第34話 ラブコメより数段酷い 三角関係
神崎さんに謎の圧をかけられた俺は、
足をプルプル震わせながら、情けなくも真桜さんに肩を貸してもらい、ファミレスへと向かっていた。
「あぁ……怖い……怖い……」
「ゆかっち、そんなに気にすることないよ〜」
――それができれば、一番いいんだけどな……。
ーーーー
「どぇー!? 天音に喧嘩売られたぁ!?」
「こら、光。声が大きい」
大げさなリアクションをする桐谷さんに、
すかさず冷静なツッコミを入れる白石さん。
「い、いや……喧嘩を売られたっていうか……
一方的に圧をかけられたっていうか……」
「あの時、すごい怖い顔してたもんね」
「むぅ……とんでもない相手に目をつけられたなぁ、ゆかっちは」
「き、桐谷さん……神崎さんと面識、あるの?」
「面識っていうか、普通に話すよ〜。でもね、あの子――
認めてる人と、そうじゃない人への態度の差が、結構はっきりしてるんだよね」
「ひ、ひぃ……」
「でも、認めてない相手には基本、興味ないって感じよね」
「そもそもゆかっち、
なんであまねっちに目をつけられたの?」
「じ……実はね……」
俺は、校門前での出来事から、倉庫裏の件まで、
できるだけ簡潔に、でも正直に説明した。
――翔と話していたこと。
それを神崎さんに見られてしまったこと。
話し終えると、テーブルの上に、少しだけ沈黙が落ちる。
「あちゃ〜……兄ぃ、やっちまったなぁ」
「なはは! それは運が悪かったな!」
「……運が悪かったね、裕香さん」
「気を遣ってくれたことが、逆に仇になるなんて……」
俺は、ストローを指でいじりながら、
小さくため息をついた。
「天音は翔くん一途だからなぁ〜。
結構わかりやすいし、本人も隠すつもりなかったしね」
「兄ぃはそのへん、ちょっと冷めてる感じだからなぁ。
ストーカーとかでも、結構苦労してたし」
ストーカー……。
そういえば、何件かあったって話してたっけ。
翔は、かなりモテる。
それはもう、否定しようがない。
……と同時に、ひとつ疑問が浮かんだ
。
「翔って……今も、ストーカーとかいるのかな?」
「多分いないよ〜。
というか、私と翔は立場的に結構厳重だから」
「厳重……?」
「スパイとかに尾行されてないか、基本ガードマンがついてるんだよ!」
「真桜たちも……本当に大変ね……」
「それでついでに、ストーカー対策もしてる感じ。
まぁ大体は厳重注意で終わるけどね。
そんなわけで、私と兄ぃにストーカーはほぼ無理ゲーなのだ!」
「一気にスケールが大きくなった……」
知らなかった。
そんなことにまでなっているなんて。
そういえば……
世界的にも有名な製薬会社の御曹司だ。
スパイだとか、
家族や子どもに目をつける連中がいても、
不思議じゃないのかもしれない。
俺は、今さらながら、
自分がとんでもない世界のすぐ隣に立っていることを実感していた。
「それじゃ、私から
“ゆかっちと翔くんは普通の友達”って伝えておこうか?」
桐谷さんが、さらっと提案してくれるが…
「う、うん……
でもそれは、もう真桜さんが言ってくれたみたいで……」
「なんでも、
こっそり二人きりで話してたことと、
“翔”って呼び捨てにしてたのが気に触ったみたいで……」
「あ〜……」
「うわぁ〜、それは特別視してるって思うよなぁ〜。
兄ぃ、元カノ含めて、女子とはずっと淡々と卒なく関わってきてたから」
「うーん……
なんとか誤解を解く方向で説得したいところね……」
思ったより、神崎さんの話は大きくなっていた。
しかも、ただの誤解で済まない雰囲気になりつつある。
そんな空気を、桐谷さんが容赦なくぶち壊す。
「ねぇ。“誤解”って言うけどさ……」
「翔くんが、ゆかっちのこと
“けっこういっちゃってる説”はある?」
「……へ?」
「たしかに、神崎さんじゃないけど、
私から見ても翔くん、裕香さんにかなり親しげよ?」
「そ、そそれは……幼馴染だし……
そんな気は……ないと……思う、かな……?」
「それじゃあさ!もし兄ぃに告白されたら、ゆかっちどうする?」
「おお!それはいい質問!どうなんだ、ゆかっち!」
アグレッシブすぎる二人。
白石さんはというと、
「また始まった……」という顔で静かに見守っている。
「翔が……私を……?」
女子になって、はっきりわかる。
異性から見た翔の魅力。
思いやり。
気遣い。
立ち居振る舞い。
顔、スタイル、コミュ力、財力。
……正直、欠点が見当たらない。
(翔の彼女だったら……
きっと、めちゃくちゃ幸せなんだろうな……)
でも、万が一そうだとしても……
流石に、流石に。
こんな俺が、隣に立つのは違う。
白石さんや……
それこそ神崎さんの方が、ずっと釣り合ってる。
「わ、私は……あくまで、友達で……」
「私なんかじゃ……とても、とても……」
自分でも分かるくらい、
ひどくネガティブな答えだった。
「ふーん……“釣り合ってない”から、って理由かぁ……
じゃあ、“ナシ”ってわけじゃないってこと?」
「!?!?い、いや!そんな……!」
「えええ!ゆかっち、そんな卑下することじゃないぞ!
