第13話 忍耐と知識の女子買い物、そして憧れの人と隠れお揃いコーデ
翌日――いよいよ当日。
翔とのやり取りを思い出しながら、
俺はワンピースを身にまとい、姿見の前に立っていた。
鏡の中には、見慣れない服装。
白い布地が光を反射し、ほんの少し頬が赤く見える。
「よし……似合ってる、かな?」
軽く裾をつまんでくるりと回ってみる。
髪も整えた。靴も昨日翔に選んでもらったもの。
――準備は万端。
胸の鼓動がいつもより速い。
それは緊張か、期待か、自分でもわからない。
深呼吸をして、家を出る。
俺は集合場所へと歩き出した。
「お〜い、ゆかっち〜!」
桐谷さんの明るい声が響く。
駅前の噴水広場どうやら、もう全員揃っているみたいだ。
俺は小走りで近づく。
その瞬間、目を奪われた。
みんな……おしゃれの格が違う。
桐谷さんはデニムジャケットに赤いキャミソール、元気いっぱいなカジュアルスタイル。
白石さんは薄いベージュのワンピースにカーディガンを羽織り、上品で清楚な印象。
真桜さんは黒のミニスカートに白シャツ――セクシーなのに
落ち着いた大人の雰囲気で、まるで雑誌のモデルみたいだ。
「ゆかっち〜!おぉ、決まってんじゃん!白ワンピ似合ってる!」
「あ、ありがと……!これ、しょ……じゃなくて、真桜さんがくれたやつなの!」
「へぇ〜!いいセンスじゃない、真桜!」
「でしょ〜?でも今日はみんなの服を買ったり、見たりする日だからね!」
真桜さんがニッと笑う。
その場の空気が一気に明るくなる。
(よし……まずは第一関門クリア。服装チェックは合格だな……)
昨日の翔と提案と真桜さんのチョイス、
それに少しだけ勇気を出してきた自分――
おかげで最初の壁はなんとか乗り越えられた。
「じゃあ、行こっか!」
3人の笑顔に背中を押されるように、
俺は心の中で小さく気合を入れた。
女子たちとの“服の買い物”。
未知の戦場が、今、幕を開ける。
再び、デパートの服売り場にて。
「ゆかっち〜!これ可愛い!私に似合う?」
「ほんとだ!似合う似合う!」
20分後。
「裕香さん、こっちも最近のデザインらしいわ。どう?」
「あ、可愛いなぁ」
40分後。
「ゆかっち!私これ買うぞ!なはは!」
「あはは……」
……長い!!
もう40分経ってる!!
というかこの店、さっきも来たぞ!?
なんで同じ店をもう一周してるんだ……?
彼女たちにとって、服屋って博物館や動物園なのか??
「可愛い」「似合う」「好き」
まるで呪文のように飛び交う女子トーク。
俺の脳内はすでに軽いパンク状態。
(わからない……なんでそんなに“可愛い”を連呼できるんだ?
翔……助けてくれ……!)
「私、ちょっとトイレ行ってくるね!」
そう言って少しだけ逃げ出すようにトイレへ。
と言っても、本当はトイレの前のソファで休憩するため。
ドサッと腰を下ろす。
周囲には同じように彼女や友達の買い物を待つ男子たちの姿がちらほら。
……同志よ、俺もお前らの気持ちがわかるよ…。
「ふぅ……確かに長いな、女子の買い物って……」
そう小さく呟いて、
俺はペットボトルの水を一口飲んだ。
視線の先では、
ショッピングバッグを抱えた真桜さわたちの笑い声が
楽しそうに響いていた。
(……まぁ、楽しそうなら、それでいいか)
もう少しこのまま休憩しようかな…そう思っていた、その時。
「おっつ〜、楽しんでる?」
振り向くと、真桜さんが立っていた。
もしかして、気を遣わせてしまったのかもしれない。
「た、楽しいよ!」
「ほんと〜?さっきからちょっと疲れた顔してたよ。
もしかして…女子の買い物の仕方、わかんなかった?」
うっ……鋭い。
でも確かに、隠してもバレてる感じだし、
ここは正直に言おう。
「楽しいけど……服の見方とか話がわからなくて、
ちょっと気まずいというか……」
「だろーと思った!」
「それじゃあ、“初心者女子のゆかっち”のために、
私が買い物の楽しみ方を教えてやろう!」
久しぶりに聞いた、“初心者女子”という言葉。
「そもそもさ、なんで女子が“可愛い可愛い”って
あんなに言ってるか、わかる?」
「うーん……わからない…教えてほしい」
「それはね……“可愛いは正義”だから!!」
……思ったより、ざっくりしてた。
「ちっちっち〜、可愛いを甘く見ちゃダメだよ?」
真桜さんは指を振って続ける。
「ゆかっちだって、ゲームで意味もなく
女キャラ選んで着せ替えとかしてたでしょ?
