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第14話 知らない間にラブコメのヒロインになりつつある

六月。

前川裕香になって、もう一ヶ月が経つ。


「あ〜……早いような、長いような……」


そんな月並みな言葉しか出てこないが、

それでも俺はこの“女子としての日常”に必死でしがみついていた。


朝。

まだ少し眠い目をこすりながら、

ベッドの上でごろごろとテレビのニュースを眺めている。


『今日の午後の降水確率は30%でしょう。念のため傘を持っていくことをおすすめします』


「雨降るのか……でも30%なら大丈夫だろ。基本外れるって」


立ち上がって制服に袖を通し、

鏡の前で髪を整える。

男だった頃なら、支度なんて20分で終わったのに、

今は身だしなみに気を遣う分、倍はかかる。


「……よし、行くか」


軽く伸びをして、いつものように登校。

教室につく頃にはすっかり晴れていて、

午前の授業は平和に過ぎていった。


だが――昼休み。


ザァァァァァ……


「雨だねー! ゆかっち!」


窓際で真桜さんが笑う。

外は一気に暗くなり、校庭を叩く雨粒が白く跳ねていた。


「うん……そうだね」


そうだった。ゲーム好きなのになんで気付かなったのだろうか

30%って意外と当たる。

傘、持ってくればよかったな……。

雨か……放課後までに止むといいんだけど。


──放課後。


どしゃああああっ!!


「……威力、増してない?」


玄関から外を見た瞬間、容赦なく叩きつける雨に思わず引いた。

校舎の屋根から落ちる雨水が滝のようで、地面はすでに小さな川みたいになっている。


「うひぃ……こりゃ酷いな…」

珍しく引いた顔になる桐谷さん。こんな雨でも練習とか

本当にお疲れ様です。


「私、迎え呼ぼうかな。裕香さんもどう?」

白石さんがスマホを手に言う。


「あ、ううん……私は歩いて帰るから大丈夫!ありがとう」


「そう? 無理しないでね」


変な意地を張ってしまった。

白石さんに心配をかけたくなかったのか、格好つけたかったのか

とにかく、傘を忘れたのに断ってしまった。


靴箱を抜け、校門へ。

外はもう、壁みたいな雨。


「……うー、走ればいけるか?」


鞄を頭にかざし、思い切って外へ飛び出す。


「っうおぉ!!」


数秒で髪も制服もびしょ濡れ。

顔に当たる雨粒が痛いほどだ。


「うひゃあああ!! 傘、持ってくるんだったー!!!」


校門を抜ける頃には、すでにスカートの裾から水が滴っていた。

靴の中までぐっしょりで、歩くたびに“ぐちゅっ”と音がする。

六月の雨は、想像以上に容赦がない。




場面は変わり──三年一組。


放課後、教室の窓際で翔は腕を組みながら外を眺めていた。

薄暗い空、窓を叩く強い雨。


「はぁ……“可愛い”が言えないなんてな。俺、こんなヘタレだったか?」


苦笑しながらつぶやく。

恋愛に置いては絶対的な自信があったはずなのに

裕香に対して何故か、弱い自分が情けなかった。


そんなとき。


「翔くーん!今日、一緒に帰らない?」


弾む声とともに現れたのは――神崎天音。

バスケ部のキャプテンで、

肩の下まであるセミロングを高めのポニーテールでまとめている。容姿やスタイルは真桜達に匹敵するほどの美人

今日は制服の上からカーディガンを羽織り、

小さなピアスが雨の光を受けてきらりと光っていた。


「あ〜……悪い、このあと予定があるんだ。」

と答えながらも、翔はふと彼女の手元に目をやる。

「ん?……ネイル、変えた?」


「えっ、気づいた!?嬉しい!翔くん、ほんとよく見てるね!」


「この前はピンクだったろ。今日は水色じゃん。似合ってる、可愛いよ。」


「翔くんに褒められたー!やった!」


天音は満面の笑みで手を振る。

翔も自然に笑った。

(神崎天音……容姿も良くて、明るくて、人気も高い。

 この子には“可愛い”って普通に言えるのにな……)


窓の外に視線を戻す。

その瞬間――見覚えのある小柄な女子が

鞄を頭にかざし、土砂降りの中を走っていくのが見えた。


「……っ!おい……!」


翔は急に立ち上がる。

「神崎!悪い、俺もう行く! またな!」


「あっ……うん。お疲れ〜」

天音は少し寂しげに手を振る。

(……最近、翔くん冷たいな。前はもっと話してくれたのに)


