第35話 検討違いの宣戦布告をされた件
ファミレスでのプチ打ち上げ―
いや、もはや会議と呼ぶべき時間を終え、
俺は今日も重たい足取りで学校へ向かっていた。
「うー……会いませんように、会いませんように……」
あの強キャラ感のような神崎さん。
できるだけ距離を取りつつ、
とりあえず翔とも、しばらく学校内では話さないようにしよう
そう心に決めていた。
そして一時間目、体育。
「体育…合同じゃねぇか」
ただでさえ気分が沈んでいるのに、
神崎さんと関わる可能性が高い体育、そして
運動神経が壊滅的な俺にとって体育は地獄でしかない。
季節は少しずつ涼しくなり、
体育の授業も屋外から体育館へ移行し始めていた。
男子はバスケ。
女子はバレー。
……なんで体育って、こんなに球技ばっかりなんだろう。
「それじゃあ、二人一組になって
サーブとレシーブの練習をしましょうか」
…………あの、
そろそろこの形式、本気で勘弁してもらえませんかね……?
「あぁ……とりあえず……
優しそうな白石さんか……
それか真桜さん……」
そう思いながら、ペアを探そうとした――その瞬間。
ガッ!!
突然、肩を強く掴まれた。
「……っ!?」
驚いて振り向くと――
「ゆかっち!私と、やろ?」
「え……?えぇぇ……!?」
そこにいたのは、神崎さん
満面の笑みなのに、背筋が凍るほど怖い!!
いやいやいや、なんで!?
さっきまで、できるだけ絡まないようにしてたじゃん!?
なんでこのタイミング!?
どうしてここで!?
心の中で悲鳴を上げる俺をよそに、
神崎さんは逃がさないと言わんばかりに、
がっちりと肩を掴んだままだった。
「あ、い、いや……!
わ、私は……運動音痴だし……ほ、他の人と……」
「え〜?私、もっとゆかっちと仲良くなりたいなぁ」
にこっと笑って、神崎さんは続ける。
「大丈夫!私がちゃんと教えてあげるから!」
ズリズリ……。
有無を言わさぬ勢いで距離を詰められ、
そのまま――強制的にペア成立。
……胃が、痛い…
神崎さんに絡まれるだけで、もう胃が蜂の巣なんですけど。
もう一つ問題が…
「え……神崎さんからペア……?」
「誰あの子……?」
「転校生……?珍しくない? 天音から誘うなんて……」
これ
周囲の視線が一斉に集まるのが分かる。
そりゃそうだ。
スクールカーストの頂点にいる神崎天音が、
わざわざ“よく知らない陰キャ女子”を指名してるんだから。
嫌でも注目されるに決まってる。
「あああ……な、なんで……?」
思わず本音が漏れる。
「なんでって、言ったでしょ?仲良くなるため!」
……あ、もう無理。
終わった。詰んだ。
さようなら、みんな。
真桜さん……
白石さん……
桐谷さん……。
「ありゃ〜……先手打たれたなぁ」
「えぇっ……!?そんな突然に……!裕香さん…」
「大丈夫か!? ゆかっち!」
三人がこちらを心配そうに見てくれているのが、余計に心に刺さる。
俺は神崎さんと二人で、
バレーのサーブとレシーブの練習をする羽目になった。
――そして、同時刻。男子サイド。
「あ〜、バスケかよ。サッカーしたいぜ」
「文句言うなよ、剛。
バスケもやってみるもんだぞ? なぁ、久我くんよ」
「そうだね。
僕も今日はバスケを楽しみにしていたよ。昨日からイメージトレーニングは完璧さ」
自信満々にそう言い切る久我。
「おーし、久我。それじゃパスいくぞ」
飯田が軽くボールを放る。
ポンッ。
「わっ、たたたたっ……!!あっ!!」
久我は慌ててボールを弾き、
まるでお手玉みたいに扱ってしまう。
「な、何をするんだ飯田くん!!」
「イメトレ、全然役に立ってねぇじゃねぇか」
「ははっ。こりゃ、またもう少し練習が必要そうだな」
翔も肩の力を抜いて笑う。
(まぁ……久我は努力家だ。白石にアピールしたいとして
俺があれこれ言わなくても勝手に練習するだろ。多分)
そして、ふと視線を動かす。
(さて……今日も体操服の裕香を拝むとするか……)
(……は?)
