第11話 こんな漫画みたいな事あるか?
本日も、俺は女子としての生活を勉強中。
教室にて。
「眠い……」
机に突っ伏しかけた俺に、声が飛んでくる。
「ゆかっちおは〜!……って、どうしたの?」
真桜さんが心配そうに覗き込んでくる。
「昨日、なかなか眠れなくて……」
実は久しぶりにゲームに没頭してしまった。
ひとり暮らしにも慣れてきたせいか、つい夜更かしを……。
寝不足って、やっぱり辛いな。
「ありゃま、大丈夫なの?」
「大丈夫……自販機でブラックコーヒー買ったから……」
ゴクゴク……。
「うぇ〜……苦っ!」
「ぷっ!あはは!やっぱり苦手なんじゃん!」
俺はどちらかといえば微糖派。
けど、今は目を覚ますために我慢して飲んだ。
……気のせいだろうか、前より苦く感じた気がする。
――そして昼休み。
ブルルッ……!
「カフェイン……取りすぎたかな?」
ブラック缶コーヒーを、つい2本も飲んでしまった。
そのせいか、いつもよりトイレが近い。
「わ、私、トイレ行ってくる!」
「はいよー!もうすぐ授業だから気をつけてな〜!」
桐谷さんが手を振って見送ってくれる。
「うぅ……まだ眠い……。いや、ご飯食べたからかな……?」
それにしても――カフェイン、全然効いてない。
モンスターの方が良かったか?
眠気は抜けないし、なのにトイレは近くなるばかり。
「うひぃ……間に合え!」
俺は小走りで廊下を駆け抜ける。
急いでトイレに駆け込み…なんとか間に合った。
「はぁ……よかった……」
一通り終えて個室から出ようとした、その時。
「あ〜、次の授業だるいわ〜。現文とか眠くなるし」
「わかる。俺は早く部活したいわ。試合近いし」
あー…この他の人がトレイにいたら個室から出にくいよなぁ…
これだから男子の個室は使いづらい……ん……男子?
(えっ……ってここ……男子トイレ!?)
血の気が一気に引く。
ボーッとしてたのか、それとも焦りすぎたのか……。
気付けば俺は男子トイレの個室に座っていた。
「や、やばいやばいやばい……!」
出られるか!?いや、それはできない!!
「というかお前、スタメン出れんの?笑」
「うるせぇ!余裕だ!」
話がどんどん盛り上がっていく男子たち。
くそ……早く出ていってくれよ!!お前ら女子かよ!
トイレでペチャクチャ喋りやがって!
俺は個室の中で固まったまま、ただ祈ることしかできなかった。
「そんじゃ行くか」
「おー」
――声が遠ざかっていく。
よ、よかった……これでやっと出られる!
安堵しながらドアノブに手をかけた、その瞬間。
「うぇーい、あぶね〜漏れるとこだったわ!」
「俺も俺も!」
ガチャッ! バタバタッ!
(あああああぁぁ!!なんで次から次へと!?!?)
俺は慌ててドアノブから手を離す。
くそ……!このままじゃ一生ここから出られない!
真桜さん達には絶対言えないし……頼れるのは、アイツしか……。
ーーーー
教室では、翔と剛がのんびり談笑していた。
「なぁ翔……お前最近、なんか明るくなったよな」
「どうしてだ?」
「いや、年相応の男子って感じになったっていうか……恋か?」
「バカ言え。女はしばらくうんざりだよ」
「おぉ〜、言うねぇ」
その時。
ピコンッ! 翔のスマホが震えた。
画面を覗いた瞬間――
「……っ!!」
ガタンッ!!
「ちょっと俺、トイレ行ってくる!」
「お、おう?」
バタバタと慌ただしく駆け出していく翔。
「…………恋か?」
人気のなくなった男子トイレ。
翔は一つの個室の前に立ち、軽くノックする。
コンコン…
シーン……返事はない。
だが、赤色のマークが点いていて、中に人がいるのは確かだった。
翔は小声でつぶやく。
「今日は……ブラつけてるか?」
ガチャッ!
「つけてるに決まってるだろ!」
勢いよくドアを開け、顔を真っ赤にした裕香が飛び出してくる。
「ははっ……まさか男子トイレに間違って入るとはな」
「そ、そうだな……ま、間違えて……だな」
助かった……翔が来てくれて、本当に助かった。
異性の友達って、こういう時は心強すぎる。いや、こんなケース自体がレアすぎるんだけど。
「とりあえず俺が外の様子を――まて!」
ガチャッ!
