「…………」



「まぁ、声かける側も結構あの手この手で来るからな。

今回は勉強だと思っ――裕香?」


「………………」


「裕香、おーい」


「!?……へ、あ、ああ!そうだな!ごめんごめん!行こう!」


「おう……」

(いかん…様子が変だな……調子乗って彼氏面したの、まずかったか……?

まだそういうの、受け付けてないよな……くそ……)



一方、俺の頭の中は。



翔に……

翔に、“彼女”って言われた時……

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられ…ほわほわしてしまった…

なんで……?なんで、こんなに……?

うわわわ……ヤバいヤバい!!

頭が……回らない……!!


とにかく……とにかく……

今日はイベントに集中しよう。

俺は気持ちを切り替えるように、最後までBGFを思いきり楽しんだ。



帰りの車内。


「あ〜〜……!楽しかった!今日は翔、付き合ってくれてありがとう!」


「俺も最近は研究詰めだったから、いい息抜きになった。

フィギュアはもう飾るのか?」


「あ、うん。板野くんのやつは売って、こっちを飾ろうかなって」


「ほぅ。じゃあそれ見て、俺のこと思い出せよ笑」


「うっ!やめてくれ!トラウマになる!」


他愛ない会話が続き、車内は終始賑やかだった。

間違いなく、今日は特別な一日だった。


――楽しかった。


「……なぁ、裕香」


「ん?」


「この後、少し時間いいか?」


「え?……まぁ、いいけど」


車を降り、少しだけ歩く。

秋の冷たい風が頬を撫で、

人気のない道を二人並んで進む。


ドクッ……ドクッ……

翔の胸の奥で、心臓が強

く鳴っていた。


(俺は本気で裕香を口説く。

でも……その前に、これだけは確認しなきゃならない)


「裕香……もし……もしもの話だが」


「う、うん……」


「竜鬼会の件が全部片付いて、何もかも自由になった時……」



「お前は……男に戻りたいか?」


「……え……?」


足が止まる。


「戻れるの……?俺……」


「不可能ではない」


翔の言葉は静かで、現実的だった。

男に戻る。

前野裕介に戻る。

女子になって半年。

生理は来るし、準備は長いし、身長は低くなった。

知らない男に声をかけられることも増えた。

――正直、面倒なことも多い。

でも。

自分の魅力に少しづつ気付けた。

自分も努力できる人間だと気付けた。

真桜さんと仲良くなれた。

桐谷さんとも笑い合えた。

憧れだった白石さんとも話せるようになった。

怖かった神崎さんとも、ちゃんと向き合えた。


そして…翔がいた。


「翔……俺……」


言葉は、思ったよりも迷わず出た。


「俺は……このままで、いいよ」


「……!?本当か? 今までの補助が消えるわけでもない。

本当にいいのか?」


「うん」


「元々さ、俺……前野の頃は透明人間みたいだった。

どこか虚無で、生きてる感じがしなかった」

「でも……翔や真桜さん、神宮寺社長にこの身体にしてもらって……

人生が変わった」


「今なら言える。楽しいよ、翔。

竜鬼会から助けてくれて……ありがとう」


「……いや友達だからな」


「あ、でもさ

もし男に戻ったほうが都合いいなら、それでもいいから!」


「い、いやいや!お前はお前らしくしてりゃいい!」


慌てたような翔の声に、思わず笑ってしまう。


「そうか、裕香……。まぁ、困ったら俺たちに頼れよ」


「うん……ありがとう……」


少し間を置いて、翔が肩をすくめる。


「女のままになるか……。

はは、合法的に更衣室とか風呂に入れるからか?…なんてな」


「へ?…………」


カァァーー……!


一気に顔に熱が集まる。

「あ……い、いや……まぁ……それは……不可抗力というか……今までの自分への…ご褒美というか…」


「!?おいおいおい!!お前!!

下心あったのかよ!!なんてやつだ!!」


「し、仕方ないだろ!!

これでも元は男だぞ!?思春期の男子だぞ!?

それに周りのスペック高すぎるんだよ!

真桜さん!白石さん!桐谷さん!

反応するなって方が無理だろ!!立つもの立つよ!」


「立つもんねぇだろ……まぁ、真桜もいるしな。

あんまり周りの女子を変な目で見るなよ。

事情が事情なんだから」

(ぐっ…!……

裕香の中にまだ“男子思考”が残ってやがる……。

……やっぱり一筋縄じゃいかねぇな。が…正直…ほっとしてる自分がいる…あぁ…恋愛って難しいんだなぁ)


「う、うん……気をつける……」



そうして、俺たちはそこで別れた。

部屋に戻り、ソファに沈み込む。


「まぁ……着替えや風呂…下着姿はご褒美として…」


天井を見上げながら、ふと考える。


もし……俺が男に戻ったら――

あの時みたいに、

翔から「彼女」って言われることも……なくなるんだろうな。


「……女子になって、分かってしまう……

あの翔から、“彼女”って言われる衝撃…あの翔の顔」


胸と腹部の奥が、じんわり熱い。


「うう……最近の俺、どうしたんだよ…今まで翔に対して

こんな気分にならかったのに……」


翔への気持ちは多分気のせい…のはず。

それに翔は俺の事を友達としてみてる…そんな感情迷惑に決まってる…!


一旦、頭を強く振り


「よし、切り替え切り替え!フィギュアを飾って…と」

ふと思い出してしまった…


『それみて俺を思い出せ笑』


う…うう…意識…しちゃだめだ!

俺は白石さんが好きなんだ!

葛藤しつつ、眠りについた。


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