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第25話 夏のイベントは海だけではなかったのだ

ビーチから数日

シャワーを浴び、髪を乾かし、

ようやく落ち着いた夜の時間。


俺はソファの上でスマホを眺めていた。


海の写真

どれも眩しくて、楽しくて、

胸の奥が温かくなる思い出ばかりだ。


けど、それと同じくらい強く──

最後の“あの瞬間” が頭をよぎる。


翔が、

あの……翔が…

俺を引き寄せて、

力強く抱きしめてきた瞬間。


ふと手が止まり、スマホを胸に乗せて天井を見上げる。


「……俺も……って……」


「なんの“俺も”なんだよ……」


何度考えても、答えが出てこない

帰りの車でもずっと真桜さんと話してて

何も聞けなかった。


あの場の勢いなのか。

それとも──



あのときの翔。

いつもの余裕ある表情じゃなくて、

どこか…焦ったというか、思い詰めたような顔をしていた。


「……なんか、力強かったな……」


この身体になってから皮肉にも女性からのハグがほとんどだ。

それ故に男性の“特別さ”があった。


(翔が俺にあんな風に触れてきたことなんて……)


そう思いかけたとき、

ふと昔のことが脳裏をよぎった。



ーーーー


『なぁ裕貴、何時間ゲームしてんの?』


『ん?三時間くらい?』


『肩凝るだろ。ほら、製薬会社直伝のツボ押してやるよ』


モミモミ…


『お、うわ、気持ちいい……!』





『裕貴、身長伸びた?』


『いや止まった。二次成長も終わったし…もう無理だろ』


『ふーん……まあ、残念だな』


ポンッ、と頭を軽く叩かれる。


『やめろ。チビに人権はないんだぞ』


『ははっ!ネットに毒されてんぞ』



ーーーー



「…………いや、めっっちゃ触ってくるじゃん翔」


気づかなかっただけか?

さりげなさすぎて意識してなかっただけなのか?


わからん!!なんなんだあいつ!?

夏だから人肌恋しいのか!?

いや、翔がそんな弱るか?


歩くだけで女子に振り向かれ一目ぼれされ、

ラブレターはトータル100通は軽く超え、

非公式のファンクラブまで作られるレベルの男が?


それに——

今思えば、彼女がいた時期もなんか冷めてた。

そして、時々俺との予定を優先してたことすらある。


(……まさか、とは思うけど……そっちなやつ…?)


「………………」


「いやいやいや!!!ないだろ!?万が一

そうだとしても 俺よりいい男いっぱいいるし!」


それでも頭をよぎるひとつの可能性。


「……もし翔がそっちだったら……

今の俺、女だし…なんというか……」


「………いやわからん!!!」


自分の恋愛経験の薄さと、

翔の行動の意味不明さと、

女になったことで増えた未知の感覚が

全部ぐちゃぐちゃに絡まっていた。


「はぁ……これが“男女の友情は難しい”ってやつなのか……?」


自分で言っておいて、

多分違うな、とすぐ思った。


でも、今考えたって仕方ない。

次に翔と会う時、どんな顔をすればいいのか……

そっちのほうがよっぽど問題だ。


時間が過ぎて、軽くご飯も食べ終えた。


涼しいクーラーの風が心地いい。

身体にはまだ少し海の余韻が残っている。


「海……楽しかったなぁ……夏休みっていいな」


グループルームに送られてきた写真を再び眺める。

砂浜で笑うみんな。

水上バイクで叫んでる自分。

オイルトリートメント後の全員のトロけた顔。


(もう一個イベント欲張りたいけど……それは我儘か)


そんなことを考えていると――


ピコン。


「真桜さん?なんだろ?」


【おつ〜!!8月の花火大会いこ!】


「……この子、タイミングは完璧なんだよな……」


まるでラブコメの舞台を調整してる存在みたいだ

俺はもちろん了解の返事をする。


ーーーー


同時刻──神宮寺家 地下フロア


神宮寺家の地下研究所。

デスクの前で、翔が両手で頭を抱え込んでいた。


「ううう……うううあああぁ……!!」


髪をぐしゃぐしゃかきむしり、

机に突っ伏し、足をばたつかせたくなるほどの悶絶。


そんな翔を、心配そうに見つめる父・神宮寺聖十郎。


「どうした?ここに来てからずっと調子が悪いが」


翔は顔を上げず、心の中で絶叫していた。


(あああああああぁぁ……!!

