第37話 そろそろ目をつけるのを勘弁して頂きたい
なにかと色々重なって体調を崩していた俺だが、
しっかり寝て、薬も飲んで、どうにか回復ラインまでは戻ってきた。
今日こそは…今日こそは!
無理せず、適度に学校を過ごして、
ノンストレスで一日を終える!。
……思っていたはずだった。
「ゆかっち、砂糖いる?」
「あ……それじゃ……お願いします……」
「ん」
「………………」
……俺は今、
ストレスの大元である神崎さんと、
なぜかカフェにいる。
どうしてこうなった。
「あ、あの……神崎さん……」
「ん?どうしたの?ゆかっち」
その“ゆかっち”呼びが、
妙に自然で、逆に怖い。
「なんで……私を……」
「あー、そうだね」
「一つは……謝罪」
「この前はごめんね。変な絡み方して」
「え……?あ、ああ!はい!どうですかね!」
いかん緊張しすぎて、
自分でも何を言ってるのかわからない返事になってしまった。
「あとさ、普通に友達になりたいから。それだけ」
「……と、友達……?」
わからない!!探られて、圧かけられて、宣戦布告されて、
謝罪されて、
そのうえで“友達になりたい”?
怖い…怖いよぉ〜…
この人の思考回路が、
もう一切読めなくて怖い。
翔……助けて……
「ゆかっちってさ、なんでこの学校に転校してきたの?」
「え!? ……えと……都合が、よかったし……神宮寺の兄妹におすすめされて……」
「ふーん……そうなんだ」
短く相づちを打つ神崎さん。
その一言一言が、なぜか妙に重い。
「学校は楽しい?」
「……?? ……楽しい、です……」
……なんだろう、この感じ。
質問自体は普通なのに、
俺にとっては謎の尋問でしかない。
「そんなに縮こまらなくていいって。私、そんなに怖い?」
正直、はい、とても怖いです。
……なんて言えるわけもなく。
「そ、そんなことないですよ……はは……」
乾いた笑いを浮かべつつ、
俺は恐る恐るコーヒーに口をつける。
(こういう時は……コーヒー飲んで落ち着こう……)
「敬語じゃなくてもいいんだけどなぁ……」
「……よし、ゆかっち、恋バナしよ!好みのタイプとかいる?」
「……!!!ゴホッ、ゴホッ!!」
完全に不意打ちだった。
思わず盛大にむせてしまう。
(く、来ると思ってた!!!
これ……牽制?探り?それとも普通に女子トーク!?)
「はは!そんなリアクションするんだ!」
「うぅ……お見苦しいところを……すみません……」
怖いは怖い。
けど……前みたいな、刺すような圧は感じない。
むしろ、
今の笑顔はどこか自然で
ほんの少しだけ、普通の“同級生”みたいな気もする。
好みのタイプ……。
白石さんみたいに、誰にでも優しくて、
落ち着いてて、頼りがいがあって
……いやいやいや。
俺なんかがそんなこと言っていいのか?
それに今のこの状況で、同性の名前を挙げたら……
それはそれで妙な誤解を生みそうだし……!
「好みのタイプ……えっと……」
「……優しくて……頼りがい、がある人……かな?」
あわてて出てしまった…男性への回答だ。
「へぇ……無難なんだね」
「私はね……心から尊敬できる人がいいかな。
実績とか肩書きじゃなくて……雰囲気とか、本能っていうか」
「自分の前を歩いて、力強く引っ張ってくれる人。
……そういう感じ」
思ったより、ずいぶん抽象的だった。
…まぁ、この人が言ってるの、翔のことなんだろうな
確かに翔なら、どんな時でも冷静で、迷いなく先を選ぶ。
引っ張ってくれるというより、「気づいたら前にいる」タイプだ。
……わからなくは、ない。
「ふふ……でもね、本当に、遠い存在だったみたい」
ん……?
