第38話 ただただ…普通のお友達が欲しい限りです。
なんだか色々と良からぬトラブルはあったものの、
俺はなんとか今日も学校生活を送れております。
そして今―
教室の自席で、のんびり黄昏中。
シャカ……シャカ……
「うーむ……やっぱ久我さんの曲、いいなぁ……」
ヘッドホン越しに流れる久我Pの楽曲。
最近はあまり表で活動していないから、新曲が出ないのが正直ちょっと寂しい。
それでも、聴けば一発で分かる。
――ああ、才能の塊だ。
ちなみにこのヘッドホン、
“自分へのご褒美”として買ったちょっといいモデル。
有名ボカロキャラの赤色デザインがあしらわれた特別仕様である。
神宮寺社長……
ブラックカード、ありがとうございました……!(心の底から)
そんな感じで、のんきに音楽へ浸っていると――
「……あの、いいかな?」
不意に、机の横に人影。
「ん……?…………うわっ!? え!?」
「あ、ごめん。脅かせた」
ヘッドホンをずらすと、そこには男子生徒。ごく普通の…って失礼だけど
「そのヘッドホンって、あのボカロキャラのモデルだよね?」
「え?……えっと……そ、そう……だね」
えーっと……誰だっけ……。
「俺、板野。板野雄大って言うんだけど……話すの初めてだよね?」
はい。
話すどころか、正直フルネームを覚えてませんでした。
すみません。
「そ、そう……ですね……はじめ、まして?」
「ははは、敬語になってる!」
「俺もボカロ好きなんだ。特にこの曲……」
「へぇ、私もそれ、結構好きかな」
突如現れたクラスの男子。
思えば、こんなふうに親しげに話しかけられるのは、翔以来かもしれない。
なんだか、新しい人と普通に話せているのが嬉しくて、
胸の奥が少しだけ軽くなった。
「前川さん、よかったら連絡先交換しない?」
「え? 連絡先?」
「うん。おすすめの曲とか共有したいしさ」
「あー……なるほど。わかった」
そう言って、俺は板野くんと連絡先を交換した。
同性……いや、異性の……。
この辺はまだ頭の中がややこしいけど――
とにかく、新しい“男友達”ができた!
やったー!
昼休み。
いつものメンバーで机を囲んでご飯。
「ねぇさっき、板野くんに話しかけられてよねゆかっち」
「む、そうなのか! ゆかっちはモテるな!」
「板野くん……板野くんねぇ……裕香さん、何話してたの?」
「えっと……ボカロの曲とか色々。話してみたら趣味が合って」
そういえば俺、このクラスに来て半年くらい経つのに、
板野くんをはじめ、この人たち以外のクラスメイトをほとんど把握してない。
……まぁ、コミュ障で陰キャだから仕方ないか。
「板野雄大くんって……どんな人なのかな?」
なんとなく気になって聞いてみた。
「うーん、私はあんまり関わってないからよくわからないな〜」
桐谷さんは首を傾げる。
「私は……興味ないかな!」
即答する真桜さん。
うわぁ……。
この一言で切り捨てられる男子、地味にキツい……。
「……私は直接の絡みはないけど……」
白石さんが少し言いにくそうに口を開く。
「ごめんね、こんな言い方どうかと思うんだけど……視線がね……」
「なはは! レイはナイスバディだからな! 私もよく見てるぞ!」
「同性と異性を一緒にしないでよ、光……」
軽くため息をついてから、白石さんは俺の方を見る。
「裕香さん……人の友達に口出しするつもりはないけど……少し、気をつけてね」
「え……? あ、うん……」
視線か……。
正直に言うと白石さん、あなたは男子を惹きつける魅力の塊です。
俺も前野だった頃……
授業中、何度もチラチラ見てたよ。
いや、ほんとに。
今も、たまに見てしまうけど、
目が合うとふわっと微笑んでくれる。
……多分、それは俺が前川だからなんだろうな。
ピコンッ。
「お! ごめん、ちょっと私外すね!」
そう言って、真桜さんは軽い足取りで教室を出ていった。
「真桜は忙しいな! ゆかっちは適度に楽しんでくれ!」
桐谷さんが、謎にに締める。
……でもさ。
よくよく考えたら、俺って元男なわけで。
他の女子より、男子の心理とか行動パターン、理解してるんじゃないか?男女間の誤解も俺なら解決できるはず
おお……これは……
いい男友達ができる予感なのでは!?
周りは皆全国だの優秀賞だの天才だのと、
ハイスペックな友達ばかりなので
そろそろ目線を合わせられる友達…!