死にたい!!死にたい!!!マジで死にたい!!!

なんだよ……あの“俺も”って……

焦っちまってつい…あんなの俺じゃない

童貞かよ!!

穴があったら入りたい!

そのままマントル突っ切ってブラジルまで逃げたい!


あ…でも、肌すべすべでいい匂いして胸がフニャンってなった)


そんな息子の心情を知らない父は、静かに肩に手を置く。


「まあ、あまり無理はするな、翔。休息も仕事のうちだ」


「……大丈夫だよ、父さん」


(大丈夫じゃねぇ!!………ああ…変な奴って思ってんだろうな…弁解したい)



「父さん、おっ先〜!」


真桜が軽やかに研究所のエレベーターへ向かう。


「うむ、お疲れ様」


聖十郎が手を振る。


「真桜、お前の分の仕事はもう終わったのか?」


「そだよ〜、花火大会あるでしょ?

その前に終わらせたかったんだよね〜!」


「なるほど……そういえば、そんな行事もあったな」


「それじゃ、私はゆかっちと一緒に楽しんできます!

兄ぃも頑張って終わらせてね!」


そう言い残し、真桜はひらひらと手を振って研究所を出た。


「ん?…は……?」


「ゆかっち……と……一緒に……?」


小さく呟いたあと、

研究室に“間”が落ちる沈黙。


感情を押し殺しながら、

翔は父のほうを向いた。


「父さん……少し頼みがある……」


聖十郎は眉を上げる。


「この前も予定をキャンセルしただろう?

学生を堪能したいという気持ちは分かるが…

だが今は忙しい……すまんな」



「……そうか」


ーーーー


8月の中頃。

夏の夜にしては少し蒸し暑く、蝉の声もまだしぶとい。


「ゆかっち!似合ってるぞ!!」


「あ、ありがと……」


鏡に映るのは、

紺色の浴衣を着た女子の自分


髪は後ろで軽くまとめて、

小さな巾着を握って、

華奢な肩に薄い浴衣の生地


毎度毎度思うが、こんな格好するとは




目の前の真桜さんはピンクの浴衣。

鮮やかな花柄金髪で洋風な顔立ちなのに

着物が似合ってるってバグだろ。


俺の家で一緒に着付けを済ませ、

そのまま花火大会の会場へ向かって歩いていく。


「まさか、前日に泊まりに来るなんて……」


「ゆかっちに浴衣着せたいし、久しぶりにお泊りしたかったんだよ〜!」


「そ、そうなのか……はは……」


「それに……昨日の夜、いい反応してたし?」


「うっ……!あ、あれは……!」


一応言っておくと、深い意味ではない。

ないのだが。


添い寝を強制され、

くすぐられ、モゾモゾさせられ……

あの時の恥ずかしさが脳裏をよぎる。

でも、ちょっと良かったかも…


「うぅ……歩きづらい……足も動かないし、裾も気になるし……

汚しそうで怖い……」


「ふふふ〜、ゆかっち。女性のおしゃれに機能性求めちゃダメだよ?」


真桜さんは草履のままスタスタ歩く。

浴衣なのに、動きが軽い。

さすが“本物の女子”。


(俺……まだまだ未熟だな……)


提灯の並ぶ商店街を抜けると、

人の声と屋台の匂いと熱気がぐっと近づいてくる。


「花火大会……初めてだなぁ……」


「もう〜、それ何回目?

