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第27話 彼も彼で大変なんだなと

久我 奏が転校してきてから、数日が経った。


隣のクラスだというのに、校内のざわつきはまったく収まる気配がなかった。


「かっこいいよね……!!」

「今日、あいさつ返してくれた! めちゃくちゃ優しいよ!」


そんな声が、廊下でも、階段でも、当たり前のように聞こえてくる。


……当然といえば、当然なんだろうけど。


俺は相変わらず、いつものメンバーと固まっていた。


「レイ、転校生と話せたんだって?」


「そうなの! ほんっっっとに夢みたいだった〜! あぁ、また話したいなぁ……」


「なはは! 浮かれすぎだって」


桐谷さんがそう言って、白石さんを軽くからかう。


でも……やっぱり白石さんは、すごく楽しそうだった。


その笑顔を見ていると、なぜか胸の奥が、ちくっと痛む。


久我 奏さんのことは、正直すごいと思ってる。

尊敬の気持ちもある。

俺なんかが、ライバル視できるようなレベルの人じゃない。


……なのに。


なんだろう、この気持ち。

悔しいような、寂しいような、落ち着かない感覚。


これが……嫉妬、なのか?


「…………」


「ゆかっち、どうしたの?」


真桜さんが、顔をのぞき込んでくる。


「っ!? い、いや……な、なんでもないよ!」


ちょっと声が裏返った気がしたけど、気のせいってことにする。


……頼むから、バレていませんように。


「ふーん……そっか!」


うう……視線が、なんだか気になる。

真桜さん、変なところで察しがいいからな……。


そんなこんなで、1時間目は体育だった。


今回はテニス。


女子に紛れての着替えにも、さすがに慣れてきたけど……

それはそれとして、運動はやっぱり苦手だ。


1組と2組は、テニスコート横の運動場に並ばされる。


「はーい、それじゃ二人一組になって、少し練習しまーす。

そのあと、順番にコートに入って打ち合いをしてもらいますねー」


「うう……またこれか……だ、誰か……」


ぼそっとつぶやいた、その時。


「ゆかっち! 一緒にやろ!」


「え……!? う、うん!」


……やっぱり、真桜さんは女神だった。


1組サイド


「久我くん、よかったら俺とペア組まないか?」


「神宮寺くんか、いいよ。ちょうど君と仲良くなりたかったし」


「おう、それじゃよろしくな」


(とりあえず、こいつの出方を見極めないとな……。

裕香と直接の接点はほとんどないが、白石と仲良くなれば、関わる可能性はある……)



2組サイド真桜と裕香


「よーし、次は私たちの番だよ!」


「あわわわわ……帰りたい……」


「ゆかっち、体育になるとそればっか! 大丈夫だって」


テニスコートで、真桜さんと向かい合う。

グリップを両手で持って……えっと、構えは……?


……もういいや。

来たボールを、とにかく打ち返すしかない!


「いくよー、それっ!」


ポーン――


軽やかに、打ちやすそうな球が飛んでくる。


「そぉい!!」


ブォンッ!!


……スカッ


当然である。


「……うぅ……」


「ゆかっち、ボールをちゃんと見て、

ポンって当てるだけでいいから!」


「……あ、やってみる」


……とは言ったものの、結果は散々だった。


完全に、真桜さんの足を引っぱってしまった。


「ごめん……あんまり返せなくて……」


「いいって、いいって!