(おい……おいおいおいおいおい!!!……)
(そこ!?そこ絡むのかよ!?よりにもよって……!!)
視界の端で見えたのは、
神崎と裕香がペアになっている光景。
「ぐっ……神崎め……余計なことを……!!」
思わず歯噛みする翔。
「ん?どうした翔?」
「あ、いや……なんでもない。ほら、バスケやるぞ」
「お、おう?」
(……今回は、神崎のほうをじっくり見てるな)
(結局、誰なんだ?白石……じゃないのか?)
飯田は内心で首をかしげる。
一方――
「……神宮寺くん……」
(この人……ちょいちょい裕香さんのほう見てるよな……)
(……なんか、色々辻褄が合う気がするんだが……)
久我は、静かに状況を観察していた。
「それじゃ、ゆかっち。まずはサーブからいくよ」
「あ、あわわ……は、はい……」
さっきまでの作り笑顔は、もうどこにもない。
そこにあったのは、感情を削ぎ落としたような冷たい表情。
神崎さんはボールを軽く弾き、
無駄のないフォームで打ち上げる。
ポーンッ…!
綺麗な放物線を描いたボールが、一直線にこちらへ飛んでくる。
「おわっ……!」
反射的に手を伸ばし、なんとかキャッチ。
「うん。じゃあ次は、ゆかっち。打ってきて」
……胃が痛い。本気で痛い。
なんで俺、朝からこんな精神的拷問を受けてるんだ……。
「て、てぇい……!」
ポスンッ!
情けない音を立ててボールは弾き、
まったく狙っていない方向――明後日の方角へ転がっていく。
「………………」
沈黙…
体感温度は南極を超えていた。
「ゆかっち、ビンタするみたいに打ってるよ。
それじゃ手の力しか使ってない」
「え……!? えっと……」
「まずは、私がやるから見てて」
唐突すぎるサーブ指導。
……いや、なんで?そりゃ教えてあげるとは言われたけども
どうしてここまで面倒見られてるんだ?
神崎さんは何事もなかったかのように、
再びボールを手に取り、軽く弾ませる。
そして――
パァンッ。
再び無駄のない動き。
体全体を使った、綺麗すぎるサーブがこちらへ飛んでくる。
「手の力だけ……?重心……?」
正直に言おう。
何を言っているのか、ほとんどわからない。
とりあえず、言われた通りに……
重心を……意識……して……?
「そ、そぉいっ!」
パスンッ……
さっきよりは、確かに強い。
……けど、方向は相変わらずバラバラだ。
「…………はぁ……」
「!?」
今、ため息……したよね?
絶対したよね?
あ〜〜もう……勘弁してくれ……。
この人、性格キツくない……?
「ご……ごめん……」
「いいよ、別に」
意外にも、声は淡々としていた。
「さっきよりは上手くなってるし。
もう少し、踏み込みを意識して」
「あ……はい……」
結局、俺はそのまま
神崎さんのスパルタ気味な指導を受け続けることになった。
必要以上に怒鳴ることもない。
嫌味も言わない。
ただ、淡々と、正確に、レシーブとトスを返してくる。
……だからこそ、余計に怖い。
(運動……ほんとにダメじゃん……話せばどもるし……)
(なんで翔くんは……こんな子と、こそこそ話してたの?)
(幼馴染だから……?それだけで……?)
神崎はボールを追いながら、
そんな疑問だけが、胸の奥でくすぶっていた。
もうすぐ授業も終わり、俺はというと
「てりゃっ!!」
ボスンッ……!
多分、今日一番まともなサーブが飛んだ
これが俺の全力!!
「お、いいの打てたじゃん。最後の最後で」
「はぁ……はぁ……あ、ありがとう……ございます……」
……なんか、褒められた。
結局この時間、何だったんだろう……?