この人、こんな顔するんだ。
強くて、自信満々で、近寄りがたい人だと思ってたのに。
翔と……なにか、あったのかな。
「……そう、なんですね」
それ以上、踏み込む言葉は出てこなかった。
「ねぇ、ゆかっちはさ」
「恋人とか、作らないの?」
「え!? えええ!?」
あまりにも唐突で、声が裏返った。
「せっかくいい高校に転校してきたんだしさ。
恋の一つや二つ、してみたら?結構楽しいよ?」
「こ、恋人……」
「……私、そういうの……正直、よくわからなくて……」
好きって何だろう。
付き合うって、どういうことなんだろう。
考えれば考えるほど、
自分がそこに立っていい存在なのか、わからなくなる。
神崎さんは、そんな俺をじっと見つめてから
ふっと、少しだけ優しく笑った。
「それじゃあさこの学校に来て……
“いいな”って思った人、いる?」
「え……えぇ……それは……」
(学校に来て……っていうか、俺もう三年目なんだよな……
でも……翔以外と、ほとんどちゃんと絡んでこなかったし……
ひ、ひぃぃ……)
「い、今のところは……そういうのは、ない……かな?」
「ふーん、なるほど」
その返事に、神崎さんはあっさりと相槌を打った。
(……警戒してるよね。私をまぁ、無理もないか……)
(それにしても、この子……友達や翔くん以外と話すと、ずいぶん変わる)
「ゆかっちってさ結構、卑屈だよね。
もっと堂々としてればいいのに」
言いたいことは分かる、しかし
翔のことを想ってる神崎さんの目の前で、
平然としていられるほど、俺はメンタル強者ではない。
「あ、あはは……わかっては、いるんだけど……」
(この感じじゃ……
翔くんのこと、どう思ってるか聞いても答えてくれなさそうだね)
(まぁ、あれだけ敵対視しちゃったら当然か……それなら
次の方法で、いこっか)
「ねぇ、ゆかっち、明日の土曜日、空いてる?」
「え……?あ、はい……一応……」
「じゃあさ」
神崎さんは、にっと笑った。
「スポーツウェア持って、集合ね」
「え、えええええ!?」
完全に、逃げ道を塞がれた。
あ〜……なぜだ!!
なぜ、こんな方向に転がってしまったのだ!!
俺はただ、
健全で!無難で!平和な!女子高生生活
を送りたかっただけなのに〜〜……!!
ーーーー
そして、次の日。
「やっほー。お待たせ、ゆかっち」
「あ、神崎さん……お、おはようございます……!」
「だから敬語じゃなくていいって言ってるでしょ〜。
……って、ゆかっちさ」
「私服かわいい服、持ってるんだね」
薄いピンクのワンピース。
真桜さんチョイス。
「こ、これは……真桜さんが……選んでくれて……」
「へぇ〜」
じー……っと、また見られる。
(ひぃ……値踏みされてる……?)
「……合格」
「え?」
「服装、合格」
なんの合格なのかは一切わからないが、
どうやら落第は免れたらしい。助かった。
……と、思ったのも束の間。
「……あれ?ねぇ、ちょっと気になったんだけどさ」
「は、はい……?」
「翔くんのことは呼び捨てなのに
真桜さんのことは“さん”付けだよね?」
「どうして?」
どうして、って……
どうしてだと思う!?
言えない!!
言えるわけがないだろ!!
俺は元々、前野裕介で、神崎さんと同じクラスで
翔とはそこそこ遊んでて、色々あって女になって!
それから真桜さんと仲良くなったから
関係の順番が違うとか!!
脳内で、必死に理由を捏造する。
「あ……それは……」
「わ、私……趣味がちょっと男寄りで……
その……翔とは……前から遊ぶ機会が多かったから……」
我ながら、
何を言ってるのかよくわからない
説明が完成した。
「へぇ……そうなんだ」
(……信じた?いや、流しただけ?どっち!?)
うう……。
こうなるなら、最初から「翔くん」って呼んでおけばよかった……。
連れてこられたのは、体育館だった。
どうやら一般貸しもしているらしい。
「二人で、3時までお願いします」
「はーい、五千円ね」
「え、あ……は、半分……出すよ……?」
「いいよ。私が誘ったんだし。行こっか!」
……わからん。
本当にわからん。
更衣室。
当然だが、二人きり。
俺と神崎さんは、それぞれスポーツウェアに着替える。
「…………」
二人きりで着替え…恐怖とは別のドキドキする…
見てはいけないと分かっているのに、つい視界に入る。
(神崎さんの下着……スポーツインナー……)
運動用らしい、シンプルだけど可愛いデザイン。
そして、なによりそのスタイル、見惚れるボディの腹筋……
割れてる……
女性なのに、はっきり分かる筋のライン。
すげぇ……。
俺、男だった頃ですら
一度も割れたことないのに
思わず自分のお腹を、むにっと触る。
(……あ、柔らか……)
運動……したほうが、いいのかな……。
「ん? どうかしたの?」
「あっ!? い、いや!! なんでもない!!」
着替えを終え、体育館へ。
神崎さんは、当たり前のように
バスケットボールを手に取った。
「やっぱさ、ストレス溜まってるときは
身体動かすのが一番だよね
あー、光も誘えばよかったかな」
「バ、バスケ……?うへぇ……」
「なにその反応。バスケ嫌い?」
「に……苦手です……球技全般…………」
「はは、知ってる!だから誘ったんだけど」
神崎さんはボールを軽く弾ませながら、にっと笑う。
「動いて、汗かいて、
余計なこと考えられなくなるまでやろ!」
……この人。
やっぱり、何か考えてる。
胃がきゅっと縮むのを感じながら、
俺は恐る恐るコートに足を踏み入れた。
ーーーー
ダムッ……ダムッ……!