いいのいいの、ゆかっちはもっと楽しんじゃって!」


「うん……ありがとう」


なんだかんだで真桜さんは優しい。

俺の初めての夏を、

全部隣で引っ張ってくれてる。


会場に足を踏み入れた瞬間、

むわっと温かい夏の空気と、屋台の香ばしい匂いが混ざって押し寄せてくる。


視界いっぱいに広がる光景は——


まさに夏祭り。


「うわぁ……」


提灯がずらりと並び、焼きそばやりんご飴の香りが漂う。

上裸で威勢よく神輿を担ぐ鮭臭い若い兄ちゃん達。

子どもを肩車するお父さん。

浴衣の女子同士で「かわいい〜!」と騒ぐ声。

きっと多くの作家は、こんな光景を見て

夏祭りの一幕を書いてるんだろうな……


思わずそんなことを考えてしまうほど、

絵に描いたような夏の風景だった。


「ひぇ……人すご……」


圧に押されてたら、真桜さんがニコッと振り向いた。


「よーし!ゆかっち、まずは写真!!」


「え、う、うん……!」


言われるがまま並び、インカメが向けられる。

インカメでピースなんて初めてで、表情がどうしても固くなる。


「……はい、チーズ!」


パシャッ。


「あはは!ゆかっち顔固い〜!かわいいけど!」


「うぅ……恥ずかしい……」


「さて、この可愛い写真を……兄ぃに送信っと!」


「えっ!? なんで!?」


「自慢♡」




一方その頃・研究所


ピコンッ。


「んん?真桜からメッセージ……?」



【やっほー兄ぃ見てる?笑

浴衣のゆかっちだよ〜☆】


画面に映ったのは——

浴衣姿で並んだ、真桜と裕香。


裕香はぎこちない笑顔。

だけど……ちゃんと女子の笑顔をしている。


翔の指がピタッと止まり、


「あ……ああ〜〜〜……」


呼吸が乱れる。


「翔、このデータなんだが——」


「おあああああああああ!!!!!」


バンッッ!!カタカタカタカタ!!!


「父さん!!このデータ終わったら今日は終わりなんだよな!!?」


「あ、あぁ……入力ミスはするなよ……?」

(すごい……高速タイピングだ……)


「おおおおおお!!!」

(絶対!絶対!花火までには間に合わせる!!)


研究所全体がザワつくほどの勢いで作業を終わらせにかかる。





「行こ!」


真桜さんが当然のように俺の手を引く。

浴衣の袖がふわりと揺れ、俺もつられて小走りになる。


気づけば、色とりどりの提灯が灯る祭りの中心へ。



「うわぁ…たこ焼きいい匂い……」


「ゆかっち、これアツアツだから気をつけて!」


熱々のたこ焼きをフーフーしながら2人で頬張る。

次は焼きそば、かき氷……

どれも美味しくて、祭りの空気も相まって幸せが増していく。



スーパーボールすくいでは、

水面で跳ねる光の玉たちが眩しくて


「取れた!ゆかっちすごーい!」


「た、たまたまだよ…!」


輪投げでは惜しくも外して悔しがってたら、

真桜さんが「よしよし」と頭ポン。


射的では思いっきり的を外し、

2人して爆笑。


浴衣姿で笑い合い、

屋台の明かりが浴衣の紺色に反射する。



夏の夜の喧騒と、

ひんやりした空気と、

漂う甘い夜店の匂い。


俺、今ほんとに“夏”してる。


アナウンスが響く。


『午後7時55分となりました。8時より打ち上げ花火を開始します』


「花火だ!もうすぐ花火だよ!」

真桜さんは一層テンション最高潮。


俺の胸も、ドクンと跳ねた。


(花火……)


子どもの頃、

窓の外で一人見ていた花火。

誰も帰ってこない部屋で、

音だけが胸に刺さった。


今日は違う。


真桜さんに手を引かれ、

会場中央の有料観覧エリアへ。


「最近の花火って見るだけで金取るのか…」


「だよね〜まぁ都会だと仕方ないよ」


ベンチに座り、

ざわめきと涼しい夜風の中で時刻を待つ。


すると、背後から息を切らせた声が。


「はぁ……間に合った……」


振り向くと――

じんべい姿の翔が立っていた。


額に汗、肩で息をしている。

研究所から全力で走ってきたのがわかる。


「あ、兄ぃ来れたんだ。お疲れ〜」


「……!?し、翔……」


「あ……ゆ、裕香……」


翔……来るんだ…

そんな突然に…デモ、

ハグの理由を聞かなきゃ


「………………」


(裕香……浴衣……めちゃくちゃ似合ってる……可愛い……

ああもう一度……ハグしたい………)



「……? どたの?二人とも」


真桜さんの明るい声で、

ピンと張った空気が揺れる。


「……!?と、とりあえず、そこ座るぞ」


翔はわざわざ俺の隣に座る

ちょっと距離が近い

いや、かなり近い


真桜さんは何も知らない

けど、俺と翔の間には

あのハグが、ずっとざらついて残っていた。


「あ……あの……」


言いたいことが喉に詰まる。

翔の横顔がすぐそこにある。

じんべい姿なのに、

妙に色気があるのはなんでだ。


翔はそれ以上に裕香を細かく見定めていた


(裕香の横……近い……

首筋の汗……すこし湿った髪……

香り……ユリの香水か……

くそ……なんでこんな可愛いんだ……

このままずっと隣にいたい……)


翔の視線も、俺の視線も

互いにさまよって、合わなくて。

けど、離れられない。


言わなきゃ。

でも、怖い。


(……翔…ハグのこと…)


(……裕香に何て言えば……)


そんな時だった。


ヒューッ……


——バァン!!