ゆかっちは普通に可愛いぞ!」
「そうそう。私もそう思うわ。
翔くんと裕香さん、幼馴染だからこそ分かり合えることもあると思うし」
「そ、そんなこと言われても……」
いやいやいやいや。
俺と付き合っても、そんな楽しいもんじゃないと思う。
それに、俺は今――。
そう思って、つい白石さんの方をちらりと見る。
「ふふふ……ゆかっち。それならさ……」
真桜さんが、やけに誇らしげな顔で言った。
「私と付き合ってみる?」
「えええええ!?ま、真桜さん!?」
「おおー!真桜の告白だ!ゆかっち!これは貴重だぞ!」
「……もう。これ以上からかうの、やめてあげなさいよ」
「レイ!私は本気だよ?さぁ、ゆかっち。どうだ!」
もう……
何がなんだか、分からなくなってきた。
「あ、いや……真桜さんこそ……私とは釣り合わないというか……
不相応だし……そんな……」
「ゆかっち〜。私は全然いけるのに〜。なんで〜?」
「ま、まだ……付き合うとか……そういうの……
ごにょごにょ……」
語彙力が、完全に死にかけていた。
「真桜!残念だったな!ゆかっちにフラれたぞ!なははは!」
「かなし〜!レイ、慰めて〜!」
「……知らないわよ。そんなの」
「あはは……なんだこれ……」
結局、ファミレスでのプチ打ち上げは
神崎さんの話題を中心にぐるぐる回り、
大きな進展はないまま、
しばらくは、学校でも下校でも、
翔との接触は控えめにしよう
という、なんとも消極的な結論に落ち着いた。
そして、解散。
俺は真桜さんと。
桐谷さんと白石さんは、別の方向へ。
帰り道。
「翔ってさ……彼女いたこと、あったんだよね?
どんな感じだったの?」
「うーん……正直、結構ドライだったかな」
「研究に忙しくて、あんまり構ってあげてなかったし」
「本人も、そこまで本気じゃなかったみたい。
まぁ、することはしてたけど」
「おぉ……そうなんだ……」
「でもね、ゆかっち」
「兄ぃがね、自分の予定をキャンセルしてまで
時間作った相手って……
ゆかっちが、初めてなんだよ?」
「……え?」
「だからさ。
私はけっこう本気で思ってる」
「ゆかっちのこと、
兄ぃは“特別”に見てるんじゃないかなって」
「……」
胸の奥が、少しだけざわつく。
「……そんなこと……ないと思うけどな……」
自室に戻った俺は、ソファに寝転び、天井を見つめながら考え事をしていた。
「翔が……俺と……」
今まで何度か思ったことはある。
もし翔が彼氏だったら――
きっと、すごく幸せなんだろうなって。
でもなぁ……。
翔の立場。
周りの目線。
噂や声や、余計な期待。
そういうものを全部考えると――。
「……やっぱり、友達だからこその距離、だよなぁ」
その距離が、一番楽で、
一番壊れにくい。
俺はひとまず、
翔との可能性について考えるのをやめることにした。
今はそれどころじゃない。
――問題は、神崎さんだ。
とにかく誤解を解かなくてはならない。
俺は翔と付き合っていないし、
付き合うつもりはない。
それが伝われば、
神崎さんの執着も、きっと薄れるはずだ。
「今日はもう寝よう」
頭が回らない時に考えても、
ろくな結論は出ない。
そう自分に言い聞かせて、
俺は目を閉じた。
一方、神宮寺製薬・研究所。
「……はぁ……裕香……可愛いな……」
翔は、スマホの画面を見つめながら、
ぽつりと呟いていた。
そこに映っているのは、
体育祭の日に撮った、
裕香との――唯一のツーショット。
「……できれば、チア姿のツーショット、撮りたかったな……
高校最後なのに……くそ……!俺は……俺は……!」
思わず拳を握りしめ、
そして、深く息を吐いた。
「……告白、できなかったな
今の距離が……消えるかもしれないって考えたら、
正直、怖かった」
親友としての距離。
気軽に話せて、笑えて、
隣にいるのが当たり前の関係。
それを壊す勇気が、
どうしても出なかった。
「……他の奴らって、どうやって告白してんだか」
自嘲気味に呟きながら、
翔はスマホを操作し、
アルバムやSNSを次々と開いていく。
「……クソ……」
「赤組のダンスパフォーマンスの写真、
裕香ほとんど写ってねぇじゃねぇか……!」
「どいつもこいつも……
裕香の魅力、全然わかってねぇ……!」
指を滑らせながら、
必死に裕香のチアユニフォーム姿を探す。
「……いや、でも……逆に、魅力に気づいて
しょうもない男が近寄ってくるのも嫌だな……」
完全に矛盾した思考に陥りながら、
それでも画面から目を離せずにいると――。
「翔。入力、進んでいるか?」
「うぉっ!?と、父さん!?居たのか!?」
「いや、お前が後から来たのだろう……む?
それは、前野くんか?」
「……ああ。
あと、“前川”って呼んでやってくれ
あいつは……
前川裕香として、ちゃんと頑張ってる」
「……そうか。それは、すまなかった。
状況が複雑だからな。今後はそうしよう」
「ところで……彼…いや
彼女は、高校生活、うまくやれているのか?」
「大丈夫だよ。真桜がいるし、友達もできた。
みんな良いやつだ」
「俺も……フォローはしてる」
「そうか、れは良かった。
私はなかなか、補助に加われないからな
今後も支えてやってくれ。友達として」
「…………」
「……ああ。友達として、な」
聖十郎はそれ以上何も言わず、
静かに研究室を後にした。
残された翔は、
しばらくその場から動けなかった。
「……友達として、か……」
「それで割り切れたら……
どれだけ楽だったんだろうな……」
深いため息をつき、
翔はスマホを伏せる。
そして、
無言でキーボードに向かい、
再び入力を始めた。
裕香
神崎
翔
それぞれの想いは、
少しずつ、
確実に
より深く、より複雑に絡み合い始めていた。