スキン集めとか!後、アニメのキャラも明らからに戦闘に不向きな服装してるけどなんかいい…とか」
「あ、確かに……」
「でしょ?今回それと一緒!
“現実アバター・ゆかっち”のスキン集めって思えばいいの!」
「……なるほど」
だんだんと理屈が腑に落ちてきた。
でも――
「でも、私……他の三人と比べて、
そんな“いい素材”じゃ……」
「それを〜これから私が“可愛くしてあげる”の!」
「わ、わっ!?ま、真桜さんっ!?」
有無を言わさず、真桜さんに手を引っ張られる。
その勢いのまま、俺は再び売り場の人混みの中へ。
「さあ、行くよ!ゆかっち改造計画、スタート!」
「いい?!」
こうして、俺と真桜さんの
“女子力トレーニング”が始まった。
「おまたせ〜!ちょっとゆかっちと話してた!」
「もう……ほんとに真桜は自由なんだから」
「私は買い物終わったし、デザート食べたいな〜」
時間を見ると、もう11時を過ぎていた。
ちょうど昼前の、デパートが少し混み始める時間帯。
「いいね!でもその前にお昼まで少し待ってもらってもいいかな?これから、ゆかっちをコーディネートするから!」
「え?」
「あら、楽しそうじゃない」
「おお!それはアリだ!」
(えぇぇぇぇ!?ま、まだ見るの!?)
俺の心の叫びなどお構いなしに、
真桜さんは腕をまくってやる気満々。
「ゆかっちはね〜、ナチュラルでブルベっぽいから、
取りあえずそれに合わせてみよっか!」
……ナチュラル?ブルベ?
何かの呪文かな??
「あ、あの……ナチ……?」
「ナチュラルっていうのは骨格タイプのこと。
服が似合う体のバランスの話ね」
白石さんが丁寧にフォローしてくれる。
「で、ブルベはブルーベースの略。
肌の色が青みがかってるタイプのことなの。
確かに裕香さん、そういう雰囲気あるわ」
「へ、へぇ〜……そうなんだ……」
なんで服買うのにそんな専門用語が多いのかわからないが…
けど、なんだかんだでみんな真剣に考えてくれているのが嬉しかった。
(……よし、もうここまで来たら、腹くくるか)
「おっけー!じゃあ、ナチュラルブルベのゆかっちに似合う服――探すぞっ!」
「お、お手柔らかにお願いします……!」
こうして、
俺の女子としてのコーディネート実習が始まった。
「まずは私から!」
真桜さんが選んだのは
ベージュのVネックブラウス × サックスブルーのワイドパンツ。
ゆったりしたシルエットで肩が落ちたブラウスに、
淡いブルーのパンツが柔らかく清潔感を出している。
ナチュラルで女性らしいリラックスコーデだ。
(すごい……一気におしゃれになった!)
「おー!真桜いいじゃん!」
「確かにさすがのセンス」
「それじゃ、次は私の番!」
桐谷さんが選んだのは
ベージュTシャツ × 濃紺デニムのショートオーバーオール。
ラフで元気、でも子どもっぽくなりすぎない。
裾をロールアップした軽快なスタイルで、
夏らしいカジュアルコーデ。
(強そう……そして健康的!)
「ゆかっち、イケイケ女子って感じ!」
「雰囲気ががらっと変わるね」
「最後は私ね」
白石さんが選んだのは――
白のスカラップ襟ブラウス × ダークブラウンのフレアスカート。
上品でクラシカル、まさに大人フェミニン。
動くたびに揺れるスカートが優雅で、
清楚なのに華やかさがある。
(あわわわわ……白石さんが選んでくれた、すごい……!