――なんて、少し浮かれたことを考えていた。
ーーー
屋上。
キィ……と扉が開く。
「おまた〜!」
そこには、フェンス越しに空を眺めて黄昏ている女子が一人。
「……どーも」
神崎天音だった。
「んで? 話ってなに?」
「翔くんから……何も聞いてないの?」
「何も? うん、何も」
「……そう」
「私さ……翔くんに告白したの」
「ひええ!? あまねっち、まじか!」
「結果は……断られちゃった」
「ありゃま……それは残念だったね。兄ぃ、なんて言ってたの?」
「……好きな人がいるって。まぁ、これは内――」
「あー、ゆかっちのことでしょ?」
「…………へ? あ、いや、私まだ何も――」
「だってさ、露骨だもん。目線向けるし、距離近いし。
むしろ私以外、気づいてないのが不思議なくらいわかりやすいよ」
「……そうなんだ」
「それで……あまねっちはどうするの? 割り切れた?」
「割り切れるわけないでしょ。
三年間ずっと思い続けてたんだから」
一拍置いて、続ける。
「でもね……あの人の目を見て思った。
これはもう、奪えなって。……羨ましいなぁ」
「まぁ、兄ぃはこだわり強いしねぇ。ゆかっちに対する熱量はえげつないと思うよ」
「だからさ……私の想い、あの子に託すことにしたの
はぁ……ほんと、馬鹿みたい」
「でもね、あの子……
翔くんに好かれてるくせに、どこかウジウジしててさ。
それが放っておけなくて」
「そこがいいんだけどなぁ、ゆかっち。
結構あれでも一生懸命なんだよ?」
「知ってる。
だから……翔くんの横に立てる女になるまで、育ててあげるの」
「わぁ〜……ゆかっち、可哀想に」
その後、しばらく沈黙。
風の音だけが、屋上を通り抜けていった。
「ねぇ、あまねっち。慰めてあげよっか?」
「……? なんで?」
「だってさ、わざわざ私に連絡してきたんでしょ?
こういう話、あまねっちする相手少なそうだし」
「あっそ……」
強がりとも、照れともつかない一言。
不思議な温度のまま、
女子だけの空間は静かに夜へ溶けていった。
ーーー
午後十時。
「……そろそろ寝ようかな」
そう思ってスマホを置こうとした、その瞬間。
ピコン。
板野
【久我Pもいいんだけど、俺的にはもっと重たい曲のほうが好み!】
「あ〜……ずっとこんな感じ……
友達とのメッセージって、こんなに頻度高いの?」
「俺、もう……寝たいんだけど……」
友達って……こんな感じなのか?
翔以外と、ろくに個人的なやり取りをしてこなかった俺には、
この距離感が正直よくわからない。
――まいったなぁ。
ピロンッ。
続けて、メッセージが届く。
【てか、こんな時間にごめん!
明日の土曜日どう? 学校横のゲーセン行かない?
前川さんの好きなキャラのクレーンゲームもあるよ】
「……また来た」
ゲームセンターか……。
そういえば、あんまり行ったことないな。
昔は恒例のやついけなかったし。
「まぁ……物は試し、か」
少し考えてから、返信する。
【いいよ!】
集合場所と時間を軽く決めて、俺はスマホを置いた。
そのまま、静かに眠りにつく。
一方、その頃。
「よっしゃ! 前川さんとゲーセン……!」
一人でガッツポーズを決める板野。
「これ、いけるんじゃね? 俺……」
「周り、レベル高い女子ばっかで誰も気づいてないけど、
あの子、普通に可愛いよな」
「しかも引っ込み思案っぽいし……
これ、俺でもワンチャンあるだろ。いや、いける!」
――そんな皮算用が進んでいることなど、
裕香は知る由もなかった。
翌日。
姿見の前で、最終チェック。
黒のスキニーに、ベージュのパーカー。
変じゃない……よな?
「男友達と遊ぶなら……これくらいでいい、はず」
自分に言い聞かせて、家を出る。
集合場所のゲーセンに着くと、
約束の時間より少し早いのに、もう彼は来ていた。
「あ、お……お待たせ〜……」
「前川さん! そのパーカー、いいね。可愛いよ!」
「え? あ、ありがとう……」
……なんか、急に褒められた。
胸の奥に、ちょっとした違和感が引っかかる。
「そんじゃ、俺が案内する!」
板野くんはやけに張り切った様子で、俺の少し前を歩き出した。
うーむ…悪い人じゃないんだけど、ちょっとだけやりづらい。
ゲームセンター。
子供の頃はほとんど来たことがなかったけど、
動画や漫画で見ていたイメージそのままだ。
ズラッと並ぶクレーンゲーム。
奥には音楽ゲーム、エアホッケー、対戦型のカーゲームまであって、
思ったよりもずっと賑やかで、眩しい。
「へぇ……ここがゲームセンター……」
思わず、きょろきょろと見回してしまう。
「前川さん! これこれ! このクレーン!」
板野くんが指差した先――
そこにあったのは、見覚えのあるキャラクター。
俺の好きなゲームのキャラの、フィギュア。
「えっ……!