夜空が一気に光に染まった


どん、と胸を叩くような音

人々の歓声

浴衣がふわりと揺れる風


二人の間にあった気まずさも不安も、

全部、花火の音に飲み込まれていく。


翔も、俺も、

言葉を失ったまま空だけを見上げていた。


「きたー!!花火!!やっぱり夏はこれっしょ!」


「おお、いい席取ったな」


真桜さんはテンションMAX。

翔はいつも通りクールに見える。


そして俺は——


「……………あれ?」


頬に伝う涙に、自分が一番驚いていた。


感動なのか、

懐かしさなのか、

昔の孤独を思い出したのか——

はっきりしないのに、

涙だけは勝手に流れてくる。


「え……いや、綺麗だな……花火……ぐす……ぐす……」


うまく誤魔化そうとした時


ふわり、と背中に触れる手

真桜さんだ。


そして反対側からは、

そっと肩に添えられる翔の大きな手。


「うんうん、ゆかっち。綺麗だね。

今日は一緒に見れて良かったね……!」


「だな。高校の夏休みは……こうでなくちゃな」


二人の声がすぐ横で重なる。


胸がぎゅっと苦しくなるのに、

同時に温かい。


「うん……………うん!」


涙は止まらないまま。

でも、花火の明かりに紛れて

それさえ愛おしい時間に変わっていく。


しばらく三人で、

音と光に包まれながら

夜空を見上げていた——。


数十分ほどが過ぎた頃。


「私ちょっとトイレ!待っててね〜!」


真桜さんが軽いテンションで席を立つ。


残された俺と翔。

花火の音が遠く響く中、沈黙が落ちる。


先に口を開いたのは——翔だった。


「なぁ…裕香。この前の件なんだが」


「あ……うん」


翔は少し視線を逸らし、

言葉を慎重に選んでいるようだった。


「男女どうこうとか……そういう深い意味はない。

安心してくれ。

ただ……最近真桜たちとお前が仲良くしててな……

少し距離が空いてる気がして……」


(……自分でも苦しい言い訳だと思うが……

これ以上誤解させたくない……)


「な、なんだ……そうか……!」


ホッと胸が軽くなる。


「そうだよな。俺たち……もっと距離近かったしな!

変に疑ってごめん、翔!また……昔みたいに遊ぼう!」


「……!?あ、ああ。そうだな……!

フットワーク軽いうちにな」


肩の力が抜けていく

気まずさはまだ少し残っていたけど、

二人で笑える空気は戻ってきた。


(……本当に。翔とはずっと仲良くしていきたい)


俺は視線を上げて花火を見る


大輪が夜空で咲いて、散っていく


「花火……すごい迫力だな……」


翔は俺の横顔を見つめていた。


(……はぁ……俺って本気で誰かを好きになると、

こんなにヘタレになるんだな……認めたくなかった……)


(でも……本気で好きだ。裕香のことが……今めちゃくちゃいい雰囲気なんじゃないか?告白してみるか?)


バァァン……


大きな花火が空を照らす。


(いや、ここで言っても花火にかき消されるだけだ。

これじゃ、ラブコメ主人公のありがちなやつ……

俺は“確実に”落とす……地道に、徹底攻略してやる)


そんな決意が込められたような目をしていた。


「二人とも仲直りできた〜?」


「「!?!?」」


いつの間にか真桜さんが真後ろに。


「ま、真桜!?いつ戻ってきた!?」


「だって〜、二人とも海の帰りの車でも喋んなかったし〜

なんかあったのかな〜って」


「なんも大したことじゃねぇよ。

まぁ……ちゃんと話して解決した」


「そっか!良かったぁ!」


「はは……真桜さんには敵わないや……」


三人で笑いながら

花火の残光に照らされる夏の夜。


——あぁ、本当に楽しい。

これが、俺の“高校最後の夏休み”なんだ。



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