体育館に、ボールが床を叩く軽快な音が響く。
「ほっ」
神崎さんが軽く跳び、迷いのないフォームでシュートを放つ。
パスッ――。
「おぉ……」
パチパチパチ。
…絵になるなぁ美人で、運動神経抜群で、フォームも綺麗。
いわゆる“できるスポーツ女子”のバスケだ。
「じゃ、次。ゆかっちもやってみて」
「あっ……う、うーん……」
「てぇい!!」
……ボンッ。
……ボン……。
リング以前に、距離がまるで足りていない。
床を転がるボールを見て、肩が落ちる。
「あぁ……もうやだ……」
「そんなに卑下しないの
力みすぎ。投げるっていうより、放るイメージで。
腕だけじゃなくて、身体全体を使って」
「あ……は、はい……」
あれ……?
前のバレーのときみたいな、冷たい感じがない。
むしろ、妙に丁寧で優しい。
それに――
教え方が、すごく分かりやすい
さすがバスケ部のエース……優秀だなぁ。
それから、しばらく練習が続いた。
失敗して、直して、また失敗して
でも、少しずつ感覚が掴めてきて。
「そりゃぁ!!」
放ったシュートは――
パスッ……。
「……入った!!やった!! 入った!! 初めて!!」
思わず、素の声が出た。
テンションが上がりすぎたかも。
引かれてないかな……と不安になった、その時。
「ふぅ。いい形だったよ、ゆかっち。おめでとう」
ちゃんと、褒めてくれた。
「……つい……嬉しくて。ごめん」
「いやいや、私も嬉しいよ。やっと距離、縮まったかなって」
その言葉に、胸が少しだけ――
ほんの少しだけ、軽くなった気がした。
少なくとも今は。
怖いだけの人じゃない。
そう思えた自分に、少し驚いていた。
それからというものの無事に謎バスケを終え、
体育館の外で二人並んでスポーツドリンクを飲む。
「ふぅ……ゆかっちさ、やればできる子なんだから、もう少しネガティブやめればいいのに」
「あ……それは……昔からの影響というか……性分というか……」
「ふーん」
「でもさ。翔くんの前では、もっと普通にしてたよね?」
「やっぱり幼馴染だから?」
「うーん……そうかも……」
昨日といい…やけに質問が多い…!
こればっかりは何を求めてるのかわからない…!
すると
神崎さんが、何でもない調子で爆弾を落とした。
「……付き合っちゃったりしないの? 二人」
「!?!?!」
全身に電流が走った。
「い、いやいやいや!!
そ、そういうのじゃなくて……その……!」
「でもさ、体育倉庫裏で二人きりで写真撮るくらいでしょ?
そういう“感じ”にはならないの?」
まただ……!
真桜さんたちにも聞かれた、あの質問。
それを今度は、神崎さんから。
神様……俺、何か悪いことしました……?
「……私と翔は……釣り合わないというか……不相応だから……」
ぽつりと、正直な気持ちがこぼれた。
「…………へぇ」
「ふふ。よく分かった!ありがとね、ゆかっち。
昨日も今日も付き合ってくれて」
「いえ…こちらこそ…楽しかったです…」
「もう、私たち友達でしょ?」
「あ……は、はい……よろしくお願いします……」
こうして、
神崎さんとの“謎の付き合い”はひとまず幕を下ろした。
帰り道、一人歩きながら考える。
「神崎さん……結局、何が言いたかったんだろ……」
質問ばかりしてきて、翔の事問い詰めるのかと思いきや
バスケ?
でも、不思議と嫌な気持ちは残っていなかった。
「今日はなんだか楽しかったな」
怖いだけの人じゃない。
強くて、真っ直ぐで、少し不器用な
そんな一面を、確かに見た気がした。
一方、その頃の神崎。
「付き合わない理由が……“釣り合わない”……か」
「翔くん……勝機、あるよ」
ふっと、闘志を宿した目で笑う。
「私が……ゆかっちを、翔くんの横に立てる女に育てるから
翔くんはその気持ち大事にしてね」
「……でも、なんかちょっと今日…可愛いいなって思ってしまった…恋敵なのに。なんかこう…育て甲斐あるというか…
ゆかっちって不思議な子」
神崎の翔への想いは、
新しい形へと、確かに歪み、向きを変え始めていた。