俺…もしかして可愛い?)
「おお〜!ゆかっち、お嬢様みたい!」
「令嬢だな!」
(楽しい…!女子の買い物楽しい!!俺ってこんな活かしやすい素材だったのか…いや、選ぶ側のセンスだな)
どのコーデも、それぞれの個性が出ていて
女子の可愛いを少し理解できた気がした。
女子たちに紛れてワイワイと楽しむ
ああ……なんて充実してるんだろう。
気づけば、俺もすっかりテンションが上がっていて、
みんなが選んでくれた服をつい次々と買ってしまっていた。
「ゆかっちが一番買ってるじゃん!なはは!」
「ちょっと……楽しくなってきちゃって」
「あら、もう12時半よ。そろそろお昼にしましょっか」
もう12時半か…早いなぁ〜…え?12時半??
……11時に休憩したから…それから………
もう90分以上経ってる!?
服見て着て90分!!!!?
女子……すげぇ……
昼食はデパート内のちょっとおしゃれなカフェ。
木目調の内装に、紅茶の香りがふんわり漂う。
それぞれが頼んだメニューを前に、談笑が始まる。
俺はふわふわのパンケーキと紅茶を注文した。
ナイフを入れると、バターとシロップがじゅわっと染み込んでいく。
「ん〜……美味しい……パンケーキって、こんなに美味しいものなのか」
「おお、ゆかっち今日いちばんの笑顔じゃん。
やっぱ甘いもんは正義だな!」
「あははっ、ゆかっちも楽しそうで良かった〜!」
笑い合う声と、心地よい甘い香り。
女子会って、こんなに楽しくて、居心地のいいものなんだな。
食事も終わり、そろそろ帰る時間。
本当に、今日はいい一日だった。
ナチュラルとかブルベとか、聞き慣れない単語も多かったけど……
まぁ、帰ったらちゃんと調べてみよう。
可愛いって、こんなに奥が深いものなんだな。
人によって、雰囲気も似合う色も全然違う。
確かに、あれこれ試したくなる気持ちも分かる気がする。
(……ゲームで言うなら、キャラのスキンと武器を気分で変えてる感じか)
そう思うと、服選びも急に楽しく思えてきた。
そりゃ、時間も忘れるわけだ。
帰り道、みんなで一階へ向かう。
エスカレーターを降りるたびに、
雑貨店、アクセサリーショップ、香水売り場……
女子が好きそうなお店が次々と並んでいた。
「あ、私、ちょっと下着買っていいかな?」
白石さんがふと足を止めた先は――
ランジェリーショップ。
「いいぞー!」
「私も見たい!」
「……えっ?」
唐突な展開に一瞬止まる。
さっきまで女子の思考だったのに、一気に男子の思考に戻される。
(えっ……下着?そ、そんなナチュラルに買いにいくの?)
「うーん、シンプルなのもいいけど……ちょっと遊びも欲しいかな」
白石さんがそう言って手に取ったのは、黒のランジェリー。
サテン生地で光沢があり、横の部分は紐で結ばれていた。
(ひ……紐パンンンン……!?本当に実在するのか……!?)