意図が全然読めない。
「はーい、そこまで!みんな集合して〜」
「「「はーい!」」」
――やっと、地獄が終わった。
全身が重くて、気力もすっかり削られている。
俺は先生の方へ歩き出した――その時。
「ゆかっち」
「……え?あ、神崎さん……教えてくれて、ありがとう」
「それは別にいいんだけどさ」
……頼む。
翔の話はするな。
翔の話だけは、しないでくれ……。
「翔くんとは、ただの幼馴染なの?何もないの?」
うわあああああ!!
やっぱり来たぁ!!
ですよね!!それが一番聞きたかった事だよね!
「あ……うん。ただの幼馴染。ほんとに何もないよ」
必死に、言葉を選ぶ。
「私も……友達としてしか思ってないし……」
「ふーん……」
「そっか!わかった。ありがとうね」
そう言って、にこっと笑った。
……よ、良かった。
なんか……誤解、解けたっぽい……?
胸の奥が、ふっと軽くなる。
ああ……解放された気分だ……。
――その瞬間。
神崎さんは、すれ違いざまに俺の耳元で小さく囁いた。
「……それでも、翔くんは渡さないけどね」
「………………!」
そのまま、何事もなかったかのように集合場所へ戻っていく神崎さん。
……うん。
全然、解決してなかった。
着替えを済ませ、
俺はトボトボと教室へ向かう。
ズキズキ…
「うぅ、お腹痛いなぁ、いや胃か?」
じわじわ鈍い痛みがお腹を襲う…
神崎さんの一件なのか…それとももう来るのか…
とんだ午前だった
「ゆかっち〜!大丈夫だった?」
「なんか……宣戦布告された……」
「うわぁ……完全に敵対視してるな、天音」
「神崎さんには説明したの?翔くんとの関係」
「うん……一応は……」
でも――と、肩を落とす。
「やっぱり、納得はいってないみたいで……
とほほ……」
「よし!
私から天音に“関わるな”って強く言ってやろうか!」
気を利かせて、桐谷さんがそう言ってくれる。
「うーん……でも、今回は私と翔のことだから……
なんとか自分で解決してみるよ。ありがとう、桐谷さん!」
「ほんとに大丈夫か〜、ゆかっち」
「どうだかな〜……」
そんな会話の最中。
ピロンッ。
スマホが震えた。
「ん? 誰だろ……」
翔からだった。
【今日、予定なかったら
放課後よかったら一緒に帰らないか?】
……なんというタイミング。
本当なら、翔と一緒に帰りたい。
それに、神崎さんの件も相談した方がいい気がする。
でも――
これ以上、一緒にいるところを見られるわけにはいかない。
今は、距離を置くべきだ。
(すまない!……翔……)
【ごめん!今日は真桜さんと一緒に帰ることになってる!】
大丈夫だ、翔は強い、きっとそんなに気にしないだろう。
ーーーー
「……断られた……」
放課後。
裕香に下校を断られた翔は、思った以上に落ち込んでいた。
「……下校を断られただけで、このダメージか……」
「もし、これでフラれたら……って考えたら……
……うわ、俺、ダメかもしれん」
自分でも驚くほど、胸が重い。
「神崎の接触の件も聞きたかったんだけどな……
また会った時でいいか
…厄介なことになってなければいいが……」
一人、校門を出て帰路につく翔。
――その姿を、少し離れた場所から見つめる影があった。
「……下校、一人なんだ」
神崎天音だった。
「前川は……もう帰ったのかな……?」
「はぁ……今日は最悪……」
「体育では、完全に八つ当たりみたいなことしたし……」
「……それで、こんな……尾行なんて……」
自分でも分かっている。
やっていることは、良くない。
「……大丈夫。一回だけなら……一回だけなら……」
「……何も言われない……はず」
想い人の隣に、突然現れた“知らない存在”。
それ以来、胸の中に溜まったモヤモヤと苛立ちは、
簡単には消えてくれなかった。
余裕は削られ、
代わりに執着だけが、静かに強くなっていく。
神崎天音は、細心の注意を払いながら、
一定の距離を保ちつつ翔の後を追う。
裕香との関係を、
はっきりさせるために。
そしてこの行動が、
さらに事態をこじらせていくことを、
彼女自身はまだ知らなかった。