これ、フィギュア出てたんだ……!」
思わず声が弾む。
「うわ、欲しい……!」
自分でも驚くくらい、素直にテンションが上がってしまった。
「よし、じゃあまずはこれだね!」
俺は、迷わずそのクレーンゲームの前に立った。
よし……俺はこのフィギュアを取るまでやる。
やってやる。
アームが箱に引っかかり――
スルリ……!?
「……え?いま、掴んだよね?」
「あー、それ確率機だな。
前川さん、ここからは運ゲーの時間だ」
運ゲー……くそ……やってやる。
こう見えて俺は金を、持ってるんだぞ??
俺は小銭に両替し、無言でクレーンゲームに向き直る。
その様子を、後ろから眺める板野。
(後ろ姿かわええな……お尻も小ぶりながら良い
スキニーがまた、ラインを引き立たせてる
この子が彼女になったら、毎日こんな感じなんだろうな……
……てかこれ、デートだよな?
俺、いける男じゃね?)
――そんなことを思われているとも知らず。
そして。
ボトッ。
「……や、やった!取れた……!嬉しい……!」
「おめでとう、前川さん!」
なんとか取れた。
……6000円くらい使ったけど。
でも、嬉しい。
その後もエアホッケーやカーゲームなど、
とりあえず色々やってみた。
途中で「プリクラ撮ろうぜ」と言われたけど、
それはさすがに恥ずかしくて断った。
――そして夜。
「ふふ……フィギュア、やっぱいいなぁ……」
机の上にフィギュアを置いて、しみじみ眺める。
「…………はぁ……でも、疲れた……」
板野くん……悪い人じゃないんだけど……。
「なんか距離感というか……会話が……独特で……」
友達って、こんな感じなのか?
エアホッケーのときは手を添えてきて、
カーゲームでは背後に回ってきて――
正直、結構気疲れした。
ピコンッ。
【今日はお疲れ!楽しかったよ!
前川さんは楽しかった?】
正直に言えば、
フィギュア取れた以外はちょっと疲れた。
……でも、ここまで付き合ってくれたしな。
【楽しかった!ありがとう!】
取り敢えず送って、もう寝よう。
……と思ったら。
ピコンッ。
【そのフィギュア、俺が導いたから俺だと思っていいぞ 笑笑】
「………………?」
ど、どういうこと……?
―――――
翌日。
チャイムが鳴り、昼休み。
「腹減った〜!ご飯だ!」
「光、うるさい」
「ゆかっち!一緒に食べよ!」
「あ……ごめん。私、今日友達と食べる約束が……」
「友達って、板野くん?」
「うーん……裕香さん……
まぁ、あんまり干渉はしないけど…いいの?」
「………………」
「うん!悪い人じゃないっぽいし!
よかったらお昼どう?って
とりあえず行ってきます!」
三人を背に、
俺は自動販売機前のベンチへと向かった。
……いつもなら一番に何か言ってくる真桜さんが、
今日は無言だったのが、少しだけ気になった。
廊下を並んで歩く二人。
美男美女、しかも学内カースト上位――
神宮寺翔と神崎天音。
「……本当に、和解したのか?」
「ほんとほんと!
ゆかっちとバスケして、色々話せたし、ちゃんと謝ったから!」
「“色々”って……
あのことは言ってないよな?もちろん」
「言ってないよ!
私、口は堅いし。誰にも言わないって決めてるから!」
「……ならいいが」
(神崎のやつ……何勝手に裕香と遊んでんだ?
裕香の何を知ったつもりだ?
バスケ程度で、あいつの魅力が分かるわけないだろ。
……裕香に何かあってみろ。その時は――)
「でもさ、ゆかっちって不思議だよね。
バスケ苦手なのに、入るまでずっと頑張ってて……
ちょっと可愛いって思っちゃった」
「あー……
あいつは、なんだかんだ努力家だからな」
(おいおい……おいおい!
普通に魅力分かってるじゃねぇか神崎!。
……そのまま友情を深めてくれ!!
変な方向に行かなければ、それでいい)
――と、その時。
「あ、兄ぃとあまねっちだ!
おーい!」
前方から、軽い声。
「なんだ真桜か。どうした?」
「いや、特に用事はないよ。
あ、そうだ。
ゆかっち、新しい友達できたっぽいよ」
「……新しい友達?」
「えーっと……板野くんだっけ?