翔はそのまま教室を飛び出した。

階段を駆け下り、濡れた廊下を蹴るように走る。

靴箱を抜け、校門へ――。


裕香はびしょ濡れになりながらも、

ひたすら家を目指して走っていた。


「うぅ……冷た……あと少しで家……」


だが、そんな時に限って――

赤信号。


「まいったなぁ……ここ、長いんだよな……」


立ち止まって肩で息をしながら、信号が変わるのを待つ。

髪から滴る水が頬を伝い、制服の袖をじっとりと濡らしていく。


同時刻、少し後ろの方の男子達が会話をしている。


「なぁ、あの女子……傘さしてねぇよな?」 


「ほんとだ、びしょ濡れじゃん。てか透けてね?ワンチャン見えるだろ」


「いいね、やっぱり雨のハプニングは堪らんねぇ〜」


……下品な笑いが混じる声。



だが――次の瞬間。


「おい……」


低く鋭い声が雨音を裂いた。

振り返ると、そこには翔がいた。

傘を持っているのに、なぜかさしていない。

髪も肩も、すでにずぶ濡れだった。


「お前ら、俺の友達になんか用か?」


静かながらも圧のある声。

その眼光に、2人の男子は一瞬で怯んだ。


「い、いや……その……ごめん!」


逃げるように去っていく。


「……あれ、神宮寺だよな? やべぇ、怒らせるとマジ怖ぇ……」


「だな。親が社長…だっけ? 関わらん方がいいわ……」


遠ざかる声を背に、翔はまっすぐ裕香の方へと駆け出した。


信号が青に変わり、裕香が再び走り出そうとしたとき――


ふっと視界が暗くなる。

頭上を何かが覆っていた。


「……え?」


見上げると、翔が大きな傘を差し出していた。


「しょ……翔!?なんでここに!?」


「……」


無言。

表情はいつもの軽さがなく、少し険しい。


「え、なに……怒ってる?俺、何かした……?」


バサッ――


翔は鞄の中から濡れていないジャージの上着を取り出し、

無言のまま俺の肩にそっとかけた。


「……え?」


驚いて振り向くと、翔が視線を逸らしながら小さく言う。


「……ブラジャー、透けてんぞ。」


「え……あっ!! ほんとだ!!!」


慌てて自分のシャツを見下ろすと、

濡れた白シャツにグレーの下着がくっきりと浮かび上がっていた。これも毎度思うセリフなんだが

本当に白シャツって透けるんだな…


「うわぁぁ……俺としたことが……」


「裕香。お前な……前から言ってるけど、女子としての自覚が足りなすぎる。」


「う……それは……本当に気をつける。

でも、こんな俺の下着なんか見たってどうもならないだろ……」


翔にここまで強く叱られたのは初めてだった。

正直すごいショックだ

なぜそこまで怒っているのか、よくわからない。

真桜さんや白石さんならともかく、自分なんかに色気があるとも思えないのに。


雨音が二人の沈黙を埋める。

翔はしばらく何か言いかけて、息を呑んだように顔をそむけた。


「……はぁ。お前、まだそんなこと言ってるのか。いいか?

お前は、自分が思ってるほど――な、か……可愛いんだぞ。」


「……へ?」


「……いや…。とにかく、家まで送ってく。」


顔を真っ赤にしながら、翔は傘を広げた。

その大きな傘の下、二人は並んで歩き出す。


翔はできるだけこっちが濡れないように、

自分の肩を外にずらして傘を傾けていた。

そのせいで、翔の右肩と腕はすっかり雨に濡れている。


(なんで…わざわざ相合傘なんだ?…)


やがて社宅の前に着く。


「傘、ありがとうな翔。ちゃんと反省するよ。」


「……俺も。ちょっと怒りすぎた。……嫌ってないか?」


「え?あ、うん。全然。むしろ助かったよ。」


「そっか。……じゃ、また明日な。」


軽く手を振って、翔は背を向けた。

さっきの怒った翔と、今の翔……なんか、全然違う。

……こんな人だったっけ?


帰宅後、シャワーを浴びてソファーに腰を下ろす。

身体は温まったのに、胸の鼓動はまだ落ち着かない。


「可愛い……か。翔から初めて言われたなぁ。友達として気を遣ってくれたのかな…イケメンモテモテな奴に言われたらお世辞でも嬉しかったな。でも…異性としてじゃないだろうな」




そしてその頃――翔の部屋。


ベッドに突っ伏しながら、翔は頭を抱えていた。


「あああああ……!!言っちまった……可愛いって言っちまったぁぁ!!」


枕に顔を押し付けてバタバタと暴れる。

それでも胸の奥が妙にスッとしているのは、

ずっと言えなかった言葉をようやく吐き出せたからだ。


「……グレーだったな。……他のやつらに見せたくなかった。

あんなの……俺だけが見たかった……」


天井を見つめながら、

雨の中での光景が何度も脳裏によみがえる。

濡れた髪、シャツ越しの体温、

そしてあの小さな声での「ありがとう」。


「八つ当たりみたいに怒っちまって……裕香、怒ってないかな……」


布団に寝転びながら、

彼女の表情を思い出してはため息をつく。


「明日……普通に話せるかな。

……いや、もう風呂入ってる頃だろうな。髪乾かして……あの、ふわってなる匂い……」


思わず顔を覆う。

どうしようもない独占欲と、

「可愛い」と言えた達成感、

そして怒ってしまった後悔――

それら全部がごちゃまぜになって胸を締めつけていた。


「……あぁ、青春してんな、俺。

はぁ……気を紛らわそう。落ち着け、俺は“できる男”だ。」


そう言い聞かせながら、

翔は机の上に積んであった同人誌の束を手に取った。


「同人誌ってすげぇな。メジャーな漫画しか読んで来なかったが、意外とイケる。」


彼が読んでいるのは女装モノやTSモノの同人誌

翔は新たな扉を開けつつあった。


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