翔は咄嗟に裕香の手をつかみ、そのまま個室へ引き戻した。
「わっ!?!?」
個室の狭い空間、ふたりは思いきり密着する。
息がかかるほど近い距離。
翔の落ち着いた声が耳元で響く。
「……まだ男子、入ってきた」
心臓がうるさい。
(ひぃぃ……神様…バレませんように!)
どうやら入ってきたのは一人だけのようだった。
カチャカチャ……
ベルトを外す金属音が、静かなトイレにいやに響く。
俺と翔は狭い個室の中で、ぎゅうっと密着したまま。
翔は口元に指を当て「しーっ」とジェスチャーを送ってくる。
「………………」
ドクン、ドクン……
心臓の音が大きく聞こえる。
これは……俺の音か?翔の音か?もう判別できない。
気づけば、俺は無意識に翔の腰に軽くしがみついていた。
自分でも驚くほど、自然に。
――ジャー。
水の音。
手を洗う音がして、足音が遠ざかっていく。
……ようやく出ていったらしい。
「……ふぅ……よし、今のうちに出るぞ。裕香、大丈夫か?」
「…………」
「裕香?」
「へっ!?あっ、だ、大丈夫!急ごう!」
声が上ずった。顔も熱い。
俺たちはそっと個室を抜け出し、息を殺しながら男子トイレを後にした。
廊下に出た瞬間、ようやく肩の力が抜ける。
心臓はまだドクドクとうるさかった。
「取り合えず……もう間違えんなよ」
「……あ、うん。ありがとう」
翔にそう釘を刺され、俺は顔を伏せ気味に頷いた。
2人はそのまま別々の教室へと歩いていく。
――ドクンドクン……。
鼓動が止まらない。体が妙に熱いのは……カフェインのせい?
いや、違う気がする。
でも女子の視点になってわかる。あの一瞬――翔の腕に包まれていた時の安心感…
「……いやいやいや!何考えてんだ俺!」
思わず自分で首を振る。
「気まずい気まずい!考えない!とにかく早く教室へ!」
翔もまた別方向へ歩きながら――
(やった……やった!やった!やったぁぁぁ!あんな密着して裕香と!?漫画みたいな展開ある!?)
(あ〜〜可愛かったなぁ……でも普通の女子ならここで落としてやれる……裕香はどうだ?ドキドキなんてしてなかったかも…手強いな…)
なんとか授業開始に間に合い、教室へ駆け込む。
「あ、危なかった……」
「お!間に合ったぞ!」
桐谷さんが笑顔で手を振る。
「お疲れ様。裕香さん……顔赤いけど、大丈夫?」
「へっ!?あ、えっと……これは……」
顔が赤い!?まさか、翔と一緒だったから?焦る俺の横で、真桜さんがニヤニヤしながら口を挟む。
「もしかして〜……彼氏?ふふっ」
「い、いやいやいや!!そんなのいないって!ちょっとカフェイン取りすぎただけだから!」
「……ふーん。そうなんだ笑」
「カフェインで顔赤くなるっけ?ねぇ、レイ」
「血圧は上がるけど……そんなイメージはないわね」
俺に……彼氏?
いやいや、それは流石にない。
今、現状――もし「恋人になりたい人は?」と聞かれたら。
それは……白石さんだと自負している。
もちろん、厳しいとは思うが。
でも……あの時の翔の姿は、なんというか……
そんな風に考えていた時だった。
「――あ!そうだ!」
唐突に真桜さんが声を上げる。
「それよりさっきの話!みんなで服買いに行こうよ!」
「そうそう!楽しみだなー!」
桐谷さんも元気いっぱいに乗ってくる。
「私もちょうど新しい服が欲しかったところだし……いいと思う」
白石さんも、ほんのり頬を緩めて同意する。
「ゆかっちは、今度の土曜日空いてる?よかったら一緒に行こうよ!」
「へっ……?あ、うん……!」
気付けば自然と流れに乗っていた。
また、新しいイベントが待っているらしい。
……俺の女子高生活。
波乱ばかりで休む暇なんてないけれど――心のどこかで「楽しみ」と思っている自分もいた。