毎度、漫画やアニメでしか見たことのなかった幻のアイテムが、
今、目の前に現実として存在している。
それを何のためらいもなく手に取る白石さん。
――黒。普段の清楚な印象とのギャップがあまりに強くて、
俺はムラついてしまう。
「なぁ真桜、私って赤似合うと思う?」
「思うよー。どうしたの?」
「剛の奴がさ、『赤着てほしい』って言うから……
でも私、青の方が好きなんだよね」
「なるほどねー。男子って赤好きだもんね」
(うわぁぁぁ……リアルな話聞いてしまった、
そうだよな、桐谷さんにはもう彼氏がいるんだもんな……
そういう関係になっても…おかしくないしな…ていうか他の2人にも彼氏はいるのだろうか…)
現実の“恋愛トーク”というものを直に聞いて、
なんだか少し胸の奥がチクリとした。
「私はこれにするね」
白石さんが選んだのはさっきの黒の下着。
結局買っちゃうのか…見たいな…いつか是非ともその姿…
そう考えてぼんやりしていたら、真桜さんが不意に振り向いた。
「ゆかっちも、せっかくだし買ってみたら?」
「えっ、ええ!? わ、私は……!」
慌てて両手を振る俺。
顔が一気に熱くなっていくのが自分でもわかった。
「せっかくだし買おうよ!服だけじゃもったいないって!」
「下着も変えるとね、気分が上がって楽しいんだよ?」
「いや、でも私さっき服たくさん買っちゃったし……節約しようかなって……」
ふーん、と意味ありげに笑う真桜さん。
そして次の瞬間、すっと距離を詰め耳元に囁いた。
「ブラックカード持ってるのに?」
「うっ……!そ、それは……っ」
完全に見抜かれていた。
真桜さんはクスッと笑うと、
棚から何かを取り出して俺に差し出した。
「これ、試しに買ってみて。ゆかっちに絶対似合うよ」
手に渡されたのは、白のランジェリーセット。
繊細なレースに、華奢なリボン。
そして、横が……紐…白石さんが買った奴の色違いだ。
「っ……!?ひ、紐……パン!」
「ふふ、憧れのレイちゃんとお揃いになるかもよ?」
な、なんでそれを……!?
頭が真っ白になる。
どこかで気付いてたのか?目線とか?
真桜さんの笑みは、まるで全て見透かしているようだった。
でも、“白石さんとお揃い”という言葉が
心のどこかで妙に引っかかって、離れなかった。
(……お揃い、か)
ゴクリ、と喉が鳴る。
気づけば俺の手は、レジに差し出されていた。
「ありがとうございましたー」
店員の声が響く。
「ゆかっち、下着も買ったのか!」
「えっ、いつの間に?」
「どんなの?」
「え、えっと……白、かな……」
「なははっ!白ばっかり!たまにはレイみたいに遊べばいいのに〜!」
「ちょっとヒカ!人前でそういうこと言わないで!」
「ふふっ、レイちゃんもヒカも仲いいなぁ〜!」
そんな三人の明るい笑い声に包まれながら、
俺もつられて微笑んだ。
そして帰宅。
買い物袋を置いて、姿見の前に立つ。
――気づけば、手にはさっき買ったばかりの下着を持っていた。
「……ちょっとだけ、試してみるか。」
おそるおそる服を脱ぎ、下着を身につける。
鏡に映った自分を見て思わず息をのんだ。
「すげぇ……エ、エロい……これ、完全に“勝負用”だろ……」
白のレースが肌の上でほのかに光る。
ブラはギリギリまで攻めたデザインで、レースの透け感が上品でありながら危うい。
そしてパンツもレースがギリギリ
股部は重要な部分は見えてない、振り向くとお尻は透けて見える。
両サイドが細い紐。
まさか自分が紐パンを履く日が来るなんて。
「見せる用、なんだろうけど……誰に見せればいいんだ、これ……」
ぽつりとつぶやく。
そうだ、白石さんと“お揃い”だっけ。
気づけば頭の中で勝手に妄想が始まっていた。
(裕香さん……お揃いね。白って、可愛い…)
(白石さんも……すごく似合ってる……)
(ふふ、裕香さん……いいかしら?)
(や、やんっ……白石さん、そこは……)
「むふふ……悪くない……いや、むしろいい……!」
顔がにやけて止まらない。
けれど、その瞬間――桐谷さんの言葉がふと脳裏をよぎった。
『剛の奴が赤着てくれって言うからさ』
「……そっか。彼氏がいたら、そういうこと言われるのか……」
ふと、彼氏という単語が胸の奥に落ちる。
そして、また別の光景が浮かんできた。
(裕香……今日は赤、なんだ)
(翔……そんなふうに言われたら、照れる……)
(可愛いよ、裕香……いいか?)
(うん…翔……きて…)
ブンブンブンブンッ!!!
強く頭を振る
「な、何考えてんだ俺はっ!!!」
顔が真っ赤になる。
けど、なぜか胸の奥はポカポカしていた。
「よ、よし……決めた! 俺は白石さんと百合できるくらい可愛くなる!!」
鏡の中で、白い下着を着た自分が小さく拳を握る。
「可愛さは、無限大だ……!」
そう言って笑う自分に、思わず吹き出した。
初心者女子…そろそろ卒業するぞ!