今度、私の家の庭で練習しよ!」


さすが金持ち、発想が違う。


テニスコートでは、すでに次のグループがラリーをしていた。


「そぉりゃ! スマァーッシュ!」


「ちょっと!! ムチャだって!」


桐谷さんの強烈なスマッシュを、

白石さんはいとも簡単に打ち返す。


すごいなぁ

こういうところは、やっぱり“才能”なんだろうなと思う。


少し離れた場所で、それを見つめる久我と翔。


「…………素敵だ……」


「……」


(今、素敵って言ったな……こいつ、確実に白石を狙ってやがるな……いいぞ。この調子だ)


「よし、久我くん、次は俺たちだな」


「うん、よろしく」


二人はコートへ向かって歩き出す。


さて――

なんやかんやで、男子の番だ。


「久我くんは運動とかどうなの?」


「問題ない。今日の朝、テニスの動画を見た」


「ふーん……そうか」


テニスコートで対面する容姿端麗な二人。

翔はともかくとして、転校生の久我奏——


男子はもちろん、女子のほとんどが視線を向けている。

……なんとなく、その気持ちはわかる気がする。


俺は、ちらりと白石さんの方を見た。


「……久我くん……」


なんて純粋な目なんだ……

見なきゃよかった。


一方、テニスコート。


「はぁ……ただのテニスだけでこれかよ……まったく。目立つのは面倒くさいな」


「だね、僕もよくわかるよ……それじゃ、いくよ」


久我はボールを真上にトスし、大きくラケットを振りかぶる。


「ふん!!」


ブォン!!


……スカ。


ポーン……ポン……ポン……


「……………………」


コートに、なんとも言えない沈黙が落ちた。


「……すまない、緊張した。もう一回だ……」


再び、鋭くラケットを振る。


ブォン!


……スカ。


「久我くん、その……」


「だ、大丈夫だ!!」


不自然なほど力強い否定。


なんというか……

あまりにも意外すぎる一面だった。


俺の中で「イケメン=何でもできる」という固定観念が、

静かに崩れていく。


俺たち女子は、テニスコートで起こった一幕を見ていた。


「ええ……意外……」


「ちょっと、ショックかも……」


「私は“ギャップ萌え”ってやつで、むしろアリかも!」


いろんな声が飛び交う。

……なんて無責任な評価だよ。

久我さんだって、全力で頑張ってるのに。


……俺もミスばっかりだったからわかる。

というか、正直に言ってしまえば、あれは相当恥ずかしい。

相手は運動神経抜群の翔だし……男のプライド、かなり傷つくだろうな。


「ふふ、可愛いところもあるんだね、久我くんって」


「……!?」


「なはー、ああいうタイプは後からめちゃくちゃ上手くなるんだぞ〜」


「むしろ、ちゃんと教えてない兄ぃにも責任あるな〜」


やっぱり、聖人三人は流石だ。


でも……

白石さんのその評価は、ちょっとだけ……いや、かなり複雑だった。


そして体育も無事に終わり、俺はひっそりと手洗い場に向かった。


「はぁ……白石さん……やっぱり久我さんに好意を抱いてるのかな……」


このまま、何もできないまま奪われてしまうのか……。


そんなことを、ぼんやり考えていると——


「はぁ……僕はなんてダメなんだ……あ、隣、いいかな?」


「あ、はい……どうぞ……」


……ん?

この声……。


なんだ、久我さんか……って……え?


「って、えええ!? く、久我さん!?」


「あ、白石さんの友達の……裕香さんだったね。ごめん、すぐに気づかなくて」


ジャー……。


二つの蛇口から流れる水音が、静かな手洗い場に響く。


「…………」


気まずい……!