さっき自動販売機前のベンチで、一緒にお昼食べるって」
………一瞬の沈黙
冷たい空気を切り裂く。
「……まぁ、裕香にも友達の一人や二人、できるさ」
「……そうだね。それなりに、可愛いし」
「そうそう!じゃ、私戻るから!おつ〜!」
真桜は、何もなかったかのように通り過ぎていく。
残された二人。
「「………………」」
「……喉、乾いたな」
「……私も」
早歩きになる二人を振り向きながら見届ける真桜
「分かりやすい二人だなぁ〜」
「まぁ、私としても今、めっちゃ面白い感じになってるのに
ぽっと出のモブ男に邪魔される訳にはいかないしね!」
動販売機前のベンチ。
「前川さん、次はどこ行きたい?」
「え…? あー……そうだね……」
―だめだ、全然慣れない。
日が経てば普通に話せると思ってたのに、距離感がずっと分からない。
“どこ行きたい?”って聞かれても、まだそんな関係の友達じゃない気がするんだけど……。
板野くんが独特なのか?
それとも俺が気にしすぎなのか?
「うーん……今度、ゲームイベントがあるから……そこに行きたいかな?」
「あー!あれね!都心のやつ!いいね!」
(うわ……入場料8000円……。
高いな……でも前川さん、金ありそうだし……割り勘でいっか)
「あ、そういえば今日ヘッドホン持ってきてる?」
「え? あ、うん。一応」
……なぜ今、ヘッドホン?
「ちょっと貸して。音質知りたい」
「…………? どうぞ……」
俺がヘッドホンを差し出そうとした、その瞬間。
「おう、裕香。こんなとこで昼飯食ってたのか?」
「あっ! 翔! ……それと、神崎さんも」
振り向いた先には
圧倒的オーラを放つ男女二人。
同じ高校生のはずなのに、
板野は“格”の違いを嫌というほど実感した。
「え……ええ……神宮寺翔……と、神崎天音……さん……? なんで……?」
「なんでって、私たち、ゆかっちの友達だから」
「友達……あはは……そうだね」
神崎さんから友達…か。少し、照れるな
「裕香、ゲームイベント行きたいんだろ?
俺も興味あったし、良かったら一緒に行かないか。送り迎えくらいはするぞ」
「え……! 翔も付き合ってくれるの!? 行こう!」
思った以上に声が出た。
だって、翔が俺の好きなゲームイベントに興味持ってくれるなんて……!
「……で、板野くんは?」
「あ……俺は、遠慮しとく……」
「裕香、そろそろ授業始まるぞ。イベントの話、詳しく教えてくれ」
「あ、うん!
ごめんね、板野くん。ちょっと翔のとこ行ってくるから……」
「あ……うん……どうぞ……」
俺は、そのまま翔の横に移動し、
イベントの魅力を全力で語り始めた。
ベンチに一人、取り残された板野雄大。
「…………えぇ……」
「アンタさ、ドサクサに紛れてゆかっちのヘッドホン付けようとしてたでしょ?」
追い打ちのように、神崎が冷たく言い放つ。
「流石にそれは引くわ。女子として」
「そ……そんなぁ……」
男としてのスペックで翔に敗れ、
美人女子・神崎から容赦ないダメ出し。
哀れな敗北者が、そこにいた。
「それでさ、今度は格ゲーとコラボしてて……!」
「……なるほどな」
(おいおい、裕香……そろそろ自覚持て。
お前、普通に口説かれてたんだぞ……?)
(はぁ……告白を決意した途端これか……)
(まぁ……可愛いから、いっか)
翔は、少しだけ苦笑した。
後日。
「………………」
「………………」
俺のスマホを、
無言で、じーーーっと見つめる神崎さん。
画面に並ぶメッセージ。
【この曲、俺と前川さんみたいな関係に聞こえる!】
【フィギュアどう?やっぱり取れて嬉しい?】
【俺、前川さんと話すのなんか初めてじゃない気がする】
【そのフィギュアは実質俺笑】
「きっっっっっっっっしょ!!!」
「なにこれ、ないわ!
ゆかっち、これ普通に返してたの?」
「え……う、うん……友達だから、返さなきゃかなって……」
「いやいやいや、これは完全に狙いにきてる。
しかも文章が致命的にダサい」
「ええぇ……そ、そうなの……?」
「そうなの、じゃない。
“俺実質フィギュア”とか寒気するわ。うわぁ…ゆかっちじゃなきゃスクショ拡散送りだったよ、こんなの」
「やっぱり……変な部類だったんだ……」
「変、っていうか――
“勘違い男テンプレ”のフルコース」
「……はぁ。ゆかっちさ、そろそろ自分を客観視しな?」
「客観視……?」
「その感じだと、
“大人しそう”“押せばいけそう”って勘違いする男、
今後もホイホイ寄ってくるから」
「う……」
ナンパの件といい…心当たりがありすぎて反論できない。
「というわけで決定。
今度、翔くん以外の男から連絡先聞かれたら、まず私に報告すること。いい?」
「えぇぇぇ……?」
「異議なし、ね?」
「……はい……」
友達作りって……難しい。
というか、
普通の友達って、どこにいるんだろう。