友達の友達に偶然会った時の、あの微妙な空気。

さっさと手を洗って、立ち去ろう……


「はぁ……バイオリン……いや、文化系ならできるのになぁ……

運動になった途端これだよ……何やってんだ、僕は……

これじゃ幻滅されてもおかしくない……ああ……滅びたい……」


「え……?」


……急にどうしたんだ、この人。


「というか、周りも勝手に期待してきてさ……

僕、注目とか本当は苦手なのに……

せっかく神宮寺くんと仲良くなれそうだったのにな……はぁ、最悪だよ……」


「そ、その……大変、なんですね……」


「……え?」


「あ、いや……バイオリンで有名になったから、

それ以外のことまで勝手に期待されて……

でも、男としての……プライドもあって……

必死に応えようとしてるんですよね……」


「……裕香さん……」


この人……なんだか、俺と似ている気がした。

才能とか、顔とか、そういうのは全然違うけど。


変に気負って、勝手に落ち込んで、ひとりで抱え込んでしまうところ……。


「一年前の……《バベル》……でしたっけ。

久我さんの曲……無謀な挑戦の歌詞のやつ……」


「あ……ああ!懐かしいな。

僕がスランプの時、なんとなく作ったやつだよ。

あれ、あんまり再生回ってなくてね」


「でも……すごく伝わってきました。

感情とか、リアルな感じとか……」


「……そっか。それは、嬉しいな……ありがとう」


少しだけ、久我さんが笑った。


「裕香さんも、ボカロ聴くの?作るの?」


「お、俺……いや……私も、昔ちょっと触ってて……

でもそんな、大したことないですけど」


「僕も三年生になってからは、あんまり触ってないしなぁ……」


少し沈黙が流れる。


でも、不思議とさっきの気まずさはもうなかった。


「なんか……少し気が晴れた。ありがとう、裕香さん」


「えっ!? い、いえ!? 私、何もしてないですよ!?」


「はは……そんなことないよ。

それに敬語じゃなくてもいいんだよ、同い年なんだし」


「ええええ……目の前の“久我奏”にそれは……」


なんというか……思っていたよりもずっと話しやすい。


きっと、俺が勝手に遠慮して距離を作っていただけなんだろう。


この瞬間、はじめてだった。


“有名人・久我奏”じゃなくて、

“普通の同い年の男の子”に見えたのは。


そして、また場面は変わる。


靴箱の前で、翔と白石、そして真桜がたむろしていた。


「まあ、すごい緊張してたからな。久我くん」


「ふふ……でも、すごく真面目に取り組んでたね!」


「兄ぃは、もっとちゃんと教えてあげればよかったのに〜。

久我くん、ちょっと可哀想だったよ〜」


「うるせぇ。教えることはちゃんと教えてるっつーの。

ただの運動不足だ、ありゃ。ちょっと鍛えりゃマシになる」


「その時には、みんなで何かアクティブなことしたいなあ」


「そうだな」


(とりあえず、白石は久我の評価を下げてる様子はないな……

むしろ、ギャップにやられて評価上がってる気すらする。

……頼むぜ、久我くん、本当に。白石を射止めてくれよ……)


もうすぐ休み時間も終わるというのに、

そんな風にダラダラと話していた、そのとき。


靴箱の奥の方から、男女の声が聞こえてきた。



「……裕香さんは、どこまでやってたの?」


「えっと……私はノートパソコンで、ほんとに趣味程度かな。

無料ソフト使って、メロディ打ち込んで……有名なキャラの声、調声して歌わせてみた、くらいで……」


「そうなんだ。僕は容量がすぐ足りなくなっちゃってさ。

それで、結局デスクトップを自作したんだ。作曲用に」


「え……じ、自作……?」


「うん。CPUとかメモリとか、性能を全部自分で選んでね。

ソフトも、ちょっと高いやつをいくつか入れてる。

最近はAIの歌声も増えて、人間っぽい表現が細かく調整できるんだよ」


「へぇ……本格的だね……」


「まあね。最初は趣味だったけど……気づいたら止まらなくなってた笑」


2人は共通の趣味で会話が途切れず、自然と靴箱の方へ並んで歩いていく。


その様子を見ていた翔は、胸の奥にズキッとした感情が走った。


(は…………?なんで……?なんでもう仲良くなってんだよ、アイツ……くそ!!ちょっと目を離した隙にこれか!やっぱり油断ならん!!)


そして、もうひとり——

静かに衝撃を受けていた人物がいた。


「え……?久我くんと……裕香さん……?」


白石の声は、誰にも届かないほど小さかった。


「ゆかっち〜!……えーっと……く……くーくん!!

ほら、遅れちゃうよ〜!」


真桜だけが、いつも通りの明るさで2人を呼び寄せた。




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